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ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第六章 デザイア終戦編
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168 夢を飛ばせ!―3

「……完成したぜ!」



 踊るように喜ぶペンティスを見て、ギムレットは拍手を送った。

 杖を突いて立ち上がり、ペンティスに叫んだ。



「早速、飛ばしてみないかい!」

「おう!」



 即答で返ってきて、ギムレットは微笑んだ。

 自分の子を慈しむような目で、走ってくるペンティスを捉える。

 それから船内への階段を上り、操縦席の後ろの席に座る。

 ペンティスは当然のように、操縦席に腰を落とした。

 騒ぐ気持ちを抑えながら、背もたれに背中を押し付ける。

 ギムレットは顔を覗かせるようにして、操縦桿の説明や機能を説明した。

 船内は改良されており、竜人が窮屈にならないよう天井が高くなっている。

 あれこれと説明して、ギムレットは船体から降りた。



「さあ! 飛ばしてみな!」



 叫び声は操縦席に届き、ペンティスはガラス越しに大きく頷いた。



「いくぜ、トラオムフリューゲル!」



 操縦桿をしっかりと握りしめ、ボタンを押し込む。

 すると、エンジンが起動し、格納庫が激しく揺れた。



「おお、おお!」



 体が震えあがるほどに、喜びが溢れてくる。

 ようやく、夢が叶うとペンティスは強く思った。

 不器用な竜人が、新都リライズ製の航空機を操縦するんだ!

 ギムレットは格納庫から出て、後ろに流れる髪を手で押さえながら、トラオムを注視していた。



 トラオムが浮き上がる。

 船体を支えていた足が地面を離れていく。

 ペンティスの視界は、いつも以上にキラキラと輝いていた。

 毎日見る湖の光景が、一段と綺麗に見えた。

 新鮮な気持ちである。



 操縦桿をゆっくりと前に倒す。

 真似をするように船体も、ゆっくりと前進する。



「よし、このまま!」



 更に操縦桿が押される。

 トラオムが真っ直ぐ進む……はずだったが。

 見下ろすように見えていた湖が、視界から沈むように外れていく。

 なんと、エンジン音も小さくなっていった。

 やがて、船体が攻撃されたように揺動した。

 尻が一瞬、宙に浮きあがる。

 操縦席に落ちた時、ペンティスは痛みで目を閉じた。



「いてて、なんでだ。完成したはずだ」



 もう一度、浮上しようとしても機器が反応しない。

 どう見ても、どこかが壊れたとしか思えなかった。

 残念そうに髪をかき乱しながら、トラオムから降りる。

 墜落したというのに、呑気な顔をしたギムレットが歩いてきた。



「あはははは。落ちたねぇ」

「なに呑気に笑ってんだよ、婆さん。なんか急に、動かなくなっちまったんだ」

「トラオムはもう……動くことはないんだよ」

「え?」



 まるでこうなることが分かっていたかのように、ギムレットは声を出す。

 ペンティスは肩透かしを食らわされた。

 あれだけ意気込んだのに、気勢をそがれる言葉だ。

 船体を眺めながら、ギムレットは語り始める。



「こいつを飛ばしていたとき、飛行型の魔物に攻撃されてね。どうやっても動きゃしなかった。そして、ここに不時着さ。その時にはもう、トラオムフリューゲルは飛べない体になったんだよ。分かっただろ、ペンティス」



 にじり寄るように、ペンティスのいる方へ頭を回す。

 その顔に、一筋の涙がこぼれていた。

 それを見て、ペンティスは心を刺されたようなショックを受ける。



「どういうことだよ、それ。修理しても直らねぇってことかよ。いや、今みていただろ! 浮上したじゃねぇか! 飛べるってことだよ」

「もう無駄なこと、やめな。トラオムの修理で、ペンティスの人生を無駄にしてほしくないの。トラオムフリューゲルは空を飛べなくなったんだ。最後に、良いものを見せてもらったよ」

「ふざけんじゃねぇ。トラオムを飛ばすのは、俺と婆さんの夢だ! 無駄じゃねぇよ! トラオムは動ける。空を飛びたいと、こいつ自身が叫んでんだよ! 婆さんには聞こえねぇのか、トラオムの叫びが」



