200 終戦―1
「馬鹿な、ミリミリが敗れるとは」
心の動揺が声色に表出していた。
アルフェッカの様子を見て、アルティアたちが頑張って戦ったことを理解した。
俺はミリミリを横に抱えて、おもむろに中央まで歩く。
「モルスケルタを止めたのも、貴殿の仕業か」
「魔力は返してもらった。もう、モルスケルタは……動かない」
動かないことを強調して、アルフェッカを諦めさせる。
小さく唇を噛み、俺を睨む。
俺の魔力を奪って動かしていたモルスケルタ。
原動機に触れて、魔力を吸い取った途端、内部に異変が生じた。
兵器として動くギリギリの魔力量しか、原動機になかったことを証明している。
俺とミリミリを合わせて、ようやく動くとか凄まじい魔力量が必要なんだな。
もとは、エルドラを倒すために開発された兵器。
それ相応の魔力が求められるのは当然か。
沈黙の流れる空気を打ち破ったのは、何かに気がついたアルフェッカの声だった。
壁のモニターにちらっと飛行戦艦が映ったのを見て、瞳に光を取り戻したのだ。
「まだ、飛行戦艦アークライトが残っている!」
希望は失われていないと笑えたのは、束の間のこと。
制御室の兵士が叫んだ。
「閣下! アークライトから入電です!」
「機会に恵まれているな。つなげ!」
一つのモニターに、アークライトを指揮する六星騎士長ヴェニューサが映る。
ヴェニューサを一目見て、アルフェッカはすがるように声を張り上げた。
「ヴェニューサ! すぐさま、一斉射撃でセルタス要塞を落とせ! 地上の王国軍に構う必要はない!」
一気に攻勢に出ようと、飛行戦艦に号令をかけるが。
「アークライトですが……弾薬である魔晶石が底をつき、継続して戦闘を行うことは困難。有効な攻撃手段が本艦にはありません」
「使い果たしたというのか! 使い果たして、なぜ要塞は落ちない!」
「グレアリング王国軍は要塞の守りに特化しており、帝国軍は攻めあぐねている。閣下、決定打に欠けた状況で戦いを強いるのは得策ではありません」
「ぐっ……」
スピーカーから響いてくるのは、悲しいお知らせだった。
それが、アルフェッカの野望を打ち砕く。
「閣下に一言申し上げます」
「……なんだ」
「今の閣下のお姿……ステラ様にお見せできません」
「ドラコーニブス家の竜人にあるまじき姿だということだろう。わかっている、すぐに次の手を」
「――聴きなさい」
ヴェニューサが覇気のある声を発し、アルフェッカの動きが止まる。
あの人が普段、どういう人なのかは分からないが雰囲気が変わったように思えた。
六星騎士長としての発言ではなく、ヴェニューサが発言するのだ。
「ステラ様は戦の世を憎み、平和を望んでいた。アルフェッカとアルティア、それぞれ幼い時によく本を読み聞かせていた。終戦を取り扱った本だ。二人の力で戦争をなくして欲しいと願って、読み聞かせを続けていたのだ。アルフェッカ……ドラコーニブス家を第一に考えるのであれば、ステラ様の意思を尊重してあげてほしい。ステラ様も、ドラコーニブス家の一員だからだ」
「ヴェニューサは悔しくないのか……誰よりも帝国に身を尽くした卿は、勝利を収めることなく終戦になることが悔しくないのか! 報われないのだぞ」
「悔しくはありません。ワタクシが帝国に身を尽くしてきたのは報われるためではなく、帝国が最良の道を歩むところを見守るため。終戦が帝国のためとなるのであれば、本望。閣下、ご判断を」
一瞬うろたえたアルフェッカだが、すぐに冷静さを取り戻した。
うつむき、そっと呟く。
「お母様……」
バッと顔を上げ、制御室に声を飛ばす。
決心をし、悩みを吹き飛ばしたような凛々しい顔つきで。
声も一段と迫力を増している。
「拡声器を起動しろ!」
「はっ! 音響装置、動作確認。音響装置、問題なし! 使用可能!」
アルフェッカは一歩前に進み出る。
「攻撃を停止せよ! 我が名は、ドラコーニブス・アルフェッカ! 繰り返す! デザイア帝国軍に告ぐ! 攻撃を停止せよ!」
攻撃中止を命じる声は、モルスケルタ全体に轟く。
それでいて、聞き取りやすい引き締まった声色。
誰もが振り向き、声の主に惚れるだろう。
現に、俺も全意識がアルフェッカに奪われてしまった。
「我が軍はグレアリング王国に対し、デザイアリング戦争の停戦を求める! ドラコーニブス・アルフェッカは、グレアリング王国のグレアリング・リーヴ王と停戦に向けた対話を申し込む!」
