193 ドラコーニブス・アルフェッカ―1
発令所を目指して、リフトが動き始める。
遅れてやってきたメリディスに、俺は質問した。
「ウラヌスと何を話していたんだ?」
「貴様が知る必要はない」
アルティアも不思議そうな顔をして、メリディスを覗き込んだが口を開かなかった。
疲労によるものか、個人の感情によるものか。
いずれにしても、メリディスが限界直前まで追い込まれているのは確かだ。
息も荒く、無表情を取り繕おうとしても苦痛で顔を歪ませる。
アルティアは『マイクロヒーリング』でメリディスの自然治癒力を高め、俺は宝箱型機械からポーションと魔力を回復するポーションを与える。
受け取るや否や、両方を一息に飲み干した。
不味いからこそ、ちびちびと飲んで味を口に染み渡らせたくないからだろう。
それでも、不味いものは不味い。
「げ、げぇ、ひどいあじだ」
「メリディス、顔色が悪いですよ……」
「だ、大丈夫です、アルティア様」
眉も口もへの字になっていたが、親指を立てて大丈夫だと伝えていた。
そうはいっても、六星騎士長ウラヌスとの闘いから間もなくアルフェッカ戦へと移行する。
実力を十二分に発揮できない。
こうなると、アルティアが主に闘うしかない。
彼女は剣を振るえるだろうか。
アルティアが尊敬する姉に対して。
アレクサンド都市長が抱いていた懸念、それはドラコーニブスの姉妹が戦い合えるかどうか。
これまでの旅からも、アルティアが姉のアルフェッカに抱く尊敬の念は凄まじいことはよくよく理解している。
言葉が通じる相手ならいいが、以前に会ったとき、アルフェッカから感じたのは戦争に対する執念深さだ。
愛する妹の言葉にさえも耳を傾けず、彼女は戦の道を選んだ。
教皇は何者かに操られている可能性を示唆していたが、果たしてそうなのだろうか。
彼女は操られているように思えたが、どこか本心で動いているようにも見える。
ドラコーニブス・アルフェッカ……過去に何があったんだ。
「そろそろ発令所、だな」
俺がそう呟くと、二人も視線を上に向ける。
「ミミゴン様、メリディス……あなたたちのおかげで、ここまで来ることができました。本当にありがとうございます。終わらせましょう、全てを!」
握り拳を前に出して、決意を訴える。
その決意に肯定し、メリディスは静かに頷いた。
アルティアの表情に曇りはない。
本気で立ち向かうという意志を感じ取った。
助手、そろそろ戦闘になりそうだが順調か?
〈……ふっふっふー。この超有能の助手に不可能はないのですー〉
何とも頼もし気な口調で答えが返ってきた。
助手の言葉に引き続いて『念話』でエルドラが口を開く。
(助手にミミゴンよ。我の代わりに、ミリミリを目覚めさせるのだ)
〈なに、もっともらしいこと言っているんですかー? もとはと言えば、エルドラが全敗したからでしょー〉
(くっ、助手の言うとおりすぎて、腹が立つのだ。とにかく、がんば!)
〈とにかくがんば、って軽すぎるでしょー。こっちは適正レベル以下で、ラスボスに挑む気持ちなんですよー!〉
(大丈夫だ、二人とも)
やけに余裕ぶっているが、ミリミリの弱点でも思い出したのか?