 杖の先を思いっきり、地面に突き刺す。

 格納庫内に大きく音が反響した。



「あなたには何が聞こえてるの!? トラオムの叫びですって? 幻聴じゃないかしら」

「エンジンが動いた。トラオムは一瞬だが空を飛んだ。幻なんかじゃねぇ、現実だ」

「頑なに信じるなんて、どうかしてるわ。もう飛ぶことはないのよ」

「じゃあ、なんで俺に修理させた? 婆さんの提案から始まったことだ。トラオムはまだ飛べるって信じたから、俺に修理させたんだろ。ちがうか?」

「そ、それは……あなたに理解してもらって、諦めてもらうためよ」



 ペンティスの熱意で、ギムレットの言葉は歯切れが悪くなる。

 顔を俯け、後ろに振り向く。

 日の光が、ギムレットを照らす。

 ペンティスは握り拳を固め、首を振った。



「俺はな、簡単に諦められるような性分じゃねぇんだよ。一か月も一緒にいれば、俺がどういうやつか分かるだろ。俺を信じて、この工具を託してくれたんだよな!」



 片手で工具箱を掴み、持ち上げる。



「諦めてもらうだって? 違う、俺に、こいつを……トラオムを完成させてほしいって思ったんだろ!」



 ギムレットの俯いた顔から涙が落ち、床で跳ねた。



「婆さんは諦めても、俺は諦めねぇぜ。見てろよ、婆さん。トラオムフリューゲルが、空を飛ぶ姿をよ!」



 村中に響き渡るくらいの声量で叫んだ。

 ペンティスは肩を上下させるくらい息が荒くなっていたが、堪えるように笑った。

 ギムレットは振り返り、目尻に溜まった涙を指で拭う。



「……なら、飛ばしてみなさい」

「ああ、トラオムフリューゲルは俺が飛ばす! だから、婆さんは諦めていたとしても、今までのように俺を見守ってくれねぇか」



 歯を見せて、口許を緩める。

 胸に右の拳を当てて、ギムレットを見つめた。

 ギムレットも呆れて、自虐するように微笑を浮かべた。

 この子は何を言っても、最後までやり遂げようとする。

 そんな性格であることは、もう知っていた。

 アタシもこうやって意見を貫くような性格だったのに、どこで変わってしまったのだろうか。

 ギムレットは顔を上げて、ペンティスと向かい合った。

 ペンティスなら……。



 突然、ギムレットは痙攣するように倒れた。

 ペンティスが絶叫しながら駆け寄る。



「ギムレット婆さん! おい、どうしたんだ! なあ、ばあさん!」







 元軍医として活躍したという村民の家に駆け込み、ギムレットを診てもらった。

 運んでいる間、ギムレットの体温は下がっていき、既に虫の息だった。

 竜人用のベッドに寝かされた彼女はとてもか弱く、いつもの覇気はない。



「オルクスのおっさん! 婆さんは助かるのか?」

「落ち着け、ペンティス。詳しいことは専用の機械で診断してみないと分からないが、おそらく何らかの悪性腫瘍に侵されているだろう」

「で、助かんのかよ」



 村人の両肩を掴み、揺らす。

 助かるって言ってくれよ!

 しかし、首を振って否定された。



「もう手遅れだ。ワシには、どうにもできんわい」



 申し訳なさそうに肩を落とした村民を無理矢理追いやって、ギムレットの手を握った。

 そこで、ハッとさせられる。

 外よりも冷たい体になっていた。



「ペンティス……?」



 細める目の焦点は定まっていない。

 皺だらけの手をペンティスの両手で包んで、必死に叫んだ。



「そうだ、俺はここにいる!」

「これを……あなたに」



 力なく呟くと、ポケットから小さな手帳を取り出し、それをペンティスに手渡した。

 震える手で受け取り、ギムレットに問いかける。



「なんだ、これ」

「修理と操縦の方法をまとめた手帳よ。ごめんなさい……トラオムが、空を、飛ぶ、ところ……みれなくて」



 言い終わると同時に持ち上げていた手は脱力し、目が閉じられた。

 最後の息が口から抜けていき、頭が横に倒れる。

 小さな老婦の手を握り締めて、心から悲しんで泣き叫んだ。

 身体が震え、妙に熱をもった涙が止まらなくなった。

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