表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第六章 デザイア終戦編
224/256

192 六星騎士長―天王星

 メリディスが先頭に立って、前を走る。

 俺とアルティアも彼女の後ろを追う形で、モルスケルタの内部を駆ける。

 通路の壁面に流れる緑色の光が、行き先を照らしてくれていた。

 だが弱々しい緑光のため、薄暗い。

 それでも、真っ暗闇を懐中電灯一本で進むよりかは、かなりマシだ。

 水流のように壁を流れる光を見ていると、モルスケルタの血液ではないかと思えてくる。

 色は白が強い緑といった感じで、流れる速度は遅い。

 まだ、モルスケルタの力は引き出せていないように感じる。



「アルティア様!」



 メリディスが叫ぶ。

 広々とした通路の先で、ダンゴムシのような魔物が触角をモゾモゾと動かしていた。

 封印されていたときから巣食っていた魔物だろう。

 アルティアを下がらせてから、太刀を抜き放つ。

 それから、魔物に向かって迅速に肉薄した。



「『貫通断裂』」



 急に現れたメリディスに対処できないまま、甲羅ごと一刀両断された。

 メリディスは辺りを確認して、他に敵がいないかを探している。



「魔物の気配はない。アルティア様、もう安全です」

「ありがとう、メリディス」



 武器を手にして、メリディスは前方を歩く。

 さっきから、ちと味気ない空間だ。

 魔物の気配は感じないが、人の気配も感じない。

 もともと、竜人の数は人間よりも少ない。

 モルスケルタに回せるほどの人員が不足しているのだろう。

 自動迎撃装置のおかげで、滅多に侵入されることもない。

 侵入できるものは限られている。

 それに、遥か昔からの先住民でもある魔物がいる。

 見方を変えれば、番兵として利用できるのだ。

 最低限、発令所付近を警備すれば十分だろう。

 時々、遭遇する魔物はメリディスが斬り捨てていった。







 通路を走り抜けて、しばらくすると、冷えた空気が吹いてきた。

 モルスケルタの中心部に近づいている証拠ではないだろうか。

 アルティアも感じ取ったのか、表情が険しくなる。

 疑惑が決定的になったのは、通路の先に巨大な塔が見えたときだ。

 塔の上で待っているのは、アルフェッカだ。

 通路の最先端には、超巨大な空間へと続く階段があった。



 壁面をなぞるように流れる赤色の光。

 中央には、そびえ立つ円柱の建造物がある。

 あそここそが、俺たちの目的地だ。

 アルティアたちは階段を何段か飛ばしながら降りていく。

 階段を降り切った先には、一人の男が魔物と対峙していた。

 魔物は、ウシガエルを何倍もの大きさにした姿形である。

 男は刀を振り回し、小躍りしながら、飛びかかってきた魔物を切り裂いた。

 斃した魔物に金色の日本刀を突き立て、息をたっぷりと吐きだす。



「ちゃんと、あいつら魔物殺したのかよ。だいぶ残ってるじゃないか」



 刀を引き抜き、斜め下に払って血を落とす。

 飛ばした血液は、床に張り付いて血だまりとなる。