(いや、我が育てたミリミリに弱点はないぞ。卑怯な真似をしても、正々堂々打ちのめされるだけだ)
アドバイスかと思いきや、ミリミリの自慢かよ。
(勝機があるとすれば、それは……)
そう言うと、エルドラはかく語りき。
そして、いよいよアルフェッカと対峙することとなる。
リフトが停止すると、アルティアとメリディスが走り出し、小さな階段を駆け上る。
丸い円の形をした床、壁際には多数のモニター。
モニターを眺める兵士が一斉に俺たちを凝視した。
そして、発令所の中央に鎮座していたのがドラコーニブス・アルフェッカだ。
彼女は突然の訪問客に振り向くことなく、上のモニター画面を見つめていた。
「ようこそ、わがモルスケルタへ。さすが、私の妹だ。モルスケルタに乗り込めるとは思っていなかったよ」
「私を見ていない証拠です、お姉様」
「ほぉ……」
そこで、アルフェッカが振り返る。
アルフェッカの視線は、しっかりとアルティアの瞳を見据えた。
「立派な目をしている。アルティアの言う通り、私は見えていなかったようだな」
「お姉様。今すぐ、帝国軍に攻撃の停止を命じてください」
「できない、と言ったら?」
アルティアは白銀の剣を掴み、刃をアルフェッカへと向け、柄を両手で握る。
アルフェッカの挑発的な言動に対しても、臆することなく剣を向けた。
「お姉様を……ドラコーニブス・アルフェッカを拘束します」
「変わったな、アルティア」
愛する妹から剣を突き付けられたというのに、その表情は笑っていた。
妹の成長を喜ぶ様子である。
アルフェッカは腰に差した双剣を厳かに引き抜いた。
左右の剣身は幅広く、美術品のような華麗さと先鋭さを備えている。
流麗に剣を抜くと、彼女は歌うかのように口を開いた。
「理想を実現する力、私に示してみろ」
アルティアは少し前かがみになり、メリディスは素早く太刀を構える。
俺もいつでも攻撃を仕掛けられてもいいよう、心構えをする。
全員の臨戦態勢が整ったとき、アルフェッカは命令を下した。
「ミリミリ! 三人の自由を奪え!」
「りょうか~い! 『グラビティサークル』!」
緊張感の張りつめた空気に水を差したのは幼く、甘えかかるような声だった。
突如、アルフェッカの側が歪み始めたかと思うと、そこに出現したのは大魔法使いミリミリ・メートルだ。
幼女は杖を掲げると、俺たち三人の立つ足場にどす黒い魔法陣が描かれ、あっという間に上から圧し掛かる重力に拘束された。
押し寄せる重力の滝で身をよじっても動けない。
アルティアとメリディスも、ただただ床に押し倒されるだけだった。
「悪いが、ここで終わりだ……アルティア。私のことは、放っておいてくれ。このまま、終戦までじっとしていてくれ」
「嫌です! 絶対に止めてみせます!」
「……頼むから、じっとしていてくれないか。もうすぐ終わるんだ。もう……あきらめたまえ」
「私は……私は……あきらめはしません!」
「もうやめてくれ!」
感情を抑えきることができず、アルフェッカは叫んだ。
偽りの外見がぺりっと剥がれた瞬間だった。
「お願いだ、アルティア。そこまで、私に構う義務も理由もないはずだ。力なき者、ましてや私の妹が苦しむ様を見ていたくはない」
「たとえ、私に力がなくとも、お姉様を見放したりはしません! 私の敬愛する、この世に一人しかいない自慢の姉なのですから!」
アルティアは少しずつ、体を起こしていった。
その光景に、アルフェッカとミリミリの眉がピクッと反応する。
決して抗うことのできない重力の滝の中、アルティアはちょっとずつ起きているのだ。
「お父様から伝言を預かっています」
「アルティア、やめろ、苦しそうな顔を私に見せるな。妹はただ、姉の背中を見ていればいいんだ」
「あなたの父は……ドラコーニブス・アルファルド。お父様は私もお姉様も愛している……と」
抗い続けていたアルティアだったが、重力に逆らいきれず床に伏してしまった。
状況は依然変わらず、かのように見えたが、アルフェッカの様子がおかしい。
「お父様……が?」
妹を見据えていた瞳は、遥か彼方を捉えようとしていた。
双剣の剣先が少し下に落ちる。
横のミリミリが心配になって、アルフェッカに声をかけた。
「どうしたの、アルフェッカ!」
ミリミリが油断した。
仕掛けるぞ、助手ー!
〈イエッサー!〉
「『ものまね』!」
「――ッ!?」
ミリミリは予想外の事態に、声にならない声で驚愕する。
重力が襲う円の中で、俺は重力を無視してさっと上体を起こしつつ、『ものまね』を発動した。
人間の体へと変化しながら、一足飛びでミリミリの腕を一気に掴んだ。
瞬き一回の出来事だ。
ミリミリは驚きで身を固くしている隙に『テレポート』を発動する。
「上手くやれよ、アルティア、メリディス!」
アルティアたちに振り返りながら叫ぶと、次の場面はモルスケルタの上空に移り変わった。
吹きすさぶ風が、赤い髪をバサバサと乱していく。
これで『グラビティサークル』とやらも解除され、今頃アルティアたちも動けるようになっただろう。
と、ミリミリの腕を離すまいと掴んでいたというのに感触がない。
既に、スキルで距離を置いていた。
「『エレメントスティールロッド』で奪った魔力を自力で取り返した、っていうの……」
「ああ、その通りだ。最大魔力量は元に戻ったぜ」
返ってきたのは、すっからかんの最大魔力量だ。
とりあえず、『ものまね』を発動できるほどの魔力は戻ってきた。
崖っぷちから、一歩分は進めた。
ここから、ミリミリを倒さねばならん。
勝つんだ、エルドラのためにも世界のためにも。
(やるぞ、ミミゴン!)