211 魔神獣:地上―2
「要塞に植物の魔物が侵入してきたぞ! 押し返せー!」
「くそ! 解決屋のハンターまで駆り出させやがって!」
数は少ないが、解決屋のハンターたちがなだれ込んできた魔物に立ち向かっていく。
装置に注いでいた魔力が尽きて倒れた魔道士を守るように、兵士とハンターが待ち受けた。
そこに続々と魔物が突進していく。
「いいか、居住区に魔物は入れるなよ!」
「そうはいってもよぉ、ちょいときついぜ、おい」
「この前のゾンビ竜人を倒したように、今度も気合で乗り切れるはずだ!」
怖気づく者たちも勇気を奮わせて、武器を持ち上げた。
いよいよ魔物が襲いかかってきて、兵士とハンターが反撃に転じる。
なんとしても居住区に魔物を入れさせまいと、武器を振り回す。
しかし、ますます勢力を拡大する敵の数に対して戦士は少なかった。
あっという間に、一匹二匹とすり抜けて奥の居住区へと駆けていく。
「『エグゼクションソード』」
剣の一閃が二匹まとめて断ち切った。
息の荒いアルフェッカが居住区の前で双剣を振るったのだ。
上下する肩を落ち着かせるため、息を整える。
「あいつは帝国の最高指揮官じゃねぇか」
「どうして、ここに」
「よそ見してないで、今は目の前の魔物を殺せ!」
不意に現れたアルフェッカに気を取られたが兵士たちは一致団結して、魔物の撃退に注力する。
彼らの隙間を通過してくる魔物は、アルフェッカが双刃を閃かせ、処理した。
このまま順調に防衛……とはいかない。
さすがのアルフェッカも腕に力が入らなくなってきた。
意識を保つことに集中しなければ、今にも倒れそうだ。
そんな状態の彼女に慈悲無き魔物が突っ込んだ。
バラの花束に手足を生やした魔物。
奴がハンターの足元をすり抜け、アルフェッカに襲いかかった。
「『魔法剣:炎』!」
防御しようと構えていたアルフェッカに熱波が吹く。
何事かと顔を上げると、バラの魔物は一刀両断されていた。
肉の断面は焼き焦げ、傷口は燃えている。
「そなた、しばらく休んでおれ。私が、この場を守ろう。この魔法剣でな」
刀身の燃え盛る刀を下に向け、老人が重く声を発した。
白濁する片目でアルフェッカを一瞥した後、ゆっくりと前進する。
アルフェッカは見た目の特徴から、この人物の名を思い出した。
後ろを振り返った兵士が、その老人の名を叫んだ。
「バルゼアーさん!」
「少し離れているがいい。植物なら私の炎で断ち切ろう」
「おお、バルゼアーさんが動いた!」
かの老人を知る兵士やハンターは興奮しつつ、一歩二歩と後ろに下がった。
魔法剣の独擅場を邪魔してはいけない。
刀の炎は更に火を吹いた。
魔物の軍勢が、バルゼアー目掛けて一斉に襲いかかる。
「……『属性解放聖剣:炎』!」
バルゼアーが刀に魔力を送り込み、炎を爆発させると同時に魔物を斬る。
魔力の火炎が斬撃に合わせて吹き荒れ、要塞に攻め込んできた魔物の群れを消し炭にした。
その強力な一撃に皆、感動している。
スキルを撃ち放ったバルゼアーは残心を忘れずに、刀を下ろした。
「さすが、バルゼアーさん! 強ぇ!」
「喜ぶのはまだ早い。次の群れが来るぞ!」
毒空木の生み出した魔物は、まだまだ健在だ。
勢力の衰えは見られない。
あくまで要塞の防衛に少しばかり余裕ができたというだけだ。
魔物は気色の悪い奇声を上げて、要塞の入り口に接近してくる。
「『十二天一流:夜叉』!」
トウハの放った大斧が魔物の大海を切り裂き、まとめて飛ばした。
空へと舞う魔物は次々に血を撒きながら爆ぜていく。
ニヤッと笑って大斧を担ぎ、入り口で立つバルゼアーへ歩み寄った。
