170 夢を飛ばせ!―5
ルシフェルゼ山に再び足を踏み入れ、雪道を突き進む。
勾配も少し急になってくる。
俺の隣で疑問を浮かべているのは、背中に槍を背負ったペンティス。
背後に、アルティアとメリディスが随伴している。
ペンティスが後ろの二人に聞こえないように、俺に耳元で囁いてきた。
「な、なんで、アルティア様が付いてきてるんだ!? ミミゴン、え、ええ!?」
「あら、ペンティスさん、どうかされましたか」
ペンティスは聞こえないように小声で話したのに、思わず大声になっている。
アルティアには丸聞こえだったようで、ひどく心配していた。
すぐに首を振って、再び俺に囁いた。
「ビックリしたぜ、俺。アルティア様まで付いてくるって言ったんだから。ミミゴン、お前……何者なんだよ。アルティア様が、ミミゴン様って呼んでるし」
「どうでもいいじゃねぇか。細かいことは気にしないで、ほら進むぞ」
「もしかして、俺……とんでもなく偉い人と行動してるのか?」
天候は、以前よりも晴れ渡っていた。
まさに快晴である。
アルティアに言わせれば、かなり珍しいことだそうだ。
天も味方してくれるとは、絶好調だな。
オルフォードに示された洞窟へ到着した。
白い絶壁に、人が通れる洞穴がある。
ヒンメル村からは、そんなに離れてはいないので全員、まだまだ元気が有り余っている。
道中、魔物は現れたが、俺が魔法スキルで倒した。
そんなわけで、みんな無傷だ。
「さあ、ここからが勝負所だ。洞窟の奥深くに、目的の浮遊魔石がある」
「よし、いくか!」
ペンティスは気合十分に両手を合わせる。
アルティアも、メリディスも肩に力を入れて、洞窟を見つめた。
果たして、浮遊魔石が見つかるのか。
正直なところ、運の問題だ。
どれだけ探しても、なかったなんてこともあり得る。
努力が無駄骨折りで終わる、って結末にはならないことを祈った。
洞穴の壁は冷たく、空気も冷えている。
だが、外と比べるとほんの少し暖かい。
ペンティスがヘッドライトを全員分用意してくれたので、視界は十分明るい。
通ってきた細い空洞が、いきなり広くなった。
奥から、魔物の唸り声が聞こえてくる。
少し姿勢を落として、辺りを警戒した。
「うわぁ、すげぇ」
「これは綺麗ですね」
穴を抜けたここは、洞窟内を見渡せる高台のようだ。
ここからの景色は、壮大な眺めである。
ロールプレイングゲームの中盤にある氷の洞窟を想像させる。
天井から日が差し込み、キラキラと反射していた。
氷柱が天井に発生しているが、逆さになった氷柱もあり、地面にできあがっている。
氷筍と呼ばれるもので、字の通り氷の筍だ。
上からの水滴が凍ったものが積み重なり、氷筍となる。
見るからに滑りそうな床には、魔物も当然のように棲んでいた。
奥では、魔物同士で戦いあっている。
戦いは熾烈さを増し、塔のような氷柱が根元から崩れ、魔物が下敷きとなった。
「とりあえず、奥へ進むか」
俺が先頭に立って、坂を下りる。
下り切った途端、一体の魔物が襲い掛かってきた。
よく見もせずに、炎魔法『インフェルノ』で焼き尽くす。
「『インフェルノ』!」
手を伸ばして、掌にボーリングボールぐらいの火の塊をつくって、魔物に解き放った。
見事に直撃し、体の半分以上が消し炭となっていた。
だが、喜ぶのは早かった。
「アルティア様、囲まれています」
メリディスが太刀を抜いて、顔をあちらこちらに向ける。
壁の裏や、氷筍の陰にさっきの魔物がいた。
後ろから足音がしたかと思えば、アルティア目掛けて突進する魔物が数体現れた。
『異次元収納』から取り出した白銀の剣を握り、メリディスの繰り出す斬撃に合わせて、飛び込み斬りを当てる。
魔物を叩き切って、横から攻めてくる魔物に『サンダーボルト』を放つ。
雷魔法に吹き飛ばされ、壁と激突した。
〈この魔物は、アイスインプと呼ばれていますー。蝙蝠のような翼と、獰猛的な攻撃が特徴ですー。高レベルの相手でも、集団で襲い掛かることが有名ですねー〉
「集団って言っても、数体だ。すぐに片付ける。ペンティス、大丈夫か!」
「なんとか、な! 『一閃突き』!」
槍を振り回し、アイスインプを遠ざけた後、一体を串刺しにする。
すぐに引き抜いて、もう一撃を加えて倒した。
息つく間もなく、槍を構えなおす。
と、よそ見をしていると、牙を剥き出した一体が魔法を唱えた。
狙いは、ペンティスのようだ。
