169 夢を飛ばせ!―4
「ギムレットは眠るように死んだよ」
ペンティスは写真をしまって、トラオムを見上げた。
俺は、ペンティスが完成を目指す理由に納得できた。
ギムレットのためにも、トラオムを完成させようとしたんだな。
感受性豊かな助手とエルドラは、嗚咽するほど泣いていた。
〈う、う、悲しいですー〉
(涙が止まらないのだー)
ギムレットが亡くなって、三年。
何度も何度も修理しては、湖に落ち。
手帳の内容に従っても、空を駆け抜けることはできなかった。
いったい何がいけないんだ。
まさか、本当に種族の違いってもんがあるのか。
あってたまるか。
小人は確かに、モノづくりが得意な種族だ。
だが、人間にも竜人にもモノづくりに励むものはいる。
不可能ってことはないはずだが。
こうなったら、専門家を呼ぶことにするか。
「今日は、これで終わりにしよう。明日、強力な助っ人を連れてくる」
「……強力な助っ人? 誰だ、それ」
「とにかく明日だ、明日。俺は村の宿屋に泊まってるから、なんかあったら言ってくれ。じゃあなー」
別れの挨拶と同時に手も振って、宿屋へ帰った。
朝、宿屋を出て早々『テレポート』を唱えた。
行き先は、自身が王を務める国エンタープライズ。
六角形で縦に長い城が、国そのものである。
66階に瞬間移動し、『拠点開発研究所』の扉を開ける。
「うん、竜人? ああ、ミミゴン様じゃねぇか」
「おう、エックスの爺さん。それに、レモレモもいたのか」
白髪に作業着姿のドワーフ、エックス。
その後ろから、ぴょこっと顔を出したのは少女、カリフォルニア・レモレモ。
相変わらず、サイズの合っていない白衣を着ている。
袖から手が出ておらず、動きにくそうに見えるが、よっぽど気に入っているのだろうな。
「どうしたの、ミミゴン様」
「航空機に詳しいドワーフを探してるんだよ。名無しの家をまとめていた長なら、何か知ってそうなんだが」
「ほおぉ」
新都リライズから追い出されたドワーフを受け入れた街、名無しの家。
その場所で『父』と言われていたエックスは、顎をさすりながら記憶を探っていた。
うーむと唸り声を出してから、顔を上げる。
「そういえば、レンジのやつは航空機に関心を寄せていたな」
「レンジおじさん、よく飛行船の雑誌、読んでるよ」
「そうなのか。だったら、訊いてみるか」
奥の作業場に、休憩しているレンジが見える。
手を大きく伸ばして、レンジに呼びかけた。
「おーい! レンジ!」
顎髭が似合う職人気質のドワーフ、レンジ。
技術力もあり、人望もある。
自分の体にフィットした紺の作業着を上半身だけ外していた。
呼ばれて、奥の部屋からこちらに歩いてくる。
「ミミゴン様か。帝都デザイアに行ってたんじゃないのかよ」
「実は、困ったことが起きてな。レンジ、航空機は詳しい方か?」
「まあまあだ。ブランデーベース社の船がかっこよくて、興味があるだけだよ。製造してくれっていうのか?」
「いやいや、ちょっと見てほしいもんがあるんだよ。一緒に付いてきてくれないか?」
レンジは渋々うなずき、困り眉になっていた。
専門家ってわけではないが、ドワーフの目線から見れば何か分かるかもしれない。
『テレポート』を発動し、レンジを伴ってヒンメル村に移動した。
着いた先は、湖が見渡せる格納庫前。
いきなり、寒冷地に飛ばされたものだから開けていた作業着を着なおす。
レンジは首までチャックを閉めて、寒そうに震えていた。
「な、どこだよ! うう、寒いー」
「わ、悪い。これでも着てくれ」
『異次元収納』から防寒着を取り出して、作業着の上に着させた。
小太りのレンジが分厚い防寒着を着用したことで、より丸くなった。
白い息を手のひらに吐いて、少しでも温まろうとしている。
「こっちだ、レンジ」
レンジを連れて、トラオムが納められている格納庫内に入る。
「な、なんだ? 戦闘機か」
「ああ、探索用戦闘機トラオムフリューゲルっていうそうだ」
「ほぉ……ん? なんか、どっかで聞いたことあるな」
「ミミゴン! こっちだー!」
俺の姿を認めたペンティスが、船体の下で声を張り上げていた。
ペンティスは隣にいるレンジを見て、訝しげな目つきになる。
「誰だ、そのドワーフは」
「こいつは、カンパリオ・レンジだ。航空機に詳しいらしくてな。この人なら、問題を見つけられるかもしれないと思って連れてきたんだ」
「へぇ、ドワーフの知り合いがいたのか。っていうか、どうやって連れてきたんだ? まあ、いいか」
ペンティスは、レンジをじろじろと見つめる。
