185 エルレライ・メリディス―4
メリディスが祠に入って、20分が経過していた。
俺とアルティアは外で静かに待機していたが、何もない時間というのは結構苦痛なものだ。
それも、メリディスの無事を心配しながら帰りを待っているので、じっとしていられない。
レベル70超えで、かつて転生者が使っていた妖刀を武器にしているから、メリディスはかなり強い部類に入る剣士だ。
そう簡単にやられるはずがない。
心配するだけ無駄な気もしてきたが。
隣のアルティアに目を移す。
「だ、だいじょうぶでしょうか……ひとりしかはいってはいけないといわれていますが、いわをくだいてむやりはいることもかのうなのでは」
「お、おい、大丈夫か、アルティア様」
メリディスを見送ったときの余裕が、今のアルティアからは消え失せていた。
過剰なほどの心配が、彼女から余裕を奪っている。
「もう、20分も経っているのですよ。メリディスに何かがあったとしか」
「心配しすぎだ。あいつの強さは、アルティア様が一番知っているでしょう。祠の中が想像以上に深くて、ちょっと迷っているだけだ」
「……そうですよね。メリディスなら、きっと無事に帰ってきてくれますよね」
ふふ、と笑ってアルティアは元気を少し取り戻したようだ。
「6年前、教皇様がメリディスを紹介してくださったんです」
「アヴィリオス教皇が?」
「昔、神都では商人狩りによる被害が続出していたのです。リライズやエーレグランツから来る商人が、襲われるというものです。神都では商人狩りを捕獲する部隊を編成し、作戦を決行したのですが、見事に返り討ちにされて」
「もしかして、その商人狩りって」
「ええ、メリディスです」
メリディスが商人を襲っていたとはな。
「教皇から一つ、命を授かりまして。商人狩りを私の特別護衛騎士として、面倒を見てやってほしいと」
「すごい命令だな。俺だったら、断っている。皇女の側に、商人を襲っていたやつを置くことなど考えられないからな」
「はじめは少々戸惑いましたが、教皇がこう言ってくださいました。商人狩りが助けを求めていると。それに、私に友人と呼べる者が必要だと。それで、私はメリディスを護衛騎士にしようと必死になったわけです」
「あの教皇が、そんな提案をしてきたのか」
アヴィリオス教皇は明らかに人と呼べる者ではないだろう。
だからだろうか、奴の考えることが怪しく思えてくる。
何か裏があって、アルティアに商人狩りを押し付けたのではないだろうか。
「それにしても、商人狩りが助けを求めているって、なんで教皇は知っていたんだよ」
「教皇は過去、現在、未来を見通す力を持っています。あの人に知らないものはありません。ミミゴン様もおそらく、あらゆることを教皇に見抜かれたのではないですか」
「確かに、初対面のはずなのに全部見抜かれた。なるほど、納得せざるおえないな」
教皇の目には、三世が視えているっていうのか。
エルドラのことも、俺が転生者であることも知っていた。
さっさとデザイアリング戦争を終わらせて、奴を問い詰めたいところだ。
メリディス……頼むから、無事に帰ってきてくれよ。
10分ほど経過しただろうか。
『生命感知』が反応し、何かがすごい勢いでこっちに向かってきている。
何やら音が聞こえ、空を見上げると魔導機が飛んできて、祠前で着陸した。
一陣の風が巻き起こり、雪が激しく舞う。
「な、なんだ」
「あれは……」
アルティアが魔導機から降りてくる人物を知っていた。
いや、帝国に詳しくない俺でも面識のある竜人だ。
「よう、アルティア殿下にミミゴン」
「ウラヌス、なぜあなたがここに?」
その竜人は、六星騎士長のウラヌスだった。
日本刀に似た金色の刀を帯刀し、赤色の甲冑を身に着けて歩いてくる。
漆黒の髪をオールバックにし、後ろで束ねた髪が揺れる。
奴の周りには、重苦しいオーラが流れていた。
強者が発する雰囲気だ。
「アルティア殿下、あなたをここで足止めするためですよ。アルフェッカ閣下から命令されましてね。すまないが……オレと遊んでもらうぜ」
鞘から刀を抜き放ち、軽く振り回す。
その手に馴染ませた後、ゆっくりと切っ先をこちらに向ける。
一の字だった口が歪み、俺とアルティアを見据えて笑った。
はやく戦闘したいという顔だ。
「この場に、メリディスがいないのは残念だが、楽しみは最後にとっておこうか。倒されたお前らを見て、メリディスはどういった反応をするのか……楽しみで仕方ないなぁ」
アルティアも白銀の剣を掴み、勢いよく構えた。
剣の構え方からウラヌスの発言に対して、怒りを感じる。
「メリディスに心配をかけさせるわけにはいきません。あなたを倒します」
「アルティア殿下も剣客だったな。殿下も、スイセイに剣を教わったと聞いた。どのくらい強いのか、ぜひ見せてくれ!」
「いきます! 『サンダーボルト』!」
右手を伸ばして、電撃をウラヌスに浴びせる。
怯んでいる隙に、アルティアが一気に突っ込んでいった。
「『疾風迅雷』! 『ウィンドブレード』!」
