190 発令所
モルスケルタの中央は、大きな空間が広がっていた。
中心に円柱があり、上は発令所となっている。
そこでは精鋭たちが、モニターを通して外の様子を見ながら、手元の入力装置でモルスケルタを操作していた。
薄暗い中を壁面の赤色灯が照らしている。
その更に中央で、最高指揮官のアルフェッカが監督していた。
周りの様子とモニター画面に映る外を交互に見つめる。
アルフェッカの後ろには、六星騎士長の二人が直立していた。
ウラヌス、ジオーブ。
先ほど帰ってきたばかりのウラヌスに、アルフェッカが尋ねる。
「メリディスが六星の加護を手に入れたのか」
「ええ、ご覧の通り……この始末です」
腕を広げ、全身を見せつける。
ウラヌスの赤い鎧はメリディスに斬られて、ところどころが傷んでいた。
「アルティア……やはり、人を見る目は確かだ。それでこそ、ドラコーニブスの竜人」
失敗の報告を受けたというのに、アルフェッカは嬉しそうに微笑む。
妹の成長を微笑ましく思っているのだ。
ウラヌスが進言する。
「スイセイはヴェニューサに阻止され、魔導機を奪われずに済みましたが、アルティア殿下は別の手段で乗り込んでくると思われます。あの方には、アヴィリオス教皇と皇帝陛下が付いている。何としてでも、こちらに進入してくると考えられますが」
「別に構わない。むしろ、魔導機で来られる方が厄介だ。モルスケルタには、自動迎撃装置が組み込まれてある。速度の遅い魔導機なぞ、的にしかならん。ウラヌスに与えた一機だけ、自動迎撃装置に反応しない特別な魔導機だ。あれさえ奪われなければ、ここに侵入するのは不可能だ」
古代に製造された巨大魔導兵器モルスケルタ。
その造りは、リライズ製の兵器とは打って変わって特殊だった。
ここにいる精鋭の中に、ドワーフも数多く配置されている。
戦闘力のないドワーフが、なぜここにいるのか。
その理由は、このモルスケルタを分析し、正確に操作できるようにするためである。
現在、発令所にある入力装置でモルスケルタは動くことと止まることが分かっている。
自動迎撃装置の制御や、内部に隠された多くの機能をどうやって操るのかは暗中模索なのだ。
そのために普段、飛行戦艦アークライトの整備を担当しているドワーフが艦内のあちこちを調べているのである。
アルフェッカは妹を危険に晒さないよう、まずは自動迎撃装置の制御をドワーフに調査させていた。
彼女は内心、ここでアルティアと終戦を見届けたい気持ちだった。
このモニターで、グレアリング王国が陥落する様子を見せて、姉の考えが正しかったと証明したかったのだ。
姉とかつての父アルファルドが理想とした、敵対勢力を徹底的に叩き潰しての平和。
人間は敵であり、分かり合える存在ではない。
そう信じて、アルフェッカはアルフェッカの道を歩いてきた。
ウラヌスは、いつものニヤケ顔が消えて、真剣な眼差しでアルフェッカを見据えた。
「いえ、殿下はここに来ます」
「……どうして、そう言い切れる」
「オレが感じた殿下の意志。それは、閣下と同じ強さだった。それに殿下の従者も強くなっている」
「そうか、それは良い報告だ。なるほど、私の知っているアルティアではなくなった、というわけか。ウラヌスを信じるとしよう。卿とジオーブ、発着ポートでアルティアたちを"歓迎"してもらおうか」
アルティアたちが強くなったというならば、彼らを突破して私のもとへと来るだろう。
そう思って、アルフェッカは余裕のある笑みで命令を下した。
ウラヌスが返事をして、発令所から退出していく。
指先でクルクルと銃を回すジオーブも渋々といった感じで、その場から離れていった。
アルフェッカは俯いて、呟く。
「私は、これでよいのだろうか。私の信じるものは……」
唐突に、頭痛が襲ってきた。
脳をこじ開けようとするような痛み。
激痛というわけではないが、ずっと耐えられるような痛覚ではない。
頭に手を当て、治まるのを待つ。
「私は……」
「皇帝陛下に褒められたいのでしょう。なら、信じるしかない」
傍に、発着ポートへ向かったはずのジオーブがいた。
「ジオーブ……何をしている」
「閣下の様子がおかしかったので、すぐに駆けつけたのですが……杞憂でしたかね」
心配をする言葉だが、冗談を言うような声色だった。
素人の演技を思わせる口調だ。
頭痛は失せ、ジオーブを手で追い払う。
「六星騎士長の中で新参者だが、卿は実績がある。頼りにしている」
「ありがたきお言葉です、閣下。それでは」
具足の音を一定のリズムで鳴らしながら、ジオーブは歩いていった。
灰色の甲冑を身に着け、二丁の拳銃を装備している。
ジオーブが他の六星騎士長と異なるのは、頭をすっぽりと覆う兜だ。
