187 エルレライ・メリディス―6
ウラヌスが刀を下ろし、左手で挑発してくる。
六星スキル『乱気』を発動させた奴は、余裕綽々とばかりに口角を上げていた。
日本刀を中心に嫌な風が渦流しており、ウラヌスを観察しても隙が見えない。
全方位から攻撃が飛んできても、難なく対処してやる。
そんな意図を構えから感じ取った。
「アルティア様、奴の六星スキルを知っているのか?」
「いえ……立場の関係もあり、六星騎士長と接する機会が少なく、全員の六星スキルを把握しきれていません。ですが、あの表情。ここは慎重に攻撃を仕掛けるしかありませんね」
「何かあっても、俺が全力で守る」
アルティアが頷き、剣を構える。
景気づけようと、俺が守るなんて発したが一時的な慰めにすぎなかった。
それを理解した上で、アルティアは頷いたのだろう。
とにかく今はウラヌスを撃退して、モルスケルタに乗り込まなければならない。
ここで足踏みしている場合じゃないんだ。
アルティアがスキルを唱える。
「『マイティガード』!」
スキルの発動により、俺とアルティアの防御力が向上する。
『乱気』の正体がわからない以上、できることは守りに徹することだ。
守りながら、敵の情報を得る。
しかし、攻めなければ膠着状態からは脱することができない。
相手の出方を窺っている状況で先に動いたのは、アルティアだ。
雪を散らし、ウラヌスに接近する。
空いている手を前に出し、『フレイム』『サンダーボルト』を放った。
見切っていたウラヌスが魔法を切り裂く。
「無駄だぜ、アルティア殿下」
「はぁっ!」
雄叫びを上げ、アルティアは飛び掛かっていた。
白銀の剣が振り上げ、一気に襲う。
身軽さを活かしたスピードで戦うつもりなのだ。
情報が乏しい今、一発勝負で弱点を探るしかない。
刃が振り下ろされる。
ウラヌスから刀を構えなおそうとする気配がなかったため、命中を確信した。
はずだった。
「『乱気』!」
「……! ぐっ!?」
突然、アルティアは空中でピタッと止まった。
何もない空間だというのに、縛り付けられたように動かない。
そのまま、雪原へと落下する。
ウラヌスは触れていないというのに、何の前触れもなくアルティアが止められた。
雪に倒れこむアルティアに、刀の切っ先が向けられる。
「アルティア!」
すぐさま、アルティアを庇うため、奴の側に高速で飛行した。
だが、ウラヌスが左手を俺に突き付けた途端、ドローンが止まってしまう。
羽が回転しなくなったのだ。
これがウラヌスの六星スキルなのか。
「さすがに、アルティア殿下を殺すのは憚られるな。閣下の妹だからな。だが……ミミゴン。お前を殺しても、問題はない」
「てめぇ……!」
「『乱気』は範囲内にあるエネルギーの流れを自由自在にできるスキルだ。お前がこっちに飛んでくるっていう流れを、オレが止めたのさ」
エネルギーの流れを変えられるだと。
くっ、ドローンがビクともしない。
どうにかして動けないかと身悶えるも、回転翼すら動かない。
外から見えない圧で、手足を押さえ込まれている感覚だ。
「止めることもできれば、操ることもできる。こんな風にな」
突如、ドローンが上方向に飛ばされる。
当然、俺の意思による行動ではない。
今度は、ウラヌスの左手が半円を描いた。
その軌跡をなぞるように、俺の体も流される。
そのまま奴の左手に弄ばれ、最後はデコピンの動作で地に墜落した。
激突の衝撃で、積もっていた雪が周りに爆散する。
「ぐっ! これは……やばいな」
「ミミゴン様!」
アルティアが起き上がり、剣先でウラヌスの胸を狙った。
「殿下は引っ込んでいな」
左手首をひねって、アルティアを祠の入り口まで吹き飛ばした。
このままでは、為す術もなくウラヌスにやられる。
策を巡らすも、何も思い浮かばない。
ウラヌスは刀を持ち上げる。
この状況でも、アルティアは諦めることなく立ち上がり、剣の柄を握り締める。
そして、ウラヌスへと駆けだした。
「ミミゴン様に手出しはさせません! 『疾風迅雷』!」
「おおっと」
高速移動と同時に剣を叩きつける。
ウラヌスはニヤリと微笑して、アルティアの剣を刀で受け止めた。
刃と刃がぶつかり、鍔迫り合いとなる。
アルティアは持てる力を剣に込めて、歯を食いしばる。
