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ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第六章 デザイア終戦編
198/256

172 夢を飛ばせ!―7

 滞在三日目の朝。

 俺、レンジ、アルティア、メリディスは格納庫前で佇んでいた。

 格納庫に注目していたのは、その四人だけではない。

 村民が皆、それぞれの家の近くで格納庫を見つめていた。

 ペンティスが何か、やらかすらしい。

 なんていう噂が広まり、ヒンメル村は一種のお祭り騒ぎとなっている。







 早朝、持ち帰った浮遊魔石をトラオムフリューゲルに組み込んだ。

 組み込み作業を終えた彼の表情は、どこか寂しげであった。

 嬉しさ半分、悲しみ半分といった感情だ。

 おそらく日常となっていた戦闘機の修理、戦闘機の落下が愛おしくなっていたのだろう。

 人生の一部でもあった作業に、お別れを告げなければならない。

 そういうわけで、彼には胸にこみ上げてくるものがあったんだ。



 占い師の天気予報通り、次の目的地へと繋がるリボゾーム山の天候は晴天だった。

 昨日はルシフェルゼ山と対照的に、大荒れだったというのに。

 なんというか、俺をペンティスに会わせるための神の粋な計らいだと思ってしまう。

 アルティアとメリディスが宿屋で支度している間、俺とレンジはペンティスの作業を見守っていた。

 工具箱を片付けて、こっちに向かってくるペンティスに声をかける。



「お疲れ様、ペンティス。なんか、泣きそうになってないか」

「う、うるせい! 泣きそうになんかなってねぇよ! ただ、ちょっと泣いてるだけだ!」



 そう言い捨てると、上を向いて目を拭った。

 野暮なこと訊いてしまったな。

 横でレンジが作業着のポケットから、手帳を取り出していた。

 リライズ製の手帳……修理の方法が書かれた手帳と同じだ。

 あの手帳は、ペンティスに返したはずだが。



「どうしたんだ、それ」

「操縦席の内部に挟まってたんだ。表紙を見て驚いたぜ。伝説の設計士、カルア・ギムレットのサインが入ってるって気付いてな」

「カルア・ギムレット? そんなに有名なのか」



 レンジは、ペンティスに手帳を渡しながら説明する。



「航空機の設計が正式に認められているのは、カルア・ギムレットだけなんだ。ブランデーベース社に勤めていた彼女だけが、航空機を設計できる。彼女の手掛けた航空機は三機。公用の飛行船アルタイルと飛行戦艦アークライト。そして、三年前。三機目の新作が発表されようとしていたそうだが、ギムレットは行方不明となった」

「幻の三機目が、このトラオムフリューゲルか。それで、手帳には何が記されていたんだ?」



 深くため息を吐いて、深刻そうに口を開いた。



「トラオムフリューゲルを破壊し、ギムレットは消失します、という一文で始まる告白だ」

「告白、だと?」



 手帳を読んでいたペンティスの反応を確かめると、開いた口が塞がらず、放心状態になっていた。

 紙に目を近づけ、一字一句漏らさないように文面を追っている。







 トラオムフリューゲルを破壊し、ギムレットは消失します。

 アタシはもう、航空機を設計することはないでしょう。

 なぜなら、アタシたちのために製造したトラオムフリューゲルを、ブランデーベース社は探索用戦闘機として売り出そうとしたからだ。

 娘は『空中幻園を見つける』という夢を、アタシに話してくれた。

 実現不可能に思える夢も、航空機設計士のアタシと艦船エンジニアの夫がいれば叶えられる。

 娘の誕生日に向けて、アタシは設計した。

 夫は権力で強引に製造してくれた。

 それらを、ブランデーベース社には一切口外せず、完全秘密裏に進めてきた……はずだった。



 夫の部下から漏れてしまったのだろうか。

 社長が顧客と既に話をつけたとして、トラオムフリューゲルが売り物にされてしまった。

 先端の大砲は、空中幻園にあるとされる固く閉じられた門を破壊するためにある。

 最新鋭のカイザーエンジンが備えられているのも、娘を喜ばせるためだ。

 決して、最速の航空機を実現するためではない。

 決して、探索用の戦闘機として開発したわけではない。



 社長と顧客に事情を説明して、考え直してもらうことも脳裏に浮かんだが、相手が悪かった。

 ブランデーベース社の社長にはお世話になっているし、顧客はあの傭兵派遣会社VBV。

 こうなったら、発表会の前に取り戻すしかない。

 トラオムフリューゲルを、敵地偵察の兵器として使用されたくない。

 夫に娘を預けて、アタシはトラオムフリューゲルを飛ばします。

 全てを理解してくれた夫には感謝しています。

 トラオムフリューゲルは破壊します。

 最愛の娘ミル、ごめんなさい。

 夢を叶えてやれなくて。

 また、どこかで会いましょう。



 追記──この手記は本来、新都リライズの商人に頼んで、家族に届けてもらうつもりでした。

 ですが、ペンティス……あなたが見つけていることでしょう。

 アタシはもう長くはありません。

 自覚症状がないまま、病に侵されていたようです。

 昨日、ようやく死を悟りました。

 我儘(わがまま)なお願いですが、手記はあなたの手で処分してもらえませんか。

 天から、ペンティスがトラオムフリューゲルに乗っている姿を見守ります。

 最後にあなたと出会えて、本当によかった。

 ありがとう、ローセル・ペンティス。







 追記の追記──トラオムフリューゲルは、いい乗り物でしょ?