 赤い甲冑を鳴らしながら振り返り、メリディスを見つめた。



「よぉ、待ってたぜ」

「ウラヌス……」



 メリディスは一人、ウラヌスに立ち向かっていく。

 ウラヌスの周りに、魔物の死体で築かれた山ができていた。

 刀身をもう片方の手で撫でながら、その場を離れ、メリディスと向かい合う。

 光の乏しい幽幽たる場所だが、奴の笑みだけは浮かんで見えた。



「オレはどこまでも強くなりたい。お前を倒し、刀の腕を磨かせてもらうぜ。さぁ、決戦といこうか!」

「刀を折って、挫折させてやる」



 お互いの気迫が衝突し、両者は武器を構える。

 双方同時に最初の一歩を踏み出し、一足飛びで斬りかかった。

 鋭い金属音が響き、二つの刃が競り合う。

 ウラヌスは一旦退いて、『炎斬り』を放った。

 太刀は炎の刃を切り払い、『疾風迅雷』で距離を詰めつつ、攻撃に転じる。

 普通の剣よりも、刀身の長い太刀だというのに音速の如き速さで斬撃を繰り出していた。

 それを当然のように、ウラヌスは刀一本で防ぎきる。



「いいぞ……これなら、どうだ! 『獅子吼・大地』!」

「『鎧袖一触』!」



 二人は、必殺の一撃を打ち放つ。

 強力なスキル同士が激突すると、凄まじい衝撃が生み出された。

 アルティアは腕で頭を庇い、俺は体勢を変えて、飛ばされないようにする。

 もはや、彼らの間に入り込む余地はない。

 援護したくても、それがかえって邪魔になる。

 凄腕の剣士による争いは、誰にも邪魔立てできそうになかった。



「さすがだな。メリディス、お前は天才だ」

「褒めて、油断を誘っているのか。隙を見つけるため、世辞に頼るとはな」

「いいや、オレの本心がそう告げている。お前は、これまで戦ってきた誰よりも強く、まっすぐな剣士だ」



 刀を構えなおし、ウラヌスは突進する。

 振り下ろす一刀をメリディスは見切って避けると、既に次の斬撃が放たれていた。

 斜めにした太刀で防ぐと、ウラヌスは連撃を仕掛けてくる。

 始めの方は受け止め切れていたが、徐々に姿勢を崩されていき、ついには左からの刃に耐えることができなかった。

 姿勢を崩されても、全力で後ろにバックステップしたおかげで、左肩を裂かれるだけで済んだ。

 軍服の袖が出血で染まっていく。

 深々と斬られていたら、左手は使えなくなっていただろう。

 メリディスは、慎重に左手の指を動かす。



「オレは刀を信じて、ここまできた。鍛えて磨いて強くなって、帝国一の刀の達人だと噂され、六星騎士長にもなった。この刀で、オレは……世界最強の剣士になってやる」

「ふ、あまりにも単純で明快な決意ね」

「意外、って顔だな、メリディス」



 メリディスは苦笑交じりに刀を持ち上げる。



「六星騎士長になるほどの者は皆、それなりに複雑な野心を抱えているものだと思っていた」

「野心、か。それが見つからないから、とりあえず最強を目指している。強敵と戦えば、オレがなんのために生きているのか……それが見つかると思ってな。さ、続き始めようぜ。お前に勝利すれば、何か見えてくるはずなんだ」

