188 エルレライ・メリディス―7
「このオレを処刑するだって? いいぜ、やれるものならやって……」
言葉を言い切る前に、メリディスがウラヌスに斬りかかっていた。
ほんの少しの油断が、防御を遅らせる。
妖刀の切っ先が甲冑を削った。
さらに一撃を繰り出したが、ウラヌスは即座に躱す。
躱された後も、メリディスが止まることはなかった。
最小限の動きで、背後のウラヌスに目がけて回転斬りを放ちつつ、ウラヌスにべったりと接近戦を仕掛けていく。
回転斬りもその後の連続攻撃も、ウラヌスは懸命に避け続けていた。
だが、剣戟を浴びせるメリディスも速度を上げて、猛攻撃を放ち続けた。
「くっ、お前……祠を突破したあとだろ!? なぜ、そんなに武器を振るえるんだ!」
ウラヌスが焦るのも当然だ。
祠から出てきたメリディスは、誰が見ても疲労しているように見えた。
憔悴したような雰囲気だったはずだ。
それに、メリディスの軍服には生々しい激闘の跡があった。
ところどころ生地が破れ、肌が露出している。
それに、服のあちこちに黒々とした点があった。
出血しているのだろう。
それなのに、メリディスは疲れた様子を見せない。
(彼女、『龍化』した後のはずだ。『龍化』の反動が、メリディスには表れていた)
龍人だったエルドラが言う。
ラオメイディアも『龍化』の効果が切れると、身体が限界を迎えていた。
あのラオメイディアでさえもだ。
(人知を超えている……のだな)
彼女を研究したところで、この現状を解析できないだろう。
だが、確かなことはある。
それはメリディスが、忠誠を誓ったアルティアのために闘っているということだ。
「くそっ! 『乱気』!」
「メリディス!」
アルティアが叫ぶ。
ウラヌスが左手で『乱気』を発動させると、メリディスの動きが止まった。
『乱気』で戦況を狂わせることに成功したウラヌスが、後ろに飛び退く。
「すまねぇなぁ、メリディス。あんまり『乱気』は使いたくなかったんだがよ。真剣勝負に水を差すような真似ができちまうからな。だが、この戦いは真剣勝負じゃねぇ。本気のお遊びなんだよ。閣下の命令がなければ、真剣勝負でもよかったんだが……悪いな」
ウラヌスが剣先を、動かないメリディスに突き付ける。
メリディスが参戦しても、あの『乱気』を使われたら終わりか。
「お遊び? 言ったはずよ、これは処刑だと」
「あ?」
行動が封じられた状態でも、メリディスは冷静さを欠いてはいなかった。
強がりだと判断したのか、ウラヌスは小馬鹿にする笑みを浮かべる。
次の瞬間、その笑みが驚愕へと変わっていた。
「バカな!?」
メリディスは『乱気』をものともせず歩き出す。
エネルギーの流れで押さえつけていたはずなのに、メリディスは歯牙にもかけず抜け出したのだ。
「『乱気』が効いていない、だと?」
ウラヌスは迫ってくるメリディスに刀を振り下ろした。
刀を振り下ろす勢いを『乱気』で倍以上にしている。
メリディスは慌てることなく、刀を受け止め、左手でウラヌスを押し飛ばした。
「『迫撃拳』」
「ぐっ!」
ウラヌスは雪面に転倒していた。
上体を起き上がらせ、メリディスを睨む。
彼女を観察している様子だ。
「なるほどな……刀をぶつけたときに分かったぜ。お前、オレの『乱気』を弱らせたな。それが、メリディスの……六星スキルか」
「六星スキル『減退』。貴様の『乱気』とやらは使えなくなったな」
相手のスキルを弱らせる六星スキル『減退』。
強いエネルギーの流れを『減退』で弱らせたのか。
メリディスのスキルがあれば、『乱気』は恐れるに足りない。
状況が一変し、ウラヌスが不利になった。
それを悟って、奴は乗ってきた魔導機へと駆けだしていく。
「貴様! 逃げる気、か……うっ」
さすがのメリディスも、ここで限界だった。
膝から崩れるメリディスをアルティアが支える。
ウラヌスは既に、魔導機の入り口に足をかけていた。
「アルティア殿下、モルスケルタまで来るんだろ! オレは、そこで待ってるぜ! メリディス! 次こそ、真剣勝負だ! 楽しみにしてるぜ!」
