194 ミリミリ・メートル
「『ものまね』!」
なんとか……魔力を取り戻し、エルドラの『ものまね』ができた。
それに、上空でミリミリと一対一に持ち込めた。
ここまでやって、ようやくスタートラインに立ったのだ。
問題はここからだ。
問題、その一。
ミリミリは、俺のものまねするエルドラよりも強いということ。
問題、その二。
魔力を取り戻したといっても、魔力最大値を取り戻しただけで魔力はすっからかんだということ。
これらを抱えた状態で戦いを始めなければならない。
要するに、準備不足である。
となったら、もう……神頼みしかない。
「へぇ、やるじゃない。驚いたわ」
突然、空へと連れてこられたというのにケロッとした顔で感想を述べていた。
エルドラの側近『七生報国』だっただけあって、適応力が高い。
「悪いが、アルティアのところへは戻らせないぞ」
「望むところよ。あなたを始末して、アルティアに褒めてもらうことにするわ」
ミリミリは右手に杖を出現させ、体を大の字に伸ばし切った。
黒いローブははためき、両肩にかかっていた銀髪のツインテールが浮き上がる。
辺りに風圧を放つと、勝気に笑みを浮かべた。
生意気なガキの笑い方じゃない。
奴の能力に見合った、ただただ勝利を信じる眼差しである。
記憶を失っていても、さすがは元七生報国の一人。
ちゃんと、俺と対峙してくれた。
俺たちも、やるぞ!
〈まずは魔力の回復ですー! ミミゴンはしっかりと意識を保っていてくださいねー!〉
そろそろ、非現実な戦いには慣れてきた。
今更、言われなくても……。
「――『ソルセルスフェール:バラージ』!」
「うおぉっ!?」
ミリミリは俺めがけて、光弾を連射してきた。
助手は俺の体を無理やり操縦し、光弾を回避していく。
体全体をくねらせながら、大空を飛行する。
後ろから追尾してくる光弾を最小限の動きで躱すとともに、『異次元収納』から魔石を取り出した。
内側から青色に輝く魔石は、ツトムのいる洞窟で採取したものだ。
それを握り潰すと、魔石に秘められていた膨大な魔力が体内へと吸収された。
あと二個、魔石を手に取り、破壊して魔力を回復させる。
「ここから反撃……」
「――『土を司る神の溺惑』!」
「次から次へと!」
空に暗雲が立ち込める。
集合した黒い雲に巨大な魔法陣が展開し、魔法陣を打ち破るように隕石の頭が現れた。
隕石の影は膨れていき、モルスケルタ、エルドラを飲み込む。
やがて、魔法陣全体から巨岩が露出し、ゆっくりと地上へと落下してきた。
俺ごと地球をかち割ってやろうという勢力を感じる。
光景はまさに、天地の終わりを訴えていた。
あの巨岩を地上に落としてはいけない。
大地というのは意外と脆いものだからだ。
セルタス要塞まで、まだ距離はあるものの、激突による衝撃は遥か彼方のグレアリング王国にまで及びそうだった。
エルドラの姿となって戦うとき、バカスカと究極魔法を撃っていたが方向を間違えると環境破壊、ひいては地球そのものを破壊しかねない。
なんとしてでも、ミリミリの繰り出す究極魔法を打ち消さねばならない。
(究極魔法には究極魔法をぶつけますよー!)