「…………」



 メリディスは何も答えず、次に備える。

 ここで、二人を包む空気が一変したように見えた。

 ウラヌスの放つ圧倒的な闘気が一段と増し、メリディスを威圧する。

 一気にケリをつけるつもりなのだ。



「終局だ。『疾風迅雷』『一刀十閃』!」



 一足飛びで距離を詰める『疾風迅雷』だが、そこに『乱気』をのせていた。

 『疾風迅雷』にプラスされた『乱気』は、落雷の速度を上回った。

 常識を逸した速さに惑わされたメリディスは防御が遅れる。

 狙い通りとニヤけるウラヌスは、わざと生身ではなく浮つく妖刀を目がけて、金色の刀を振り上げた。

 『一刀十閃』が妖刀に炸裂すると、刀身の上から下までを十回の斬撃が走る。

 斬撃を抑えきることのできなかったメリディスにも、いくつか切り傷が刻まれた。

 妖刀による防御を引き剥がし、メリディスは無防備な状態になる。

 全力で打ち込んだ連撃で生まれた隙を逃さず、ウラヌスは仕上げにかかった。



「『獅子吼・大地』!」



 床に突き刺した刀を全身全霊で振り上げる。

 あたかも、このモルスケルタそのものを持ち上げようとするほどの勢いと激しさ。

 メリディスは咄嗟に左手を突き出し、『バリアガード』を張る。

 間一髪で、黄色の障壁が『獅子吼・大地』を受け止めた……かのように見えたが、メリディスは上空へと飛ばされていた。

 上位の『バリアウォール』よりも下位の『バリアガード』では、障壁の耐久力が低い。

 強力無比の『獅子吼・大地』では衝撃を受け止め切れず、斜め上へと浮き上がっていた。

 メリディスは空中で体勢をなんとか整えなおす。



「これで終わらせる。『獅子吼・天空』!」



 ウラヌスは刀を掲げ、上空のメリディスに狙いを定めると、一気に振り下ろす。

 振り下ろされた軌跡は破壊力を伴ったエネルギーとなって、メリディスを食らいに行く。

 メリディスは太刀を振りかぶると、迫りくる刃のエネルギーを叩き落としにかかった。

 太刀と『獅子吼・天空』が激突する。

 凄まじい魔力が宿った『獅子吼・天空』は更に威力を増した。



「なに……」



 全ての筋肉を奮い立たせ、『獅子吼・天空』を抑えているというのに、太刀は押され、峰が鼻先に迫っていく。

 ウラヌスが『乱気』で、『獅子吼・天空』を強化しているのだ。

 魔力を流し込み、『獅子吼・天空』は勢力を増加させている。

 ならば、とメリディスも太刀に『減退』を付与する。

 スキルを弱める『減退』をぶつけ、『獅子吼・天空』の相殺を狙った。

 ただ、『減退』を発動させるだけでは威力は少ししか弱まらない。

 メリディスの持てる魔力を『減退』に流入させ、『獅子吼・天空』をかき消しにいく。



「メリディス……最後は“魔力”で競り合うとしようか! お前は凄いぞ、ここまでしのぎを削ったのは初めてだ! しかも、楽しいぜ! 『乱気』ィ!」

「『減退』!」



 熾烈な争いは、空気を震動させる。

 スピーカーの真横で大音量の音楽を聴いている感覚だ。

 メリディスとウラヌスのせめぎ合いはいつまでも続くかに思えたが、メリディスは劣勢のままである。

 『減退』で持ちこたえたものの、ウラヌスの魔力量は想像以上に多かった。

 魔法を使わない剣士と言えども、スキルには魔力が必要である。

 メリディスは物理に特化させたステータスのため、魔力は重視していなかった。

 これが勝敗を左右することになる。



「くっ……」

「全ての魔力を振り絞る! 食らえ、『獅子吼・天空』と『乱気』の合わせ技だ!」



 直後、メリディスは『乱気』が加わった『獅子吼・天空』を浴びせられ、爆発した。

 爆発により広がる煙に、人影が映る。

 包まれる爆煙から、メリディスが落下してきた。

 気を失っているようで、背中から真っ逆さまに落ちている。

 やがて、床に激突すると金属がへこんだ音がして静かになった。



「メリディス!」



 アルティアの悲痛な叫びが轟く。

 ウラヌスは放心状態のまま、ニヤケ面になって、膝から崩れ落ちた。

 勝利を確信したことで緊張状態が解け、脱力してしまったのだろう。

 それだけでなく、魔力を消費し続けたことによる反動。

 それも負担となって、ウラヌスは立てなくなっていた。



「これで最強の剣士を目指す階段に、一歩……足をかけることができた。ぐ、力を使いすぎた反動か」



 金色の刀は倒れ、床で跳ねる。

 吐く息は荒く、吸っても吸っても満足に酸素を得られなかった。

 ウラヌスが、この戦いに全力を尽くした証拠だ。

 ほぼ互角の両者による戦闘は決して生易しいものではない。

 勝敗が決しようとも、勝者は無傷ではいられない。

 力と技術に優劣は見られなかった。

 どちらも優れた剣士だ。

 だが、魔力の面でメリディスは競り負けた。

 悔しいが、ウラヌスの勝利を認めなければならない。

 “魔力”の面では、な。



 ウラヌスの耳に、足音が飛び込んでくる。

 歩調のずれた足音は、倒れ伏したウラヌスの前で止まった。



「勝てたと思っても、戦は続いていることもある。私も、これまでにそういう経験をしてきた。最近も、そういったことがあった。死んだふりをした魔物がいたのだ。何事も最後まで油断してはならない、ということだ」

