173 威風都市エーレグランツ―1
リボゾーム山を越え、麓まで下りてきた。
見渡す限りの銀世界だった山と違って、オルガネラ平原は緑の大地となっている。
大平原の中心に、大きな都市が見える。
あそこが、威風都市エーレグランツと呼ばれるところか。
麓には小さな村があり、旅行者や商人の多くが休憩していた。
エーレグランツから東に進めば、帝都デザイアへ到着するが、道中のリボゾーム山は恐ろしく魔物のレベルが高いという。
また、天候も酷く荒れやすい。
山を一つ越えれば帝都に着くというのに、超難関なのだ。
そういうことで、俺たちが通ってきた道を歩いて、帝都へと向かうのだ。
遠回りになるが、仕方のないこと。
「飛行戦艦が見えないということは、お姉様はいないのでしょうか」
「飛行戦艦? 確か、アークライトっていう名前の」
アルティアの反応から、当たっているようだ。
この前、レンジが言っていたことを思い出した。
「飛行戦艦アークライトを指揮しているのは、最高指揮官のアルフェッカです。エーレグランツで物資の搬入搬出が行われますから、飛行戦艦が近くにないということは姉はいないということです」
「そうなのか。でも、あそこで待っていれば、いつかはアルフェッカに会えるということだ」
「そうですね。一先ず私たちは、アレクサンド都市長と対談しましょう」
アルティアと俺は頷きあって、村から平原へと出る道を見る。
俺たちが話していた間、メリディスは屋台の飲食物を平らげていた。
自身の護衛が食べ歩いているというのに、アルティアは優美に微笑している。
どうやって、その寛容な精神を身に着けたんだと感心した。
メリディスは二人の視線に気付き、急いで食べ終わって、走りこんでくる。
「はっ!? アルティア様、これは……」
「何事も腹が減っていては、良い働きはできません。メリディスは正しいのです」
「ア、アルティアさま~」
低姿勢のメリディスは、頭をポンポンと撫でられる。
両者の関係は姫と騎士というより、母と娘といった感じだ。
褒めたがりなアルティア、甘えるメリディス。
傍観している俺だが、気持ちが温かくなる。
「ミミゴン様、そろそろ出発いたしましょうか」
「そうだな」
三十分くらい歩いただろうか。
頂上で輝いていた太陽は、大陸の向こうへ落ちようと傾いていた。
神都ユニヴェルスで支給された靴の底は擦り切れている。
商人が通る道とはいえ、それなりに険しい。
平原といっても、常に平坦な道ではなかった。
ここからユニヴェルスまで歩こうと思えば、足腰を鍛えておくべきだ。
威風都市エーレグランツは、ちょっと小高い丘の上にある。
丘の周りには、何台か風車が設置されていた。
都市へ入るのには、階段を上らなくてはならない。
石の階段を上った先は、両側に露天が揃っている。
商業区だ。
石造りの建物が街路の壁になっており、活気が十二分にあった。
ここに来て意外だったのが、誰もアルティアに関心をもっていないことだった。
変装せず、軍服姿の皇女が歩いているわけだが、一般人もしくは軍人として見られていた。
どうやら、エーレグランツでの皇女は認知度が低いらしい。
よくよく考えたら、それが当たり前かもしれない。
アルティア自身、エーレグランツへ訪れるのはそう多くはないそうだ。
「ん、あれって」
「解決屋ですね。魔物退治を生業とする団体で、狩猟者の方がよくお見えになります」
グレアリング王国でも見た看板があって、思わず呟いた。
アルティアが説明したように、本当に解決屋のようだ。
ハウトレットは、幼女になる呪いをかけられた解決屋の本部長。
呪いを解く情報を収集するため、街の警備と称して世界中に支部局を置いた。
人間のハウトレットが、よく竜人の街に解決屋を設立できたものだ。
アルティアを先頭にして、俺たちが向かった先は都市長が住まう屋敷だ。
エーレグランツの真ん中に、城塞のような建物があった。
入口の警備兵に会釈して、三人は中に入った。
アルティアはずんずんと階段を上がって、最上階の一室のドアをノックする。
「入り給え」
「お久しぶりです、アレクサンド都市長」
