189 威風都市エーレグランツ―6
巨大魔導兵器モルスケルタは、グレアリング王国を目指して進行している。
窓の外から、モルスケルタの後ろ姿が見えた。
その姿を例えるなら、金属でできた蜘蛛が巨大化したようなものだ。
歩脚四対計八本の脚が地を踏みしめるたびに地煙は舞い上がり、震動が発生していた。
モルスケルタの前方には、飛行戦艦アークライトが飛行している。
その下に、軍隊が列をなして前進していた。
大地に覇を唱える帝国軍をまざまざと見せつけられて、グレアリング王国に勝ち目はないだろうと感じてしまった。
どう考えても、このモルスケルタに正々堂々と衝突するグレアリングは正気の沙汰ではない。
だからといって、尻込みしてもらっては困る。
俺たちが内部を崩すまでの間、時間を稼いでおいてもらいたいからだ。
リーブ王はもちろん、俺らの作戦を知っている。
「アルティア、メリディス、ミミゴンはモルスケルタに乗り込んでください。アルティアとメリディスは発令所にいるアルフェッカを止めたのち、モルスケルタの心臓部である原動機を破壊してください。それで、モルスケルタは止まります。ミミゴン、君には魔女を倒してもらいたい」
「簡単に言ってくれるが、俺はミリミリに魔力を奪われている」
「発令所にたどり着くまでには、取り戻せるはずですよ」
教皇の表情は白い布で隠され、見ることはできないが意味深に笑っているはずだ。
『助手』の存在にも感づいているからこそ、発言できる。
「ああ、魔女の方は俺に任せてくれ」
「頼みましたよ。それと魔女との戦闘は、できるだけ上空でお願いします」
「すっかり慣れてる。大丈夫だ」
蛇足と戦った時も、藤原良太と戦った時も天空で戦闘した。
地上に被害を出さないために、今回もはるか上空で戦う。
魔女、ミリミリ・メートル。
幼女のくせして、魔力が桁違いに強い。
一瞬たりとも気を抜いてはいけないな。
アルファルド皇帝が心苦しそうに謝ってくる。
「すまない、ミミゴン王。我が、娘を放任したばかりに、このような事態を招いてしまった。施政に注力し、アルフェッカに気を配ることができなかった。為政者として以前に、親として娘を……大切にすることを忘れていた。その付けが、今日になって回ってきたのだろう。国の統治より、家庭内を治めることの方が難しい、とはな」
親としての後悔が言葉ににじみ出ている。
皇帝が政治に現を抜かしたあまり、親に愛されることを知らないまま、アルフェッカは成長した。
いつの間にか、親の手を離れ、アルフェッカは為政者となってしまった。
気付いた頃には、アルフェッカは皇帝に反抗する力を手に入れていた。
世間一般でいう反抗期なんて可愛らしいものではない。
彼女は皇帝に反抗の意思を示すため、これから一国を滅ぼそうとしているのだ。
元老院が消え去り、六星騎士長は完全にアルフェッカのものとなった。
最高指揮官の地位に就き、彼女は帝国軍を操ることができる。
皇帝に残された選択肢は、俺とアルティアに頼る道しかなかったのだ。
それらの事情を汲んで、俺は答えた。
「付けは、今日から返せばいい。アルフェッカとアルティアは、何と言おうとも陛下の娘だ。なら、父親としてできることが、たくさんあるはず。娘たちの父親は、アルファルド皇帝陛下しかいないんだ」
「ミミゴン王……」
「父親のあなたにしか、できないことがあるはずだ。これから悔いのないよう、精一杯愛してやるんだな」
アルファルドは、アルティアを見つめる。
アルティアは父親の思いを受け取って、静かに頷いた。
「アルティアよ。姉のアルフェッカは、昔の我を理想としておる。タカ派だった我の理想を叶えようと、アルフェッカは行動しておるのだ。情けないことだが、我の代わりにアルフェッカの目を覚まさせてやってほしい」
「妹として、お姉様を止めてみせます。ドラコーニブス家の威信をかけて……アルフェッカに立ち向かいます、お父様!」
アルティアは父親を抱擁した。
父の愛を肌で感じたいのだろう。
アルフェッカに挑むということは、敵の武力に危険を晒すということである。
妹だからといって、見逃してもらえることはないだろう。
要するに、死ぬかもしれないということだ。
だからこそ、今この場で娘は親を抱きしめた。
家族愛を信じて、アルティアは臨むのだ。
しばらくして、アルファルドはアルティアを離し、肩に手を置いた。
「我が娘よ、心から愛している。……伝えるべき時機に伝えてやれなくて、すまなかった」
「お父様の愛は、いつも感じていますよ。だから、気にしないでください」
「そうか……よかった。それと、アルティア」
「はい」
「アルフェッカにも伝えてやってくれんか。お前の父親は、我だということを」
「はい、もちろん」
アルファルドの言葉を託されたアルティアは、どこか嬉しそうだった。
アルティアはアルフェッカを敵だと認識しているにも関わらず、姉として為政者として心酔している。
彼女は姉を信じているのだ。
俺の仕事は、ドラコーニブス家を上手くまとめる仲介だな。
アルファルドは顔をこちらに向ける。
「それにしても、ミミゴン王よ。そなたのアドバイス、親の我にとても響いてきた。もしや、そなたも親であるのか?」
「い、いや、そんなわけないでしょう。俺、機械ですよ」
「そう……だったな。余計な詮索をしてしまい、申し訳ない」
納得した様子ではあるものの、どこか違和感を呑み込み切れていないようだった。
確かに、元の世界で俺は所帯を……。
……持っていたはず、だよな。
妙に、家族の記憶が掠れている。
いや、今はどうでもいい話だ。
「親子の語らいが一区切りしたところで、悪い知らせを伝えなければならない」
「……これからってときに、悪い知らせだと」
教皇は平常心で、そう話を切り出した。
悪い知らせだと聞かされて、気が抜けたように失望してしまう。
家族愛を確かめて、さあ行くぞとなっていた雰囲気をぶち壊した。
気勢をそがれてしまったが、聞いておかなければならない。
「内容は?」
「スイセイに魔導機の手配を頼んだのだが、ヴェニューサに阻止されてしまった。アルフェッカに見抜かれていたよ」
「おいおい……それじゃあ、モルスケルタにどうやって乗り込むんだよ。作戦の根本から崩れたじゃねぇか」
アルティアが暗い顔になるのも無理はない。
これまで必死になって戦ってきた努力が無に帰すのだから。
最悪のニュースじゃねぇかと落ち込んだが、教皇は別段焦っている様子ではない。
むしろ、その逆。
「こうなった以上、別の手段を用いて、モルスケルタに侵入しましょう」
「別の手段、とは?」
アルティアが尋ねると、教皇は俺とアルティア、メリディスへと順に視線を移していた。
「エーレグランツへの道中で知り合ったはずですよ。異種族の二人が見た夢を、飛ばした青年と」