「……ばかな。気を失って、瀕死だと思っていたが」



 ウラヌスの眼前に、メリディスが立っていた。

 メリディスの軍服は酷い有様で肩や袖、脇腹といった辺りの生地を失っている。

 いつもの澄まし顔も、乱れる呼吸と傷口から発する痛みで顔を歪めていた。



「ははは、死んだふりでもしたってのか。……オレの負けだ。もともと、メリディスは手負いだったというのに、オレに勝ちやがった」



 メリディスは刃先をウラヌスに向けて、妖刀を逆手に持ち替える。

 落とせば、ウラヌスの喉を貫ける位置に持っていく。



「好きにしてくれ。オレは、もうヘトヘトだ。どうやっても、お前に勝てない」

「そうか……なら、好きにさせてもらう」



 そう言うと太刀を一回転させ、順手に持ち替えた後、背中に納めた。

 メリディスは一息つくと、アルティアが傍に寄る。



「大丈夫ですか、メリディス?」

「少々痛むぐらいで、作戦は遂行できます、アルティア様」

「無理はよくないですよ。今、回復します……『マイクロヒーリング』」



 癒しの粒子が、メリディスの皮膚に吸い込まれていく。

 回復スキルによって、自然治癒力が増し、傷口が塞がり始める。

 痛みも治まっていき、メリディスの顔は柔らかくなっていった。



「アルティア様、ありがとうございます」

「目的地は、すぐそこです。さ、行きましょう」

「はい、アルティア様」

「……待てよ。オレを殺さないのか」



 驚愕の混じった呟きを、ウラヌスは発した。

 メリディスは彼の疑問に答える。



「強者に二言はないはずだ。見逃してやる」

「……本当にいいのか。オレが復活したら、すぐに殺しにかかるぞ」

「そのときは返り討ちにしてやる。殺したところで、後味が悪いからな」

「最後まで油断してはならない、じゃないのか?」

「ふっ、貴様を殺して、強力な武器が手に入るのなら別だが。もう、いいでしょ。行きましょうか、アルティア様」



 ウラヌスはメリディスをしばらく睨みつけた後、観念したのか、溜まった息を機嫌悪そうに吐き出した。

 そして、発令所がある円柱の建造物に指を差す。



「あそこに、発令所までのリフトがある。リフトの操作盤にある赤いボタンを押せば、上まで直行だ」

「丁寧な説明、ありがとな」



 俺は感謝を述べると、ウラヌスは機嫌を取り戻した。



「敬意を表しただけだ。感謝されるほどのことじゃない。さっさと行って、閣下にボコられてこい」



 気に障るような言い方に若干腹が立ったものの、逆にやる気が出てきた。

 俺はドローンの羽を回して、リフトまで急いだ。

 後ろを追いかけるように、アルティアが走ってきた。



「ちょっと待ってください、ミミゴン様」

「やっと、アルフェッカの座する場所まで来たんだ。ボコられてたまるか。終わらせるぞ、アルティア」







 ウラヌスは顔を俯け、床に映る自分の情けない瞳を見つめていた。



「はぁ、オレ……なんで、勝てなかったんだ。全力でやったってのによぉ。悔しいぜ……」

「私とお前の違いは、野心の大きさだ」



 独り言に答えたのは、メリディスだった。

 すっかり、リフトまで行ったものだと思い込んでいたため、ウラヌスは気恥ずかしい思いをしていた。



「メリディス!? もう行ったもんだと思ってたぞ」

「正直、貴様の『獅子吼・天空』を食らった時点で、私は負けたも同然の状態だった。事実、『獅子吼・天空』を受け止めきれなくなった私は気絶した。普通なら、今の貴様と同じように立てなかっただろう」

「ふつう、なら……?」

「不思議なものだ……アルティア様に私の名前を叫んでもらえただけで、気力が回復した。体力は尽きたというのに、こうして立って歩けて話もできる。アルティア様に必要とされたからこそ、私は貴様との闘いに勝利した」



 メリディスは両手を開いて閉じての動作を繰り返した後、右手を心臓に当てた。



「私は、アルティア様をお守りするという使命を勝手に抱いている。それが私の野心だ。使命を達成するまで、私は死ねない。だからこそ、私は立ち上がれた」

「オレの野心……なんのために生きているのか、か」



 険しい表情をしていたウラヌスは何かに気付き、ふっと安堵した。

 彼は見つけたのだ。



「今の闘いで、オレは見えた気がする。世界最強の剣士になる……それも誰かを守れる剣士にな。次は負けないぜ、メリディス……」



 もう、そこにメリディスは立っていなかった。

 彼女は既にリフトの方へと駆けだしていた。



「はぁ、何もかも負けちまったな……」



 近くで倒れたままの刀を掴み、それを支えにしてあぐらを組んだ。

 リフトで発令所へと移動していく彼らを見つめながら、ようやく一息ついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