176 威風都市エーレグランツ―4
(ミミゴン! 目を覚ましてくれ!)
〈ミミゴーン! 起きてくださーい!〉
宝箱に八つの回転翼が付いている。
これは、オクトコプターと呼ばれるヘリコプターの一種である。
『ものまね』が解け、ありのままの自分になっていた。
現在、体の半分が水に漬かっている。
回転翼を回して、少し浮揚した。
暗闇なので『暗視』のスキルが発動する。
光で照らされているように見え、視界が確保された。
周りを見渡して、地下道にいるのだと分かった。
上から、水が降ってきている。
地中に埋まっていた水道管から、水が漏れていた。
それなりに広いトンネル内で、俺は寝ていたようだ。
〈ここは、ザームカイト地下道ー。エルドラード帝国の下に広がる地下鉄道だったようですねー〉
「エルドラード帝国? エルドラが王として支配していた国だな」
(うむ。千年前、エルドラード帝国があった場所は、エーレグランツのところらしいな)
足元を見ると、レールが敷かれていた。
線路は四つの複線で敷かれ、欠けているところも目に留まった。
(城塞に物資を運ぶための輸送路として、つくったのだ。この辺りの地形は、山ばかりで大変だからな。もう使われなくなっているみたいで、魔物もうじゃうじゃのようだな)
〈魔力あるところ、魔物ありー、ですからねー。早く、ここから抜けた方がいいですよー〉
「だな。エーレグランツをイメージして……『テレポート』! ……あれ?」
音声合成で、『テレポート』を叫んだ。
人の声に限りなく近い音が、坑道内に響いていく。
ただ、それだけで瞬間移動することはできなかった。
「『テレポート』! 『テレポート』ー! ん、発動しないぞ?」
〈ミリミリ・メートルのスキル『エレメントスティールロッド』の効果でー、最大魔力量が吸収されてしまったんですよー。ですからー、『テレポート』どころか『ものまね』すら発動できない魔力しかありませーん〉
「も、ものまねもできないのかよ。『ものまね』! ダメだ、消費レベルの低い人間にすらなれない」
って、ことは俺……最弱じゃねぇか。
エルドラとの『念話』と『助手』と『暗視』ぐらいしか、使えないのではないだろうか。
防御力に変化はないことが不幸中の幸いだな。
「自然に最大魔力量は回復しないのか?」
〈奪われたのでー、自然回復はしませんねー〉
「魔力量が奪われたんだったら、取り戻すことはできないのか?」
〈実はー、『助手』のスキルをフル活用してー、ミリミリ・メートルから取り戻そうとしているのですー〉
「さすがは助手。転生者を助けるスキルなだけはある」
助手は勝ち誇ったような声を出して、嬉しそうに息を漏らした。
〈ふふーん。もっと褒めてくれてもいいんですよー〉
「それで取り戻すまで、どのくらいの時間が必要なんだ?」
〈この調子だと、三日ですねー〉
「……三日もかかるのか」
〈三日も、って失礼ですねー。これでも最大限、努力しているのですからー〉
ふんふん、と鼻を鳴らして怒った。
俺の魔力量は自慢できるほど多いらしい。
それが仇となって、時間が必要になるのだろう。
戦うことすら、ままならない状況に陥るとは。
トンネルの奥から、魔物の呻き声が聞こえてくる。
同時に、刀で硬い何かを弾く金属音も響いてきた。
音の出どころに、目を凝らす。
すると、足元に魔物の死体が飛んできた。
思わず、驚いて後ろに退く。
大樽ほどあるカエル型の魔物が、斬られて倒れている。
飛んできたところには魔物が一体と、人影が見えた。
人影の頭から、白い光が出ている。
ヘッドライトだろうか。
「これで終わりだ」
太刀が振り下ろされる。
カエルの魔物は小さく呻いて、頭が垂れた。
あの太刀は間違いなく、エッジワースだ。
それの持ち主は。
「メリディス! 無事だったか!」
声を張り上げると、こちらに向いて、冷たい目で見つめてくる。
それから、太刀を背中に戻すことなく、切先を俺に突き付けた。
距離を詰められ、鋭く尖った切先が迫ってくる。
「貴様、ミミゴンだな。ここで私に斬られろ」
「いきなり、何てこと言うんだよ」
「アルティア様が連れていかれたのだぞ。あの魔女に勝てる実力を持っていたんじゃないのか! それなのに、なんという様だ」
言い返すことができない。
相手が強すぎた、とか言い訳はいくらでも思いつくが、言う気にはならなかった。
反省する態度を見せる。
