206 魔神獣:毒空木―1
「いいのか、リーブ?」
グレアリング・リーブにとって、トリウムは王国の後継者であり、唯一の息子だ。
その息子が法則解放党の手によって、魔神獣に変えられてしまった。
俺たちに危害を及ぼす魔神獣を一刻も早く倒さなければならない状況だ。
そんな中で迫られたリーブの決断。
「構わない。私と……トリウムの決断だ。道楽息子が最期、俺を殺してくれと訴えてきた。息子の最後の頼みだ。トリウムの想い、父の私が応えてやらなければならない!」
「リーブ……。わかった、ならば全力で倒す。途中で、やっぱやめてくれなんて言わないでくれよ」
「王に二言はない」
大剣の柄を両手で握り、横に構える。
リーブの凛々しい態度に、俺も気が引き締まった。
とはいっても、もっとよい解決方法は見つからないものだろうか。
俺も転生者だ。
乃異喪子が人を魔神獣に変えたというならば、魔神獣にさせられた人を戻すことは俺にできないだろうか。
助手、何か手はあるか?
〈乃異喪子が行ったことを推測中ですー。世界のシステムに侵入し、トリウムのデータを魔神獣に書き換えたというのであればー、私の力で元に戻すことが可能かもしれませんねー〉
さすが、助手だな。
つまりは魔神獣をトリウムに戻すことができるんだな。
〈やってみる価値ありですー。まずは、毒空木を弱らせてくださーい。次に、ミミゴンが直接、毒空木に接触し、私の秘められた最終奥義で上書きしてみせましょー〉
了解だ、助手。
なんだかいけそうな雰囲気になったところで、リーブに向き直る。
「リーブ! もしかしたら、トリウムを元の姿に戻せるかもしれん!」
「なっ……!? 本当か!」
「ああ、たぶ――」
俺たちのいる場所が突然、暗くなったかと思えば押しつぶされるような感覚に陥った。
毒空木の触手が落ちてきていたのだ。
視界全体が巨大な触手で支配されていた。
「『インフェルノ』!」
「『斬撃飛ばし』!」
二人のスキルが触手にヒットする。
直撃したのはいいものの、少し穿っただけで勢いは全く衰えていない。
俺はすぐに飛び上がって、右腕を後ろに引く。
「『ミーティアインパクト』!」
打撃系スキル最強の『ミーティアインパクト』を食らわせて、触手の侵攻を止めようと試みる。
ほんの短時間、怯んだ気がした。
左手をバッと開き、触手に押し当てる。
そこに魔力を集中させ、いざ魔法を撃ち放った。
「『インフェルノ』!」
豪快な爆炎と熱波が発生した。
常用スキル諸々が作用させ、究極魔法並みの威力をお見舞いさせる。
直後、リーブとアルテックが一緒になって飛んできた。
「『キングフォトン』!」
「『光陰流水』!」
リーブの振り上げる大剣から光の刃が撃ち出される。
光の刃を押し出すように背後から、アルテックが空を裂いた。
二人の放った強力な斬撃は雨垂れ石を穿つが如く、触手を断ち切った。
三人合わせて、なんとか空を拝むことができたのである。
リーブとアルテック揃って、地面に降り立った。
「王よ、トリウムを倒すというのだな」
「悩んでいる余裕などない。事態が深刻化する前に、トリウムを討つ」
「王のご決断、従いましょう」
「それに悲しいことばかりではない。ミミゴンが言うには、トリウムを元に戻せるかもしれないというのだ」
俺は一歩前に出て、毒空木を見上げる。
「可能性があるって話だ。この望みに懸けるしかない」
「アルテック、臣下として共に戦ってくれるか?」
「何十年もの付き合いをしてきた側近に尋ねることか? リーブは俺に命令だけ与えてくれたら、それに従うだけだ。王の決断に間違いはない」
「愚問、ということか。……グレアリングを守るぞ、アルテック」
二人が信頼し合っているところを見せつけられたところで、俺が指示を出す。
指示といっても中身はないようなものだが。
「この魔物は魔神獣、毒空木だ。グレアリングが襲撃された時、空にいた化け物と同等の実力を有している。まともに戦っても無駄なだけだ。とにかく生き残ってくれ、いいな!」
「わかった。対等に渡り合える君に託す。我々は軍への被害を最小限に抑えるよう、行動する」
「頼んだ! ――っと!?」
突如、足元が大きく揺れ始めた。
地盤の振動が鳴り響く。
縦横に体を持っていかれそうになる。
かと思えば、地面がせり上がってきた。
付近の地上にヒビが入っていき、下から何かで押し上げられているようだった。
「一度、撤収するんだ!」
三人はリフトのように昇っていく地面から飛び降り、毒空木から離れる。
