195 ドラコーニブス・アルフェッカ―2
青い煌めきを放つ双刃を、アルフェッカは軽々と扱う。
勢いよく振り回す双刃をアルティアは躱し、横からメリディスが襲う。
異様な刃の長さを誇る太刀を一閃。
アルフェッカは持ち前の反射神経と体の柔軟さを利用して、舞うように回避した。
それを見越して、アルティアは『サンダーボルト』を姉に向かって解き放つ。
「『サンダーボルト』!」
「『反射の意志』」
『サンダーボルト』が直撃する寸前で、ハンカチを捲り上げるように剣を振り上げる。
剣に纏わせた『反射の意志』によって電撃は炸裂せず、『サンダーボルト』はとんぼ返りをした。
すぐさまアルティアは横に飛び込むと、先程まで立っていた空間に雷が飛来する。
「『内気功』『雷光一閃剣』!」
身体能力を増強したメリディスが、落雷の如き速さで太刀を薙ぎ払った。
すかさず挟撃するため、アルティアも一気に駆ける。
刃長90cmを超える妖刀が撃つ迅速の刃と数多の魔物を裂いた銀の剣。
両側から襲撃を仕掛けた二人の武器を、アルフェッカは逆手に持ち替えた双剣で容易に受け止めた。
いくらアルティアたちが万全の状態ではないとはいえ、アルフェッカがここまで強靭なことに二人は驚いていた。
アルフェッカは内に秘めた気を爆発させ、腕力だけで二人を弾き飛ばす。
逆手に握った双剣を真上に投げ、再び順手に持ち替えた。
「アルティアとメリディス……いつも二人で行動しているだけあって、連携が完成されている。メリディスを少し侮っていたよ。私の妹に付いていけるのは、姉の私だけだと思っていたからな。まったく、頼もしいものだ」
「メリディスと出会えて、ここまで来れたこと……誇りに思います。私たちの強い結束は、お姉様にも破れません。それを証明してみせます。メリディス!」
「はっ、アルティア様!」
私が必要とされている、頼りにされている。
そう実感したメリディスは心を奮い立たせ、腕や脚の痛みを気合で消し飛ばした。
太刀の柄を手のひら全体で把持する。
体力が残り少ない二人に、持久戦という選択はできなかった。
『念話』を用いていないというのに、アルティアとメリディス二人の思考が合致する。
『龍化』。
一時的に力を大幅に増大させ、速攻でアルフェッカを止める。
考えられる作戦の中で勝機を見いだせるのは、これしかない。
竜人の特徴である側頭部の角が成長する。
アルティアとメリディスは『龍化』し、体の奥底から湧き上がる闘気が目に見える気がした。
ここから戦いが激しくなることを、アルフェッカは覚悟する。
もし危うくなれば、実の妹を斬り殺してしまうかもしれない。
いや、アルティアは斬り殺されることを承知の上で私に抗うことを決心したのだろう。
妹は命をかけて、私を止めに来ているのだ。
アルフェッカはひどく悩まされた。
心に玉の汗が吹き出ている。
どうしてだ、どうしてそこまでして私を止めようとするのだ。
全ては……デザイア帝国のため、ドラコーニブス家のため、アルティアのため、お父様のため。
夭逝したお母様のため。
想いと願いを背負って、私は戦っているのだ!