「『氷を司る神の恐慌』!」
手のひらに、ポッと咲かせた氷のつぶてに魔力を注ぐ。
一度瞬くと要塞の大きさとなり、もう一度瞬くと小惑星となった。
片腕にかかる圧が加え増されていく。
あの隕石を打ち破るだけでなく、ミリミリごと穿つ究極魔法にしなくては。
もう一段階、魔力の塊を究極魔法に込めると更に一回り膨大する。
巨岩はまだまだ上にあるというのに、俺は押し潰されそうになっていた。
空中の魔物は満足に羽ばたくことすらままならず、落下している。
俺は、あの魔物のように負けてはならないのだ。
「ゆけぇー! 氷の究極魔法よ!」
氷でできた惑星を全身で投げ飛ばす。
右腕は大砲となって力と方向を与えると、氷の惑星はそれに従って真上に飛んでいった。
傍から見れば、勢いはおそろしく遅いはずだ。
それでも全力で投球した魔法は、ミリミリの魔法を超えた威力を放っていた。
今、天体と天体がぶつかる。
天空が変形し、亀裂が走る。
氷塊と巨岩の間には黒い稲光が帯びて、相手を破壊してやろうと激しく争っていた。
風は暴れ狂う獣となり、音は聴くもの全てを威圧する重さを伴う。
強力な魔法同士の激突はついに爆発し、極大のエネルギー波で周囲を吹き飛ばした。
地上に生え揃えてあった木は剥がされ、分解された。
魔物は爆発の波に圧縮された。
「『雷を司る神の我儘』!」
「『風を司る神の矜持』ー!」
ミリミリが突きつける杖の先端が妖しく光ると、宇宙から極太の稲妻が降り注いだ。
助手に即反応し、真上に究極魔法を撃つ。
いくつもの層でできた暴風は螺旋状に渦を巻き、空を切り裂く落雷を丸呑みするように喰らった。
雷撃を防ぐと、次は光線が襲ってくる。
「『クルーエルレイ』! 『ソルセルスフェール:ハープーン』!」
青白い光線は体を斜めにして躱し、続く直進してくる光球を『究極障壁』で打ち消す。
「『二言詠唱』『ソルセルスフェール:バラージ』『ソルセルスフェール:レイン』」
今度の『ソルセルスフェール:バラージ』は先程よりも光球の数が二倍になっている。
『二言詠唱』というスキルの影響か。
『ソルセルスフェール:レイン』は上空一体に光球が出現し、車軸を流す大雨の如く降り掛かってくる。
前方から、上方からと光球が束となって叩きつけてきた。
ミリミリの狙いは、地道に俺の魔力を削ることか。
全身を緑色の球で覆う『究極障壁』が光球を弾ける。
乱暴に戸を叩くような音が四方八方から響く。
波をかき分けて泳ぐように、『究極障壁』を張りながらミリミリのもとへと飛行する。
『ソルセルスフェール』の嵐を抜け、やっとミリミリの真正面に立てた。
奴を躊躇なく右拳で殴りつける。
「『ミーティアインパクト』!」
「『究極障壁』」
咄嗟に展開した『究極障壁』が拳を止める。
『ミーティアインパクト』が無効化されたように思えるが、勢いは止まらない。
緑の障壁は粉々に割れ、ミリミリを怯ませた。
すかさず、左手を突き出して究極魔法を唱える。
「『炎を司る神の憤怒』!」
閃光が迸り、一瞬風が吹いたあと、思いっきり爆裂した。
火球は膨れ、大気が大きく震える。
静寂が訪れ、白煙が一帯を包む。
「わたし……どこかで同じような光景を目にしたことがある、かも。不思議な……かんかく」
前方に気配があった。
風が煙を払ったあと、ミリミリは釈然としない様子で立ち尽くしていた。
銀髪とローブの一部が焼かれ、黒くなっている。
『炎を司る神の憤怒』の直後、『究極障壁』を発動したのだろう。
障壁は発動できたものの、展開しきることができず、隙間から攻撃を受けた。
直撃させることはできなかったが、一矢報いることはできた。
「ミリミリ。お前がこうして、究極魔法を扱えるのは師匠エルドラのもとで修行したからだ。そのときの光景と今の光景が重なったのだろう」
「エルドラ……」
瞳孔が見開いたが、すぐ頭を振って杖を構えた。
「今のは私の記憶?」
ミリミリの視線が左に動く。
何かを思い出そうとしているのだ。
「私は、あなたを前に知ったばかりなのに、大昔からあなたのことを知っていた気がする」
ここで、エルドラが呟く。
(やはり、記憶を汚染されていたか。何者かに、精神を干渉されたのだ)
それで記憶を失くしたのか。
(失くしたというよりは、強引に封印されたのだ。だが、ミミゴンのおかげで少しずつ解放されようとしているぞ。あと、もう一息だ!)
