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ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第六章 デザイア終戦編
222/256

星光が瞬く帝国―5

 アルファルドとステラの結婚から、一年以上。

 デザイア帝国の中心都市・帝都デザイアは特に変わった様子もなく、日々が過ぎていった。

 いや、一つ変わったことがある。

 それは祝福されるべきめでたいことだ。



「はい、アルフェッカ。ごはんですよ」



 そう、二人の間に娘を授かったのだ。

 ドラコーニブスの姓を背負って生まれてきた彼女に名付けられた名は、アルフェッカ。

 名付けたのはステラでもアルファルドでもなく、ドラコーニブス家に代々伝わる【星の書】である。

 そこには、いくつもの名前が記されており、誕生した子は決まりによって命名される。

 この書物の作成者は誰なのか。

 ドラコーニブス家はなぜ、この書物を大切にし、決まりを守ってきたのか。

 これらはドラコーニブス家の謎の一つであり、誰にも分からない事であった。

 だが、こういう言い伝えがある。

 星の書に従わなければ、ドラコーニブス家と共にデザイア帝国は終わりを迎える、と。

 脅し文句のような言い伝えに、アルファルドは納得していなかったがステラは従うべきだと主張した。

 結果、星の書にあったアルフェッカの名を娘に与えたのだ。



 ステラが、赤子のアルフェッカに食事を与える。

 アルファルドは、その光景を目に焼き付けるかのように凝視していた。



「そんなに見つめないでください、アルファルド。アルフェッカが怖がって、口を開こうとしないじゃないですか」

「まずは観察。どのように育てるべきか、考えねばなるまい」

「育児に熱心になってくれるのは有難いのですが、今はその時ではないかと」

「手塩にかけて育て上げ、この帝国を継ぐに相応しい実力を備えてもらわなければな。ふはは、楽しみだ」



 恐怖政治とまではいかないものの、アルファルドは民や兵からは恐れられる存在だった。

 皇帝として善政を施してはいたが、戦争となると話が異なる。

 彼に反対する者は追放や投獄で対処し、諮問機関である元老院の意見をも跳ねのけるほど躍起になって戦争を推進した。

 元老院には廃帝権をちらつかせるという皇帝への対抗策があったものの、既にアルファルドが手を打っていたことで、そうした考えに至らなくなっている。

 元老院議員には甘い汁を啜らせ続け、簡単に反論させないようにしていた。

 アルファルドが六星騎士長を通じて各所に根回ししたことで、元老院は実質お払い箱のような組織となっている。

 これもすべて、デザイアリング戦争に勝つため。

 その執念は、着実にアルフェッカへ影響していた。







 アルフェッカが生まれてから十年後には、次女のアルティアも誕生する。

 子どもを二人以上産め、というドラコーニブス家の家訓に従い、アルティアは生まれ落ちた。

 その頃には戦争の性質が異なっており、皇帝は慈愛を持って我が子に接することができなくなっていた。

 傭兵派遣会社が戦争に介入し始めた途端、デザイアリング戦争の中身が変わっていく。

 彼らは戦争代理人のような存在で、勝手に帝国軍をまとめ上げていた。

 最高司令官であるアルファルドからすれば堪ったものではないが、大きな成果を上げている。

 傭兵派遣会社の社長を名乗るラオメイディアに、口を挟むことができなかった。

 そのうち、皇帝は戦争の全貌を把握しきれなくなった。

 それはすなわち、傭兵派遣会社に戦争を乗っ取られたことを意味する。

 ラオメイディアという同じ竜人の男は口が上手く、実力もある。

 時を同じくして、元老院が息を吹き返し始めた。

 アルファルドに飲まれつつあった権力を、どこからともなく奪い返している。

 これはラオメイディアの裏工作なのだが、当時の皇帝は知るよしもなく。

 結果、アルファルドは帝国軍に関する決定権を失い、ドラコーニブス家の武装親衛隊であった六星騎士長も元老院直下の特殊騎士団となった。

 身辺警護の機能は奪われてはいないものの、非常事態下では元老院の命令が最優先となる。

