177 威風都市エーレグランツ―5
メリディスが一気に距離を詰める。
瞬きをした時には、もうウラヌスを斬っていた。
ウラヌスは顔を後ろに倒して避けたが、追撃は続いた。
横に縦に、斜めに太刀が走る。
傍から見れば、追い詰められている状況のウラヌス。
ただ、本人の顔は笑っていた。
素早く金色の日本刀を動かして、太刀を受け止める。
鍔迫り合いとなっても、ウラヌスはニヤケ面を保っていた。
剣を交えるのが楽しいといった表情だ。
ウラヌスは力を抜いて、刀の押し付け合いにわざと負けた。
太刀の刃は、そのまま顔を目掛けて飛んで行く。
当たるかに見えたが、しゃがみながら躱して、メリディスの背後に回り込んだ。
ウラヌスが刀を振り抜く。
後ろに目が付いているかのような速さで、メリディスは腰を落として回避した。
回避と同時に、振り返りながら太刀を振るう。
切先が甲冑に溝をつくった。
「やるじゃねぇ、か!?」
話の途中でも構わず、メリディスは攻撃を仕掛けた。
「せっかく褒めようとしたのによお」
「なぜ、スキルを使わない。六星騎士長は、特別なスキルがあるのだろう」
攻撃を避けながら、ウラヌスは答える。
「オレの六星スキルは、真剣勝負に似合わない。オレのスキルは、死闘に使えるものではないということだ」
「竜人なら『竜化』か『龍化』が使えるはずだ」
メリディスの洗練された攻撃を刀で弾き、反撃を開始する。
激烈な連続攻撃で、斬撃をねじ込んでいく。
ウラヌスの疾風怒濤を、メリディスは冷静な判断と鍛え上げられた身体で掻い潜る。
「『龍化』では、剣を緻密に扱えない。一対一の対人戦では、不利に陥る。おまけに発動後、思ったように動けないデメリットもある。それはお前自身、よく分かっているはずだぜ」
「『疾風迅雷』、『疾風迅雷』」
刀の嵐を『疾風迅雷』で後ろに移動し、逃れた。
体勢を整えたメリディスは『疾風迅雷』で突っ込む。
単純に突っ込んだわけではない。
後ろへのステップで距離をとるウラヌスに切先を突き付けたまま、エッジワースの能力を発揮した。
刀身を即座に伸ばして、槍のように突き刺す。
ウラヌスは一瞬で迫る切先に刀を当てて、方向を少しずらした。
それによって、肩を削るぐらいに被害をとどめる。
咄嗟に、刀で攻撃をずらすとは驚きだ。
俺が邪魔なんてできる隙間はない。
「ふぅ、直観が働いていなかったら、串刺しになってたところだぜ」
「『虚構最上大業物』、『貫通断裂』」
切れ味を抜群にして、長い刀身のまま、回転斬りを見舞う。
ウラヌスの片腕を斬り、壁をも斬り通した。
左前腕を斬られ、破損した防具の穴から血が零れる。
「さすがは、アルティア殿下の護衛だな……」
ウラヌスは腕を斬られたというのに、大して気にしてなさそうだ。
左手を開いて閉じてを繰り返し、日本刀を握りなおす。
メリディスも呼吸を安定させ、太刀を腰に寄せた。
白刃に、壁で燃え続ける火が反射している。
次、両者が動き出したとき、勝負が決する。
そんな殺伐とした空気が流れていた。
大きく呼吸することもできない。
心臓の鼓動も締め付けられる緊張感だ。
いざ、始まろうとした刹那。
ウラヌスが緊張をうやむやにするような動作と共に、声を出した。
「アルフェッカ閣下。……そうですか。わかりました、すぐに戻ります。はい、ミミゴンとメリディスは確認できませんでした。それでは」
どうやら、アルフェッカと『念話』していたようだ。
ウラヌスは刀を腰の鞘に納めて、メリディスと向かい合った。
「ってことで、勝負はお預けだ。楽しかったぜ」
「俺たちを見逃してくれるのか?」
そう言うと、彼は満面の笑みを浮かべて。
「どうせ、アークライトにまで乗り込んでくるんだろ? アルティア殿下は、そこにいるぜ。さあ、どうやって乗り込んでくるか楽しみだ」
踵を返して、出口へと走っていった。
飄々とした顔だったのに、慌てるようにして消えていく。
飛行戦艦アークライトが、すぐに旅立つということか。
トンネルの壁で燃えていた炎は、風に吹かれて燃え尽きた。
再び、坑道内は暗くなってしまった。
「メリディス、すぐに追うぞ」
「分かっている」
メリディスが、ウラヌスの消えた方向へ駆けていく。
俺も、その背中を追いかけた。
あれほどの戦いをした後だというのに、よく走れるなと感心する。
トンネルは、メリディスの足音と回転翼の音で反響していた。
「ここは、オルガネラ平原か。あそこが、エーレグランツだな。どうやら、都市の裏側に出てきたみたいだ」
「裏側ということは、旧居住区が近い。正面から入るよりも、騒ぎにはならないはず」
メリディスの考えに、同意する。
ザームカイト地下道を抜けた先は、大きな谷にでてきた。
坂を上って、ようやく知っている光景を発見できた。
外は坑道内に負けず劣らずの暗さだったが、エーレグランツの光が満ち溢れている。
