グレアリング王国軍:親征
「怯むな! セルタス要塞を守り切れ!」
指揮官と見られる兵士が前方に並ぶ兵士の列を鼓舞する。
前列で竜人の攻撃を受け止める兵士が持つ盾は、身の丈ほどある頑丈な大盾だ。
軍の後ろに位置するのは、グレアリング王国最後の砦『セルタス要塞』。
四つほどあった要塞は今や、このセルタス要塞のみとなった。
つまり、グレアリングはここを全力で守り抜かねばならない。
一歩も退くことは許されない状況だ。
上空を支配するのは、ヴェニューサが指揮する飛行戦艦アークライト。
そして、遠くから迫り来るのは巨大魔導兵器モルスケルタ。
今はまだ、モルスケルタとセルタス要塞との距離はかなりある。
だが、それも時間の問題だ。
モルスケルタが要塞にたどり着けば、一瞬にして蹴散らされ、あっけなく陥落するだろう。
アークライトから複数の伸びた大砲が要塞に狙いを定め、一斉に発射した。
砲弾の弾幕は容赦なく突き進む。
だが、要塞に着弾するもう少しといった距離で砲弾全てが爆発した。
空中で爆発した砲弾は要塞のどこにも被害をもたらすことはない。
この現象は、要塞の中央で魔導士たちが張った魔法障壁によるものだ。
要塞の中心部には、無色透明の障壁を展開させる装置がある。
名無しの家には、エックスの開発した『防衛電力障壁』があったが、この装置は魔力を消費して強力な障壁を作り出す。
その装置に、魔導士たちは顔を歪ませながら魔力を注ぎ込んでいた。
アークライトからの空爆を受けるたび、魔導士の魔力を消費する。
障壁は要塞全体を覆い、アークライトや竜人からの魔法攻撃は一切通さない。
だが、人は進入できる。
竜人に攻め込まれないためにも、王国軍は決死の防衛を行うのである。
「まずい! 抜かれた!」
指揮官は悲鳴に似た声を上げる。
猛烈な連撃に耐え切れず、盾兵の列が一部乱れている。
その隙に乗じて、竜人兵が一体抜けてきた。
「あの竜人を止めろ!」
指揮官が吠えた瞬間、一人の影が竜人の前に立ちはだかり、胴体を神速の剣筋で斬りつけた。
剣の威力は深い傷をつくるだけでなく、鉄製の防具と武器を両断する。
無防備の竜人はフラフラと後退したが、突然現れた大剣の持ち主にバッサリと斬られた。
その二人を見た指揮官は慌てて、礼を言う。
「あ、ありがとうございます! リーブ王、アルテック様!」
「指揮官は前だけを見ていろ。後ろは我々が対処する」
「はっ、リーブ王!」
指揮官は戦場を見渡しつつ、盾兵のもとへと駆けていった。
グレアリング王国の王、グレアリング・リーブは大剣を下ろし、戦況の把握に努める。
「重装歩兵部隊に疲れが生じてきたか」
「そろそろ、俺らの出番だな」
アルテックの言葉に、リーブは賛同する。
進攻を食い止める重装歩兵部隊の前には、帝国軍の倍はいる王国軍。
重装歩兵部隊の後ろには、王国の中から優秀な人材を集めて組織された『風雲の志士』。
それから最強の剣士アルテックに、王様のリーブだ。
「次が来るぞ、王よ」
「昔のように戦えるとよいが」
剣と盾を装備した竜人は狂喜した表情で、二人に向かっている。
竜人は盾を散らし、調子が出てきたのだ。
それを二人の人間がへし折りに行く。
リーブは前に出て、魔法を詠唱した。
「舞い上がれ、『ストーム』」
竜人の足元から竜巻が発生し、舞い上がった。
落ちてきたところを、アルテックは斬る。
「『五月雨撃』。一つ一つ丁寧に味わえ」
斬りつけた途端、一撃が放つ衝撃で体は浮き上がり、もう一撃が加わる。
連続して撃ちこまれた斬撃は、五回にわたって竜人を襲った。
二人の連携は、竜人を圧倒する。
次に攻めてきた竜人もあっという間に片づけた。
共に齢は六十を越えるが、力の衰えを感じさせない気迫を放つ。
「竜人が二体、抜けてきた」
「先に大剣を持っている方をやるぞ、王」