せり上がる地面を飛び移り、ようやく平地に着地できた。
ついさっきまでいた場所はすっかり崩壊し、持ち上げていた何かが出てきた。
黒い触手と大きさは似ているが、少し色が薄い。
おそらく、あれは毒空木の根っこだ。
樹海の木々みたいに、毒空木の周辺に大きな根が集合していた。
毒空木の根が表出した他に、土壌の様子も変化している。
青々とした草原だったはずだが、ほとんどが枯れ果て、脱色していた。
地中に蓄積されていた栄養や水分、魔力が毒空木に吸収された影響だろう。
見るも無残な環境となっていた。
「ミミゴン様!」
「アルティア、メリディス」
声がする方へ振り返ると、アルティアとメリディスが揃って早足で近づいてきた。
近くには仰向けに倒れているアルファルドとアルフェッカ、ミリミリがいる。
「ミミゴン様、あの魔物について何か知っておられますか?」
「魔神獣、毒空木だ。どういう奴かは、まだ詳しくは知らないのだが、今の俺たちでは太刀打ちが難しい」
アルフェッカたちの側まで歩きながら口を開く。
「アルフェッカ、すぐに軍を撤収させるんだ。あいつは俺がなんとかしてみせる」
「既に六星騎士長たちに命じて、撤退してもらっている。ミミゴン、貴殿一人でどうにかできる相手なのか?」
「私も戦うわ、ミミゴン」
「ミリミリ、協力してくれるのか?」
浮遊するミリミリは頷き、ローブを下に伸ばして整える。
「魔神獣に匹敵する力を持っているのは、この場にミリミリとミミゴンしかいない。倒せるかは分からないけどね」
俺とミリミリは満身創痍といっても過言ではない。
二人は全力で戦い合い、その後は乃異喪子とも戦闘を交えた。
魔力も気力も十分ではない。
傷だらけなのは俺らだけじゃない。
アルティアやメリディス、アルフェッカ、リーブにアルテック。
グレアリング王国軍やデザイア帝国軍も戦で疲弊している。
闇雲に戦えば、犠牲を増やすだけだ。
「倒す必要はない。弱らせてほしいんだ」
「弱らせるの? どうして?」
「あの魔神獣は、トリウムが変身したものだ。俺のスキルで、あいつを元の人間に戻すことができるかもしれないんだ。だから魔神獣は殺さず、弱らせてくれ」
「そういうことね、わかったわ」
ミリミリは理解を示してくれたようだ。
「ミミゴン、グレアリング王はこのことを知っているのか?」
「ああ、提案済みだ」
アルフェッカは努めて冷静だ。
状況は一転しているというのに、的確に戦況を判断し、軍を撤退させていた。
敵だったときは恐ろしいが味方になった今、非常に心強い存在である。
気丈夫なアルフェッカがいれば、最悪の事態には陥らないとまで思わされた。
「この私にもできることがあれば、協力させてくれ」
「ああ――」
「皆さん、あれを!」
アルティアが発見したことに指を指していた。
その指先に視線を動かすと、毒空木が見える。
うん? あれは……。
毒空木は他と比べて一際、巨大な二つの触手を空に掲げている。
万歳をして、喜んでいる……なんてわけじゃないのは明白だ。
となると、この行動は攻撃。
天を衝く二本の触手が、パックリと割れ始めた。
クジラが餌を食すため、大きく口を開く様子に似ている。
しばらくして、空気が震撼する。
割れた触手から上空に向けて、赤い球体を大量に発射していた。
同時に、花火を絶え間なく打ち上げ続けるような轟く爆音が響いてくる。
昼間の空が赤い球体に支配された瞬間だった。
当然、打ち上げたということは落下するということである。
毒空木は球体をばら撒くようにして連射していた。
おかげで赤色の球体は、俺たちを取り囲むようにして落ちてくる。
地面にドスンと衝突した赤い球体は、近くで見るとキャベツのような模様と形状をしていた。
毒空木の果実なのだろうか。
奴の攻撃は、これで終わり……ではなかった。
ついに球体が花開く。
葉のような鱗が外に開き、四本脚も下から出現する。
センザンコウの背中に花が咲いている、という表現が近いのだろうか。
だが、そんな可愛い表現は見た目だけの話。
人の腰ほどの大きさで、花の下から複数の触手が蠢いている。
「結構、数が多いぞ」
「この敵ならば、我々の実力でも通用するだろう。ミミゴン、ミリミリ! 毒空木は、二人に託す」
双剣を抜き放ち、円を描くように回して構える。
アルフェッカだけでなく、アルティアとメリディスも戦う準備はできていた。
「任せておけ!」
潔く返事をして、俺とミリミリはその場を後にした。
目指すは毒空木、本体だ。