175 威風都市エーレグランツ―3
「お前が魔女、ミリミリ・メートルか」
「ええ、そうよ」
ミリミリと、少し距離が開いている。
風にあおられたローブが、波打つように靡いていた。
フードからはみ出る銀髪も風に流されている。
宙に浮いた幼女の後ろでは、二人の剣士が激突していた。
刀で刀を弾く音が響き渡ってくる。
「それで、なに、お話しする?」
「……エルドラって知っているか? エルダードラゴンを略して、エルドラ」
「エル、ドラ?」
コクンと首を傾げて、名前を繰り返した。
この様子は……。
「誰、それ?」
(わ、忘れられておるー! 我の、我の名前をー!)
「千年前、お前はエルドラの忠実な部下として、過ごしていたんだ。思い出せ!」
「そうは言っても、うーん? わかんない!」
(がーん! 魔法使いとしての才能を、我が引き出したのだ。あんなに喜んでいた少女は、どこにいったのだー)
悲し気に騒ぐエルドラの声が、脳を揺らす。
こうなったら、意地でも思い出してもらわないとな。
「俺を見ておけ! 『ものまね』!」
「うん?」
幽閉された帝龍王の姿を脳内に思い起こし、『ものまね』で体を大胆に変化させていく。
数秒もすれば、二本足で立つ巨大な龍へなっていった。
空に向かって、思い切り咆哮する。
地面が震動し、剣士もこちらを見つめた。
「どうだ、ミリミリ。我を思い出しただろう」
自分の胸を親指で指して、エルドラの口調を真似する。
声はエルドラ本人だが、少しでも思い出せるようにするため、雰囲気も本人に寄せていく。
見下ろすように、ミリミリを見た。
「……? すごい、一気に強くなったのね! それじゃあ、ミリミリと遊びましょ!」
「お、おい、待て! 我を思い出せないのか!」
「『氷を司る神の恐慌』!」
ミリミリは、エルドラの頭を超えて浮き上がり、取り出した杖の先端から氷塊がつくられていく。
瞬きするたびに、大きさが増している。
(ミミゴン! ミリミリを倒せ! 目を覚まさせてやるのだ!)
「いいのかよ、エルドラ。大切な部下なんだろ」
(かまわないのだ! 気絶させてから、思い出させるぞ!)
「『究極障壁』!」
氷塊は飛行戦艦を超える大きさになり、杖を俺に向かって振り下ろした。
龍の両手を氷塊に突き出し、超強力な魔力障壁を張って打ち消す。
『究極障壁』に究極魔法で生み出した氷塊が衝突した。
〈ミミゴーン! しっかりと地面に足をめり込ませてくださーい!〉
「言われなくて、こっちはその気だ! うっ、ぐっ、ぐぅ、お、重い!」
衝突の衝撃波が、周りの建物を根こそぎかっさらっていく。
石の壁が散り散りになっている。
障壁にのしかかる氷塊が、恐ろしく重い。
歯を食いしばって、少しずつ氷塊を削っていく。
な、なんか勢いが増している気がするんだが。
助手が絶叫する。
〈黙って、力を振り絞ってくださいよー! 正直、今のエルドラでも負ける確率が高いんですからー!〉
「究極魔法に耐えられるなんて、エルドラはすごいのね!」
「くそー! 思い出してくれよー!」
足の爪先が引きはがされそうになる。
肩の力を強くして、左足を前に出す。
勢いが増したのは、ミリミリが魔力を込め続けているからだ。
メリディスは大丈夫だろうか。
〈体内の魔力循環を調整ー。今から、魔力を飛ばして『究極障壁』を強化しー、氷塊をぶっ壊しますー〉
早く、してくれ。
息が詰まって、苦しい!
〈いけー!〉
(押せー! ミミゴン!)
