205 法則解放党―3
過去、乃異喪子は秘境に隠れていたミリミリを見つけ、別の場所に封印した。
そこをヒドゥリーに教え、アルフェッカを連れてきたのだろう。
ミリミリは究極魔法を唱える。
「『雷を司る神の我儘』!」
極太の雷光が乃異喪子とマナディを巻き込んで落ちた。
頭上から直に食らった様子だ。
あれを食らって、いくら転生者とはいえ無傷ではいられないはず。
「『アレキシサイミア』……『アクチュアル・マリス』」
「『マレフィキウム:アイギス』! 『ソルセルスフェール:バラージ』!」
乃異喪子の撃った黒炎は『マレフィキウム:アイギス』で張った障壁にかき消され、反撃に黄丹色の光球で弾幕を形成する。
高速で飛来する光球に、乃異喪子はまたしても『アレキシサイミア』で無効化しようとしていた。
「アレキシサ……」
「『ミーティアインパクト』!」
スキルを発動される前に、下から潜り込んで乃異喪子を殴打した。
だが、左手で押さえ込まれ、『アレキシサイミア』で威力を消された。
予測していたかのように素早い反応だ。
右手で『究極障壁』を発動し、『ソルセルスフェール:バラージ』を防ぐ。
掴まれた右手を振りほどき、左手を乃異喪子に向けて魔法を唱えた。
「『インフェルノ』!」
首尾よく、炎魔法を直接ヒットさせたが、全く怯んでいなかった。
第三位魔法程度の威力では通用しないのか。
即座に体勢を整えようとしたが、脇腹に渾身の蹴りを入れられた。
しかも、ただの強烈な蹴りだけではない。
『ベルトシュメルツ』で創造した短剣と一緒に突き刺されたのだ。
紫色の短剣が右脇腹に突き立っている。
あまりの威力で『ものまね』が解除され、人の姿から宝箱型ドローンへと戻ってしまった。
短剣は抜け、紫色の粒子となって消えていく。
「さすがに、今の俺では勝てないか」
「転生者は、いずれ厄介な存在へと成長する。ここで死んでもらうわ」
「『ソルセルスフェール:ハープーン』!」
「無駄よ」
『ヴィジランス』で超高速の光球をピンと弾かれてしまった。
ミリミリたちは苦い顔で打開策を探っている。
今のままでは、俺はやられるだけだ。
助手、『見抜く』で乃異喪子の情報を。
〈『見抜く』の対策で『妨害』を使用してくるでしょうねー。今のミミゴンでは、名無しの家の時みたいに気絶するだけですよー〉
確かに、その危険性があるな。
他に打開する方法は考えられるか?
しかし、打開策を見つける猶予はなかった。
乃異喪子がスキルを発動させようと、右手を伸ばしていた。
「これで終わり……と思ったけど、あなたを殺すのはエンタープライズごと葬り去るときよ。転生者は油断も隙もない存在。殺したと思っても、どこかで生きていることもある」
「なに……」
「不完全なときに殺したくないの。私たちが完全無欠となったら、あなたを殺してあげるから」
腰を曲げ、俺に憎たらしい笑顔を見せつけてくる。
まだ、二十代くらいだろうか。
だというのに、その表情は腐りきっていた。
救いようのない堕落した精神だからこそ浮かべる表情だ。
「ミミゴン! ヒドゥリーが奪われる!」
アルファルドの叫びが耳に届く。
拘束されているはずのヒドゥリーが宙に浮遊し始めた。
『重力糸』が何者かの手によって切られたのだ。
その何者かはすぐに分かった。
「ローゼ、一足先に帰りなさい」
透明状態だったそいつは陽炎からシルエットへと人の形を取り戻していき、正体を現した。
法則解放党のエルフだ。
サイドテールの銀髪に、小柄な体型のエルフがヒドゥリーを持ち上げている。
アルファルドは力を振り絞って、ヒドゥリーに飛びつこうとしたがギリギリ届かなかった。
ミリミリがスキルを発動させようとするが、乃異喪子に妨害される。
「『アクチュアル・マリス』」
黒炎がミリミリに当たり、爆ぜる。
俺も魔法を詠唱し、ヒドゥリーごと直撃させるつもりで放つ。
「『トニトゥルース』!」
天から一筋の光が差し、落雷となって降り注ぐ。
雷が地面を砕き、爆音が耳を劈いた。
だが、そこにヒドゥリーやエルフはいなかった。
間一髪で間に合わなかったのだ。
乃異喪子はそれを見て、鼻で笑った。
「残念だったわね。それじゃあ」
踵を返し、ラバートとマナディに向かって指示を飛ばした。
「目的は果たしたわ! 撤収よ!」
「このまま逃がすと思ってるのか!」
「置き土産を用意しておいたのよ。あなたたちを殺すために。次、会うまでに……死んでおいて」
置き土産……?
