180 飛行戦艦アークライト―2
警報の音が止んでいることに、今気づいた。
あの騒々しいサイレン音が、いつの間にか消えていた。
帝国兵との戦闘を避けてきたおかげか。
奴らは見失っているということだろう。
監視カメラのようなものは、艦内に見当たらない。
正面の角を曲がったところで突然、メリディスに剣が振り下ろされた。
いち早く太刀を抜いたメリディスが、その剣を受け止める。
出会い頭に、凄まじい殺気を浴びた。
全方位に圧を放射する者が、帝国兵という小者なわけがない。
濁りが一切ないガラスの大剣の持ち主。
水色の甲冑を身に着けた男、六星騎士長スイセイがそこにいた。
「はっ!? メリディス殿か」
「メリディス!」
スイセイは剣を押して後ろに飛ぶと、陰からアルティアが駆け付けた。
メリディスは嬉しそうに、再会したアルティアを抱きしめる。
「アルティア様、ご無事で何よりです」
「メリディスは大丈夫でしたか? お怪我はありませんか? 心配したんですよ」
「私は平気ですよ、アルティア様」
スイセイは一度こちらを見て、俺が何者か感づいたようだ。
アルファルド皇帝から、俺について知らされているはずだ。
敵という立場だが、都市長と同じ仲間のはず。
アルティアたちを脱出させるよう、スイセイが行動してくれたんだな。
大剣を握ったまま、アルティアに近づく。
「アルティア様、脱出の手筈は整っております。さあ、こちらへ」
「はい、スイセイ騎士長」
スイセイが先導しようとした瞬間、足元に弓矢を撃ち込まれた。
先に進ませまいとする矢が何本も突き刺さっている。
通路の先から、女性の声が聞こえた。
「やはり、スイセイ……アルティア様を連れて、どこへ行こうとした」
「ヴェニューサ……」
今度は黄色の甲冑か。
手に、どでかい弓を携えた女竜人。
弓も簡素なものではなく、機械仕掛けのような見た目だ。
それなりの年を示すように刻まれた皺の数々。
おばあちゃんと呼ばれるような老体だと思うが、発する気迫からは老衰を感じられない。
甲冑の内側は、鍛え磨かれた肉体か。
「ヴェニューサ……帝国の未来を信じたいというなら、ここは見逃せ」
「閣下を信じない六星騎士長が、帝国の未来を案ずるのか」
アルティアが、前に進み出る。
「お願いします、ヴェニューサ騎士長。私は必ず陰謀を突き止め、帝国を立て直します。ですから、私たちを見逃してもらえませんか」
「……それはできません。アルフェッカ閣下の邪魔をされるというならば、もう一度取り押さえます」
スイセイは大剣の刃をヴェニューサに向け、アルティアに小声で伝える。
「アルティア様、ここは私が食い止めます。下層の発着ポートに船を用意しています。それで脱出を」
「……スイセイ騎士長、ありがとうございます」
「六星スキル『陰影』」
ヴェニューサの周りに、丸い影が三つ増えた。
一つの影が揺らめき、床を流れるように動くと、アルティアの影にまとわりついた。
途端に逃げようとしたアルティアが顔を歪ませ、その場でジタバタした。
足を地面から離すことができなくなったようだ。
厄介なスキルだな。
「逃がしません。そこの二人もです」
そこの二人というのは、俺とメリディスのことらしい。
残りの影が勢いよく伸びてきた。
その影をスイセイは斬り、アルティアにしがみ付く影も断ち切った。
アルティアは前のめりになりながらも体勢を立て直して、走り出す。
それを見て、ヴェニューサは怒気を宿した眼光でスイセイを睨んだ。
「スイセイ、閣下にご報告します」
「アルファルド皇帝に、立派な騎士になるよう命じられた。アルティア様は、私が支えます」
スイセイが剣を構え直す。
ここは彼に任せるしかないな。
俺たちは、先を走るアルティアを追った。
発着ポートの帝国兵を、メリディスがなぎ倒す。
静まり返った空間に、外から強風が吹き流れ、ビューと音を立てていた。
まだ、夜は明けていない。
発着場に、一機の小型船が付いている。
あれが、スイセイの用意した船だろう。
空き缶を横に倒したような船。
助手の説明によると、魔導機と呼ばれる乗り物だそうだ。
動力源は浮遊魔石ではなく、普通の魔石。
扱いやすいが、長距離の飛行には向いていない。
