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ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第六章 デザイア終戦編
220/256

星光が瞬く帝国―3

 アルファルドとステラが長方形テーブルで食事をしていた。

 壁際には女官が何人か控えており、場は沈静した空気である。

 食器の音だけが反響していた。

 この光景は何ら珍しくもなく、二人の食事はいつも静かである。

 アルファルドが、ステラに話しかけることは一度もなかった。

 だが、この時は違った。



「ん? いつもと味付けが変わったか? シルマ」

「はい、いかがなされましたか?」



 皇帝の近くに佇んでいた女官長シルマが速やかに移動し、傍で耳を立てる。

 アルファルドは器の料理に指をさした。



「今日の主厨長は誰だ」

「お気に召さなかったですか?」

「いや、そうではない。質問したいことがあってな」



 そう言った直後、ステラが手を挙げた。



「今日は、私の手作り料理です。主厨長に無理を言って、協力してもらいましたが……駄目だったでしょうか」

「これらを、ステラが? 駄目ではないぞ。ただ……懐かしい味がしてな。昔、どこかで食べた味なんだが思い出せなくてな」

「もしかして、シュネトレーネ村で食べたのではないですか?」

「そうだ! ……ステラは、そこの出身だったな」



 ステラが、シュネトレーネ村の出身だということを思い出す。

 アルファルドは納得し、スプーンで料理を掬って口に含んだ。



「確か、シュネトレーネは芋の産地で有名だったな。だから、今日は芋を使った料理が多いのだな。うむ、優しい甘みが口の中で広がる。庶民的だが、こういう料理も悪くはない」

