巨大魔導兵器モルスケルタ
帝都デザイアの背後には大きな山があり、その山を越えた先に帝国軍が駐留している。
最高指揮官のアルフェッカは六星騎士長を従え、山の麓にある小さな遺跡に入っていく。
遺跡には既に兵士が入り込んでおり、中の魔物は一掃されていた。
アルフェッカはその黒い軍服を一切汚すことなく、最奥へと踏み込んでいく。
遺跡の奥には、金属の扉があった。
扉の前に、小さな台が設置されている。
六星騎士長ジオーブがアルフェッカに、小瓶を二つ手渡す。
アルフェッカとアルティアの血液が入った小瓶だ。
受け取った後、蓋を外し、台の中央の溝に小瓶を傾ける。
ドロッとした血が溝を流れていき、台には赤黒い紋章が描かれた。
千年前、世界の支配者だった帝龍王を倒すべく編成された特殊部隊の紋章だ。
溝の全てに姉妹の血が行き渡ると、地響きが起こった。
「千年の時を経て、封印が解かれた。使われることがなかった兵器を、ようやく解放できる」
アルフェッカはしみじみと呟く。
扉は物々しい音を立てて開いていく。
開ききった扉の先は、壁に緑色の光が走る通路へと続いていた。
異空間のような雰囲気を放つ通路を、アルフェッカは堂々と進入していく。
通路の先は、巨大魔導兵器モルスケルタへの入り口に通じていた。
入口に足を置いた瞬間、中から虎型の魔物が牙を剥き出して、襲い掛かってきた。
瞬きをした次の瞬間は、虎の額に矢が突き刺さっている。
ヴェニューサが長弓を構えており、彼女の技によって射抜かれたのだ。
魔物は空中で動きを止めた後、落下して床を大きく鳴らす。
「アルフェッカ閣下、兵を先行させましょう」
「そうだな。だが、発令所までの道は私たちで進もう。兵を無駄に失いたくはない」
「はっ、閣下」
ヴェニューサは下がり、後方で控えていた兵隊に指示を飛ばす。
兵隊は、入口から内部へとなだれ込んでいった。
内部は薄暗く、あっという間に兵士が見えなくなった。
ジオーブが、アルフェッカを庇うように立つ。
「閣下、僕が守りますよ」
「では頼んだ、ジオーブ」
「へいへーい」
ジオーブが先頭を歩き、発令所を目指す。
灰色の兜で素顔を隠し、手を太ももに置いている。
大腿の拳銃を素早く抜き放つためだ。
魔物の巣窟となった古代兵器の中を、ジオーブは口笛を吹きながら進んだ。
「おっ、魔物発見」
蜘蛛の魔物が、ジオーブに襲い迫った。
狙われた本人はさして動転することなく、手を前に出す。
「『停止』」
巨大な蜘蛛が、ピタッと止まる。
まるで時が止まったかのように、魔物は動かない。
そこを、ジオーブが二丁拳銃で連発した。
「『マルチバースト』……いぇい」
全身を撃ち抜かれた蜘蛛はぐしゃっと崩れ、ジオーブが死骸を踏み潰しながら先へ向かった。
――ジオーブの六星スキル『停止』か。
スイセイは、改めてジオーブを危険視する。
六星騎士長の中で、最も厄介なスキルの持ち主。
一定時間、対象を動けなくするのだ。
ジオーブは拳銃をクルクルと回しながら、扉を蹴破る。
「おお……これはこれは。魔物にとって、素晴らしい環境のようだ」
円形の闘技場を思わせる区域にたどり着いた。
壁面には赤色灯が淡く光っており、不気味な雰囲気をつくりだしている。
見渡すばかり、魔物が蠢いており、レベルも高い。
発令所は中央にそびえる円柱の上にある。
アルフェッカは余裕のある笑みで、腰に差している双剣をゆっくりと引き抜く。
蒼い剣身に、赤色の光が反射する。
「六星騎士長に任せっきりというのはよくないな。肩慣らしとして、ちょうどいい場所だ」
「閣下……?」
スイセイが小声で尋ねる。
双剣を構え、姿勢を低くした。
すると、一体の魔物がアルフェッカに敵意を剥き出した。
巨大な鎌を自慢するように持ち上げるカマキリ型の魔物、トウロウカッター。
レベル80は超える魔物だ。
それを相手にして、アルフェッカは体勢を変えない。
敵を睨みつけるその顔は、魔物以上の殺気を放出する表情だった。
トウロウカッターが一気に飛びかかる。
アルフェッカはじっと、剣が届く範囲に入ってくるまで構え続けた。
大剣のような鎌状の前脚を振り落とす。
「『イノセンスソード』」
そして、双剣が踊り狂った。
瞬く間に切り刻まれ、トウロウカッターは宙でバランスを崩す。
地面に落ちた魔物だが、傷自体は浅かった。
起き上がるのも速く、前脚を上げて威嚇する。
アルフェッカは右手を伸ばし、剣の切先を敵に見せつけた。
「傷が浅い。それなりに頑強のようだな。しかし、私にかかれば、その鎧を柔くできる」
トウロウカッターが中脚と後ろ脚で体を支え、相手を眼で観察している。
待ち伏せて、獲物を狩るつもりだ。
先ほど、アルフェッカが行ったように魔物も同じように構えていた。
それに臆することなく、アルフェッカはスキルを唱えた。
「『健弱』」
剣先から薄いオーラが放たれ、トウロウカッターを包み、さっと消えていく。
スキルの効果を発揮した瞬間、アルフェッカが駆け出した。
一足飛びで、トウロウカッターに肉薄する。
威嚇で呻き声を発し、前脚をアルフェッカに向けて振るう。