言い放ったあと、しばらくして、アルフェッカが前のめりに倒れた。
倒れるアルフェッカを、アルティアが抱きとめる。
気力を振り絞って、決断と発声を行ったのだろう。
さっきまでの様子とは裏腹に、ひどく疲弊した表情になり、息も荒くなっていた。
「お姉様!」
「……大丈夫だ。まだ、倒れるわけにはいかない。私よりも、メリディスを支えてやってくれ」
膝をつき、胸を押さえるアルフェッカに、ウラヌスが肩を貸して立ち上がらせる。
「ウラヌス……私を、見損なっただろう」
「まさか。閣下の英断には敬服しかありません。最後まで、お仕えさせて頂きます」
アルティアは、メリディスに『マイクロヒーリング』で回復させる。
緑の粒子がメリディスを包み、身体を癒やしていく。
重い瞼が開き、アルティアを見据えたようだ。
「アルティア様……」
「……ここまで苦労をかけましたね、メリディス。ありがとう……」
アルティアの目から涙がすぅっと落ちる。
一粒の落涙により、感情の堰が切れたのか、涙が止まらなくなったようだ。
手の甲で目を押さえるが、涙を抑えることができない。
見かねたメリディスが、そっとアルティアを引き寄せて抱擁する。
傷と血が目立つ腕が背中に回り、ギュッと抱きしめた。
嗚咽は止まらなくなり、メリディスの胸に力いっぱい、顔を押し付ける。
終戦へ近づいた安堵、アルティアとメリディスの努力。
それが一気に、彼女の心に押し寄せたのだろう。
震える彼女を、メリディスは受け止め、一緒に立ち上がった。
顔の下から、小さな唸り声がした。
抱きかかえていたミリミリが目を覚ましたのだ。
「起きたか、大魔法使い」
返事はなく、ぼぅっと虚ろな瞳で天井を見つめていた。
果たして、彼女は記憶を取り戻せただろうか。
七生報国だったときの記憶。
エルドラのことを思い出しただろうか。
俺はミリミリをあまり揺らさないよう、慎重な足取りでアルフェッカに接近する。
「アルフェッカ」
「! ミリミリ!」
頭をゆっくり、アルフェッカに傾ける。
「アルフェッカ……私、負けちゃった。ごめん、なさい」
「いいんだ、気にするな」
ミリミリを下ろし、小さな足を床につけさせる。
俺の方に向き直り、口を開いた。
「あなたとの戦いで、思い出したの。千年前の出来事……大切な記憶なのに、どうして忘れてしまったの。忘れられるはずがないのに」
「忘れたいと思うほど、ひどい光景だったのだろう。意識から隔離して、自我を守ろうとしたんだ。すまない、無理に思い出させてしまって」
「あなたには感謝しているのよ。本当のミリミリ、見つけることができた」
ミリミリは一礼して振り返り、アルフェッカに視線を合わせた。
「アルフェッカ、ごめんなさい。ミリミリ、帰らなければならない場所があって」
「――皆まで言うな。謝るのは私の方だ。貴女の正体、既に知っていたんだ。千年前に滅んだエルドラード帝国の魔術師ミリミリ・メートルだとな。その力を私のものにしようと、ずっと言い出せなかった。いえば、私から離れていくような気がしたからな。所詮、私ごときが支配できる者ではなかった。それだけだ」
「アルフェッカ……」
「六年もの間、私と共にいてくれたこと感謝している。貴女にとっては、時間を無駄にした期間だったが」
「そんなことない。実に楽しかった。究極魔法を使うだけで褒めてくれる、喜んでくれる。ご褒美も用意してくれる。ありがとう、アルフェッカ」
感謝を述べるミリミリを見たアルフェッカは居た堪れなくなったのか、うつむく。
野望のために操っていたというのに、感謝をされたことが申し訳ない気持ちにさせたのだろう。
気持ちを切り替えるため、ふっと口元を緩め、顔を上げると制御室に指示を飛ばした。
「モルスケルタの脚部を畳み、全員降りろ!」
兵士全員が歓喜に似た返事をして、作業に取り掛かった。
アルフェッカはミリミリに笑いかけ、ミリミリも笑顔で返す。
泣いていたアルティアも落ち着き、メリディスを眺める。
メリディスは気恥ずかしくなったのか、そっぽを向いた。
モルスケルタが何回か振動する。
伸ばしていた脚を折りたたんでいるのだろう。
これで終戦になるんだよな、教皇さんよ。
俺は薄暗い空間の中、リフトを目指して歩いた。