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ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第六章 デザイア終戦編
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星光が瞬く帝国―4

 ステラのいる洞窟から一斉に人がいなくなり、霊気を帯びたような不気味な風が強く吹き込んできた。

 先ほどまであった安心感が、不安へと染まっていく。

 近くには白骨死体が散らばっており、とても落ち着ける場所ではない。

 そうは考えても、ここでじっとしておかなければならないという使命がある。

 いくら戦技を獲得していても、魔物との戦闘経験は少ない。

 戦士たちの足を引っ張るのは明白だ。

 粛々と状況を受け入れ、ステラは辺りの盗品を見回ることにした。

 一見しただけで、高価だとわかる物品や、ここらでは採れない食料の数々。

 未開封の瓶を開けると、中から酒の臭いがフワッと浮き上がってきた。

 一嗅ぎしただけ酔ってしまったのではないかと思うほど、どぎつい臭いだ。

 太古より人々は、酒を向精神薬の一つだと認識して愛飲してきた。

 しかし、酩酊状態となると時には争いを生み、不運だと他殺や自殺にも繋がった。

 “飲酒は病を治してきたが、病は飲酒より起こる”

 そんな謂れもあってか、飲酒を禁ずる地域もあった。



 ステラは酒瓶を置き、他の盗品を見て回る。

 さながら小さな博物館であり、村にはなかった珍しい物を眺めた。

 古びた宝箱もあり、両手で引き上げると中には大粒の宝石が松明に照らされて無数の輝きとなっていた。

 色とりどりの宝石が詰まった宝箱からは、得体のしれない恐怖も感じ取れる。

 側面を指でなぞる。

 これだけの宝石を蓄えることができたということは、それだけ村や街が襲われたということだ。

 怨霊のようなものがいるのだとしたら、この宝箱は呪いの対象になるだろう。

 なぞっていた指を離すと、指紋に埃のような粉末がついていた。

 とても、ここの宝石を持って帰ろうという考えには至らない。



 世の中にはミミックと呼ばれる、体を宝箱に擬態させた魔物がいることを思い出す。

 高等生物の脳が好物で、脳を食らって知能を高めるのだという。

 ミミックは宝箱に擬態し、目前の生物が箱を開けるという動作ができるかどうかで、相手の知能を見極めている。

 ただ、残念なことに宝箱を開けようとするのは貪欲な人のみで、ミミックは人類しか食らうことができていないと言われている。

 この宝箱もなんだかミミックのように思え、ステラはその場を離れた。



 洞窟での滞在時間が十分を過ぎようとした瞬間、ステラの『生命感知』が反応した。

 最初はアルファルドが迎えに来たものだと思った。

 だが、その速度は人の走りよりも上回った速さである。

 そして、荒い息遣いのようなものが入り口から反響してくる。

 ステラは不審に思って、入り口の方を覗いた。



「豪雪狼!?」

「グワッ!」



 真っ白の毛並みに、ステラの腰ほどの体格を誇る豪雪狼が一匹、駆け込んできたのだ。

 口を大きく開けて自慢するかのように牙を見せつけると、そのままステラに飛び掛かった。



「『武器回収』!」



 手を後ろに伸ばして、スキルを唱える。

 床に散乱していた剣が飛び跳ねるように飛来し、手のひらに剣柄が収まった。

 即座に、剣を横にして豪雪狼の口を塞ぎに行く。

 踊りかかってきた豪雪狼の勢いに押され、ステラは地面に倒されてしまった。

 目と鼻の先で、狼が噛みつこうと暴れている。

 上顎と下顎の間に挟んだ剣を必死に握り、ステラは豪雪狼の腹を蹴り飛ばした。

 転倒している豪雪狼を飛び越え、とにかく外へと逃げだす。

 狭い洞窟では満足に剣を振れないため、全速力で駆け抜ける。

 当然、魔物は獲物が逃げていくのを黙って見ていない。

 四本足で駆け出した速度は、ステラの全速力を優に超える。

 あっという間に、ステラの背後に追いついた。

 ステラは前方に身を投げると、その上を豪雪狼がぞっとする速さで通り過ぎた。

 間一髪で躱したステラは雪面を転がり、俊敏に立ち上がる。

 ヴェニューサに鍛えてもらったおかげで、危機を回避することができた。

 剣を持ち上げ、体を豪雪狼に向ける。

 敵意むき出しの魔物は威圧させるような唸り声を上げ、容赦なく襲いかかってきた。



「『見切り』! 『回避術』!」



 豪雪狼が跳ね、断頭台で振り下ろされる刃の勢いで爪を振り抜いてくる。

 『見切り』の発動で、敵の動きがほんの少しだけ読めた。

 ステラは見えた一瞬の隙を逃さず、『回避術』で豪雪狼へと突進する。

 頭を屈めると、頭上で刃の旋風が吹きすさぶ。

 右手で握る鉄製の剣を振りかぶり、敵の腹を切り裂いた。

 豪雪狼は思わぬ反撃を食らい、勢い余って雪に激突する。



「はぁ……これは……?」



 右手に違和感を感じる。

 剣を見ると、剣身が大きく欠けていた。

 質が悪かったのと、豪雪狼の威力が高かったことが原因で折れてしまったのだ。