 ドラコーニブス家の権威が欠落していくのが目に見えていた。



 更には、アルファルド自身の信念も揺らぎつつあった。

 武力派として戦争を推し進めてきたが、ステラは平和主義を主張している。

 最初は頭ごなしに否定していたが、娘たちが育ってきたことで少しずつ理解を深めていった。

 穏健派寄りになったのも、ドラコーニブス家の存続を優先するようになったことも原因ではあるが、もう二つある。

 ある時、新都リライズの女王エリシヴァから世界の異変を聞かされたのだ。

 凶暴な魔物が各地に出現し始めている、と。

 祖国と自家を守るためにも、デザイアリング戦争に終止符を打たなければならないと考えるようになった。

 あと一つの理由は。






「ステラ! しっかりしろ!」



 ステラのいる室内に嫌な雰囲気が漂う。

 二十歳となったアルフェッカと十歳のアルティアが、ベッドのステラに寄り添っていた。

 アルファルドもステラを見つめ、弱々しい手を両手で包み込んだ。

 ステラは病床に伏していたのだ。

 時折、激しく咳き込み、ひどく汗をかいていた。



「アルファルド、私なら、へい、き、よ……」

「無理をするな」

「お母様、死なないで!」



 アルフェッカが声を張り上げ、それに応えようとステラが笑顔を振りまく。

 直後に咳が連続し、微笑すら保てなくなった。

 アルティアは状況についていけず、ひたすら泣いていた。



 しばらくして、スイセイと共に白衣を着たドワーフが入室してくる。

 顎髭を蓄えたドワーフは何がなんやらという様子で、忙しそうにあちこちを見回っていた。



「リライズから医者を連れてきました。新都では名の知れた名医だそうです」

「どうも、カゼカミと申しま」

「早く、ステラを診るんだ!」



 皇帝に急かされたドワーフは慌てて、ベッドの側に移動した。

 即座にステラを診察し、上から下までを調べると不審そうに低く呟く。



「これは、学会の……?」

「何か知っているのか!」



 アルファルドに叫ばれたカゼカミは、怯えたように体を丸くして語り出した。



「いやぁ、噂でしか聞いたことがないのですが……リライズで妙な病が流行っていると聞きましてな」

「くだらない話はやめろ。治療できるのか、を聞きたいのだ」

「あ……正直に言いますと、見たことのない病気です。治療は……困難かと」

「そなたは名医と呼ばれているのだろう! 何とかして、ステラを助けるんだ!」

「い、一応、できる限りの処置を施しますー!」



 茶色の(かばん)から道具を取り出して、応急措置を始めた。



「皇帝陛下、この病気なんですが……」

「黙れ、さっさと治せ」



 カゼカミに苛立ちをぶつけたが、名医としての矜持があったのか、怯まずに意見を述べる。



「こ、この病に関して、一つの仮説があるんです! それは、人為的に生み出された病ではないかという説でして」

「そなた、何が言いたい?」

「端的に言いますと、誰かに一服盛られたのではないか、という話です!」

「な、なんだと!? 毒を盛られたというのか!」

「は、はいぃ!」



 アルファルドはステラを真剣な眼差しで捉えながら、神に祈るように声を発した。



「我に相応しい妃は、そなたしかいない。娘もまだ、子どもだ。こんなところで死んではならない。共に生き続けるんだ!」

「あ、あなた……」



 焦点の定まらない目で、アルファルドを見据えていた。

 彼女の視界はぼやけており、アルファルドがどのような表情をしているのかも窺うことができない。

 衰弱していくステラを見ていられなくなり、アルファルドはスイセイを伴って、退出した。



「陛下、ステラ様は」

「ステラなら、必ず回復する。我の妃だぞ。すぐにくたばるような(やわ)な女ではない。スイセイもよく知っているだろう」

「その通りではございますが……」



 スイセイの中では、拭い切れない胸騒ぎがあった。

 それでも、アルファルドが言ったように、ステラを信じることにした。

 アルファルドの歩幅に合わせて、スイセイは隣を歩く。



「それで、これからどちらに?」

「会議室だ。ステラに毒薬を盛った犯人を捜すぞ」