「すまない、メリディス」
「貴様らの争いで、私も巻き込まれて、こんなところに落とされた。このままでは、アルティア様が連れ去られてしまう。貴様を叩き斬りたい気分だが、時間がもったいない。すぐに『テレポート』で、エーレグランツに移動しろ」
「え、ああ、そうしたいのはやまやまなんだが……」
「なにをもたもたしている。さっさとやれ。どうした、できないのか?」
切先がドローンの機体に触れるか触れないかで止まる。
「……すみません。できません」
「は? 役立たずめ、切り殺してやろう」
「待ってくれ! 話を聞いてくれ!」
言葉を選びつつ、慎重に事情を説明する。
顔色を伺いながら話して、なんとか斬られずに済んだ。
太刀を背中に納めて、先の見えない坑道に爪先を向けた。
「言い争う暇はない。こうしている間にも、アルティア様が離れていくのを感じる」
「距離を感じ取れるとはすごいな。スキルかなにかで繋がっているのか?」
「いや、アルティア様を想う愛だ」
「…………」
「アルティア様の呼ぶ声が聞こえた気がする。すぐに参ります! ミミゴン、一時休戦だ。とにかく、ここから出る」
「一時休戦って。常に味方だったはずだろ。って、もう行ってしまった」
お化け屋敷のような雰囲気の地下道だというのに、構うものかと走っていった。
アルティア様を想う愛とやらが、凄まじい勇気を与えているのは確かだ。
彼女を追いかけると、魔物の死体があちこちにあった。
共通して、太刀に斬られた傷がある。
魔物にとって過ごしやすかった環境が、メリディスによって荒らされたのは悲しいものだな。
ザームカイト地下道を適当に進んでいるが、本当に出られるのだろうか。
脱出路がなかった場合、俺が落ちた穴に戻って、メリディスを無理矢理引っ張り上げようか。
結構、穴が深くて、地上に出られるかが心配だが。
(ザームカイト地下道は、現在のデザイア領全体に広がっている)
そんなに広いのかと驚いてしまった。
山が多いから、地下道が重宝するとはいえ、よく掘ったものだな。
(地上へ出る道、もしくは梯子がどこかにあるはずだ。探してみるとよい)
〈エルドラが探したら、どうなんですかー。詳しそうじゃないですかー〉
(いや、我は地下道を使ったことはない。ということで、役には立てないのだ。すまない、ミミゴン)
〈役には立てないのだ、ってー。無責任な奴ですねー〉
オクトコプターの回転翼を全力で回して、ようやくメリディスと並走できた。
メリディスはただ前だけを見て、坑道を駆け抜けている。
「メリディス、闇雲に走っても地上には出れないぞ」
「なら、どうする、ミミゴン? 貴様は道を知っているとでも言うのか?」
「いや、道は知らないが」
「そうなると走るしかない。走って……道を知っている人に尋ねる!」
「こんなところに、人がいるわけないだろ」
「ここにいるぜ! エーレグランツに出られる道を知っている奴がな」
「え!?」
思わず、叫んでしまった。
まさか、暗闇から答えが返ってくるとは思わなかったからだ。
『暗視』の目で、声のした場所を凝視する。
誰かいる。
一人、腰に刀を差している竜人が。
近づいてくる影のシルエットが、徐々に正体を浮かび上がらせる。
赤色の甲冑に、金色の日本刀。
「お前、六星騎士長のウラヌスだな」
「そうだぜ、オレがウラヌス」
鞘の刀をゆっくりと抜き、片手でクルクルと回し始めた。
右手首を器用に回して満足した後、切先をこちらに向ける。
「地上に出たいんだって? なら、オレを倒してみなよ。来い、女剣士」
メリディスは射貫く瞳で、ウラヌスを捉えたまま、背中の太刀を引き抜く。
「いい、すごくいい武器だ。ちょっと、ここ……暗いよな。『炎斬り』」
日本刀を天井に一閃させると、両側の壁に炎が走った。
一閃の衝撃波が、メリディスの髪を揺らす。
メラメラと燃える火がトンネルを彩り、一気に明るくなった。
『暗視』を切って、メリディスを見守る。
この男を倒さなければ、先へ進めそうにない。
ここは、ウラヌスの提案に乗っておいた方がよさそうだ。
「メリディス……倒せるか?」
「アルティア様のために、刀を振るうと誓った。貴様を斬り伏せ、他の六星騎士長もアルフェッカも斬り伏せるつもりだ」
「最高のシチュエーションだ。さあ……始めようか」
両者共に、刀を構え直す。
そして、剣士と剣士の激闘が始まったのだった。