 豪雪狼は怒りに震えながら、立ち上がっていた。

 体勢を整えると、魔物はステラを一瞥する。

 それで、攻め込む機会が今だと理解したのだろう。

 顔を上に向け、森全体を震わせるかのような雄叫びを上げた。

 咆哮は次々に仲間を呼び寄せ、暗き木々の間から光る眼が浮き出る。

 戦況は一変し、ステラは四面楚歌となった。



 ステラにやられた豪雪狼が一歩を踏み出す。

 後ろ脚に力を込めてから、立ち尽くすステラに飛びついた。



「ステラ!」



 豪雪狼の首に、短剣が刺さる。

 空中で殺された豪雪狼は錐もみ回転しながら、雪面に沈んだ。

 直後、別の豪雪狼がステラを襲う。



「『スティンガーアロー』」



 飛びかかろうとした瞬間、額に長い矢柄が生えていた。

 正確に射抜かれ、断末魔を叫ぶこともできず倒される。

 ステラが振り向くと、木と木の僅かな隙間の向こうでヴェニューサが長弓を携えていた。

 森がざわめき始める。

 三方から豪雪狼を蹴散らしながら人影が現れた。

 それぞれが武器を手にして、魔物を連綿と斬り続けていた。

 アルファルドが白銀の剣を豪雪狼に撃ちこむ。



「『ハリケーンスラッシュ』」



 撃ちこまれた豪雪狼は剣の嵐に飲まれ、なす術もなく全身を切り裂かれた。



「『灼熱一刀』!」

「『緑生・大木連撃剣』!」



 燃え盛る太刀と目に見えぬ神速の大剣が群れを一掃する。

 スイセイとレッドアレス、アルファルドがステラのもとへと急いだ。



「アルファルド!」

「ステラ、無事だったか。奴らの遠吠えが、洞窟のある方角から聞こえてな。我らの判断に間違いはなかったようだ」



 アルファルドは豪雪狼の首に突き刺さった短剣を抜くと、それをステラに渡した。



「これで身を守れ」

「これって……」



 アルファルドに預けた一級品の短剣だった。

 暗殺に使用するはずだった武器を、まさか自分の身を守るために使うことになるとは思わなかった。

 両手で受け取ると、それを大事そうに持つ。

 白銀の剣を構えたアルファルドは六星騎士長に命じる。



「速やかに片づけるぞ」

「「はっ」」



 六星騎士長の二人が返事をして、全員武器を握り締めた。

 お互い、虎視眈々とチャンスを窺っている。

 幾度目かの寒風が戦場を撫でるように通った刹那、先に動いたのは豪雪狼の大群だった。

 その動きに合わせて、アルファルドと六星騎士長も一息に距離を詰める。

 獰猛な魔物の群れが雪を荒らすように移動すると、それぞれの獲物に向かって飛躍した。

 アルファルドが剣を掲げる。



「『ドラゴンブラスト』!」



 剣を右に思い切り振るうと強烈な風圧が噴出し、流れに巻き込まれた豪雪狼の群れは壊滅した。

 風の暴力は内臓と骨を粉砕し、地面に墜落した豪雪狼は圧搾された死体と化す。

 六星騎士長たちは遠巻きに見物している豪雪狼へ来襲する。

 スイセイは大剣を横薙ぎし、レッドアレスは太刀で一体一体、確実に斬撃を浴びせた。



「『立花・白照大地剣』!」

「『獄炎一刀』!」



 目の前の現実に、獰悪な豪雪狼もたじろぎ始める。

 アルファルドの『ドラゴンブラスト』を切っ掛けに、六星騎士長の勢いは計り知れないほど増していった。

 豪雪狼の強みである多勢が崩され、茫然自失となっている。

 不規則な足運びで繰り出す白銀の刃は敵に考える暇も与えない。



「『ドラゴンウェイヴ』」



 地面に剣を突き立てると赤紫の衝撃波を発し、豪雪狼を追尾して爆発した。

 大暴れする彼らと距離を置いていた豪雪狼の集団は低く唸りながら、森の奥へと逃げ去った。



「『アルテミスアロー:ラプチャー』」



 数歩も駆けぬうちに、逃げる豪雪狼たちを矢の雨が襲った。

 降り注ぐ矢が背中に幾度も撃ちこまれ、豪雪狼の命を絶たれる。

 なし崩し的に群れは瓦解し、やがて最後の一匹となった豪雪狼はアルファルドによって息の根を止められた。

 ヴェニューサは弓を片手に、洞窟前の雪原へと駆けてくる。



「これで、魔物らは全滅です」

「さすがは六星騎士長だ。神の力は侮れないな」

「陛下も凄まじい力量ですよ。軍神を宿されているのかと思うほどです」

「スイセイの言う通りです。惚れ惚れしました」



 当然だ、と言わんばかりの顔をして、アルファルドは剣を仕舞った。

 それから、ステラの肩に手を乗せる。



「怪我はないか」

「はい、大丈夫です」

「そうか、それはよかった。ならば、すぐにここを発つぞ。少しばかり森を荒らしすぎた。厄介な魔物が襲ってくるかもしれん」



 凶悪な魔物を片手間になぎ倒した彼らは馬車に戻り、帝都へと帰っていった。

 魔物の大移動に手を出した者は、生きては帰ってこれないと噂されているというのに、皇帝一行は容易く弄した。

 竜人の強さ、六星騎士長の強さ、連携の強さがこの戦いに表れている。

 無傷で帰還した彼らは、その後も浮き沈みのない毎日を過ごすことができていた。

 ……はずだったが。

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