201 終戦―2
リフトが出発すると発令所から離れていく。
下に到着した直後、真っ先にメリディスが駆けていった。
どうやら、アルフェッカとの戦闘の最中、あの妖刀を弾き飛ばされたらしい。
師匠から託された太刀だ。
なくすわけにはいかないだろう。
アルフェッカは、バツが悪そうに少し頭を下げていた。
通路の向こうから、三人が歩いてくる。
水色の甲冑と灰色の甲冑。
もう一人は青いジャケットを着た、やけにラフな格好の竜人だ。
そいつの正体は、ペンティスだった。
大きく手を振って、俺の名前を叫ぶ。
「ミミゴン!」
「ペンティスか」
ペンティスは俺の前に立ち、やれやれとばかりに顔をくたびれさせる。
「あの二人が戦っている横で待ってなんかいられるかよ。トラオムがいつ、傷つけられるか不安で不安で堪らなかったんだぜ、おい」
あの二人というのは、スイセイとジオーブだ。
相当な激闘が繰り広げられたのだろう。
二人の甲冑が、それを物語っている。
「わ、わるいな。あそこで待たせたのは、まずかったな」
「それで首尾は? って聞かなくても、さっき聞こえてきたぜ。アルフェッカ様の宣言がな」
「アルフェッカ様、終戦……ですか?」
「そうだ、ジオーブ。卿の頑張りに応えられず、不満に思うだろう」
ジオーブの声色には疑問というよりも、怒気のようなものを感じられた。
アルフェッカは、ジオーブの感情を受け止め、話を進める。
「私が決断したことだ。どうか、この結果を受け入れてもらいたい」
「受け入れる……ねぇ。ま、閣下の選択にケチつけるような真似はしませんよ」
そう言って、ジオーブはさっさと出口へと向かったようだった。
あの男、他の六星騎士長とは違って、妙な雰囲気を醸し出している。
兜の下で、常に企みながら生きている。
そんなふうな生き方を感じた。
スイセイは、アルフェッカの決断を称える。
「閣下、素晴らしい宣言でした。皇帝陛下もさぞ、お喜びになられるでしょう」
「そうだろうか。自分で勝手に蒔いた種を周りに指摘され、自分で刈り取ったようなものだ。その種というのも、とんでもない有害植物ときた。お父様が喜ぶことなどないはずだ」
「どれほど、閣下のことを心配されていたことか。お会いになれば、分かるはずです」
「そうか……それと、スイセイ。色々と迷惑をかけた。償いきれないほどに」
スイセイは手を振り、否定する。
「いえ、私は迷惑などとは思っておりません。これまでのことは水に流し、これからの未来を考えましょう」
「卿が、それで良いと申すのであれば、そうさせてもらう」
スイセイが頷き、アルフェッカは一礼した。
彼女は、実直でやるといったらやるという性格である。
現に、皇帝の威光を押しのけ、軍を動かし、グレアリング王国をあと一歩のところまで追い詰めた。
さすがは皇帝陛下の血を引いているだけある。
だからこそ、今のアルフェッカなら戦後も罪滅ぼしのため、尽力してくれるだろう。
周りには、スイセイやヴェニューサ、アルファルドにアルティアが付いている。
彼女に関しては、もう心配不要だろう。
モルスケルタの腹の部分から、外へ出入り口が続いている。
今は昼ごろだろうか。
太陽は輝きを放ち、地面と草地を照らしている。
正面を見ると、なだらかな丘が続き、丘の上はセルタス要塞が支配していた。
そして、広がるは両軍の兵士。
人間と竜人の兵士が一同、俺たちを凝視している。
未だに疑いを持っているのだろう。
終戦が本当に訪れるのかと。
スロープを降りた先に、ヴェニューサとジオーブ。
飛行戦艦アークライトは要塞近くで着陸している。
それから、リーブ王と側近のアルテックが仁王立ちしていた。
加えて……デザイア帝国現皇帝。
「お父様……」
アルフェッカがやるせない表情のまま、引っ張られるように歩いていく。
迎えるアルファルドも、どういった表情をしていいのか困惑していた。
視線の先を娘に合わせようとしているが、目を伏せてしまう。
