202 終戦―3
皇帝陛下のうめき声。
銃口を、アルフェッカに向けて静止しているジオーブ。
やや間を置いて、ジオーブは灰色の兜に手をかける。
意味ありげに、ゆっくりと顎の方から兜を脱ぎ始めた。
「僕が、どれだけドラコーニブスを殺してやりたいと思ったことか」
兜を脱ぎ去り、その頭を白日の下に晒す。
やっと封印から解放されたような息を吐き、うつむいた顔を上げる。
白い髪に、白い眼球。
唇も白く、肌も雪のような白さである。
決して化粧でできる白色ではなく、本来の色が漂白されたような白だ。
ただ、側頭部の角だけは黒かった。
重い兜が地面に落ち、土にめり込む。
その顔を見て、皇帝陛下は彼の正体に気づいたようだった。
「そなた……ヒドゥリーか?」
ヒドゥリーという名前を聞いて、周りにピリッとした緊張感が走る。
アルフェッカとアルティアは目を見開き、ジオーブ以外の六星騎士長も聞き覚えがあるのか、微妙に顔を歪ませていた。
言い当てられたジオーブ、改めヒドゥリーは喜びを口に表す。
「覚えてくれていたのか、しがない家庭教師の名前を。嬉しいね、僕は……感動したよ」
「あのときとは、雰囲気が異質すぎる。別人じゃないのか」
アルフェッカに問われ、ヒドゥリーは右手で銃を構えたまま、左手で腰のあたりを探り始める。
やがて、取り出したのはアンティークな丸メガネだった。
テンプルを耳にかけ、今度はレンズ越しにアルフェッカを睨む。
「別人なわけないでしょ。これはお前らに正体がバレないための変装……なんて訳じゃない。お前らを殺すための力を得た代償さ。どうだ、すげぇだろ? ふふふ、雰囲気さえも変わっちまった、はっはは」
「目的は、ドラコーニブス家への復讐か?」
「閣下……復讐なんてのは幼子が考えることだぜ。復讐じゃなくて変革を望んでるんだよ。生まれも育ちも、旧市街地……ドラコーニブス家に対する裏切り者が堕ちる最後の居場所だ」
帝都デザイアの下に位置する旧市街地。
奴の言った通り、帝国に反抗した者が罰として旧市街地に追放される。
以前、アルティアからちらっと聞いた話だ。
帝国に反抗するのは貧しい平民ではない。
貴族が多いらしい。
そのため、旧市街地には元貴族という竜人が大勢いるのだという。
「僕は、あの掃き溜めのような街が好きなんだ。僕は、あの街を帝国の中心にしたい。そして、罰を与えるドラコーニブス家に味わってもらいたいんだ。掃き溜めの醜さをね」
「それで、お前……ここから何がしたいんだ?」
俺はアルフェッカを庇うようにして、前に立つ。
急に出てきた俺を見下すようにほくそ笑む。
両手の銃をクルクルと弄びながら、様子を窺っていた。
「お前、敵しかいない中でよく皇帝を撃てたものだな。どう考えても、タイミングは今じゃないだろ。憂さ晴らしに、狙撃したのか?」
「ミミゴン、あなた……王様なんですよね、小さい国の。だったら知っておいた方がいいですよ。敵がべらべら喋るときってのは……」
「知ってる。何か策があって、暴れようとするんだよな」
ヒドゥリーは銃口を俺に突きつけて、引き金に指をかける。
奴の殺気が銃口の先に集う。
「『停止』! デストロイ・ラピッドファイ……!?」
引き金にかけた指が痙攣するように震えている。
まっすぐに伸ばした腕は凍ったように動かない。
自分の状態に驚愕し、指に力を入れようとしているが、逆に銃口は下に落ちていく。
まるで見えない糸で引っ張られるようにして、腕が下がっていった。
足を動かそうとするが、大地から離れない。
「『重力糸』。べらべら喋ってるときに、スキルを唱えた」
「くっ、動けない……」
まるで見えない糸、といったが正にその通りだ。
『重力糸』が手足に巻き付き、地面に手繰り寄せられている。
全くもって身動きが取れないはずだ。
まあ、この世界なら、これでもどうにかできそうな感じはあるのだが。
「あと、お前の『停止』は俺に効かなかったらしい。帝国が誇る武装親衛隊『六星騎士長』だろ? あっさりやられすぎて、怪しすぎるぜ」
「貴様がいなければ、全ていったのによ」
膝をつき、俺を見上げる。
真っ白な瞳が、悔しそうに震えていた。
「それは、どうだろうな。お前程度の竜人に、ドラコーニブス家は潰せない。全員、芯の強さがある。俺がいても、いなくても結局は負けていただろうな」