ミリミリは片手を頭に当てながら、杖を振り上げた。
大気がしんと冷たくなり、ミリミリの周りに粒子が浮かび上がって輝き始める。
「『聖を司る神の光耀』」
〈蛇足のときを思い出しますねー〉
助手は慌てることなく、『究極障壁』を張る。
俺も助手も覚悟しているのだ。
ここから先、一歩も退かない。
次の瞬間、光の奔流に飲み込まれた。
魔力を『究極障壁』に注ぎ、必死に耐え忍ぶ。
聖の究極魔法と闇の究極魔法は他の究極魔法と規模が異なる。
蛇足よりも魔力を有するミリミリが放つ究極魔法は、かなりきつい。
頭を押され、首は曲がり、息が苦しい。
肺を握られているような感覚で、空気が喉を通らない。
光の届かない深い海の底はたぶん、こんな感じだろう。
今はひたすら腕を伸ばし、『究極障壁』に魔力を捧げる。
それだけしか思考することができない。
「うおおおおーっ!」
「いくぞー!」
「えっ!?」
脅威の『聖を司る神の光耀』を耐え抜いて、すぐミリミリの方へ突っ込んだ。
体は痺れ、全身のあちこちがヒリヒリと痛い。
加えて、満足に呼吸もできていない。
はっきり言って、泣きそうだった。
だけど、助手は容赦なく俺を操り、走らせる。
ミリミリは、一息つく間もなく唐突に突進してきた俺に動揺していた。
あっという間に、ミリミリの目前に立てた。
そして、右手でミリミリの頭に触れる。
「やれ、助手!」
〈『精神侵入』ー!〉
助手がミリミリの精神に干渉する。
『精神侵入』で記憶領域に入り込み、封印を解除するのだ。
事前に、エルドラはミリミリの異変を見抜いていた。
昔、同じような人物を見たことがあったらしい。
そのとき、エルドラが試したのは。
(かつて体験した出来事を再現するのだ。すると、封印された記憶の一部にヒビが生じる。だからだ、ミミゴンに助手よ。我が語るミリミリとの思い出を、再現してくれないか。共に鍛錬した修行の日々を)
ミリミリと究極魔法で争い、一瞬の隙を突いて『炎を司る神の憤怒』を浴びせる。
すると、ミリミリは『究極障壁』で守るという行動に出るはずだ。
そして、ミミゴンは動くな。
わざと無防備となり、ミリミリの様子を窺え。
次に、一気に攻めようと『聖を司る神の光耀』を放ってくるはずだ。
『究極障壁』で耐え、攻撃が終われば、すかさず接近しろ。
不意を突くと同時に、『精神侵入』でミリミリを解放してやってくれ。
まさか、エルドラの指示がうまくいくとはな。
(がっはっは! 我が、ミリミリを育てたのだ。わかって当然だろう!)
〈これで終わり、っとー〉
助手がホッと安堵すると、ミリミリは針で突かれたように硬直して、ゆっくりと目を閉じた。
そのまま、全身から力が抜けたようでフッと落下し始める。
俺はエルドラの龍人姿に変わり、ミリミリを受け止めた。
12歳ほどの体つきだが、秘めたる魔力はエルドラを上回る。
本当、不思議な世界だ、ここは。
「える、どら、さま……」
小さく開いた口から寝言が漏れる。
(ミリミリ・メートルよ。長い間、待たせてしまったな。我はここにいる。今はゆっくりと落ち着くがよい。七生報国、最強の大魔法使いよ)
エルドラは優しく言葉をかけた。
慈しむ声からは、帝龍王としての威厳と部下を気にかける懇篤を感じる。
ミリミリはエルドラを敬愛し、エルドラはミリミリを尊敬している。
1000年の時が経ってもなお、その絆が途絶えることはなかった。
二人が築き上げた関係は不滅なのだ。
(ミミゴン、助手……よく戦ってくれた。感謝しかない)
助手は褒め称えよと言わんばかりに鼻を鳴らす。
俺もなんだか照れくさくなった。
「あとは、アルフェッカだな」
アルティア、メリディスは大丈夫か。
ミリミリを横向きに抱きかかえたまま、『テレポート』を唱える。
行き先は、モルスケルタだ。
・究極魔法 一覧
『炎を司る神の憤怒』(アルティメット・プロメテウス)
『雷を司る神の我儘』(アルティメット・トール)
『氷を司る神の恐慌』(アルティメット・スカジ)
『風を司る神の矜持』(アルティメット・ストリボーグ)
『土を司る神の溺惑』(アルティメット・ガイア)
『聖を司る神の光耀』(アルティメット・クエーサ・ベレヌス)
『闇を司る神の冥闇』(アルティメット・コラプサー・ハデス)