そうはさせまいと、助手が既にスキルを発動していた。
〈『眼力』ー!〉
かっと開いた目が、アイスインプを押し飛ばす圧力を放つ。
為す術なく、魔物は氷壁に埋められた。
残りの一体は、アルティアの剣で倒されることとなった。
「『一斬り剣舞』!」
敵の飛びかかりを前転して避け、無防備な背中を斬る。
一度しか斬っていないのに、魔物は何度も斬られたような傷を受けた。
踊るように斬られた魔物は力尽きて、氷の地面に寝かされた。
アイスインプの集団は、これで終わったようだ。
白銀の剣を『異次元収納』で消して、アルティアは全員の無事を確かめた。
「お怪我はありませんか?」
「ああ、俺は平気だぜ!」
槍を肩に担いで、ペンティスは拳を掲げた。
俺も、メリディスも頷いて、平気だと伝える。
安堵のこもった吐息を漏らして、アルティアは奥へと進む道を見つめた。
「では、この先も油断せず進みましょう」
高所から見渡せていた景色は、洞窟の一部に過ぎなかった。
迷路のように複雑な横穴を抜け、どんどん下へと歩いていく。
冷気も、ますます冷えていく。
魔物自体のレベルも上がっている。
できるだけ三人を疲労させたくないため、俺が片付けた。
さすがに、エルドラに『ものまね』してまで戦わないといけないレベルの魔物はいない。
瞬殺できる洞窟で助かった。
洞窟の壁に、光る鉱石が飛び出ている。
ヘッドライトだけに頼る必要はないみたいだ。
穴を抜けたみたいで、いかにもな広場に出てきた。
光源となる鉱石が、顔を出す地べた。
どうやら、ここが最深部のようだ。
「ミミゴン! あれだ!」
ペンティスが指さした奥の壁に、緑色の石が見える。
水晶が淡い緑の光を放っている。
「あれが、浮遊魔石か」
全員が足並み揃えて、浮遊魔石の集合体に近寄る。
結構、簡単に見つかったものだと気を抜いた瞬間、メリディスが叫んだ。
「上! 魔物です!」
影が落ちてくる。
浮遊魔石への道を阻むように落下してきた。
地面に降り立った衝撃波が凄まじい。
アルティアやメリディスはともかく、ペンティスは飛ばされそうになっていた。
豪快な着地をしたのは、この洞窟のボス。
〈グラセドラゴンですー。宝を守る番人は、氷の龍とは相応しいではありませんかー〉
俺たちを品定めするように、目を光らせる。
吐息は、お手本のような白い息。
体じゅうに清涼な水が流れているような鱗。
西洋のドラゴンのように、四本足で地を踏みしめている。
蒼い尻尾が、浮遊魔石の鉱脈近くに叩きつけられた。
足場を揺らす地響きと共に、壁の一部に亀裂ができた。
「やめろよ、そういうことすんの。浮遊魔石が壊されたと思って、肝を冷やしたじゃねぇか」
そんなことをぼやいたところで、相手は魔物。
人の言葉を解する耳なんて持ってはいない。
アルティアが、俺の右隣に立つ。
神妙な面持ちで、白銀の剣を取り出した。
「ミミゴン様。浮遊魔石に攻撃が当たらないよう、守ることに集中してもらえませんか」
「ああ、わかった」
軍服の袖を持ち上げ、グラセドラゴンに手を見せる。
そして、『サンダーボルト』を放った。
手から伸びた電撃が、突き刺さった部分を黒く焦げ付かせる。
そこで、魔物は俺たちを敵だと認識した。
四本足の爪先を、アルティアに向けて突進を繰り出した。
首を前にして、口先を突っ込ませる。
巨体では考えられない速さで迫ってくるのは、人を縛りつける威圧感があった。
アルティアは剣を握りしめたまま、動かなくなった。
威圧されたわけではない。
そこから頑なに移動しないのは、威圧感を超える信頼を目の当たりにするためだ。
「『虚構最上大業物』」
人の背の三倍はあるグラセドラゴンを、たった一本の刀剣で受け止めた。
メリディスは長い刀身で胴体を止め、目が首を捉える。
肩を刀身に寄せ、空いている左肘を首に打ちつけた。
衝撃は頭を浮かせ、遮るものがない胴体を横一文字に斬り飛ばす。
宝の番人をしているだけあって、皮膚の硬さは伊達じゃない。
少し後退させただけで、致命傷に至るようなダメージは与えられなかった。
今のうちに浮遊魔石まで走り込み、鉱脈を背にして見守ることにした。
『ものまね』で、最強クラスの人物になって瞬殺する考えもあったが、やりすぎて出口を塞いでしまうかもしれない。
おまけに、浮遊魔石が粉々になれば愚か者である。
アルティアの提案通り、宝に指一本触れさせない守護者を務めよう。