164 終戦に懸ける想い
神殿がある上層から下層に降りると、人垣ができているところがあった。
周りを見渡せば、難民キャンプがいくつも出来上がっているのだが、人の気配が薄い。
群衆に近づいたことで、中心にいる人物が判明した。
アルティアが人々の世間話を聞いているみたいだ。
側の宿屋の壁に、つまらなそうに凭れているメリディスがいる。
俺はアルティアから見えるように立つと、気付いて手を振ってくれた。
それから皆にお辞儀をして、群衆を抜けてくる。
「ミミゴン様、教皇とのお話は済んだのですね」
「ああ、ばっちりだ」
「では、高台の方に移動しましょう。私が案内しますよ。メリディス、こっち!」
背の小さい彼女は手を大きく振って、メリディスに気付かせる。
気付いたメリディスは歩み寄ってきたが、側にいる俺に警戒心剥き出しの目を向けてきた。
それに察したアルティアは、困り眉で呆れていた。
下層の中でも、難民キャンプを見渡せる丘があった。
アルティアは柵を掴み、前方に広がる密集したテントを見ていた。
「改めて、自己紹介しませんか」
踵を返して、俺とメリディスの交互に視線をやる。
二人とも頷いたのを見て、満足そうに微笑んだ。
白い軍服を着た竜人の少女アルティアが、胸に手を当てて自己紹介を始めた。
「私が、ドラコーニブス・アルティアです。神都ユニヴェルスの特別地方管理官を担当しています。よろしくお願いします」
白手袋を握手の形にして差し出す。
その右手を握って、互いに親しみを感情を伝えた。
あどけない童顔に見えるが、秘めたる王の資質を引き継いでいる。
現に、難民たちからはかなり信頼されているようだった。
アヴィリオス教皇も、彼女には一目置いている。
〈彼女は、デザイア帝国皇帝アルファルドの次女ですー。第二帝位継承者ですねー〉
助手が割って入るようにして、紹介を補完してくれた。
ていうか、助手がそういうことをするなんて珍しいな。
〈出番が欲しいのでねー。さあさ、気にしないでー〉
次に、アルティアはメリディスの紹介を始める。
「こちらは、メリディスです。特別護衛騎士として、私の御側付きになってくれました。ね、メリディス」
紹介されても、無表情のままでいた。
青が強い紫の軍服で、目と鼻立ちがきりっとしている。
妖艶の美女なのだが、近づき難いオーラを発していた。
背中には、これまた冷たく光る太刀を背負っている。
なんというか、アルティアと行動を共にしているのが不思議なくらいだ。
傍からは真逆ともいえる存在に見えるが、彼女たちは絆で結ばれているのだろう。
〈アルティアは強い娘ですがー、メリディスはもっと強いですよー〉
助手は、彼女たちのステータスをのぞき見したのだろうか。
まあ、外見から溢れる雰囲気で強さは分かる。
特別護衛騎士の名に見合った実力の持ち主だ。
メリディスに近づいて、握手をしようと手を伸ばす。
「よろしく」
まるで無関心な様子で、「ああ」とだけ呟く。
仕方なく、寂しげに手を引いた。
「ちょっと、メリディス」
「いや、いいんだ。俺が踏み込みすぎた」
アルティアは注意したが、当の本人は右から左へと聞き流していた。
お前なんか認めないぞ、と訴える眼光を突き付けられ、顔を逸らされた。
厳しいが、二人の関係性を認めるしかない。
最後に、自分自身を説明した。
「俺は、ミミゴン。エンタープライズ国の王様だ。よろしく頼む」
「エンタープライズ、という国はどういったところなのですか?」
アルティアの純粋な質問に、快く答える。
エンタープライズは、グレアリング王国の南に位置する小さな国。
「エンタープライズは、なんといっても様々な種族が生活しているのが特徴だ」
「すごい、私が目指す理想の国ですよ。種族間のトラブルはないのですか」
「完全にない、ってわけじゃない。でも、ほんの少しだ。人種や性別なんて問わない、どんな存在でも国民になれる。それが、エンタープライズ」
それを聴いて、アルティアの目が潤んだような気がした。
ゆっくりと歩いて柵に手をかけ、下を見渡す。
何人もの難民を抱えた下層だ。
「私が、皇帝になることはありえません。ですが、少しでも国を変えられる存在にはなれると思っています。早く終戦して、人間と竜人が手を取り合う未来を築きたい。行き場を奪われた者たちが集う神都には竜人やドワーフ、そして人間がいます。難民キャンプという場所ではありますが、彼らは仲良く暮らしています。私はいつか、デザイア帝国を……エンタープライズのような国にしてみせます。種族間の争いがない平和な国を」
「そのためにも、俺は魔女を倒さないとな。そして、アルフェッカ殿下を止めるのは、あなたに任せますよ、アルティア殿下」
「ええ、お任せください。私が、お姉様を止めてみせます。それと気軽に、アルティアと呼んでいただいて構いませんよ」
アルティアが口元を綻ばせた途端、メリディスが怒りを伝えるように、太刀の柄を握り締めた。
「呼び捨てなど、許せません」
「分かってる、呼び捨てはしない」
「それでいい」
「もう、メリディス。ミミゴン様は、王様なんですよ。よいではありませんか」
「よくありません、アルティア様。こいつは、とても怪しい。アルティア様の身に、もしものことがあれば」
「そんなことはありませんよ、メリディス。いい加減にしないと置いていきますよ」
アルティアの警告に、メリディスはポカンと口を開けた。
両手を胸の前で、小刻みに振って否定を伝える。
「それだけは……」
「なら、呼び捨てでも構いませんよね」
「も、もちろんです、アルティア様。ミミゴン、貴様だけは特別だ。呼び捨てする権利を与えてやる」
「いや、呼び捨ては……」
「メリディス、威圧も控えてくださいね。ミミゴン様にも、私と同じ態度を心掛けてください。理解できましたか?」
微笑するアルティアが、メリディスに迫る。
顔を青くするメリディスは頭を下げた。
メリディスはここにいる誰よりも背が高いというのに、存在感は縮こまっている。
実力はあっても、アルティアには勝てないのだな。
彼女がアルティアに見せる忠誠心は、ただの主従関係ではない。
もっと奥深い……命の恩人とも言うべき関係性に思える。
これは、お笑い芸人だった頃の俺が、師匠に尽くしていたあの頃に似ている……?
うん? 俺に師匠なんていたのか?
転生前の記憶を思い出そうとするも、何も脳内に浮かばない。
思い出すのは、俺がお笑い芸人だったことくらい。
〈どうしたんですかー、ミミゴンー。師匠がいたって言っていたじゃないですかー〉
あれ、そうだったか。
何にしても、記憶が薄れてきている気がする。
くそ、早く元の世界に帰らないとな。
あの後、メリディスは落ち着き、一応態度は慎ましくなる。
ただ、アルティアがいなくなった途端、恨めしい目で睨んでくるようになった。
一言でも声を発したら、背中の太刀を引き抜きそうだ。
下手に刺激しないようにしよう。
こうして、一日は無事終わった。