リーブは『疾風迅雷』で竜人に接近し、振り下ろされる大剣を自身の大剣で受け止める。
身を挺して阻止した竜人の背後に、アルテックは回り込み、鋭い斬撃を加えた。
怯んだ竜人に、リーブは更に一撃を与えようとしたが直前で『バリアウォール』を張られ、体勢を整えられた。
今、危ういのはリーブだ。
横から、もう片方の竜人が剣を横薙ぎした。
素早くしゃがみ、バックステップで距離を置く。
大剣の竜人はアルテックを執拗に狙い、自慢の腕力で刃渡り2Mはある剣を乱雑に振り回す。
そこに美しさはなくとも、攻め込む隙がない。
大剣を軽く弾いても、次の攻撃が来る。
最強の剣士とはいえ、攻めあぐねていた。
リーブもまた、剣と盾を持つ竜人に苦戦している。
というのも、そいつは『龍化』しているのだ。
側頭部の黒い角が伸び、体格も増している。
身体能力の増した竜人の強打を大剣で止めようものなら、勢いに押され、体勢を崩すことになる。
フットワークと動体視力で剣を避け、隙を見つけては攻めるしかない。
「……読めた。『柳風』」
大剣の嵐に飲まれつつあったアルテックは、その目で敵の動きを見切る。
乱雑な振り回しとはいえ、百戦錬磨のアルテックにはある程度大剣の流れを予測できた。
下ろされる大剣の刃に、こつんと剣を当てる。
ほんの少し、弾いただけだというのに竜人の片足が浮いた。
『柳風』によってできた隙は、アルテックの餌食となる。
「――『捲土重来』!」
逆手に持ち替え、斜めに斬り上げると剣筋が刻まれる。
剣筋を中心に、渦を巻いたように連撃が巻き起こった。
まともに食らった竜人は、ピクリとも動かなくなった。
すぐに、リーブへと体を向ける。
「リーブ!」
リーブは素手となっており、肝心の大剣は彼方に突き刺さっていた。
背を向けて走れば、迷いなく斬りつけられる。
リーブが少しでも生き残るためには、対峙した状況を保ち続けるしかない。
速度は、龍化した竜人が上回る。
アルテックとリーブの間は遠く、『疾風迅雷』よりも先に斬られる。
竜人は余裕をかますことなく、剣先をリーブの喉元へと刺突した。
「『インフェルノ』!」
「『貫通断裂』! 『炎斬り』!」
火球が竜人の胸元で炸裂し、剣の一閃が鎧ごとぶった切り、止めに炎の刃で袈裟切りにした。
竜人は数秒の間に絶え間なく食らったことを自覚できないまま、うつ伏せに倒れる。
青年二人がリーブのもとへと駆けよる。
「リーブ王!」
「そなたたちは……吸血鬼を捕らえた英雄ではないか」
リーブの危機を助けたのは、風雲の志士に所属するアリオスとガルドだった。
アリオスは回収した大剣をリーブに手渡す。
「お怪我はありませんか?」
「少し飛ばされただけだ。そなたたちも、ベリタス要塞で酷くやられたと聞いたが」
「問題ないですよ。五日間も休めば、戦えます」
魔女の無慈悲な究極魔法から生還できた二人。
ベリタス要塞を襲われてから五日で重傷から回復はしたが、精神的な疲労はとれていない。
それでも立ち上がり、戦う覚悟を決めたのは故郷を守るためだ。
ガルドは師匠のアルテックに近づき、腰をかがめる。
「お久しぶりです、師匠」
「……あ、ああ、久しぶりだな弟子よ。元気にしていたか、弟子よ」
ガルドは師匠の妙な他人行儀に違和感を覚える。
「もしかして、俺の名前忘れました?」
「い、いや、忘れてなど。そう、お前の名前は……アリオスだ」
「それは、アイツの名ですよ。俺は、ガルドです。相変わらず、弟子の名前は覚えられないようで安心しました」
「名前は忘れたが、お前の剣は覚えている。弟子の中でも、特に腕の立つ剣士だったからな」
竜人の雄叫びが響き渡ってくる。
雄叫びは全員の気を引き締め、瞬時に戦士の顔つきとなった。
己の武器を構え、戦闘態勢に移行する。
リーブ目がけて突進してくるのは『龍化』した歴戦の竜人。
二刀を携えた竜人は、手始めに『斬撃飛ばし』を仕掛けてきた。
