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ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第六章 デザイア終戦編
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星光が瞬く帝国―2

 政治と戦術を調整するため開いた会議が終わり、アルファルド以外は全員去っていった。

 椅子の背もたれに体重を預ける。

 その瞬間、首に短剣が飛んできた。

 以前の短剣と比べて、刃は鋭く研がれている。

 人の柔らかい皮膚なら、何の障害もなく突き刺せるだろう。

 完璧な不意打ち……のように見えたが。



「さすが、ステラだ。気配の消し方が上手い。あとは、力と速さだな」



 アルファルドに腕を掴まれたため、短剣はビクともしない。

 短剣の先は、アルファルドの首筋に当たる直前で止まっていた。

 華奢でいて、剛のある腕が戻っていく。

 短剣を腰に差して、会議室から出ようと足早に離れていった。



「この四か月で、目覚ましい成長振りだ。毎日、欠かさず暗殺しているおかげか」

「…………」



 一瞬足を止めただけで、話が終わるとそそくさと退出していった。

 このことに、アルファルドは不機嫌になることも怒ることもない。

 ただただ、楽しんでいる。

 アルファルドは、ステラが殺しに来た理由を聞いた。

 彼女の住んでいた村――シュネトレーネ村がデザイアリング戦争に巻き込まれ、消滅した。

 争いのとばっちりで、友人や母親が死んだ。

 戦争を推進するアルファルド皇帝のせいで、家族や友人の命が奪われたと主張し、ステラは復讐している。

 これに、アルファルドはこう返した。



「弱かったから、殺されたのだろう。弱者だから、見逃してもらえるとでも思ったのか」



 それだけ述べて、紅茶を啜る。

 単一な回答にステラは腹を立て、更に暗殺の技術を高めた。

 アルファルド皇帝を快く思っていない六星騎士長がいると聞いて、ステラはその人物に暗殺の術を学んでいた。

 ステラの覚えが早く、加えて生真面目だったため、見る見るうちに上達していく。







 結婚の儀が執り行われてから十ヵ月が経過していたある日、ステラは注文した短剣を受け取った後、今日こそアルファルドを殺すため、画策していた。

 皇帝宮を歩きながら(はかりごと)を練っていると、アルファルドの姿があった。

 アルファルドはやけに警戒しながら、廊下中を舐めまわすように視線を動かしている。

 気配を消すことが得意のステラは、その目に映ることなく尾行する。

 やがて、アルファルドがとある部屋へと入っていった。

 その部屋は見覚えはあっても、中に何があるのかをステラは理解していなかった。

 もしかすると、国家の秘密に関わるような代物が眠っている場所なのかもしれない。

 嫌な考えが脳裏に浮かんだが、彼女は臆することはなかった。

 むしろ、今だからこそ暗殺できるかもしれない。

 中に入ったことで、警戒を解いているはずだ。



 部屋の扉についているドアノブを軽く捻る。

 レバータイプの取っ手を慎重に音を立てず、下ろした。

 錠が外れ、ドアを部屋の方へと軽く押す。

 開いた隙間から、臭いが吹き込んでくる。

 その風は妙に土臭い。

 奥から水の音が聞こえてくる。

 降り注ぐ水が何かに当たって、小さく破裂しているような音に変わっていた。

 ドアを更に押して、横にした体を隙間に入り込ませる。

 靴が赤い絨毯に乗っかる。

 高級絨毯には少々埃が積もっていた。

 またその絨毯は生地が厚いため、雑な足運びでも消音を保てそうだ。

 ステラは完全に中へと進入すると、真っ先に視界に飛び込んできたのは背中を向けたアルファルドだった。



 ゆっくりと短剣を抜いて、持ち上げる。

 次の瞬間、彼女は消していた気配をわざと元の状態に戻した。

 それでアルファルドは感づき、おもむろに振り返った。



「……ステラ、か。驚いたぞ、まさかそなたがいたとはな。あのまま気配を遮断していれば、我に気付かれることなく暗殺できただろう。なぜ、姿を現した?」

「あなた……花を育てているの?」



 その部屋には大きなベッドの他に、緑溢れる大きな植物園が広がっていた。

