183 エルレライ・メリディス―2
メリディスが目を覚まして、最初に見たのは憎きアルティアの姿だった。
跳ねるように飛び起きて、戦闘態勢に入る。
拳を胸の前で構え、アルティアに問う。
「ここは、どこだ! 貴様は何を企んでいる」
アルティアは慌てることなく、優雅に両腕を広げる。
「ここは神都ユニヴェルスの神殿です。安心してください、今お食事を用意いたしますね」
アルティアは、メリディスが寝ていたベッドのシーツを整えながら立ち上がる。
それがまた、メリディスを刺激した。
「貴様、いつまで私を愚弄するつもりだ!」
右拳を持ち上げて、殴りかかろうとした途端、この前と同じように倒れこんだ。
くぅー、と腹が鳴る。
メリディスは必死に立ち上がろうとしたが、力が出なかった。
そんな様子のメリディスを見て、アルティアは静かに笑った。
「き、貴様! この私を笑ったな!」
「ご、ごめんなさい。その……腹が減っては戦はできないって本当なんだと知って」
「私は腹が減ろうとも戦える。馬鹿にするな!」
四つん這いの姿勢から起き上がろうとするも、力尽きてうつ伏せになってしまう。
メリディスはあまりにも悔しくなって、抗うことを諦めた。
「くっ、殺せ! 私を殺せ!」
「殺さないですよ。必ず生き返しますから待っててください」
「ちょっと、貴様、ま……て」
とうとう、顔を上げることすらできなくなった。
アルティアが部屋から出ていくのを視界の端で捉えて目を閉じた。
扉が閉じられた瞬間、一気に静まり返る。
部屋には静寂が流れる。
私は、もう……ダメみたい。
師匠……。
「はい、口を開けてください」
メリディスは言われた通り、口を開ける。
すると、温かいスープがのせられたスプーンを口に突っ込まれた。
具材を歯で噛み、舌でスープを味わう。
久しぶりの肉、それに温かい飲み物。
そこで、意識が目覚める。
アルティアが微笑んでいるのを、しっかりと目で確認した。
「良かったぁー。目を覚ましてくれましたね、商人狩りさん」
「……!?」
メリディスは飛び起きて、スプーンを奪った。
そして、用意されていた食べ物をむさぼるように食う。
下品な食べ方だったが、アルティアはただ嬉しそうに笑っていた。
「よく食べましたね。商人狩りさんの舌にあって良かったです」
「商人狩りさんではない。メリディスと呼べ。エルレライ・メリディスという名前が私にはあるのだ」
「ご無礼をお許しください、メリディス」
アルティアは笑みを絶やすことなく、食器を片付ける。
さっきから自分を警戒しないアルティアを見て、メリディスはひどく不思議がった。
どうして、こいつは私を生かそうとする。
なぜ、そんなに楽しそうなんだ。
私は商人を襲って、物を奪ってきた。
殺されて当然のはずだ。
片づけを一通り済ませたタイミングで、メリディスは質問した。
「私をどうするつもりだ? 貴様は何を考えているのか、わからん」
アルティアは、やっぱりニッコリと笑って答えた。
「実は、私に仕える特別護衛騎士を探していまして。そこで、商人狩りの噂を耳にして、あなたと出会ったというわけです」
「この私が、貴様の護衛騎士になれだと? だいたい、貴様は何者なんだ?」
そう問われたアルティアは微笑しながらも、真剣な眼差しになった。
「私の名はドラコーニブス・アルティア。デザイア帝国を統治する皇帝アルファルドの二女です」
「貴様、皇女だったのか」
目の前にいる人物が、そんなに偉い人だったとは。
メリディスが驚きながらも、それは決して嘘ではないだろうと確信した。
国を治める者の素質が、彼女の態度に大きく表れていたからだ。
「私は現在、神都ユニヴェルスの特別地方管理官をしています。役目としては、地域と地域をつなぐこと。難民をユニヴェルスに誘導することや、村と街を行き来して交流をするなどがあります。移動には危険が付き物ですから、メリディスには私の護衛騎士として仕えてほしいのです」
「……馬鹿馬鹿しい」
メリディスは立ち上がり、ベッドの側に立てかけてある太刀を手に取った。
「商人を襲っていた私になら、ぞんざいな扱いをしてもいいだろうという魂胆……見え透いているぞ。貴様の奴隷になどなるものか。私のような竜人を傍に置くことが、まず考えられない。私は商人を襲い、私を捕らえに来た奴らも全員、撃退したのだ。ここの奴らにとっては、敵でしかない」
「いいえ、私があなたの味方です。それに、メリディスが立派に役割を果たせば、ここの人たちもみな、認めてくれます」
「私が他人を信じることはない。貴様も、どうせ私のことを信じることはないだろう。世話になったな」
「メリディス!」
メリディスは太刀を背負い、扉を押しのけて出ていく。
すぐにアルティアが追いかけるも、既に神殿から去っていた。
逃げるようにして出てきたメリディスは負い目を感じながらも、首を振って否定した。
奴の護衛騎士になれだと?
私が、そんなのになれるわけがないだろう。
私は師匠しか信じない。
きっと師匠は帰ってくるはずだ。
私が、あの山で帰りを待っていなければならない。
こんな場所、二度と来るものか。
難民キャンプが集まる区画を走り抜けて、メリディスはルシフェルゼ山へと帰ったのであった。