アリオスが『バリアウォール』で防ぐと、ガルドとアルテックが飛び出す。
リーブは『サンダーボルト』で竜人を牽制し、駆け込む二人が一足飛びで斬りかかった。
二人の剣を竜人は双剣で防ぎ止め、鋭い金属音が鳴り響く。
双方後ろへ一歩退いたかと思えば、アルテックたちは藪から急襲する毒蛇のように剣を閃かせた。
師匠と弟子が織りなす息の合った剣戟に隙はない。
しかし、『龍化』と歴戦を兼ね備えた竜人は右往左往の斬撃をいなしていく。
剣と剣が打ち付けるたび、甲高い澄んだ金属音が反響した。
「ガルド!」
「ここだ! 『雷光一閃剣』!」
ガルドは剣を横一文字に払うと、双剣を空中へと跳ね飛ばした。
二人の剣が生み出した僅かの隙。
握り締めていたはずの武器が空へと飛翔する様を双眸で追ったのが、竜人の敗因である。
気が少し浮ついた瞬間、神速の一閃を味わった。
「『光陰流水』」
アルテックの剣が鞘に納まる。
ただ、その刹那しか誰の目にも映らなかった。
だというのに、竜人は斬り伏された。
彼の妙技は防御へと移る前に終わる。
竜人は運が悪かった。
ガルド、アルテックという最悪の組み合わせと対敵してしまったのだから。
リーブとアリオスも、アルテックたちのもとへと駆ける。
アルテックはガルドと目が合い、拳同士を打ち付けた。
「武芸は依然、磨き続けているようだな。あのときから成長している」
「師匠の指導の賜物ですよ。それに何度も死にかけていますしね。磨いても磨いても、師匠のように強くなれないのが本当、不思議なことですよ」
肩をすくめ、師匠を尊敬の眼差しで見つめる。
アルテックは弟子の嘆きに答えるため、まっすぐに向き合う。
「お前は素質に恵まれている。それは、このアルテックが保証する。あとは場数だ。ひたすらに戦闘の経験を得るのだ。敵を知れば、才を活かせる」
「励みになります、師匠」
アルテックはガルドの肩をがっしりと掴み、ポンポンと軽く叩いた。
無愛想の師匠は精一杯、勇気を送った。
弟子に期待しているのだ、これからの未来を。
アリオスは二人の剣士を見守りながら、リーブに尋ねた。
王への不信感を拭うために。
「リーブ王、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「申してみよ」
アリオスは戦場を見渡し、意を決して話をした。
「王国軍の陣形を見ると、要塞の守備に偏っています。偏りすぎといってもいいくらいです。どうして攻めが少ないのですか? 確かに、相手は飛行戦艦に巨大兵器。歩兵とリライズの兵器では勝ち目は薄いですが……」
「今、巨大魔導兵器には、ある戦士たちが乗り込んでいる。その者たちが必ず、帝国軍の最高指揮官を止める。我々は、それまで進攻を食い止めなければならない。そういう作戦なのだ」
アリオスの質問に、リーブは戸惑うことなく堂々と即答した。
「時が来れば、この無意味な争いに幕が閉じる。その時まで、我々は抗い続けるのだ」
「帝国が停戦するというのですか?」
「ああ、そうだ」
そうなることを知っているかのように、リーブは頷く。
予想に反した王の回答に、アリオスは驚くしかなかった。
楯突いて異を唱えたくなる気持ちになるが、王の頷きに希望が見えてしまう。
「今日、帝国が停戦を」
「そうだ、戦は終わる」
リーブ王は“信じろ”と口にはしなかった。
だが、アリオスには未来が見えた。
終戦の希望を得る。
根拠はなくとも、王様との約束がある。
それで、アリオスは納得した。
リーブは、ミミゴンを思い浮かべる。
――あの者への恐怖は確かにある。だが、人類の味方であることは確かだ。ミミゴンがいれば、世界平和も夢ではない。そんな気がしてならないのは、なぜだ。
巨大魔導兵器にいるであろうミミゴンの身を案じながら、彼は武器を構え、次の竜人を倒しに走った。