その視線から逃げるように、こちらに嫌そうな顔を向けた。
「で、ミミゴン様。俺は何をすればいいんだ」
「この戦闘機、修理しても飛ばねぇんだよ。だから、レンジに原因を調査してほしいと思ってな」
「はぁ、そういうことかよ。言っとくが、専門的な知識なんて持ち合わせてねぇからな。文句は言うなよ」
ペンティスは「これも見てくれ」と言って、手帳を渡す。
パッとめくり、修理の手順が記されたものだと理解して、手帳を開きながら、トラオムを見ていく。
船体の下を通った後は、船内へと足を踏み入れる。
点検の間、レンジは一言も発さず、黙々と行っていた。
三十分ほど経過しただろうか。
階段を下りて、俺たちのもとまで来ると、手帳をペンティスに返した。
レンジは意味深長に、トラオムを眺める。
もしかして、原因に気付いたのか。
「飛ばないって言っても、宙には浮くだろ。電気機器が壊れているとは思えないし、目立った異常も見当たらない。ただな、あれが問題なんじゃねぇかとは思った」
「原因が分かったのか!」
「ミミゴン様、これだよ」
レンジは後ろに回しているウエストポーチから、緑に光る石を取り出した。
正六面体で、ドワーフの握り拳よりかは大きい。
それを全員に見えるように、手のひらの上にのせた。
石は微妙に浮いているようで、レンジの手に触れてはいない。
緑の石に、苔のようなものも付着していた。
お世辞にも綺麗とは言えない見た目だ。
「これは”浮遊魔石”っていってな。飛行船はこいつの力を引き出して、空を飛べる」
「この石に、そんな効果があったのか。どうりで、婆さんは石を壊すなって注意するわけだ」
「お前さん、浮遊魔石を知らなかったのか?」
「ああ、知らなかったぜ。で、浮遊魔石がどうかしたってのかよ」
ペンティスの能天気な返しに、レンジは呆れ果てていた。
「この浮遊魔石、ダメになっちまってるよ。よく、こんなボロボロの状態で飛ぼうと思ったな」
「ボロボロ?」
「よく見ろ、この苔みたいなもの。浮遊魔石ってのは大気中の魔力を吸って、魔石の状態を保つ特性を持っている。つまり、半永久的に使えるってわけだ。だが、一定以上の魔力を吸収してしまうと、こうして魔石が壊れる。これは、かなり酷い状態に陥っているな。苔は魔石の一部が壊れて、魔力がそこに溜まり膨れ上がって、できたものだ。魔石の中に流れる魔力の循環が上手くいっていないってことだよ」
人の病気でいう心筋梗塞みたいなものだな。
心臓に酸素や栄養を供給する冠状動脈が狭くなって、血流が悪くなるっていうやつだ。
この浮遊魔石でいうと、魔力の流れが悪くなって、本来の力が発揮できない状態に陥っている。
となると、新たに浮遊魔石を用意するしかない。
同じ考えに至ったペンティスが、レンジに話す。
「なら、新品の浮遊魔石があれば、トラオムは飛べるってわけだな」
「そういうわけだ」
「ミミゴン! 探しに行くぞ!」
「ああ! 協力する」
笑顔を取り戻したペンティスは走り出そうと腰を落としたが、その腕を掴まれる。
レンジはペンティスを制して、調子の悪そうな声を発した。
「待て、こいつは簡単に見つかんねぇよ。めちゃくちゃ希少なんだぜ、浮遊魔石ってのは」
「その辺の山、掘ったら出てくるものじゃねぇのかよ」
「飛行船って、よく見かけるか? 見かけねぇだろ」
「確かにそうだな。帝国軍は、一機だけ持ってるって聞いたことはあるが」
ペンティスは呟き、納得していた。
俺も思い返してみる。
グレアリング王国のパーティーで、リライズの連中が飛行船で来ていた。
飛行船といえば、それだけしか知らないな。
ということは飛行船に使う浮遊魔石が、それほど希少ってことか。
新都リライズでは飛行船が開発されているようだが、他の船に使われていた浮遊魔石の使いまわしだと考えられる。
「レンジ、浮遊魔石の採掘場は知らないか?」
「リライズ領のどこかにある魔石鉱で取れるらしいが、学者の発表ではもうないと言ってるぜ」
「こうなれば、エンタープライズが誇る情報機関に頼るとしよう」
『念話』を、オルフォードに繋ぐ。
エンタープライズ情報本部EIHQのリーダーは、ダルそうな声で話す。
(なんじゃあ、ミミゴン。EIHQはお休みじゃぞ)
「ちょっと調べてくれないか。大至急だ」
(話だけは聞いてやる)
「浮遊魔石が必要になってな。それが手に入る採掘場を知りたい)
オルフォードの声が聞こえなくなった。
しばらくして、脳内にしわがれた声が届く。
(おぬし、ヒンメル村におるんじゃろ?)