マナディやラバートは光る石を手にとった。
転移石だ。
乃異喪子も同じ魔石を手にして、効果を発揮させた。
乃異喪子のシルエットは青くなり、さっと消えた。
もうそこに法則解放党はいない。
現れたかと思えば、もう消えている。
やっと相対できたというのに、こんな呆気なく終わりかよ。
「ぐあぁぁぁ!」
「トリウム! すぐに治してやる!」
トリウムの絶叫と、リーブ王の駆け寄る足音。
体を丸め、胸を必死に押さえているトリウムは尋常じゃない様子である。
おぞましい叫び声だけが戦場に響き渡っていた。
遠くから王国軍の救護班が向かってきている。
リーブは必死にトリウムを抱きかかえるようにして止めようとするが、その暴れっぷりはとうとうリーブを押し返すまでになった。
仰向けに転倒した虫よりも酷いと思える暴れ方で、見ているだけで苦痛を感じてしまう。
助手、一体何が起きているんだ?
〈『見抜く』を使用中ですー……情報が、書き換えられて、いる……? これはー……〉
(ミミゴン! とんでもないエネルギー量を、あの息子から感じるぞ!)
助手は何かに驚き、エルドラはトリウムについて警告する。
エルドラ、どうしたというんだ!
(まずい、何か来るぞ! リーブを、その場から離れさせろ!)
「リーブ!」
「『ものまね』!」
『ものまね』で竜人の兵士に変化して、地を蹴った。
アルテックが走り出す前に、俺が先行する。
俺の直感が危険を告げていた。
声を張り上げながら、リーブを連れ去るため、衣服に手をかける。
「トリウムの状態が普通じゃねぇ! なんか起きるぞ!」
「何をする、ミミゴン! 大事な息子を救わねばならないのだ!」
剛腕で、俺の掴む手を振り払い続ける。
中々、衣服に手がたどり着けない。
不意に、弱々しい声が下から聞こえる。
「おれ、わるいことした、ごめん……」
「トリウム!? 謝らなくてよい。今はじっとしていろ! すぐに救護班が」
トリウムの白い手が、リーブの鍛えられた力強い腕に触れる。
あれほど乱暴にもがいていたというのに、急に大人しくなった。
「もう、だめ、だ。おれを……ころしてくれー!」
「トリウ」
「――リーブ!」
トリウムの体が膨れ上がった。
そして、膨張した体が目の前で破裂した。
自爆……。
凄まじいほどの暴力的な風が全身を押し流し、体が宙に舞う。
今、俺たちの身に何が起こったのか、理解が追いつかない。
片手には、何かを引っ張っている感触がある。
リーブの服を掴んでいるのだ。
やがて、背中から地面に激突する。
目を開き、全身の感覚を取り戻して気づいた。
とりあえず、無傷である。
起き上がろうとするリーブにも、怪我は見当たらない。
「ミミゴン! トリウムが!」
「ん……おいおい! なんだよ、あれ!」
トリウムの倒れていた場所には、一本の蠢く大樹が立っていた。
木炭のように黒い表皮、幹は太くいくつもの枝を出している。
枝も真っ黒で、それすらも大木のように感じてしまうほど大きい。
大きいだけなら、まだマシなのだが、それが触手のように伸縮と屈曲を繰り返していた。
濃い緑色の葉も生え始めている。
黒の大樹は成長を続けており、瞬きのたびに天辺が伸びている。
これは、魔物か。
「乃異喪子が去り際に”置き土産”を用意した、と言っていたが……まさか、こいつか」
こいつの正体は、と助手に尋ねる前に、エルドラから『念話』が来た。
(奴は、魔神獣……毒空木だ!)
ド、ドクウツギだと?
日本三大有毒植物の一つに含まれている植物だったよな。
トリカブト、ドクゼリと並ぶドクウツギは実が甘く、誤食が多いとかなんとか。
そんなドクウツギと同名の魔神獣。
グレアリングの蛇足と同じ、またはそれ以上の力を秘めているのか。
今では鉄塔ぐらいの高さにまで成長していた。
「魔神獣、毒空木……」
(トリウムはおそらく、乃異喪子に何かされて魔神獣にさせられたのだろう。急いで討伐しなければ、どんどん成長し続けるぞ!)
エルドラの言う通り、今以上に成長してしまえば手のつけようがなくなるだろう。
早急に倒さなければな。
乃異喪子の残した置き土産。
だが、リーブの気持ちも汲まなければ。
膝立ちのリーブは波打つように動く毒空木を目前にし、剣を地面に突き立てた。
そりゃ、実の息子が魔神獣になったら、どうすべきかなんて。
「はぁー! 『斬撃飛ばし』!」
大剣から発射した刃のエネルギーが、毒空木の幹に刺さる。
「リーブ!」
「ミミゴン! また、勝手な頼みだが聞いてくれ!」
輝く剣身に、リーブの顔が映る。
覚悟を決めた勇ましい表情をしていた。
大剣を持ち上げ、片手で軽く振り回した後、戦闘態勢に入った。
「息子を……魔物となったトリウムを共に倒してくれないか!」