 格納庫から、トラオムフリューゲルが顔を覗かせる。

 操縦席に、ペンティスの姿が見られた。

 えらく厳かな顔をしていた。

 いつもみたいな表情でいいのに、と思って微笑んでしまう。

 トラオムの全容が、ついに露わとなった。

 船体が放出する風は、この前以上に熱と勢いを感じる。

 浮き上がる船体は、湖の真ん中まできた。

 あとは、発進するだけだ。



(ミミゴン、俺……行ってくるぜ! もう、ミミゴンは配下じゃねぇ。かけがえのない相棒だ!)



 奮い立つようなしっかりとした声が、『念話』で伝わってくる。

 ふっ、配下から相棒か。

 なんとか、お前の横に立てたようだ。

 ペンティスの言葉に、俺は力強く頷く。

 ああ、行ってこい。

 夢を飛ばせ!



(トラオムフリューゲル……発進!)



 船体後方の両翼が可動する。

 翼を広げた鳥が大空を駆け抜けようと今まさに、羽ばたこうとしていた。

 船体と両翼に付いたエンジンとブースターに、魔力が集まる。

 そして、推進装置が火を噴いた。



 トラオムは急加速し、天空を目指して上昇していく。

 とうとう、山を越えて、トラオムフリューゲルが消えた。

 アルティアはトラオムが消えた空を、じっと眺めていた。



「ペンティスさんの夢、叶いましたね」

「さすがの私も感動しました」

「私もです、メリディス。ドワーフと竜人が手を取り合って、夢を叶えました。終戦という宿願も、きっと成就するはず。彼の行動で、そう感じました。次は、私たちが夢を叶える番です」



 四人は、トラオムが消えた空を見つめ続けた。

 おそらく、ヒンメル村の村民もだ。

 アルティアの言う通り、俺もアイツから色々と教わった。

 ペンティスは夢に向かって全力疾走した。

 無理難題ふっかけられようが、挫けることなく追い続けた。

 俺も、ローセル・ペンティスという生き方を”物真似”してやろうじゃねぇか。







 寂しくなった格納庫前の坂で、俺とレンジは座っていた。

 アルティア、メリディスは世話になった村民たちと話し込んでいるようだ。

 別れの挨拶をしたい、とアルティアに言われ、俺はここで待つことにした。

 今は昼時で、太陽の光がさんさんと降り注ぐ。



「はぁ、ペンティスは旅立ったが……どこかで墜落したりしないだろうか」

「ミミゴン様。カルア・ギムレット設計の船は、今まで故障したことがないと言われている。だから、伝説の設計士なんだ」

「故障したことはない、って言っても、トラオム含めた三機だろ。あまり参考にはならねぇぜ、それ」



 レンジは怒って、俺を睨みつけた。



「もともと、艦船の設計士として数多くの船を生み出している。海の魔物を倒すための船舶は、これまで沈んだことがない! これは、カルア・ギムレットが設計した船だからだ!」

「はいはい、わかったよ。分かったから、怖い目で睨むな」



 カルア・ギムレットという設計士は、とても有名みたいだ。

 故障したことがない、という実績は凄まじいな。

 腕と知識は確かなようだ。

 だが、なぜ技術のあった彼女は、トラオムフリューゲルが飛べない原因を見つけられなかったんだ。

 彼女は手帳に、修理の方法を書いて、ペンティスに託した。

 ペンティスはそれに従って、何度も修理した。

 それでも飛ぶことはなかった。

 結局、原因は弱った浮遊魔石だ。



「伝説の設計士は、トラオムフリューゲルが飛べない原因を本当に見つけられなかったのか?」

「ああ、それか。たぶん、ペンティスには隠したんだ。浮遊魔石のこと」

「え?」



 さも分かり切ったような口調で、レンジが答えた。



「航空機に携わる者なら、浮遊魔石を知らないわけがない。修理の方法が書かれた手帳にも、浮遊魔石は出てこなかった。意図的に隠したということだ」

「ギムレットから、ペンティスへの挑戦状ってことか。酷なことさせるなぁ」

「トラオムフリューゲルを託せる人物かどうか、見極めるためだ。修理ってのは、案外難しい。直すつもりの作業で、永遠に使えなくなることもある。ペンティスは何度も修理したが、物を大切にする精神だから、そういったことはなかった」

「器用なドワーフでも失敗するってんだから、アイツはすごいな」

「技術面と精神面で、ドワーフが竜人に負けた瞬間かもな」



 感慨深げに、レンジが語った。

 当初トラオムの修理は、ドワーフにしかできないと呟いたギムレット。

 それに憤慨して、ペンティスは「そんなことない! 俺が証明してやる」と言い放ったそうだ。

 心を打たれたギムレットは、見たくなったのだろう。

 ドワーフの技術に、竜人が追いつく場面を。

 生きている間に見てほしかったが……ギムレットの願いは叶ったぜ。



 ペンティスが操縦するトラオムフリューゲルは、ギムレットの想いを乗せて空を駆け抜けた。

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