振り上げた剣がウラヌスを斬ったと思った瞬間、素早く後ろに跳ねて避けられる。
しかし『ウィンドブレード』の効果により、剣身から風の刃が発射された。
飛来する風の刃により、甲冑を傷つけることができた。
鎧についた傷をウラヌスは撫で、感心している。
「へぇ、強いな。閣下の前では弱そうに見えていたが、意外と強いらしい」
「余裕は与えませんよ! 『フレイム』、『ストーム』!」
火の玉がウラヌスへと飛んでいったが、刀でバッサリと斬られた。
割れた火がウラヌスを通り抜けて、背後の雪面で爆発する。
とここで、ウラヌスを竜巻が襲う。
鋭い刃となった竜巻が鎧に触れるたびに、表面を小さく欠いていった。
ウラヌスはどこ吹く風とばかりに、ニヤリと笑う。
「『破魔斬り』」
縦に刀を振り下ろすと、竜巻が落ちる砂のように消えていった。
次に刀を持ち上げて、アルティアを狙いすます。
こいつ、何か大技を仕掛ける気だ。
「はぁぁぁぁ……! 『獅子吼・大地』!」
力が集中した刀を、思い切り地面が割れるほど豪快に叩きつけた。
とてつもない衝撃波によって海が割れるように雪が斬られ、アルティアを斬ろうと迫る。
一瞬の出来事により、アルティアは反応しきれなかった。
アルティアは剣を自分に寄せ、防御の姿勢に移ろうとした。
しかし、衝撃波の威力はそんな防御を簡単に崩し、アルティアを真っ二つにできるだろう。
瞬きをしたときには、もうアルティアの目前だった。
「はぁっ!」
衝撃波が爆発し、あちこちに分散する。
「おいおい、オレの『獅子吼・大地』を受けて平気なのかよ……ミミゴン」
「ウラヌス、俺を忘れるなよ。魔女に魔力を奪われても、俺は戦えるんだぜ」
「ミミゴン様……!」
アルティアを庇って、俺が『獅子吼・大地』を受け止めた。
魔力を失い、戦闘スキルが使えない状態だが、このドローンは圧倒的に硬い。
何せ、あのエルドラのスキルで作り出した素材からできている。
そう簡単に壊されない。
「アルティア様、大丈夫か」
「ええ、なんとか」
「俺がウラヌスの攻撃を体で止める。その隙を突いて、攻撃するんだ」
「耐えられるのですか?」
「まあ、な」
『獅子吼・大地』を止めることはできたものの、ドローンの前面に大きな傷痕ができてしまった。
いくら防御力が高いといっても、何度も食らったら死んでしまう。
助手、あと何発くらい『獅子吼・大地』を受けられそうだ?
〈五発くらいですかねー。まあ、四発も食らったら、たぶん空も飛べなくなりますよー。絶体絶命ですねー〉
まるで他人事みたいに言いやがる。
〈私は、ミリミリから魔力を取り返そうと頑張っているんですぅー! 秀外恵中才色兼備才貌両全智勇兼備、天才美少女キャラである私でも、マルチタスクは苦手なんですぅー!〉
わ、わかった。
忙しいときに声をかけて悪かった。
奪われた魔力を取り戻してくれよ、助手。
『獅子吼・大地』をあと四発も食らえば、絶体絶命か。
アルティアが剣を構えて、突進する。
俺はその横を並走し、敵の攻撃に目を光らせる。
アルティアに何かあれば、メリディスに叱責されることは間違いない。
刀を握りしめたウラヌスが、刀を横薙ぎする。
それに合わせて、素早くアルティアの横に移動し、刃を捕らえる。
その間に、アルティアが敵の側面から斬りつけた。
ウラヌスがすぐさま防御し、再びアルティアに刀を振り下ろす。
「アルティア様には触れさせねぇぜ」
ウラヌスの背後に回り込んだアルティアが瞬く間に剣を振り上げた。
同時に、スキルも発動する。
「『渾身斬り』!」
咄嗟に振り返ったウラヌスが白銀の剣を刀で押し返す。
だが、『渾身斬り』によって剣身に込められた威力は、ウラヌスをはじき返した。
「ちっ、やるじゃねぇか」
アルティアは勇猛果敢に攻める。
ひたすらに剣を振り、ウラヌスを攻めに転じさせない。
ウラヌスが攻撃しても、俺がそれを捕らえる。
アルティアと俺の連携により、ウラヌスは自慢の剣技を披露することさえできなかった。
とはいっても、ウラヌスの反応速度は異常で、素早い連撃でも難なく刀で弾かれる。
今のところ、有効な一撃を与えることができていない。
この状況で不利なのは、むしろアルティア側であった。
いくら攻撃しても防御され、俺は奴の一撃を食らい続ける。
長期戦となっては勝ち目が薄い。
不意に、ウラヌスが後ろに飛び退き、アルティアと間合いをとった。
「そろそろ、本気で遊んでやるよ。お前らには動けない体になってもらうぜ」
刀を弄びながら、不敵な笑みを浮かべる。
あの自信満々な表情。
これ以上、強くなるというのか。
そういえば、まだ奴の六星スキルを見ていない。
以前、メリディスと闘っていた際、「オレの六星スキルは、真剣勝負に似合わない」とか言っていた。
マジで危険かもな。
ウラヌスが武器を握った右手を掲げる。
「六星スキル……『乱気』!」
スキルを唱えると、武器に気が渦を巻くように集まり始める。
気が集まって螺旋状の風が刀身をまとった。
なんだ、あのスキルは。
「さぁ、始めようじゃないか!」