「ウラヌス!」
メリディスの叫び声が響き渡ったあとには、魔導機が空へと飛び去っていた。
教皇から受け取った転移石を発動させると、目の前の光景が威風都市エーレグランツへと変化した。
エーレグランツへの転移石があるなら、最初から渡しておいてくれればと思ったが、転移石の価値は計り知れない。
元となる魔石の数が少なく、転移の場所を登録する魔法使いも少ない。
これは貴重な一個なのだろう。
と、転移石を説明したところで、俺たちは都市長の屋敷へと急いだ。
メリディスは手負い。
俺とアルティアも休憩が必要だ。
だが、街中の雰囲気が俺たちを更に駆り立てる。
「もう、戦争が起きているようですね」
アルティアの言った通り、デザイアリング戦争の火蓋が切られていた。
遠方から、爆発しているような音が聞こえる。
都市の竜人も急いで買い物を済ませていた。
家に閉じこもって、戦争の終わりを祈るのだろう。
だが、人々は未だ戦争の終結を信じてはいない。
少し進軍して終わるとしか考えていないはずだ。
彼らの中で、終戦は御伽噺のような扱いになっている。
現実離れした空想だと。
それは今日で現実のものとなる。
戦争の行方は明日、はっきりと見えるだろう。
俺たちがアルフェッカを止めて終戦という結果。
もう一つは、アルフェッカを止めることができず、グレアリング王国が陥落するという結果。
明日は、どっちの結果を見るのか。
屋敷の中は静まり返っており、使用人は立ち尽くしていた。
戦争が始まったことで、落ち着き払っているのだ。
普通ならば、気がかりで騒いでしまうものかもしれない。
彼らは違う。
200年もデザイアリング戦争が続いたため、慣れてしまったのだ。
騒いだところで何とかなるものでもない。
軍務に服していない一般市民は、黙って戦争の終わりを祈るしかないのだ。
階段を上り、赤い絨毯が敷かれた廊下を進んで、都市長の部屋へとたどり着く。
重厚な木製の扉を開けると、窓を見つめていたアレクサンド都市長が重そうに振り返る。
同時に、もう二人の人物が視界に入った。
一人はアヴィリオス教皇だ。
その素顔は相変わらず、白い布で覆われている。
もう一人は、変わった服を着ている人物。
裁判官が着ている法服のような形で、生地は白い。
肩や胸に装飾品を散りばめた制服を身に着けていたのは、現デザイア帝国皇帝。
アルフェッカとアルティアの父親、アルファルド皇帝だった。
「アルティア、久しぶりだな」
「……お父様」
皇帝は懐かしむような瞳で、アルティアの顔を覗いた。
「ステラの面影を、アルティアから感じる。立派に成長しているのだな」
「お母様の面影……」
「気の置けない雑談は、全て片付いてからしましょう」
教皇が間に割って入り、続きそうだった話を中断させる。
「さて、まずはメリディス。無事……とは言い切れませんが、祠の力を授かることができたようですね。お疲れ様と労いの言葉をかけたいところですが、ここからが決戦です」
「分かり切ったことを言わないでほしい」
「そうでした、あなたはアルティアの特別護衛騎士でしたね。踏んだ場数は、六星騎士長をも上回る。余計な心配をしてしまいましたね」
メリディスは近くの椅子に腰掛け、身体を休めた。
俺は『異次元収納』で水薬を取り出し、メリディスに手渡す。
マトカリアが調合して精製したポーションである。
道具屋で購入するポーションよりも、圧倒的に質が高い。
つまり、回復量が大きい。
ただ……
「げぇっ、にがい。貴様、毒でも入れたのか!」
「毒は入れてないから安心しろ。我慢して飲んでくれ」
質が高くても、味は苦すぎる。
ポーションを疑うメリディスの顔は、嫌いな食べ物を子どもが一生懸命に克服しようとするときの顔だ。
マトカリアには、味の調整もお願いしておこう。
教皇は部屋全体に響く拍手をして、注目を集めた。
「いよいよ、この時が来ました。今日で、デザイアリング戦争に幕を下ろしましょう。人の新たな歴史のために!」