181 反撃の時
「お帰り、アルティア。それに、メリディスにミミゴン。スイセイ……はいないみたいだね」
「教皇、すみません。スイセイ騎士長は、私たちを庇って」
「そうか。何はともあれ、君たちが無事でよかった」
神殿内の広い室内で座りながら、話を交わす。
白いテーブルを挟んで、俺はアヴィリオス教皇と向かい合った。
「で、俺はまんまとやられてしまったわけだが、本当に計画通りなのか?」
「ボクが確認したかったのは、アルフェッカの目的。彼女は、自身の作戦を誰にも伝えない」
「目的は、すぐわかるだろ。グレアリング王国と戦争して勝つことだ」
「それは結果です。ボクは、それに至るまでの過程が気になるのです。魔女という最強の力を手にしていながら、戦争を仕掛けないのは少し奇妙ですよね。その気になれば、一瞬で滅ぼせます」
ニヤッと笑う息が漏れる。
あなたが一番、分かりますよね、と問いかけているのだ。
ミリミリの実力は、俺が良く知っている。
助手に言わせれば、俺が『ものまね』するエルドラは弱っているようだ。
ラヴファーストやアイソトープ、オルフォード、ゼゼヒヒは特殊な魂で生きている。
普通と違うのは、スキルの使用に自身のレベルを消費するというものだ。
つまり戦えば戦うほど、レベルも下がり弱くなっていく。
だが、ミリミリは近年まで封印されていた。
そのため、エルドラの側近『七生報国』の中では、ダントツで最強なわけだ。
「ボクはアルフェッカの行動を知り、確信しました。巨大魔導兵器モルスケルタの起動。それが、彼女の目的です」
「巨大魔導兵器モルスケルタ? なんだそれ」
「千年前、この世界を支配した化け物を討伐するための秘密兵器です。飛行戦艦の行き先で理解しました。帝都の裏側にある洞窟の奥底……そこに、モルスケルタが眠っているのです」
この世界を支配した化け物って。
(うむ、我のことだな)
エルドラのせいで、変な兵器が造られたじゃねぇか。
しかも、エルドラを討伐するための秘密兵器だぞ。
魔女以上に厄介な代物かもしれない。
アルティアが「あっ」と小さく叫び、アルフェッカとのやり取りを話し始めた。
「お姉様が突然、私の血を抜いてきたのです。古代兵器へと至る道は、ドラコーニブス家に生まれた兄弟姉妹の血でしか開くことができない、と言っていました」
「なるほど、その仕掛けも彼女は知っていたのですね」
「あと、ミミゴン様の強大な魔力を吸い取った魔女がいれば、古代兵器は活動させられる、とも言っていました。もう、取り返しのつかないことなんでしょうか」
落ち込むアルティアに、メリディスがそっと寄り添う。
巨大魔導兵器ということは、大量の魔力でも必要なのだろうか。
助手が頷く。
〈エルドラに勝つための兵器ですからねー。ミリミリの魔力だけでは足りず、ミミゴンの魔力も必要になるほど、魔力消費量が大きいのでしょー〉
相手の戦力は飛行戦艦アークライトに加えて、巨大魔導兵器モルスケルタが現れた。
グレアリング王国に勝ち目はないだろう。
モルスケルタがどんなものかは見てみないと分からないが、戦場に解き放たれたら一巻の終わりだ。
起動したというなら、止めるまで。
「教皇、もちろん止めることも可能だろうな」
「可能です。あなたたちの本当の戦いは、ここからですよ。作戦は至って単純。モルスケルタに乗り込み、原動機を破壊すればいい。ただ、アルフェッカを止めないと、戦争も終わりません。彼女の声で、終戦を知らせるのです」
「単純だが、アルフェッカを止めるというのは難ありだな。六星騎士長を相手にしなければならない、ってことだろ。こちらに勝ち目があるとは思えん」
俺は無様なことに、『ものまね』もできない普通の人食い箱。
アルティアとメリディスは強いといえど、六星騎士長の相手を務めるのは難しい。
分断して、各個撃破という作戦が通じれば、可能性はあるが。
そこで、待ってましたとばかりにアヴィリオス教皇が口を開いた。
「ミミゴン、六星の祠は知っていますか?」