「ふっ……芯の強さだと? 笑わせるねぇ。家庭が崩壊して、何が芯の強さだ。そもそも、アルフェッカが戦争に関わるよう、仕向けたのは僕のスキル『承認執着』によるものだ」
「お前の、スキル……?」
アルフェッカがぎょっとした顔で、ヒドゥリーを凝視する。
執拗なまでの、皇帝への承認欲求。
それは、ヒドゥリーのスキルが影響しているのだという。
元からあった承認欲求が更に増したのは、『承認執着』によるものなのか。
奴は辺りを窺ったあと、種明かしをするように声を少し明るくした。
「皇帝への凄まじい承認欲求。それをちょいと引き出してやったら、アルフェッカは僕を疑うことなく、どんどん作戦を進めていった。大魔法使いの存在も、巨大魔導兵器の存在も……教えてやったら、すぐに作戦に取り込んだよな。怪しい、とすら思えなかったんだろうね。これが、ドラコーニブスに芯の強さなんてのはない証拠だ」
俺が不自然だと思っていたのは、アルフェッカが巨大魔導兵器の存在を知っていたことだ。
教皇は、アルフェッカが巨大魔導兵器の起動方法を知っていたことに驚いていた。
そもそも、千年前に封じられた巨大魔導兵器を知る手がかりが現存するだろうか。
皇帝でさえも、巨大魔導兵器の存在を知らなかったらしい。
ミリミリが発見されたのも妙だ。
エルドラード帝国は滅び、七生報国はイーデン以外、殺されてしまった。
生き残ったイーデンは自身の命を引き換えに、七生報国を蘇らせ、秘境に封印したという。
簡単に解除することのできない封印。
ましてや、誰にも見つけられない秘境に隠したというのに、ヒドゥリーはいともたやすく見つけている。
偶然で見つかるなんてことはないはずだ。
この男の背後にいる存在、まさか……。
「ヒドゥリー、お前はドラコーニブス家を倒すための力を手に入れたと言っていたな。誰かに力を与えられたんじゃないのか? その誰かが、お前をここまで手引きしたんだ」
「ご明察。僕が六星騎士長になれたのも、あの人のおかげさ。僕の内で燃えたぎる野望。それを、あの人は気に入ってくれた」
「お前、今……何を企んでいる」
「敵がべらべら喋るときってのは諦めたときか、時間稼ぎかのどちらかさ」
突然、背後が騒がしくなる。
振り返ると、遠くから見慣れない四人が歩いていた。
正確には五人。
真ん中の一人が青年を引きずっている。
その青年に見覚えがある。
リーブが真っ先に、その青年の名前を叫んだ。
「トリウム!」
リーブの息子トリウムは気絶しているようで、返事はない。
集団は兵士たちを気にすることなく、正々堂々とこちらに向かって闊歩してくる。
奴らは……法則解放党。
魔人、竜人、エルフ、転生者が横一列で突き進んでくる。
威厳を放って、兵士の波を割っている。
ヒドゥリーは不気味なほど愛想よく笑って、真ん中の転生者を見つめていた。
俺は法則解放党を警戒するよう、この場にいる全員に呼びかける。
「武器を構えたほうがいい」
「奴らを知っているのか?」
アルフェッカが双剣を引き抜きつつ、横目で尋ねてくる。
首肯して、法則解放党を用心する。
リーブも大剣を握り直し、アルフェッカに警告した。
「アルフェッカよ、奴らはかなり手強い。油断大敵だ」
「一ヶ月前、グレアリング王国がレジスタンスに襲われたと聞いたが、首魁は奴らか」
「息子も……法則解放党の仲間になった。王族というのは、家庭の不幸に見舞われやすいのか」
六星騎士長も武器を手に取り、アルフェッカの周りで待機する。
アルティアとメリディスも同様に武器を持ち、アルファルドを守る態勢に入った。
こんなときに、法則解放党が堂々と姿を現した。
狙いは、ヒドゥリーの奪還か。
こいつも法則解放党の手先だったわけだ。
「そこで止まれ、法則解放党」
「ミミゴン……会えて嬉しいわ」
女が止まると、他の者も止まった。
黒い衣装を纏った女は妖艶な雰囲気を醸しており、まるで舞踏会に招待された色女のようである。
だが、その見た目とは裏腹に全身から激しい敵意を帯びていた。
トリウムの首を掴んだ右手を持ち上げる。
だらんと垂れた手足、失せた顔色。
生気が感じられず、もう既に死んでいるのではないかと思ってしまう。
しかし、すぐに生きていることがわかった。
「父、さん……」
「トリウム! そこの女、すぐに息子を放せ。大事な息子だ」
「取り返しに来ないのに、大事な息子? 面白い冗談ね。まぁ、目的は果たせたし、返すわ。"おまけ"も加えてね」