208 魔神獣:毒空木―3
トウハは胸に握り拳を当てて、勝ち誇ったように叫ぶ。
なぜ、エンタープライズがタイミングよくここに来れたんだ。
エルドラが呼んでくれたのか?
(我ではないぞ!)
「じゃあ、誰が……」
「ボクですよ、ミミゴン」
不意に背後から答えが返ってきた。
俺の手を置いて、前に出てきたのはアヴィリオス教皇だった。
白いベールで顔を隠す教皇は毒空木を見つめて、足を止める。
「乃異喪子……人を魔物に変えた罰を、その身に与えなければね。ボクに託された世界の理に手を出した罪は、決して君の命だけで贖えるものではない。天罰を下さなくては」
「アヴィリオス?」
話が続くたびに、口調は段々と重苦しくなっていった。
俺が呼びかけると教皇はゆっくりと振り返り、笑みを含む声を漏らす。
「ふふっ、ミミゴン……気にしないでくれ。今は毒空木に集中しよう」
首を回して、周囲を確かめる。
「デザイアに、グレアリング。加えて、エンタープライズがここに集結した。素晴らしい光景だ。地上は彼らに任せて、君たちは毒空木を倒してもらおう」
「そうは言っても、魔神獣だけあって攻撃が厄介だ」
「無数の触手とあらゆるものに作用する猛毒。それと毒空木は張り巡らせた根から栄養を吸収し、損傷を再生する能力も有している。攻防共に優秀というわけだ。対処方法は歴史に学ぶ、としようか」
「歴史? 過去に、毒空木が倒されているのか?」
「うん、そうだよ。ほとんどの魔神獣は転生者によって倒されている。毒空木も転生者によって倒されたよ」
教皇はベールの下の顎をさすり、ゆっくりと前に出る。
「うーんと、そうだね……毒空木は案外、力業でなんとかなるよ」
「思ってた以上に軽いな、おい」
「魔神獣なんて、たいていそんな感じだよ。前に倒された魔神獣、蛇足も何体にも『分身』した君が殴打し続けただけじゃないか」
「確かに……そうだな」
実際、その通りだったのでぐうの音も出なかった。
教皇が言った通り、倒された魔神獣はほとんど力業でなんとかなったのだろう。
魔神獣は力業で倒された。
毒空木は魔神獣である。
毒空木に力業は通用する、という三段論法じみた手法で結論が導かれた。
とはいってもだ。
「俺とミリミリに、余力はあまり残されていない。果たして、今の俺たちで毒空木を倒せるかどうかは……」
「俺たちがいる、ミミゴン様」
自信満々に発言し、存在感を強めたのはラヴファーストだった。
両隣にアイソトープと、普段は表に出ないオルフォードが立っていた。
「ラヴファーストにアイソトープ、それにオルフォードも。珍しいな、オルフォードが来るなんて」
「ミミゴンに危機が迫っておると、この者が言いおったからな。それに、生意気な娘も復活しているというのでな。ワシが直接、出向いたというわけじゃ」
「ジジイは何百年経っても、ジジイというわけね。安心したわ」
オルフォードとミリミリが互いをキリッと睨む。
その間を割るようにして、俺が発言した。
「えーと、一つ伝えておきたいことがある。あの魔神獣は、グレアリング王の息子トリウムが変身したものだ。トリウムのやつとあまり関わりはないが、助けてやりたいんだ。魔神獣は殺さず、弱らせてほしい。あとは俺のスキルで、あいつを人間の姿に戻す」
「瀕死にすれば、よいということですね?」
アイソトープの極めて冷静な確認に、俺は首肯する。
「ミミゴン様とミリミリのスキルであれば、毒空木に強力な一撃を加えることができるでしょう。ですので、機会が来るまでできる限り、力を温存しておいてください。私達が敵の注意を引きつけつつ、隙を作ります」
細かくダメージを与えても、再生が追いついてしまうだろう。
俺とミリミリの魔法であれば、即再生とはならないほどの大ダメージを与えられるはずだ。
「ああ、任せた。アイソトープ、オルフォード、ラヴファースト、ミリミリ……生きて、エンタープライズに帰ろう!」
四人は快い返事をして、それぞれ飛び立っていく。
俺も真上に浮遊し、毒空木を真正面に捉える。
地上の様子は最初とは一変しており、エンタープライズが加勢したことで巻き返す勢いとなっていた。
それもそのはず、エンタープライズの数は少なくとも、一人ひとり帝国軍以上の実力を有している。
ラヴファーストの指導によって、並のことでは動揺せず、格上に対しても立ち向かっていく精神が養われた。
その心強さといったらありはしない。
トウハが宣言したように、エンタープライズが来たからには絶対に目的を達成してやる。
「それでは頼みましたよ、ミミゴン」
下から教皇の声が聞こえてきた。
「教皇は、どうするんだ」
「ボクも微力ながら戦いますよ。地上は、ボクに任せてください」
微笑みを含んだ声音で答えた。
微力ながら、とはいうものの、かなりの強者のように感じる。
この戦いが終わったら、教皇とはたくさんお喋りしないとな。
毒空木が生み落とす魔物は、アヴィリオスたちに任せよう。
俺たち――俺と七生報国が毒空木を相手取る。
さぁ、いくか!