そのおかげで、夜でも迷わずに目的地へとたどり着けた。
都市の建物に身を隠すように、巨大な戦艦が見える。
旧居住区のあちこちに、大きな亀裂と穴があった。
見る影もすっかりなく、少し罪悪感も現れる。
都市長は、めちゃくちゃにしてもいいと言ってくれたが、ここまで被害を目の当たりにすると申し訳ない気持ちが芽生えてしまう。
一方、メリディスは辺りを警戒しながら、屋敷を目指した。
都市の中心へと近づくにつれ、帝国兵も見かけるようになった。
アークライトへの物資運搬や、武器を持っての哨戒もしている。
地道だが、兵士のいない道を走り、戦闘を避けるしかない。
いくらメリディスが強い剣士でも、大量の帝国兵相手では分が悪い。
おまけに騒ぎを起こすような真似をすると、飛行戦艦が逃げるように飛び立つかもしれない。
巡回の隙をついて、屋敷の裏口から侵入することができた。
なんというか、意外と簡単だったな。
メリディスも物足りないといった表情で、屋敷の階段を駆け上っていく。
こうして侵入できた後だからこそ、変な考えができるようになってしまう。
アレクサンド都市長はわざと、裏口に兵士を置かなかったのではないか。
あの爺さん、見かけによらず、狡猾な企みをしそうな人物だ。
老獪な政治家といった感じが、第一印象だった。
「なんとか間に合いましたか」
「アレクサンド都市長……あんた」
メリディスが扉を開け放ち、隙間を俺が通り抜ける。
都市長は窓の外を眺め、飛行戦艦に注目していた。
俺の声がして一呼吸置いた後、肩を回して振り向く。
振り向いたその真顔からは、アルティアが攫われて悲しいといった思いは見えない。
「やはり、魔女には打ち勝てなかったか」
「やはりだと? ……教皇は、こうなることを見抜いていたのか」
教皇の指示で、アレクサンドは動いている。
あの教皇は、端から俺では勝てないと分かっていたのか。
なんなんだ、あいつは。
「アルティア殿下が、旧居住区に行かれるとおっしゃった時は内心、焦ったものですよ。ですが、アルフェッカ殿下の真意を探るには、ちょうどいい。こんな狭い部屋では、心からの思いを聞き出せないものですからな」
「それで、アルフェッカの真意とやらは探れたのかよ」
「アルフェッカ殿下は妹と貴殿をおびき出した。アルティア殿下を攫い。そして、魔女は貴殿から魔力を奪った。となると、狙いは教皇の通りとなる。今は、その真意を明らかにするため、情報収集に努めています」
「真意、ってのは教えてくれないんだな」
予想通り、アレクサンドは頷いた。
「下手に真意を伝えると、貴殿の手によって混乱させるような事態にさせるかもしれない。と、教皇がおっしゃった。ここはあえて、アルフェッカ殿下の計画を進ませます。もしかすると、魔女に勝てる状況になるかもしれない」
「むしゃくしゃするなぁ、もう」
「そんなことは、どうでもいい。私を飛行戦艦まで連れていけ」
メリディスが前に出て、都市長に訴える。
「メリディス様、アルティア殿下を救出したい気持ちは分かりますが、こちらにも立場というものがございます。私の部下を通じて、ある方に動いてもらっている。しばらくすれば、アルティア殿下はここに帰ってきます」
「待っていられるか。今すぐ、アルティア様のもとまで案内しろ」
「アルフェッカ派に属している私が飛行戦艦潜入の支援をすれば、都市長の椅子に座れなくなる。メリディス様はアルティア殿下の護衛騎士とはいえ、アルフェッカ殿下の敵です。下手なことをすれば、私ともども処刑されるでしょうな。あの戦艦内で」
それを聞いても、メリディスが引き下がる気配はない。
仕方なく、俺はアレクサンドにそっと目配せしながら、メリディスに指示を出す。
「メリディス、処刑されそうでも、アルティア様を救いたいんだよな」
「そうだ」
「なら、剣を抜け。都市長を脅してでも、やってやれ」
メリディスは太刀を抜いて、アレクサンドに切先を突き付けた。
俺は宝箱の姿になるため、回転翼を折り畳む。
回転翼を内側に戻せば、完全な宝箱になれる。
察したアレクサンドが手を一回、大きく叩いた。
「衛兵! 侵入者を捕らえろ!」
扉から、警備兵がなだれ込んでくる。
事態を上手く呑み込めないメリディスは太刀を構えようとしたが、俺が『念話』で落ち着かせた。
(大人しくしてくれ。これが、アルティア様の救出に手っ取り早いんだよ。武器を下ろして、わざと捕まってくれ。俺が必ず、助ける)
大きな舌打ちが聞こえ、太刀を床に落とした。
警備兵が、メリディスを拘束する。
「侵入者は、ヴェニューサに引き渡せ! そこの宝箱は精査してから、戦艦に搬入だ」
二人係で、宝箱が持ち上げられる。
メリディスは手錠され、警備兵に押されながら連れられて行った。
都市長は覚悟を決めた目で、運ばれていく俺を見つめた。
アルティア様は助け出す。
アルファルド皇帝に頼まれたのだ、何かあっては困る。