「ああ、そうだが」
(ルシフェルゼ山の小さな洞窟、奥深くに浮遊魔石があるみたいじゃ。商人の噂話だが、まずは信じてみるしかないじゃろう。スキル『土地鑑』を発動させい。ワシが位置情報に印してやる)
「ありがとう、オルフォード」
『念話』が切れて、格納庫内に吹き込む風がうるさくなる。
ペンティスは不思議そうに見ていたが、訊こうとはしなかった。
早速、『土地鑑』を発動させる。
すると、脳内に周りの地形が浮かび上がる。
ルシフェルゼ山も例外なく、全ての道を覚えた。
オルフォードは、ルシフェルゼ山の一部分を強く示した。
何とも言えない感覚で、脳がくすぐったい。
俺はニヤケ面で、ペンティスに話す。
「浮遊魔石が採掘できる場所を教えてもらった。今から、行ってこよう」
「ほんとうか! よし、俺も装備を整えて」
「いや、ペンティスはここに残っていてくれ。何かあったら……」
強く首を振って、俺を睨む。
厳しい表情で、自分を売り込んできた。
「浮遊魔石って中々、見つけにくいんだろ。だったら、人手は必要だ」
「でもな」
「頼む! 埋まってる浮遊魔石、見てみたいんだ。それに、ここにいたって何もすることがない。オレも行かせてくれ!」
「……わかった。一緒に行こうか」
そう言うと、表情が明るくなり、小躍りするように飛び跳ねる。
じっとしていられないって気持ちは理解できる。
とにかく、ペンティスに注意を払えばいい。
レンジは、俺に「大丈夫なのか」と尋ねてきた。
「アイツの気持ちに共感したんだ。俺が責任を持って、ペンティスを守る。だから、大丈夫だ」
「おいおい……」
「それに、レンジ。戦闘機が飛ぶところ、見てみたくないか?」
「ずるい質問だぜ、それ。ちゃんと見させてくれるんだよな、ミミゴン様?」
俺が頷くと、レンジは安堵したようにため息をついた。
興味あるものは、誰だって見たいものだ。
男も女も関係ない、種族が違ってもだ。
「レンジ、トラオムのメンテナンス、頼めるか? 万全を期しておきたい」
「ああ、任せておけ。戦闘機を観察する機会なんて、もう二度とないかもしれないからな」
「助かるよ、レンジ」
レンジは顔にこそ出さなかったものの、胸の内では嬉しそうだった。
俺はその場を後にして、格納庫内を走り回って、道具を整頓しているペンティスに告げる。
「出発はすぐだ。装備はちゃんと整えておけよ」
「俺って結構、狩猟に自信があるんだ。装備は、小屋に仕舞ってあるぜ」
「それなら安心だ。準備ができたら、宿屋の前まで来てくれ」
「おう!」と握り拳を上げながら答えて、小屋まで走っていった。
格納庫横に、小屋があったみたいだ。
隠れて、よく見えなかった。
ペンティス一人が住むには十分な大きさだ。
さてと、このことはアルティアにも……。
「あ、ミミゴン様。こちらにいらしていたのですね」
「ちょうどいいところに、アルティア様が」
格納庫前に、メリディスを伴ってアルティアが現れた。
どうやら、俺のことを探していたらしい。
といっても、安否確認で探していただけで、重要なことがあるわけではなかった。
俺は、ペンティスとの一件を説明した。
少し芝居がかった口調とジェスチャーも交えて。
アルティアは相槌を打ちながら、リアクションもしてくれたので、この上なく話しやすかった。
「そういうことですか。トラオムフリューゲルを飛ばすための浮遊魔石を採掘しにいくわけですね。私たちも協力してかまいませんか?」
「そ、それはいいと思うけど……」
「アルティア様、本当に協力するつもりですか?」
メリディスが、アルティアを心配して尋ねる。
「ええ、もちろんです。ドワーフと竜人の絆が紡ぐ夢に、私たちが関われるのですよ。素晴らしいことではありませんか」
「しかし、アルティア様に万が一のことがあれば」
「おや、私の信頼する護衛ともあろう者が弱音を吐くのですか? 主の我儘には付き合えませんか?」
「あ、いえ、その」
目が点になって、一生懸命に言い繕うとするメリディスに、アルティアは愛嬌の良い笑顔になる。
「万が一の事態にならないためにも、あなたがいるではありませんか。それに、ミミゴン様も付いてくれます。頼りにしていますよ、メリディス」
「は、はっ! 騎士としての役割を果たさせていただきます!」
「それでいいのです。素敵ですよ、メリディス」
アルティアは微笑して、メリディスを言葉巧みに丸め込んだ。
傍から見ても、アルティアには敵わないなと悟った。
「それでは、ミミゴン様。ペンティスさんをお待ちしましょうか」