「そこは、お世辞でも美味しいと言ってほしいものです」

「ああ、次からは何を食べても美味しいと言ってやろう」



 ずれた反応を示され、ステラは額に手を当てて悩んだ。

 そんなステラに気付かず、アルファルドは食事を進める。

 ステラは頃合いを見計らって、食器を置き、アルファルドに話を切り出した。



「あなたに復讐しようと思った理由は覚えていますか」

「戦場が村の近くだったために、波及して消滅した。紛争当事者であるドラコーニブス家を恨み、我への復讐を誓った。そうだろう?」



 アルファルドの答えに、力なく首を振って否定する。



「ステラが、そう語ったではないか」

「近くで戦争が起き、村の男たちは志願兵として戦いに向かいました。その間に、村が……盗賊によって略奪に遭ったのです」







 志願兵が戦場へと助勢しに行ったあと、静寂な雰囲気が一転した。

 集団となって、賊がシュネトレーネ村に押し寄せてきたのである。

 ステラは母の指示で、家の床下収納に身を隠した。

 身を縮こませ、暗闇でひたすら耐え凌ぐ。

 しばらくして、賊が家で暴れる音が聞こえてくる。

 母が、その人に対して命乞いしていた。

 蓋の上で怒号が飛び交った後、蓋の隙間から血が滴り落ちてくる。

 それが誰の血なのか、ステラはすぐに分かった。

 顔が青ざめていくのを感じ、口を両手で塞ぐ。

 乱れる足音が家から去っていったあと、蓋をゆっくりと開ける。

 蓋を開けて、視界を確保した直後、目に飛び込んできたのは母親の死体だった。



 家を出ると、村の中央や家屋の前に死体が転がっていた。

 盗賊によって家を荒らされた上に、無残な最期を迎えてしまったのだ。

 女も子どもも一様に惨殺されている。

 戦争がなければ、こんなことにはならなかった。

 消えた賊を追うことは現実的ではないため、復讐の矛先は戦争を引き起こしたドラコーニブスへと向けられた。







「そうか、ならば賊を追わねばな」

「アルファルド……?」

「ドラコーニブス家の竜人となった以上、打ち負かされたままというのは許されない。過去に決着をつけるぞ。シルマ、六星騎士長レッドアレスを呼べ」

「はい、ただいま」



 ステラが呆然としている間に、アルファルドが事を進めていく。

 アルファルドは、ステラに妃として期待しているのだ。

 過去を清算できていないままでは、皇后としての役割を発揮できないと考えた。

 そこで帝国情報局の最高責任者であり、火星の加護を受けた六星騎士長のレッドアレスを呼び出す。

 ややあって、食堂に紫の甲冑を装備した人物が礼儀正しく挨拶して現れた。



「陛下、何用でしょうか」

「数年前、賊共による村里への奪略が相次いでいたのを覚えているな」

「ええ、最近は聞かなくなりましたが」

「その賊を追求してもらいたい。見つけたら、報告しろ」

「はっ」



 突然、人探しを頼まれたのにも関わらず、レッドアレスは疑問を抱くことなく引き受け、部屋から退出していった。

 扉が閉まって、アルファルドは再び食事を始める。

 ステラは堪らなくなり、申し訳なく謝った。



「私のために……ごめんなさい」

「何を謝っている。これから戦うのだ。逆襲は、強気でいくぞ」



 布で口の周りを拭いて、アルファルドは立ち上がった。







 翌日、ステラはアルファルドに連れられて、都外へと馬車で繰り出していた。

 六星騎士長とその部下をお供に、四台の馬車が雪道に車輪の跡を刻んでいく。

 窓からの景色は帝都から雪面へと変わり、しばらくすれば森の光景が広がっていた。

 樹木の枝や葉に雪が積み重なり、馬車の振動で落雪している。

 空気もしんと冷えており、呼吸をするたびに凍えた風が喉を通った。

 アルファルドもステラも吐息は白くなっている。



「本当に、この先に盗賊団が?」

「レッドアレスの情報に間違いはない」



 それだけ言って、アルファルドは口を閉ざした。

 ステラも、それ以上疑ったところで何の答えも得られないと知って、目的地に到着するまで静かにした。

 馬車での移動が三十分ほど経過した頃、ようやく目的地にたどり着き、四台が一斉に止まる。

 従者が馬車の扉を開けて、アルファルドとステラが雪原に降り立った。

 大森林の真ん中に降り立ち、辺りには不気味な雰囲気が漂っている。

 やや間があって、木々の奥から魔物の遠吠えが飛んできた。

 ここは魔境の森とも呼ばれ、滅多に人が入ることはない。

 魔物の種類や数が多く、レベルも高い。

 まともな人間なら、近づかないのが普通だ。

 だからこそ、人が集団で隠れるのにうってつけでもある。



「この付近に洞穴があるという。そこが奴らの隠れ家だ」



 アルファルドは周りを見渡しながら、ステラに告げる。

 六星騎士長と兵士は既に、三方に散らばっていた。

 現在、ここにいる六星騎士長はスイセイ、ヴェニューサ、レッドアレスの三人。

 ステラたちは馬車のもとで、報告を待っていると、ヴェニューサと部下が戻ってきた。



「陛下、あちらに洞穴がありました。中に、人の反応はありませんが、警戒してください」

「ああ、わかった。他の六星騎士長にも、場所を伝えろ。それと、ステラの護衛を任せる」

「はっ」



 お辞儀をして、ステラに付き添うと『念話』でスイセイとレッドアレスに連絡を入れた。

 アルファルドは洞穴へと導く兵士の後ろを尾する。

 ステラもアルファルドに従って、大きな背中を見つめながら雪に足跡をつけていった。

 隣に、アルファルドが幼き頃から六星騎士長として務めを果たしているヴェニューサが並んだ。

 悪巧みをするかのように、こっそりとステラに耳打ちする。



「陛下への暗殺、もう諦めるのですか。陛下は少々、図に乗っているゆえ、妃殿下にお灸を据えてもらおうかと思って、暗殺技術を伝授したのですが」

「その節はお世話になりました、ヴェニューサ様。アルファルドはもう立派に皇帝として務めていますよ。今の状況も私が言い出したのではなく、彼が言ったのですから」

「懲らしめる必要はない、ということですか」

「ええ、今のところは。それに、私が付いていますから心配は無用です」



 前のステラとは印象が丸っきり変化しており、ヴェニューサは目をパチクリとさせている。

 ヴェニューサは同性であるということと、皇帝に反感を抱いていることの二点から、ステラに好感をもつようになった。

 今では、唯一無二の親友としての関係を築いていた。



「そうですか。それなら安心です。皇帝陛下から虐待されたら、私にご相談ください」

「聞こえておるぞ」

「へ、陛下……」



 聞き耳を立てていたアルファルドが、ヴェニューサを咎めた。

 ばつが悪い顔をして、ヴェニューサは俯く。



「ステラに暴力など振るうものか。だいたい、ヴェニューサのおかげで、我を確実に暗殺できるようになりおったぞ。仕返しが恐ろしくてかなわん」

「そういうことです、ヴェニューサ。アルファルドが虐待するなど、杞憂ですよ」

「そのようですね。大変失礼いたしました」



 ヴェニューサは素直に謝罪した。

 ステラはニッコリと笑って、許すかのようにヴェニューサにくっつく。

 それを見たアルファルドは少し頭を悩ませたが、特段気にすることでもないとして行く手の方に気を配った。







 兵士が誘導した先には、岩場にできた洞窟があった。

 入り口は暗く、人がいる気配はない。

 だからといって、油断は禁物である。

 ヴェニューサと兵士が先行した。

 その後、ヴェニューサから『念話』で安全を確保した旨を伝えられ、アルファルドとステラも中に入る。

 火が灯された松明を片手に、ステラは奥へと進んでいく。

 中は、明らかに人の手が加わっている跡がある。

 雑に放り投げられた武器、食器、道具、木材、壁際に走る血……死体。

 アルファルドの足先に引っかかったのは、竜人の白骨死体だった。

 洞窟の深部で、炎が踊っている。

 ヴェニューサが松明を振って、こちらに来るよう合図していた。

 奥まった空間には、あちこちの村で強奪してきた盗品が無造作に置かれている。

 そして、何よりも注目すべきは複数の白骨化している死体だ。



「殺されて、数ヵ月は経過しています。大量の盗品があることから、例の盗賊であることは間違いありませんね」

「魔物にやられたか、それとも竜人による仕業か。仲間割れでも起きたか?」

「これで、ステラ妃殿下の復讐は終わり……ということになります」



 あまりにもあっさりとした結末。

 それでも、ステラは満足していた。



「帰りましょう、アルファルド、ヴェニューサ」

「そうするか」



 アルファルドが入り口へと引き返した直後、凄まじい怒号が脳内に響き渡る。



(豪雪狼の大移動と直面してしまいました!)



 スイセイが『念話』で叫ぶ。

 アルファルドは即座に判断を下す。



「豪雪狼の大軍を退けるぞ」



 ヴェニューサが迅速に洞窟から抜け出していった。

 兵士も追いかけるように駆け出していく。



「ステラは、ここにいろ。我らが、すぐに片づけてくる」



 ステラに言い残し、アルファルドは白銀の剣を取り出して、洞窟から飛び出していった。

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