アルフェッカは身を翻して回避し、両手の剣を振り抜いた。
「なっ!?」
その光景に、スイセイが驚きの声を漏らす。
身体のどの部位よりも硬そうな前脚が、空へと舞い上がる。
双剣では歯が立ちそうにない部位を破壊した。
スキル『健弱』によって、相手を弱体化させたのだ。
即座に、アルフェッカは斬撃の嵐をお見舞いした。
体中に深い傷が複数できあがる。
そして、トウロウカッターは潰れた。
ぐちゃぐちゃになった死骸から緑色の液体が漏れ、床を伝っていく。
双剣を一振りし、魔物の血を落とし、鞘に納める。
「調子はいいみたいだ。あとは、六星騎士長に任せるとしよう」
「はい、閣下」
ジオーブとウラヌスが頷き、他の魔物を倒しに行った。
ヴェニューサはアルフェッカを不審に思いながらも声に出すことはなく、大きな弓を携えた。
スイセイは冷静を装いつつ、アルフェッカに質問する。
「閣下の力……それに先ほどのスキル。まさか……」
「スイセイに見せたくて、わざわざスキルを使ったのだ。どうだ、少しは納得できたか?」
「くっ……」
スイセイの中で渦巻いていた疑問。
それは皇帝との面会時、スイセイを押し飛ばした力の正体が何だったのかということ。
帝都最強の兵をいとも簡単に抵抗できたのは異常だ。
今の戦闘を目の当たりにして、スイセイは納得せざるおえなかった。
アルフェッカを圧制できない事実と、アルフェッカに余裕を与える力の源。
想定以上に強敵である。
「……自分も、魔物の一掃にあたります」
「アルファルド陛下に報告しなくてもいいのか? 卿の活躍には感謝しているのだ。父上は、きっと私を認めてくださる。卿が報告してくれるからこそ、私の評価が上がるというものだ」
「皇帝陛下は今なお、アルフェッカ様を憂慮されています。どうか、和平交渉を」
「グレアリング軍は、セルタス要塞に集結しているそうだ。それに、最後の砦とあって王じきじきの出陣だ。今更、和平交渉などする余地はない。むしろ、奴らの方こそ戦争をしたがっている。私の目には、そう見えるのだが」
「グレアリング王は聡明なお方です。交渉にも応じるはずです」
「交渉など、もうありえない。私は父上が喜ぶ姿を見たいのだ。グレアリング王国を制すれば、父上は私を認める、は、ず……」
突然、アルフェッカは頭を押さえて痛みに耐えていた。
「閣下!?」
「うっ、アルティアに嫌われても、アルティアのために動いているのだ。幼いアルティアに、今のデザイアは治めることはできない。帝位を譲る前に、私が帝国を……変える」
乱した息を整え、スイセイに命令する。
「卿は、魔物退治にあたれ」
「……はっ」
どうしようもない感情をスイセイは抱えたまま、魔物の一掃に向かった。
傍から見ていたヴェニューサが、アルフェッカに近づく。
「どうかされましたか、閣下」
「……ヴェニューサ。おそらくスイセイは、アルティアをここまで連れてくるために船を手配するはずだ。奴と行動を共にし、魔導機に接触させるな」
「承知いたしました」
「魔物の殲滅が確認された次第、ウラヌスに船を与え、アルティアの足止めだ」
ヴェニューサは頷き、スイセイに駆け寄っていった。
アルフェッカの頭上が突如歪み、ミリミリが現れる。
ミリミリは、アルフェッカに魔力を分け与えた。
「ねぇ、アルフェッカ。最近、調子が悪いよ。お肌も荒れているわ。少し休んだ方がいいんじゃない」
「優しいな、ミリミリ。だが、為政者とは常に忙しいものだ。これくらい、なんてことはない」
曲げていた膝を真っ直ぐにして、アルフェッカは頂点の発令所に目をやる。
しばらくして、エリア内の魔物が全滅し、リフトで発令所へと上がっていく。
広い円状の空間があり、大きなモニターが壁に設置されている。
アルフェッカはミリミリを連れて、奥の通路へと入っていった。
通路の先には部屋があり、正六面体のキューブが中央に浮いている。
今にも消えそうな光が、キューブの核を包んでいた。
これが、モルスケルタの原動機。
「さあ、ミリミリ。魔力を注ぎ込んでくれ」
「わかったわ」
ミリミリはパッと手を振って、杖を取り出す。
杖の先端をキューブに近づけ、自身の魔力を流し込んだ。
杖全体に発現する紫色の流れが、核に吸い込まれていく。
すると、モルスケルタの内部が妖しい光で満たされ、キューブが回転し始める。
豪然たる山鳴りに似た大音響が耳をつんざく。
それから震動が発生し、モルスケルタの活動を開始した。
巨人が山を裂くように、モルスケルタは地上に顔を出した。
八つある脚を地表に押し付け、その巨躯を太陽の下に晒す。
蜘蛛を思わせる形状で、その大きさは周辺の山よりも高い。
近くを浮遊している巨大戦艦アークライトの比ではなかった。
「ミリミリ、最低限の魔力は残しているな」
「ええ、あのミミゴンともう一戦は交えることができるほどにね」
「フル稼働させるには、まだまだ魔力が必要だが、今は動くだけで構わない」
長い黒髪を整え、アルフェッカは発令所へ引き返す。
「200年も続くデザイアリング戦争を今日、終結させる。世界は、いよいよ……デザイア帝国のものとなる」