対して、ウラヌスは危機感のない柔らかい表情で、アルティアに顔を近づけた。
「『乱気』は人に対してだけじゃない。武器に対するエネルギーの流れをも変えられる」
押し付けていた剣身が、ウラヌスに押し返されていた。
『乱気』を操り、刀をエネルギーの流れで押しているのだ。
エネルギーの流れを追い風のようにしたことで、力が増している。
アルティアの鼻先に峰が迫っていた。
とうとう、鍔迫り合いに負け、アルティアは雪の上を転がった。
「どうだ、お前ら。祠を突破しただけのことはあるだろ。殿下、アルフェッカ閣下に楯突くってのは、オレのような六星騎士長を相手にするってことだ。勝ち目なんて……ないだろ?」
「ウラヌス騎士長……デザイアリング戦争を続けたいのですか?」
剣を支えにして、アルティアが立ち上がる。
「お姉様は世界を滅ぼそうとしているのですよ。それでも、あなたはお姉様に付いていくのですか」
「……平和なんて退屈だ。ちょっと争うくらいがいいんだよ。オレは強い奴と闘いてぇ。戦争ってのは、人を強くするんだ。集団の中で強い奴が現れて、そいつが前線に立つ。オレは、そいつと闘う。この戦争がなけりゃ、オレはここまで充実していないだろう。グレアリング王国の精鋭部隊、風雲の志士は本当にオレを楽しませてくれた。あいつらは、戦争がなかったら生まれてなかった。そうだろ?」
俺は八つの羽を回転させ、浮き上がりながらウラヌスに反論する。
「強い奴と闘いてぇんなら、魔物と闘え。今、各地で魔物が活発化している。人同士が争っている場合じゃないんだぞ!」
「なるほど、一理ある。だがな、生きようとあがく人は魔物よりも可能性を秘めている。人ってのは、すごい。レベルの低い人間がオレに殺されそうになった瞬間、爆発的に強くなりやがった。死の間際、人は魔物よりも強く生きようとする。そういう奴と闘っているときが、一番、スリルで、一番、楽しい!」
刀を右前方に振り下ろし、腕を広げて笑った。
ウラヌスのような戦闘狂に、論理は通じない。
まともに説教するだけ無駄だ。
「ってわけで、まずは……ミミゴン。お前を壊させてもらうぜ」
ウラヌスが刀を持って、ゆっくりとこちらに接近してくる。
金色に煌めく刃先を雪に埋めて、歩いてきた。
この状況で抗う手段はないのか。
助手、魔力の取り戻しは順調なのか?
〈順調ですけどー、あと一時間ちょっとはかかるんですぅー!〉
一時間ちょっと。
頑張って、縮める……ことはできなさそうだ。
そう提案しようとした途端、どっかからとてつもない圧を感じた。
助手に、これ以上の負担は無理だ。
となると、エルドラ。
ティグリスを討伐した解決屋のハンター共に、呪いをかけたことがあっただろ。
一斉に転ばせる呪いだ。
(遠隔すぎて、しょぼい呪いも届かないぞ。さっきから、やってみてはいるのだが、途中で魔力が途切れてしまう。すまん、ミミゴン!)
万事休す、か。
逃げるにしても、奴の『乱気』で引き戻される。
エルドラが何か武器を仕込んでいたりしないか。
と考えている内に、奴は目前で刀を振り上げていた。
「終わりだ! ミミゴン!」
鋭い切れ味を誇る刀が、俺に向かって振り下ろされた。
「はぁぁぁぁ!」
激しくぶつかって響く金属音。
妖刀エッジワースの切っ先が、ウラヌスの刀を弾いたことによって鳴った音だった。
しんと冷え切った空気を断ち切る金属音が鳴り止んだ後、空中を舞っていた刀が雪面に突き刺さる。
火星の祠から妖刀の刀身が突き出ており、やがてそこに人影が出現した。
「ほぉ……祠を制覇したのか、メリディス」
「……貴様、アルティア様に手を出したな」
延伸していた刀身が元の大きさに戻っていく。
そして、妖刀の先をウラヌスに向けた。
メリディスは、アルティアをちらりと確認する。
視線に気付いたアルティアが、メリディスに微笑み返した。
「メリディス、よく帰ってきてくれました。六星の力を手に入れたのですね」
「はい、アルティア様」
ウラヌスは刺さっている刀を『乱気』で器用に引き抜く。
降ってきた刀を掴んで、メリディスに向き合った。
「さすがだ、メリディス。お前なら、オレをとことん楽しませてくれるよな」
「楽しませてくれる? 何を言っている。アルティア様の御体を傷つけた貴様に、楽しむ余裕など与えん。これから貴様を、私の手で処刑してやる」