腕から重い塊が発射された感覚を味わった後、障壁の色が濃い緑に染まっている。
氷塊がごりごりと削れ、ついに破壊することができた。
破壊といっても、派手に拡散したわけではないが。
ともかく、窮地を脱したみたいだ。
〈なに油断してるんですかー! 『究極障壁』!〉
「次の魔法は……『インフェルノ』! 『トニトゥルース』! 『アイスバーグ』! 『テンペスタース』! 『アースシェイク』! 『ジャッジメント』! 『ブラックホール』! あはは、楽しくなってきた!」
第三クラス魔法の連発か。
それなら『究極障壁』でも余裕で耐えられ……ない!
『インフェルノ』による火球が、障壁で弾けると障壁にヒビが入った。
連発されたら『究極障壁』を打ち破れるってことか。
障壁に魔力を流して、ヒビを修復した途端、落雷して、またヒビが出来上がる。
次に飛んできたのは『氷を司る神の恐慌』よりかは小さい氷塊だが、魔力の修復が追いつかず、ヒビが広げられた。
障壁全体を囲む台風、地震と共に地を裂いて岩石が突出してくる。
『ジャッジメント』に番が回り、幾多もの光線が障壁を貫こうとした。
魔力を障壁につぎ込んで、なんとか耐え抜いた。
とは言っても、障壁は砕け散った。
なんなんだ、あの膨大な魔力量は。
突如、空間に闇色の電撃が走り、何もない場所に亀裂ができた。
『ブラックホール』だ。
目を開くように、暗闇の亀裂が広がっていく。
同時に、吸引も始まった。
かつて、俺も使用したことがある闇魔法だが、環境を破壊するほど強力だ。
『究極障壁』では守れない魔法だ。
助手、何とかならないか。
〈『ブラックホール』を超える魔力の塊をぶつけましょー! 今、ミミゴンに残っている魔力の全てを、この一撃に懸けましょー! 『ミーティアインパクト』ー!〉
右腕が勝手に動く。
助手の操作で腕が後ろに引かれ、拳が光り始めた。
そして、闇の穴に向けて解き放つ。
『ブラックホール』がひん曲がり、闇の粒子となって消えていった。
『ミーティアインパクト』の余波が、旧居住区の建物を吹き飛ばした。
石畳がめくれるほどの衝撃波だというのに、ミリミリは平気な顔をして浮遊している。
「へぇ、驚いたわ。ちょっと本気を出したのに」
「もう満足しただろ、ミリミリ。ほんとに、エルドラを思い出せないのか?」
(ミリミリ・メートル! 我だ! 我が、本物のエルドラだ!)
『念話』を、ミリミリにも繋いだようだ。
ぎょっと見開いて、頭を押さえる。
身をよじり、首を振る。
嫌がっているというより、痛がっている様子だ。
「う、う! あ、が、ぎぃ!」
(ミリミリ! どうしたのだ! 我の声が、美声すぎたか!)
「こんな時に、冗談言ってる場合か!」
ミリミリは痙攣しながら、杖の先端をこちらに突き付けた。
「エル、ドラ……様?」
(ミリミリ、ようやく気が付いたのか! 我の名を、もう一度言ってくれ!)
「え、る……『クルーエルレイ』」
「え?」
胸を突かれる。
青白い光線で、胸を貫かれたようだ。
後ろに半歩下がったところで、『ものまね』が解除された。
ドローンに戻って、地面を転がる。
まさか、殺されて『ものまね』が解除されたのか。
再び、空中のミリミリを見ると、杖をぶんぶんと振り回しながら、苦痛に悶えている。
創作物の印象的な場面である、記憶を取り戻そうとしている様子に似ていた。
エルドラを忘れている、のではなく、強引に忘却されたのではないだろうか。
(ということは、ミミゴン……誰かが記憶を喪失させたというのか)
「あくまで、可能性の話だ。記憶に直接、影響を及ぼすスキルはあるんだろ」
〈もちろん、ありますよー。そう簡単に使えるものではありませんがねー〉
(助手よ! 我のスキルに、そういうのはないのか?)