アルファルド、ステラの間に生まれたアルフェッカ。
彼女はドラコーニブス家を、ひいてはデザイア帝国を率いるための能力を必要とされた。
幼い頃から六星騎士長スイセイの指導のもと、武芸を叩き込まれる。
剣、槍、弓、銃などの扱い方を習得、戦闘での身ごなし、精神鍛錬。
わずか六歳にして、彼女は魔物の討伐をさせられた。
次に学業、立ち居振る舞い、言葉遣い。
アルフェッカの進講役を努めたのは、ヒドゥリーという男だ。
市街地に塾を構え、学長として貴族の子どもに教育を施していた。
ヒドゥリーの熱意を、アルファルドは気に入り、彼をアルフェッカの家庭教師として雇った。
丸メガネに灰色の髪、いかにも真面目という印象を受ける竜人である。
朝はヒドゥリーによる講義、昼と夜はスイセイの指導。
並の者であれば逃げ出したくなるほど、過酷な毎日であった。
しかし、アルフェッカは逃げ出さなかった。
もともと素質に恵まれており、武芸も学問も卒なくこなし、苦難を乗り越えた。
そもそもの話、六歳で魔物を討伐できたのはドラコーニブス家の歴史で前例のない快挙である。
アルファルドでさえ、十一歳だ。
ともかく、アルフェッカは才能に溢れていた。
才能に溢れていたのは確かだが、才能だけで不満をこぼすことなく続けられるものではない。
彼女は決して、大変だとは感じなかった。
ひとえに家族からの称賛があったからだろう。
ドラコーニブス家のために学び、ドラコーニブス家に認められる。
これがたまらなく嬉しかった。
母ステラからは毎日のように褒められる。
ただ、ステラよりも父アルファルドに褒められたいと感じていた。
忙しい父は、たまにしか会わない。
それに現在の帝王である。
だからこそ、褒められると自分が王の器として優れているのだと思えた。
ある日、アルファルドが玉座の間を出るとアルフェッカが立っていた。
偶然出会えたことと褒めてもらえることを期待して、アルフェッカの表情は薄笑いを浮かべている。
「お父様、帝都近くを騒がせていた盗賊団を捕らえることに成功しました」
「ほう、うちの兵士でも捕らえられなかった盗賊団を捕らえるとは。さすがだ、アルフェッカ。王として立派な行為だ」
アルファルドはしゃがみ込み、アルフェッカと目線を合わせて、頭をなでた。
それが、アルフェッカにとって心地よい時間だった。
また、あるときも。
「お父様、アーケオダイナソーを討伐しました」
「我でさえも倒すのに手こずる魔物を討伐したというのか。きっと、我以上に強くなるだろう。その調子だ、アルフェッカ」
頭に手を置かれ、アルフェッカは努力が報われた瞬間を深く味わう。
側にいた家庭教師のヒドゥリーも、アルファルドに娘の優秀さを語った。
それによって、もう一度、褒められた。
父を慕うアルフェッカは、父に褒められたいとより強く決意したのである。
アルフェッカが十歳を迎えた年。
ドラコーニブスの血筋を継ぐ竜人が誕生した。
それがアルフェッカの妹、アルティアである。
アルフェッカは父のようになろうと、泰然自若に振る舞っていた。
どのようなことが起きようとも、冷静に対処する。
魔物に対しても、狩猟の同行者である兵士に対しても非情であり、笑顔を見せることはなかった。
だが、アルティアの顔を見た瞬間、うってかわって表情が綻ぶ。
きつく縛っていた縄が、一瞬にして解けるように変貌するのだ。
「お母様、アルティアが笑いました」
「お姉ちゃんが来て、安心したのよ。ほら、手を伸ばしてる」
「はいはい、お姉様ですよ」
乳児用ベッドで仰向けのアルティアは無垢な笑顔で、小さな手をアルティアに伸ばす。
その拳をアルティアは、そっと握った。
私はアルティアのためにも、人事を尽くす。
これまで以上に、アルティアは力と実績を渇望した。
そのために東奔西走、奮励努力する。
より強大な魔物を倒す努力、民に愛される努力、王として相応しくなるための努力。
アルファルドがデザイアリング戦争に集中できるよう、アルフェッカは施政にも注力し始めるようになった。
父に褒めてもらうため、妹に誇れる立派な姉になるため。
「アルティア、私は強く生きてみせるぞ。我が妹に慕われるため、お母様に誇れる娘になるため、お父様を超える帝王となるために」