「あ、ああ。最奥まで行けたら、神の力を得られるという祠だよな」
「その祠は、一人しか挑戦できないことも知っているかな? 一人で最奥まで進み、親玉を倒すことで神の力を得られるのです。祠は全部で六つ。土星の祠、金星の祠、火星の祠、天王星の祠、木星の祠、水星の祠。現在、神の力を得られるのは火星の祠だけです」
「何が言いたいんだ?」
「……メリディス。火星の祠に挑戦しませんか?」
突然、自分の名前を呼ばれたメリディスは驚きで目を見開いた。
アルティアの護衛なので、話し合いに参加することなどあまりないだろう。
平静を保とうとしているが、声に動揺が出ている。
「わ……私が、祠を制覇できるとは思えないのですが」
開いた手を見つめて呟いたが、その手をアルティアが握る。
信頼を伝える眼差しで、アルティアは微笑んだ。
「あなたの実力なら突破できます。このアルティアが保証しますから」
「ア、アルティアさま……」
教皇も満足そうな笑みを浮かべる。
「ボクも、あなたの強さには一目置いています。アルティアを助けると思って、祠への挑戦を」
「――やります! アルティア様のためならば、祠を制覇してみせます」
教皇の言葉を断ち切って、メリディスは叫んだ。
立ち上がり、握り拳を固めていた。
彼女なら、祠を攻略してくれるだろう。
出会って、日は浅いが、剣の腕は目の当たりにしてきた。
神の力を手にすれば、ウラヌスにも勝てるはずだ。
奴はまだ実力を隠しているようだったが、メリディスが本気になれば打ち倒せる。
「それと、アルティア。一つ、アルフェッカについて伝えておかなければなりません」
「え、なんでしょうか」
教皇とアルティアは座り直し、表情を引き締めた。
「アルフェッカは何者かに操られている、ということです。モルスケルタは皇帝でさえ知らない。ボクも、噂程度ですよ。そんな情報を、彼女はどこで知ったのか」
「血の仕掛けも知っていて、多量の魔力が必要になる兵器だということも知っている。真の黒幕が知恵を吹き込んだってことだな」
真の黒幕というのは、法則解放党だろう。
厳重に封印された魔神獣を操るような連中だ。
誰も知らない情報の一つや二つ持っていたっておかしくはない。
しかし、俺の言った推測を教皇は否定した。
「いや、悪知恵を吹き込まれたというよりは、黒幕にスキルで支配されているという可能性だ。昔のアルフェッカは、監察官として見事な働きぶりだった。元老院議員の不正を一斉摘発。帝都では、彼女はかなり評価されているし、民からの信頼も厚い。アルティアも、よく知っているはずだ」
「はい、お姉様は幼少期から天才でした。だから、古代兵器の情報を知ったとしても、自ら起動しようとするはずがないんです。逆に封印することを選び、別のやり方を計画するはずです」
姉を近くで見てきたアルティアが言うのだ。
教皇の予想が正解か。
黒幕に操られているというのなら、どうすればいい。
教皇は人差し指を立て、全員の注目を集める。
「アルフェッカの精神が、何者かのスキルで支配されている。となると、アルティアの出番です。あなたが彼女を助けてください。アルティアの知っている姉を取り戻すのです」
「はい、私が姉を……救います」
「よい返事です。さて、今後の計画について話しておきます」
姿勢を少し前のめりにする。
「メリディスは火星の祠に向かい、神の力を手にします。その後、威風都市エーレグランツへ。ボクと都市長が屋敷で待っていますので、そこに集合しましょう。その頃には、グレアリング王国へ向けて、モルスケルタを伴った帝国軍が進攻しているはずです。モルスケルタへ乗り移るための船は、こちらで用意しておきます。あとは乗り込んで、アルフェッカを止め、モルスケルタも止める。分かりやすい流れでしょう」
「ああ、分かりやすいな」
力を手にして、何もかもを止めればいいってことだ。
アルティアとメリディスも同意を示して頷く。
教皇も顔の布の裏で、口角を上げたはず。
ここから、反撃の時だ。