「セルタス要塞は、もう安心だ! 俺とエンタープライズ軍が来れば、ここは安全地帯ってわけだ」
「そなた、エンタープライズのものか。感謝する」
「任せておきな」
「もう、トウハさん! 行く先々で暴れないでくださいよ!」
遅れてやってきたシアグリース率いる班と合流する。
シアグリースは戦場の把握に努め、的確に指示を飛ばしていた。
だが、一人暴れるトウハによって戦況は良い意味で乱れ、指揮官のシアグリースは困り果てている。
「まぁ、いいじゃねぇか。竜人のやつらも態勢を整えることができたからな」
「それはそうですけど……もう、トウハさんには大型の対処だけ命じておきます。これで十分でしょう」
「オッケー、指揮官! 行ってくるぜ!」
胸に拳を打って、やる気を示した後、また坂を下っていく。
大虚仮苔のような巨体の魔物を目指して、彼は駆け出したのだった。
ため息をついて、シアグリースはバルゼアーに向き直る。
「改めまして、僕はシアグリースです」
「バルゼアーだ。テル・レイランの件、残念だったな」
「……ええ」
「彼のことで聞きたいことはたくさんだが……まずは目の前のことに決着をつけよう」
シアグリースは大きく頷く。
「それで、ここの防衛ですが。僕たちがいるとはいえ、三方向から一斉に攻められると、守り切れない可能性があります」
「三方向から魔物の群れか。十分あり得る。現に……」
バルゼアーの見る先は要塞近くに埋め込まれた大量の種子。
地中の栄養を溜め込んでいるのだろうか。
まだ咲いて魔物となる様子はない。
おそらく、あの種子が化ける魔物はトウハでなければ押さえられない巨体の魔物だ。
二人は、そう睨む。
「負傷者も多く、戦える者の人数は減っている。そなたは、どうすべきだと考える?」
「どこか安全な場所へと移ることができればいいのですが……」
「ならば、モルスケルタに移送するがいい」
そう提案したのは、アルフェッカだった。
「今、モルスケルタは非戦闘員を守る場所として機能している。私でよければ、負傷者や住民を先導しよう」
「良い提案だと思います。それなら」
シアグリースは明るい声で、アルフェッカに同意を示したが。
「俺は反対です、バルゼアーさん!」
反対意見を出したのは、話を聞いていたセルタス要塞の者たちだった。
兵士の一人が、アルフェッカを見つめながら反対する。
「竜人の兵器に避難するというのですか! 本当に守ってくれるのか、信じられません! さっきまで竜人と争っていたのですよ」
「そうですよ! もしかしたら、あの巨大兵器で罠を張っているのかもしれません! 戦争が本当に終わったのかも疑っているんです! 疑心暗鬼の中で、敵国の兵器になど近づきたくない!」
「セルタス要塞の防衛は俺たちがいます! 自分たちのことは自分たちで守ります!」
最初に出てきた兵士の他に、二人が出てきて自身の意見を伝える。
バルゼアーは顔を曇らせ、顎をさする。
そのとき、近くから威厳のある声で叫ばれた。
「アルフェッカの提案を受け入れるがいい」
「リーブ王!」
向こうから歩いてくるのはリーブと側近のアルテック、アリオスにガルドだった。
兵士たちは王様の姿を認め、萎縮する。
リーブは大地を踏みしめ、バルゼアーの側に立った。
「バルゼアー領地主、皆を連れて巨大魔導兵器へ退避だ。あの毒空木の攻撃が要塞に飛んできた際、被害は甚大なものとなる。今のセルタス要塞に余裕はない。一刻も早く、退避するのだ」
「かしこまりました。さあ、動ける者はすぐに動け! 今すぐにだ!」