それでも、前を向こうと決心し、瞳を真正面に向けた。
腕を広げ、アルフェッカを待ちわびる。
その大きな胸に、アルフェッカは恐れながらもゆっくりと抱きついた。
ぎこちない動作で、アルファルドはアルフェッカの背中に腕を回した。
やがて、アルフェッカは皇帝の心情を察し、顔を胸に預ける。
「お父様、私……」
「語らずともよい。もう十分、言動を省みただろう。我は……出来損ないの親だ。苦しかっただろう、ずっと。そなたを、ちゃんと見てやれなかった。戦争で我を忘れ、家族を大切にしてやれなかった。愛を与えることもせず、自分の保身に走ってしまった。だというのに、そなたは我を敬愛してくれていた。ずっと見ていてくれたんだな、アルフェッカ」
「今更、ですか……」
「遅すぎたな。だけど、言わせてくれ。アルフェッカ、愛している。立派な娘になったな」
「……はい」
アルファルドは相変わらず、ぎこちない手つきでアルフェッカを撫でる。
やがて、アルフェッカは離れ、次はリーブ王のもとへと寄っていく。
父親に甘える顔ではなく、為政者としての顔つきになっていた。
「グレアリング・リーブ。我の申し出に応じ……」
「堅苦しい挨拶は省こう。まずは、握手だ」
リーブ王は有無を言わせぬ勢いで、右手を差し出した。
それを見たアルフェッカは気兼ねして、小さく笑ってその手を強く握った。
両者は頷き、思いを共有する。
すなわち、停戦の合意。
「ありがとう、ドラコーニブス・アルフェッカ」
「これで、皆は納得してくれるだろうか」
「私が、宣言しよう」
握手は解け、リーブは要塞の方に体を向けて声を張り上げた。
「聞け!」
大砲の如き発声は要塞を貫き、山々に当たって木霊する。
この王様、あんな響く声を出せたのか。
正直、見くびっていた。
「我々はたった今、ドラコーニブス・アルフェッカと停戦を合意し、デザイアリング戦争の完全停止をここに宣言する! デザイアリング戦争は終わった! 我々は――自由だ!」
しばらくして、兵士たちは状況を飲み込めたのか、グレアリングとデザイアは歓声を上げた。
全身全霊で、腹の底から叫ぶ。
喉がはちきれそうな雄叫びが、あちこちから聞こえてきた。
心の声を精一杯、発して表現しているのだ。
狂喜乱舞する兵士もいれば、疲れ切ってその場に大の字で倒れた兵士もいる。
とにかく、目の前の光景はすごかった。
争いが渦巻いていた地で、悪しき暗い戦いが幕を閉じようとしていた。
そうだ、終わったんだ。
これで、世界は一つに……。
「『ハードショット』」
誰かが銃スキルを唱える声。
ドンと内臓を揺らす銃声。
倒れゆく人影。
全員の視線が音の発生源に移動する。
「お……」
振り向いたアルフェッカが驚愕し、声を出そうとする。
脳内で状況を受け入れたとき、撃たれた人物を叫んだ。
「――お父様!」
「皇帝陛下!」
側に付いていたスイセイが駆け寄り、アルファルドの頭を持ち上げる。
アルファルドは胸を撃たれていた。
撃たれた箇所から鮮血が吹き出し、上着が赤く染まっていく。
歯を食いしばって呻き、胸を両手で押さえ、手当する。
アルフェッカは剣を抜き、切っ先を狙撃者に突きつけた。
怒気を帯びた声で、問い詰める。
「なぜ、なぜ……お父様を撃った! 答えろ……ジオーブ!」
拳銃を持ち上げ、銃口から煙が立ち上っている。
撃ったのは、六星騎士長ジオーブだ。
どう言い逃れしようと、犯人なのは確かだ。
アルティアも白銀の剣を握り、戦闘態勢に入る。
他の者も、ジオーブを警戒した。
兵士は何が起こったのか成り行きを飲み込めず、呆然と佇んでいる。
「ジオーブ! 答えろ! お父様を撃った訳を、答えろ!」
「……そう、かっかすんなよ。閣下……なんつってな。おっと、洒落も通じないほどに激怒されている」
「なぜ、答えない!」
「こっちもなぁ……激怒してんだ! 黙って、死んでいけよ……ドラコーニブス!」