壁は本棚で埋められ、窓から差し込む光が机を温めている。
磨きのかかった木のテーブルが、都市長のデスクワークをする場所のようだ。
窓を眺めていた初老の男性が、ゆっくりと振り返る。
「よくお越しになられた、アルティア殿下。アヴィリオス教皇から話は聞いています。終戦のためならば、私のすべてを捧げましょう」
エーレグランツを統治する都市長が、覚悟を決めた声で告げる。
都市を犠牲に、終戦を望む。
戦が嫌いというよりは、自由に動けないのが苦になっているように思える。
アレクサンド・アルスハイム都市長は温厚な人柄で、好奇心も旺盛だそうだ。
新都リライズの企業とも積極的に交渉し、リライズ製品を数多く輸入している。
人間とも仲良くしたいと、アルティアは聞いたそうだ。
「大変お疲れでしょうが、どうやらタイミングが悪いようだ」
「どういうことですか、アレクサンド都市長」
アレクサンドは窓を指さす。
窓を示したいわけではなく、その向こうを見据えていた。
アルティアと俺が窓に寄る。
あれは、飛行戦艦。
「鉢合わせって状況か」
「そうとは限りませんよ」
「なんだと?」
俺の言葉に反応したアレクサンドは、じっと飛行戦艦を眺める。
「相手も待ち構えていた。アルフェッカ殿下は都市に部下を潜ませ、報告を待っていたということです」
「ここに来た時点で、戦いは始まっていたということだな」
「時間がありません。戦える準備を済ませて、北東の旧居住区へ向かってください。あそこは、地盤沈下の恐れがあるとして、住民は少ない。ミミゴン殿、貴殿が魔女と戦闘するというならば、旧居住区のみに被害をとどめてください」
「努力します、としか言えないな。可能な限り、やってみるとしよう」
「アルティア殿下は、ここに残りますか。頼りないかもしれませんが、私の兵がお守りします。少なくとも、アルフェッカ殿下は実の妹に攻撃を仕掛けるお方ではない」
「……私とメリディスも、旧居住区へ向かいます」
静かに聴いていたアレクサンドも、眉をひそめた。
断言するが、アルティアは魔女には勝てない。
まだ出会ったこともない魔女だが、かつてエルドラの部下であり、最強の大魔法使いと聞いている。
メリディスといたところで、二人とも呆気なく散る結果だ。
アレクサンドは閉じた目をゆっくりと開いて、アルティアを見つめた。
「殿下の役目は、魔女を倒すことではありません。あなたの姉、アルフェッカを止めることです。ここでじっとしていれば、アルフェッカはお見えになります」
「ミミゴン様と魔女には争ってほしくはないのです。血の流れない最良の未来を望みます。魔女と共に、お姉様を説得できれば」
「敬愛する姉に、剣を向けることはできぬか」
アレクサンドは後ろに向いて、腕を組んでいた。
数秒が経過して、再びアルティアと目を合わせた。
「魔女が、あなたに攻撃を加えることはないでしょう。分かりました、アルティア殿下を信じてみましょう」
「ありがとうございます、アレクサンド都市長」
アルティアは頭を下げた。
それを見ているアレクサンドの表情は、少し曇っていた。
信じてみましょう、と言ったが、何かを企む目だ。
裏切りの目ではないが、アルティアに何か気付かせたいといった雰囲気。
なぜ、そんなことが分かるかというと、昔を思い出したからだ。
お笑い芸人の俺は、ドッキリには敏感だった。
周りのスタッフや、タレントの雰囲気が会話の内容と異なる。
スタッフは楽し気にロケ弁を差し出しているが、相手をからかってやろうという目になる。
それを察した俺は弁当からの噴出ガスを食らう前に、リアクションを考えることができた。
顔を上げたアルティアは颯爽と、部屋から出ていった。
メリディスも警戒心を高めて、扉を開けた。
「アレクサンド都市長、アルティアに何を期待している?」
「私は、殿下が小さかった頃から知っている。姉のアルフェッカにべったりだ。私が期待しているのは、姉を超えてくれることだ。ミミゴン殿、あとは頼みました」
小さく頭を下げて、頼まれる。
流されるまま、首肯して退出した。
まったく、責任重大だな俺。