バルゼアーが命令を下し、居住区へと進んでいった。
リーブの言葉を耳にしていた兵士たちは反発することなく、命令に従っている。
王様の言葉に納得したのだ。
「お姉様ー!」
アルティアが声を張り上げながら、走り寄ってくる。
メリディスやヴェニューサ、ウラヌスがその後ろに続いていた。
「閣下、ご無事ですか」
ウラヌスの問いに、アルフェッカは首を縦に振って答える。
「問題ない。それより、お父様とスイセイの容態は?」
「お父様もスイセイも負傷の程度が酷く、すぐにでも帝都の医療機関に運び入れないと……」
アルティアは言葉を詰まらせて、苦しそうに顔を俯ける。
アルファルドは胸を狙撃され、スイセイは腹を短剣で抉られた。
姉は優しく妹の頬に手を当て、諭すように言葉をかける。
「アルティア。モルスケルタへと乗り込んだ、あの戦闘機で二人を帝都まで送り届けるんだ。ペンティスという青年だったか、彼にこの事を頼んでもらいたい」
「分かりました、お姉様。行こう、メリディス」
「はっ!」
アルティアとメリディスが共に離れていく。
次に、アルフェッカは六星騎士長たちに指示を与える。
「ヴェニューサ、ウラヌス。モルスケルタへの退路を確保し、ここの者たちを退避させるのだ」
「御意」
ヴェニューサ、ウラヌスは武器を抜き放ち、セルタス要塞付近の魔物を一掃し始めた。
リーブもまた、アリオスとガルド、アルテックに指示を出す。
三人は王の指示に従い、その場から離れていった。
この場に残っているのは、リーブとアルフェッカだけだ。
アルフェッカが先に口を開いた。
「私の提案を素直に受け入れるとはな」
「良い申し出だと思っただけだ。ここの者たちを想っての提案であろう。王たる自分が進んで、竜人に歩み寄ることが互いの誤解を解く一歩となる」
「グレアリング王……私は、王国を蹂躙した。私を憎いと思っているはずだ。疑心を抱いて、私に接するのが普通ではないのか」
「提案に疑いの余地はなかった。それだけだ」
アルフェッカは横のリーブを見つめる。
リーブは大剣を地面に突き立て、要塞内を眺めていた。
「私はじきに、罪人として何かしらの罰を与えられるだろう。王位継承権第二位のアルティアが次期、女帝として国を治めることになるはずだ。その時は、妹を……よろしく頼みたい」
「アルフェッカ皇女、何か勘違いをされているようだ」
「勘違い……?」
「罰を与えられて、許されるわけではない。罪滅ぼしで、皇女に殺された死者が蘇ることはない。自らの罪を自覚した上で善行を積み、民のため力を尽くすのだ。それを続けて、ようやく皆に納得してもらえるだろう」
アルフェッカの目が伏せる。
「罰を与えてくれることで、許してもらえると思っていた私はなんと愚かなことか」
「この言葉を真に聞いてほしいのは、私の息子なのだがな。皇女にも響いたのであれば、それでよい。さて、退避の準備ができたようだ」
セルタス要塞の内部に人が集まっている。
居住区の人間、戦闘で負傷した兵士、魔力の尽きた魔道士。
その周りを囲うのは、ハンターや傷の浅い兵士、アルテックにアリオスら風雲の志士、エンタープライズ軍だ。
リーブは大剣を持ち上げる。
「それと皇女よ……予想だが、妹が女帝になることはないだろう」
「どういうことだ? 人の上に立つ器ではない、とでも」
「そうではない。なんとなく、そう思っただけよ。だが、アルフェッカ皇女。私には、そなたの方が相応しいように見えるがな」
硬い表情だったリーブは、アルフェッカに微笑み、集団へと向かっていった。
リーブの残した言葉。
それはアルフェッカの中で引っかかり続けた。