兜の形状は鳥頭のようで、口の辺りが少し飛び出ている。
装飾品はなく、灰色のため、それほど目立つものもない。
ジオーブはいつも兜をかぶっており、その素顔は誰も見たことがない。
アルフェッカは実力を重視するため、兜を被った変人であっても強ければ特に気にすることもなかった。
されど言い知れぬ奇妙さを覚え、アルフェッカは彼の素顔を見てみたくもなった。
「アルフェッカ、大丈夫?」
「ミリミリか。ああ、何ともない」
突如、姿を現したミリミリがアルフェッカを気遣う。
アルフェッカは肩を少し回して、異常がないことを伝えた。
ミリミリはホッとした表情で宙に浮かび、杖を回す。
「よかったぁ。最近、思いつめたような顔をすることが多いから心配してしまうのよ。あなたの妹と会ってから、様子が変よ」
「エーレグランツでの再会からか。私が最高指揮官となってからは時間がなくて、妹に会えなかったからな。アルティアの姿を見て、私は安心したんだ。だから、張りつめていた気が緩んだのだろうな」
フッと持ち上がっていた口角が次の瞬間には落ちていて、モニター画面を注視する。
現在、モルスケルタはベリタス要塞を越え、グレアリング王国最後の砦であるセルタス要塞を目指していた。
前方の飛行戦艦と比べると、モルスケルタは亀の前進のような遅さではあるが、着実に地を均していっている。
「今日は、我々の歴史に勝利が刻まれる日だ。反乱分子を世界から消し去り、平和を築く」
自分に言い聞かせるように、一言一言を重く呟いた。
アルフェッカは今日が来ることを、どれほど待ち望んでいただろうか。
今を生きている喜びを噛みしめ、グレアリング軍を強く憎みぬいた。
彼女は、この戦争で全てを終わらせる覚悟をしていた。
自身の命を投げ打ってでも、グレアリング王国を陥落させるつもりだ。
「セルタス要塞を確認!」
兵士の一人が叫ぶ。
モニターには、石を積み上げて築いた城壁が大きく映し出されていた。
あれこそが、グレアリング王国の要であるセルタス要塞だ。
城壁の側には、軍隊が並列している。
その先頭で仁王立ちしているのが、グレアリング・リーブ王だ。
「状況を考慮すると……徒死に、だな。無駄なあがきを。雑兵まとめて、葬ってやる」
ここで、アルフェッカは気付いた。
グレアリング軍の形を見ると、彼らは守りに徹している。
ベリタス要塞を攻めたときの意趣返しかと、頭をよぎる。
先の戦では、ミリミリの究極魔法を放つ機会をつくるため、防御を行った。
ということは、奴らも何か切り札を。
だが、アルフェッカは勘ぐることを止め、敵を一笑する。
モニター画面は他にも、モルスケルタの側面を映していた。
そこでは、飛行タイプの魔物が自動迎撃装置に見舞われている。
翼や胴を、数多の機関砲で撃ち抜かれていた。
魔物も群れとなって反撃しているが、数秒後には死体となって沈んでいく。
超弩級の巨大魔導兵器は地に加えて、空をも制していた。
誰の目から見ても、グレアリング軍が勝利することは有り得ない。
しかし、アルフェッカは決して手心を加えるつもりはない。
何事も油断せず、挑む。
彼女の意志は固くなる。
「後方から何かが高速で飛来しています!」
手元の探知機を見て、兵士がアルフェッカに報告した。
全員が魔物を想像する。
ところが背面を映すモニターに現れたのは、落下する魔物の隙間を縫って駆け抜ける一機の戦闘機だった。
二門の砲が前面に突き出ている変わった機体。
赤と黒が混ざった戦闘機が、モルスケルタの遥か後方を稲妻のように高速移動している。
アルフェッカは、それに誰を乗せているのか確信した。
「アルティア、か……」
モルスケルタの自動迎撃装置が、高速で接近してくる戦闘機に反応する。
魔物の血肉を悉く吹き飛ばした機関砲が火を噴いた。
即座に張られた弾丸の幕に、戦闘機が突っ込んでいく。
誰もが、魔物と同じ行く末を辿るだろうと予測した。
ただ、今回ばかりは違った。
針に糸を通すかのように、戦闘機は弾幕の中を駆け抜けていく。
縦横無尽に飛び交う弾丸の嵐を物ともせず、最小限の動きで躱している。
これを映すモニター画面に、兵士の目が釘付けとなった。
赤黒の雷が走り、とうとうモルスケルタの背中に降り立った。
背中には発着ポートがある。
兵士たちは漏れなく恍惚の吐息だ。
謎の戦闘機が魅せた華麗な回避は、見るもの全てを虜にさせるほど素晴らしいものだった。
進入されたというのに、アルフェッカは慌てることなく呟く。
「ふっ、ウラヌスが正しかったか。ミリミリ、最後まで力を貸してくれるか?」
「ええ、目覚めさせてくれたアルフェッカに付いていくわ」
大魔法使いは杖を弄び、不敵に笑った。