「あの医者のことを信じるのですか?」

「新都リライズでは名医なのだろう? それに、あのドワーフは噓をついていない。可能性はあり得るということだ」



 その後、円卓を囲んでアルファルドと六星騎士長たちが会合した。

 スイセイ、ヴェニューサ、レッドアレスに加えて、新たに六星騎士長に加わったウラヌスがいる。

 弱冠27にして六星騎士長となった彼は、他の六星騎士長にも引けを取らないほどの腕利きの剣士である。

 ウラヌスは嫌な空気に包まれ、そわそわしていた。

 手を挙げたスイセイが、皆にステラの様子を報告する。



「よく聞け。ステラ様は深刻な病に侵されている。今、リライズの医師が付いているが……」

「そなたらには、ステラに毒を盛った人物を捜索してもらう」

「どく、ですと?」



 レッドアレスが尋ねると、アルファルドは首肯する。

 ヴェニューサは息を呑んで、テーブルに手をついた。

 悪い事態だと感じ取ったウラヌスが、アルファルドに質問をぶつける。



「犯人の手がかりは?」

「ない。だが、毒を盛ったというならば、真っ先に疑うべきは皇帝宮にいる者だ」

「一ついいですか、陛下」

「なんだ、ウラヌス。申してみろ」



 怒気の混ざった声色にも負けず、ウラヌスが考えを口に出す。



「内政に詳しくないので、お聞きしたいのですが、ステラ様を殺して誰が得するというんですか? そこから辿れば、犯人の目星が付くかもしれません」

「我に仇なす者、強硬派、元老院議員……ハッキリと言って、心当たりがありすぎる。手当たり次第にやるしかないな」



 アルファルドは両手をテーブルに叩きつけ、全員の注目を集める。

 円卓が欠けたのではないかと思うほどの衝撃音が響き渡った。



「必ず、犯人を捕まえろ。元老院議員だろうが、構わず探れ」



 威圧感のある声で、空気は更に重々しくなる。

 そんな空気を破ったのは、やや間があった後のことだ。

 女官長のシルマが会議室に駆け込んできたのだ。



「失礼します、陛下!」

「何事だ、シルマ」

「ステラ様が、ステラ様が……息を引き取りました」



 唐突に告げられた一言は、一同を驚愕させた。

 脳天に雷を食らったかのように衝撃を受けている。



「ステラ……」



 一瞬にして脱力したアルファルドは、背もたれに全てを預けていた。

 自分の愛する妃が死んだという実感はない。

 だが、現実を受け入れてしまった。

 何とも不思議な胸中である。

 アルファルドは、どこか遠くを見つめていた。

 彼の心臓に耳を当てても、鼓動の音は聞こえないだろう。

 そう思わせるほど、アルファルドは弱った。



 ステラの魂は天に召される。

 彼女はアルフェッカとアルティア、アルファルドを遺して世を去っていった。

 同時に、帝国のどこかで綻びる音がする。

 それはドラコーニブス家、ひいてはデザイア帝国の運命が定まった音かもしれない。

 ドラコーニブスの背後で蠢く闇が動き出した瞬間だった。







「ステラの死から、22年……まさか、こうなるとはな」



 すっかり老いが肌に現れた皇帝アルファルドは、自虐気味に呟いた。

 隣のアレクサンド都市長は自虐に頬を緩まさず、アルファルドを正視する。



「人は未来を見ることや知ることができない。自分を責めたところで、どうしようもないものだ。ミミゴン殿の助言に従い、これからのことに目を向けようではないか。準備はしてもしきれないものだ」

「そうだな。我が耄碌するのは、もう少し先のことだ。我らもできることをしてみよう」



 すっかり元気を取り戻したアルファルドを見て、アレクサンドは微笑む。

 アルファルドは部屋中を見渡しながら、質問した。



「それはそうと、アヴィリオス教皇はどちらに行かれた?」

「分からぬが、あの方は未来が()()()。教皇もできることをしているのではないか」

「さすがは神の代行者か」



 納得をした二人は、窓からモルスケルタの様子を窺う。

 随分と遠くに行ったため、あれほど巨大だった兵器も小さく見えた。

 いよいよ、最後の局面へと移行する。

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