186 エルレライ・メリディス―5
骨で組み立てられた巨人が上から二本の大剣をかざしながら、メリディスを目がけて飛び掛かってくる。
即座に右へと避けたあと、大きな地鳴りが響いた。
さっきまでいた地面に、大剣が突き刺さっている。
骨だけしかないというのに、敵対する骸骨はとんでもない怪力を誇っていた。
一撃でも食らってしまえば、さすがのメリディスといえども無事ではいられない。
太刀でガードしても、体はいとも容易く吹き飛ばされるはずだ。
そう思考して、メリディスは避けることに専念する。
「『陽炎』『内気功』『虚構最上大業物』」
『陽炎』の効果により、メリディスの輪郭が揺らめき、敵の目から捉えられにくくなる。
身体能力を『内気功』で向上させ、妖刀を『虚構最上大業物』で強化した。
スキルでメリディスを強化し、準備が完了する。
メリディスは相手の出方を窺うため、しっかりと目を凝らす。
「くたばれ」
太刀を両手で把持する。
決して、落とさないよう手に力を入れる。
握り締める太刀を顔の横にもってきて、切っ先を髑髏に突き付けた。
腰を落とし、メリディスは戦闘態勢に入る。
それをきっかけに、敵が動き出した。
どす黒く光る剣身の大剣をXを描くように振るったあと、思い切り突進してくる。
肋骨のあたりから青い霊気のようなものが発せられ、距離を詰められるたびに気迫が増していく。
大剣の間合いに入ると、巨人が斬撃を繰り出した。
二本の大剣で、メリディスを挟むように斬りかかる。
メリディスは冷静に大剣の下を転がり抜けた。
一息つく間もなく、敵が回転斬りを放ってきた。
メリディスの鼻の先で、剣の切っ先が暴れる。
「『疾風迅雷』」
『疾風迅雷』で間合いを離して、メリディスは太刀を構えなおした。
回転斬りでできる隙を見極め、足に体重を乗せて踏み込んだ。
妖刀の先を髑髏に向けて、一挙に伸ばした。
刀身が伸び、突きの威力を増した状態で、敵の頭部に突き刺さった。
頭蓋骨を貫いて、空洞ができる。
すぐに刀身の長さを戻して、次の一撃を加えようと体に力をためた。
当然のように、敵は平然と立っている。
頭蓋骨を貫かれたとしても、ちょっとしたダメージにしかなっていない。
「効いているのなら、問題ない。肉を切らせず、骨を断つ。私なら可能だな」
眼球はないというのに、骸骨は的確にメリディスの位置を把握する。
しかし、今のところメリディスは一撃も食らっていない。
『陽炎』の効果も手伝い、回避は成功し続けている。
「『疾風迅雷』『鎧袖一触』」
骸骨の側を通り過ぎる刹那、太刀を横薙ぎする。
鋭い斬撃は背骨にヒットし、痺れたように骸骨全体が硬直した。
更に背後から追撃を加える。
「『鎧袖一触』」
弧を描くような太刀捌きで、骸骨を一刀両断する。
威力が足りず、二分割にはできなかったが、確実に大ダメージを与えた。
その証拠に、肋骨で輝く霊気がより凶悪に発散し始める。
死神を連想させるような色の双剣を持ち上げ、メリディスと対峙する。
節穴の目に青い光が宿った。
これまでとは明らかに異質だと感じとる。
メリディスが先に仕掛けようと一歩踏み出した瞬間、骸骨が目にも止まらぬ速さで斬りかかってきた。
咄嗟に逃げようとしたときには遅かった。
「ぐっ!」
薙ぎ払う双剣を太刀で防いだが、全てを抑え切ることはできなかった。
大砲の砲撃を食らったような衝撃で、メリディスはあっけなく吹き飛ばされる。
壁面に背中がめり込むほど、威力が凄まじかった。
息が止まり、肺が押し潰される。
意識を失いかけながらも、地面に足をつけた。
「……アルティア様に託された使命。絶対に果たさなければならない。私は……偉大なるアルティア様の護衛騎士だ!」
気持ちを奮い立たせ、姿勢を正す。
痛みを気にしている場合ではない。
骸骨は大剣をおもむろに持ち上げ、メリディスへと悠然に歩み始める。
嬲るような歩行は強者の余裕ではない。
食らわされた怒りを露わにしながら、敵を警戒しているのだ。
止まらず、されど走らず。
じわじわと距離を詰める骸骨に油断も隙もなかった。
こうなれば、メリディスは出せる全力を尽くして、正々堂々と挑むしかない。
「……あまり好みではないが、余地はない。……『龍化』!」
竜人から龍人へと進化している者ならば使用できる変身スキル。
『龍化』により、側頭部の角が大きく伸びる。
白みがかったメリディスの角が後ろに成長し、体つきも変容していた。
すらりと伸びた長身と、漲る筋肉が青紫の軍服で強調される。
青の濃い長髪が風になびいて、肩に流れている。
もちろん、見た目が変わるだけではない。
「力、技術、精神……貴様に認めてもらおうか。どちらが上であるかを」
両手で握っていた太刀を右手に持つ。
月光のように煌めく白刃に、髑髏が映る。
メリディスは体中から赤い闘気を放散させながら、敵の目を見据える。
「速攻で終わらせる」
太刀を軽く捻って、一足飛びで骸骨に肉薄した。
骸骨はその動きを見定め、容赦なく大剣を振るう。
狙いは精確。
ただ、その両方の大剣に手ごたえはなかった。
その場から、メリディスが消えたのだ。
不意に、髑髏が天井を見上げた。
天井は綺麗な光を放つ鉱石で淡く輝いていた。
それと同時に、逆さまの太刀が視界に入った。
体重を込めた落下突きは頭蓋骨から脊柱、骨盤を貫通して、太刀が止まる。
頭蓋骨に着地したメリディスは引き抜きながら、空中へと跳ねた。
確実な一撃を与えたが、手を緩めることはなく、落ちながら二連続で斬りつける。
「『雷光一閃剣』」
メリディスが雷のごとく高速で、骸骨に接近した。
妖刀エッジワースを一閃させて、メリディスは止まる。
まず、二つの大剣が金属音を立てて落ちた。
次に脊柱が分断され、重力に耐えきれなくなった骨格が崩れる。
頭蓋骨が垂直に落ち、冷たい石の床を転がって砂のように消えていった。
傍から見れば、雷が横に光った後、骸骨が勝手に崩壊したようにしか見えないだろう。
「終わったか」
太刀を背中に納め、『龍化』を解く。
角が元の大きさに戻り、筋肉量が減っていった。
同時進行で、体に大きな負担がかかる。
心臓をぎゅっと握られているような感覚に襲われていた。
苦痛で唸ったが、すぐに収まった。
とはいっても、体力の消耗は激しく疲労が蓄積している。
すぐには動けなかった。
肩を上下させ、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「だから、『龍化』は嫌いだ。はぁ、はぁ、はぁ……!? 今、アルティア様の身に危機が迫っている……? 休息している場合ではない!」
アルティアの現状を第六感で察知したメリディスは回復したかのような素早い挙動で、祭壇へと駆ける。
石壇に手をかざすと、いきなり視界が光で包まれた。
《試練を乗り越えた強き其方に……『火星』の加護を授けます》