〈あなたの体でしょー? なんで、私に尋ねるんですかー〉
(スキルを取得しすぎて、馬鹿な我は思い出せんのだ)
〈ホント、馬鹿ですねー〉
「助手、ここから立て直せないか。魔力が尽きたんだろ。すぐに戦える状態にしないと」
次が来る。
ミリミリは正気を取り戻しつつあり、荒れた息を落ち着かせていた。
助手が告げる。
〈周囲の魔力をかき集めると、もう一度エルドラの『ものまね』が可能ですー。スキル『オデッセイドーン』ー!〉
助手がスキルを唱えると、周囲におぼろげな光の粒子が集まる。
光がドローンにまとわりつくと、それを吸収していった。
魔力が回復したようで、何とも表現しがたい感覚が満たされた気分だ。
満たされたといっても、完全ではない。
あくまで、一時しのぎに過ぎない。
よし、『ものまね』が発動できる。
「『ものまね』! エルドラ!」
再度、エルドラに変身する。
変身したが、前回と違って身体中に負担がのしかかっている。
ギリギリ、エルドラになれたというだけだ。
ミリミリは完全に安定した状態になっている。
「さっきは反撃しようと思えば、反撃できたはずでしょ。次は、そっちから攻撃してきてよ」
「お言葉に甘えさせてもらおうか……」
って言っても、魔力も気力も残りわずか。
助手、俺の体で好き勝手暴れてくれねぇか。
〈はいはーい。とりあえずー、全力の究極魔法を食らわせましょうかー。『風を司る神の矜持』ー! 『雷を司る神の我儘』ー! 『炎を司る神の憤怒』ー!〉
ミリミリを取り巻くように、巨大な暴風の渦巻きが発生する。
風の刃が飛び交っているのだろう。
追撃するように、空から渦巻きを押しつぶすような雷が飛来した。
天変地異そのものである。
死体すら塵と化したのではないかと思うが、助手は更に究極魔法を放った。
視界が光で覆いつくされたかと思えば、今度は地震を引き起こす大爆発が発生する。
聴覚が機能しなくなるほど、耳に響く。
エーレグランツをも吹き飛ばす威力だが、助手が事前に『究極結界』を張っていたため、都市に影響はない。
〈もう、限界ですー。これでやられていなかったら、私たちの負けですよー〉
「これ、大丈夫か? いくら、エルドラの部下だからって、やりすぎじゃないか」
(そうだぞ、助手! 記憶を目覚めさせる程度のショックを、与えるだけでいいのだ!)
〈じゃあ、エルドラがやってくださいよー。あなたの部下なんでしょー〉
(我に、ミミゴンを操る力はないのだ! 責任は、助手にあるのだ)
「おい、助手、エルドラ。あれ……」
息も絶え絶えで、震える指を持ち上げる。
煙に隠れた影に、指先を合わせた。
煙が晴れていく。
そこに浮遊していたのは、『究極障壁』を発動させていたミリミリだった。
障壁に、ヒビがない。
魔力に余裕があるってわけか。
口角を上げた表情で、嬉々とした目でこちらを見ている。
「ミリミリには負けるけど、あなたの魔力量すばらしいわ! やっぱり、アルフェッカの言う通りだったわね!」
「……アルフェッカの言う通り、だと?」
「お喋りはお終い。こっちに来てよ、『オフェリー・スピリタス』!」
「うおっ!」
石畳から、足が離れていく。
スキルの効果で、ミリミリの方へ引っ張られているようだ。
空中を泳ぐようにもがくが、全く意味がない。
「『デストロイビーム』! 『眼力』!」
指から撃ち放った光線も風圧も、障壁で弾かれる。
窮地に追い詰められたら、瞬間移動すればいい。
そう考えて、口を動かす。
「テレポー……」
「『エレメントスティールロッド』!」
詠唱は間に合わず、頭頂部を杖で殴られる。
首が折れたのではないかという衝撃を味わった。
瞼がどんどんと閉じられていく。
まずい、意識が途切れる。
エルドラの体は、地面に叩き落された。
『ものまね』の効果は切れ、本来のオクトコプター姿に戻ってしまう。
そして、ゴゴゴと地響きがして、地面が割れた。
地盤が沈下したのだ。
開いた大穴へ、吸い込まれるように落ちていく。
ミミゴンは、奈落へと真っ逆さまに消えていった。