 部屋の三分の二が、花の咲き誇る庭園になっているのだ。

 『空間拡張』により、部屋は実際の大きさの二倍以上になっている。

 土の臭いに混ざって、満開の花が放つ香りが鼻腔を刺激した。

 アルファルドは片手に、如雨露(じょうろ)を持っている。

 先ほどの音は、水やりだとステラは納得した。



「我が花を育てるのは、意外だったか?」

「ええ、武闘派がそんな可愛いことをしているなんてね」

「花は嫌いになれない。姉の影響だろうな」

「姉?」

「ドラコーニブス・アルキオーネ。我が18になった頃に亡くなった。大病だった姉だが、花のことを語り出すともう止まらない。おかげで、花を見るたびに姉を思い出す」



 アルファルドは今まで見たことがない表情をしていた。

 温もりと優しさを感じさせる笑みを浮かべている。



「しかし、ステラ……」



 如雨露を置き、ステラに接近する。

 そして、手に持っていた短剣を奪われた。

 その短剣を切っ先から柄まで鑑賞するように眺める。



「我を暗殺しに来るたびに、短剣が豪華になっているな。短剣のために、金を与えているのではないぞ。そなたに金を与えるのは、我の妃として相応しくなってもらうためだ。これ以上、短剣を購入するな。ステラの部屋が、短剣で埋まってしまうのでな」



 磨かれた刃の方を指で挟んで、ステラに差し出した。

 いつもなら、さっと取って逃げていくのだが。

 ステラは差し出されている短剣の柄頭にそっと手を添えて、小さく押し返した。



「もう、私に短剣は不要です」

「今度は何の武器にするつもりだ?」

「いえ、私はもう武器は持ちません。なぜなら、あなたを殺す必要がなくなったからです」



 ステラは晴れやかにニッコリと破顔した。

 まるで憑き物が落ちたようなスッキリとした表情だ。

 その笑顔に、アルファルドは思わず呼吸を乱してしまった。



「そっ、そうか。急な心変わりで驚いたぞ」



 パッと顔を背ける。



「なら、この短剣は我が処分しておくぞ。それでいいのだな」

「それでいいのです」



 短剣を懐に仕舞って、アルファルドは急いで立ち去ろうとする。

 心臓が早鐘となって胸を突き始め、無性に落ち着かなくなったからだ。

 早足で扉へと急ぐ。

 ドアノブに手がさしかかったところで、ステラに呼び止められる。



「アルファルド」

「うっ、ステラ……なんだ?」



 振り返らず、耳だけをステラに向けた。



「私も花が好きなんです。ここの植物、私が育ててもかまいませんか?」

「別に構わないが……」

「いくつか枯れかけている花が見当たります。あなたは少々、管理が杜撰(ずさん)なようですね。適当に水をあげればいいと思っているのではないでしょうか?」



 図星を突かれ、身体が強張る。

 アルファルドは強硬派ゆえに、花の育成を公言できなかった。

 皇帝の印象が崩れ、指示を聞かなくなる恐れがあるからだ。

 そのため、人に花の育て方を聞けず、姉の見様見真似で水をやっていた。

 ステラに指摘された通り、水を与えることしかしなかったため、数ある植物の内、いくつかを枯らしてしまっていた。



「アルキオーネさんが遺した庭園、私が復活させてみせます。だから、あなたは皇帝としての仕事に注力してください」

「……では、ステラに託すとしよう。感謝する、ステラ」



 アルファルドはドアを小さく開け、体を滑り込ませるにして出ていった。

 進入してきたときのステラと同じ様子である。

 後ろ手で扉を閉じ、カチッと施錠された扉に背中を預けて深呼吸を繰り返した。

 異性に対して、こんなにも感情が激しくなったのは初めてだった。

 皇帝が扉の裏で煩悶しているとは露知らず、ステラは床に置かれている如雨露を手に取る。



「もう十ヵ月……」



 凶刃を持って、宴会に突撃したあの日を思い出す。

 ステラの心で燃え続けていた復讐は今日、灰燼に帰した。

 あんなに皇帝を憎んでいたステラが皇帝の裏を知った途端、復讐の灯は握りつぶされたかのように消えてしまった。

 アルファルド皇帝もまた、一人の竜人なのだと気付いてしまったのだ。

 それに、本当に復讐すべき相手はアルファルド皇帝ではなかった。



 ステラは如雨露を抱えて、植物一つ一つに水と愛情を注いでいった。

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