誰も追ってきていないことを確認して、すぐに乗り込む。
中は至ってシンプルで前に操縦席、後ろは壁際のベンチしかない。
「で、誰が操縦するんだ?」
その声が、船内で反響する。
俺はドローンの状態だから、操縦桿を握ることはできない。
となると、アルティアかメリディスに頼るしかないが。
しばしの沈黙が流れたが、アルティアが切り出した。
「……私が操縦します。昔、少しだけ触れたことがあるので」
「おいおい、大丈夫なんだろうな」
「ミミゴン、アルティア様を信じなさい」
「……アルティア、頼むぞ」
「それでは、発進!」
ゆっくりとした動作で宙を浮き、前進する。
そのまま真っ暗の地表に向かって、魔導機は沈んでいった。
一分ほどすれば、アルティアの操縦は安定し、ふらつくようなことはなかった。
メリディスはベンチに腰掛け、操縦席のアルティアに質問する。
「アルティア様、これからどちらに向かいます? エーレグランツでしょうか」
「いえ、神都ユニヴェルスです。教皇はスイセイに、私を連れてくるよう伝えていたようです。何か、策があるのかもしれません」
「今、エーレグランツに行っても、できることは少ない。ここは教皇に頼るべきだな」
俺がそう付け加えると、後ろを振り返ったアルティアが頷いた。
そして、船体が大きく揺れる。
「うぅ、ヒヤッとしたぜ」
「ご、ごめんなさい」
「貴様、アルティア様に謝らせたな」
「すまない、揺れても何も言わないから許してくれ」
太刀に手をかけていたメリディスは落ち着いてくれた。
今、暴れてもらったら墜落必至だ。
窓を覗いてみると、かなり高い高度を飛行している。
山の頂きを上回る高さだ。
どうか落ちないでくれ、と祈りながら、目的地への到着を待った。
「なあ、六星騎士長ってのは、全員あんなに強いのか?」
俺は、メリディスに問いかける。
六星騎士長ウラヌス、スイセイ、ヴェニューサの戦いのほんの一部を見た。
ほんの一部だから、強さの度合いがハッキリとしない。
メリディスは顔を上げる。
「帝国は実力主義だ。強い奴が偉いのは当然だ。奴らは六星の祠を攻略し、神の力を貰い受けている。ウラヌスと闘った時、私は傷を負わせたが本気を出されたら、私の負けだった」
「あのまま戦い続けていたら、負けていたということか。だが、神の力ってのはなんだ」
「神の力は神の力だ。これ以上、説明を続けさせるなら、その宝箱を真っ二つにしてやる」
弱体化した今、反論する余裕はなく、脅しに屈する。
しかし、アルティアが柔らかい声音で説明を繋いでくれた。
「デザイア領の各地に六星の祠があり、最奥まで辿り着けた者だけが手にすることのできる力のことです。力は武器に宿り、所有者の強化や、六星スキルと呼ばれる特殊なスキルも使用できるようになります」
「六星スキル……パワーアップする上に、厄介なスキルまで使えるのか」
ヴェニューサの『陰影』というスキルは、六星スキルだな。
詳細は知らないがスイセイも、ウラヌスも個性的なスキルを持っているということだ。
アルティアは話を続けた。
「六星の祠を制覇すれば、誰でも六星騎士長になれるのです。しかし、祠の中は強敵だらけ。誰でも挑戦できますが、誰でも制覇できるわけではないということです」
「現在、六星騎士長は四人。祠ってのは超難関のようだな」
敵のレベルを知る『見抜く』を使わなくても、実力は理解できる。
メリディスよりも強いとなると、ここから先は慎重に行動せざるを得ない。
『ものまね』も使えるようになるまで戦いを避けるべきだが、アルフェッカも動いている。
何が目的かは知らないが、戦争の勝率を高める手段を講じているはずだ。
アレクサンド都市長の会話を思い出す。
アルフェッカは俺とアルティアをおびき出し、アルティアを攫って、俺からは魔力を奪い取った。
教皇は、そうなることを見抜いていたようだ。
釈然としない疑問は、直接尋ねてスッキリさせようじゃないか。
窓の景色が、がらりと変わる。
雪一色だった光景に、難民キャンプがぽつぽつと見え始めた。
船体は、何もない丘を目掛けてゆっくりと降下していく。
降下している最中、あいつの姿が見えた。
顔に白い布を被せた男。
布で隠した口から思惑を聞かせてくれると信じて、俺は船から降りた。