18 鬼は考える
「昔々『別離の大戦』と言われる種族同士の、ケンカがあったの。何が目的か。全人類を統治するための、支配権を求めて争ったのよ。竜人は身体能力を活かし、人間はアイデアと技術を活用し、魔人は優れた魔力を活かし、鬼人は……身体能力を活かし」
「えー。他に特徴がないの?」
焚火が似合う夜、木が囲い鬼人が集う村落で子供たち相手に、ニーナは昔話を語っていた。
『別離の大戦』は私たち鬼人にとって、恥ともいえる歴史。
なにせ、鬼人は竜人と比べて弱い。
体格や運動神経でも、竜人に負けている。
人間に勝る発想力は無いし、魔人を圧倒する魔力だってないし、ドワーフに力では勝っても技術力で負ける。
鬼人以外の少数民族と呼ばれているものも同様、4種族――人間・竜人・ドワーフ・魔人――に追い付かず、恥ずかしい歴史と語ることになる。
「で、鬼人はどうなったの?」
「戦いに挑んだ鬼人は敗れ去り、次々と数を減らされ、今に至るのでした。おしまい」
「だから……こんなに少ないの、ぼくたち」
「分からないよ。どこかで生きているかも知れないさ。さあ、レラ自慢の手料理食べて、今日を終えるとしよう!」
「みんなー! 食べるよ!」
私が作った料理を待ってました、とばかりにガツガツ食べている。
私達、鬼人といっても見た目は人間。
髪はちゃんと頭部に生えている……けど、決定的に違うのは「角」。
頭に小さい――髪に隠れるほど――角が二本、付いている。
私もニーナ、子供たちは髪に隠れて見えないけど、成人した男性は少し目立つ大きさになる。
これが鬼人。
特徴は……竜人とかぶっているから、あまりない。
それを受け入れたうえで、この子たちも育っていく。
それにしても、本当に美味しく食べてくれるなー。
この子たちは鬼人を継ぐ戦士。
厳しい世界に負け、鬼人という種族を決して絶やしてはならない。
世界と闘う戦士だ。
ざっと村を見渡しても、50人程度しかいない。
ニーナの言う通り、どこかで生きているんだったら合流したい。
成人の男は猟に出て、少ないから寂しい。
村長の娘として皆を支え、暮らしやすい生活を目指すんだ。
ニーナは鬼人なら全員生えている、小さく赤い二本の角をさすりながら。
「やっぱり、あの話を聞かせたくないんだよなー。いくら、恥をかかぬよう努力しましょう、と伝えたいからって語り継いでいくべきじゃないんだよね」
「次の世代に語り継いでいくべきだよ。多分、忘れたら……他の種族をあまり知らない鬼人が、傲慢になって、調子に乗って、そして滅びるんだ」
「怖いこと言うなよ! ま、まあ確かに、そうなるかも知れないね。こうした伝承って、戒めの意味も込められているのかな」
「だから継いでいくの。はい、これニーナのぶん」
「悪いね、レラ。子供たちの世話で、今日もクタクタだよー」
料理が盛り付けられた器を渡す。
今日の料理は、男たちが狩ったスタミナ満点になる魔物の肉を使用した。
それにしても男たちの帰りが遅いなー。
なにか、あったのかな?
「レラ! 村長を呼んでくれ!」
「クラヴィス!」
大剣を担いだ大男クラヴィスに、大斧の扱いが上手いトウハが帰ってきた。
二人は狩猟において最も活躍するリーダーでもあり、仲のいい兄弟だ。
鬼人たちを率いて、食材の魔物を狩りに行っているはずなのに、他の鬼人が見当たらない。
テントの中にいる村長を呼び、杖をついて歩いてきた。
村長が、クラヴィスたちの姿を見つけると慌てて寄ってくる。
「傷だらけで……猟にも時間がかかっていたが」
「大変です、長。魔人に発見されました!」
「なんじゃと!? グッ、そろそろここらで限界か。クラヴィス、トウハよ。お前たちだけでも帰ってきてくれて嬉しいよ」
「何を言ってるんですか。皆、無事ですよ!」
魔人に追われて無事?
今まであいつらに見つかって、何人もの死んだというのに?
「もうじき来るはずです。ニーナ、レラ! 仲間の傷を治す準備を始めてくれ」
呆然としているうちに奥の方から、ぞろぞろと狩りにいった鬼人たちが出てくる。
腹に手を当てて、出血を止めていたり、涙を流していたり、どこか傷を負っているようだ。
さらには目を疑うような光景が広がる。
箱の後ろから数本、光沢のある手? が飛び出ていて、先には鬼人たちがぶら下げられている。
箱が四輪のタイヤを回して、近づいてきた。
箱と言っても、村長のテントにあった大事な物が入っていた宝箱、というのに似ている。
「何、あの走る箱は?」
「紹介する。僕たちの命を救ってくれた、救済者様だ」
クラヴィスが明かしてくれた、謎の来訪者。
ただただ不気味で怖くて頭に、生活が変えられるぞ、と警告してくるような気がする。
これが嫌な予感……なの?
金属の手が開いて、手負いの状態である仲間を丁寧に解放する。
ニーナに急かされ、負傷者を私のテントへ運んでいく。
クラヴィスやトウハも手伝い、村で私が役立てる回復系スキルで、傷を癒して痛みを和らげる。
スキルで、私の手に癒しの効果を付加させ、傷に触れるだけで傷口を治していく。
スキルの方が、自然治癒力で治すよりも素早く作用し、かさぶたも作ることなく綺麗に治る。
一通り治療したところで、村長が私を呼ぶ。
ニーナが、テントに残って負傷者を見てくれるそうなので、村長のもとへ向かう。
「いやー、私たちを助けていただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
村長の言葉に続いて、周りの鬼人たちも感謝している。
「実はここへ来る最中、争っている音が聞こえてな。そしたら、魔人にやられていたようで。すぐに追い返してやりましたよ」
「本当に助かったよ。あの、名前は?」
「……ミミゴン。ミミゴンという。よろしく」
白く光る手を握らせてくる。
握手だろうか。
皆、その冷たい手を握り返し歓迎する。
私は、箱の正体について聞いてみた。
「あ、私、レラといいます。その、箱は……もしかして、ロボットというものですか?」
「レラ、よろしく。その通り、不思議な箱をしたロボットだ」
「ロボットってほんとにいるんですね! 会えてうれしいです!」
「レラ、ロボットって?」
トウハが質問してくる。
村人のほとんどが聞き慣れない単語、ロボットについて語った。
私が知っているのは、ここを訪れる商人に聞いた話で、大きな国にはロボットというのが、人々の生活を支えているらしい。
掃除をしたり、洗濯をしたり、中には狩猟までするロボットも存在するそうだ。
これらの耳にした情報を、トウハたちに教えた。
「あなたは何をする、ロボットなんですか?」
「俺は戦うロボットだ」
「魔物と戦うロボット……道理で強いわけだ」
「兄さん、何納得してんだよ。俺たち、ロボットに負けてんだぞ! 悔しくないのか!」
「トウハ、落ち着け。すまない、ミミゴンさん」
「いやいや。それより鬼人が、魔人に襲われる理由を知りたい」
「分かりました。話しましょう」
村長がミミゴンに、事の顛末を物語る。
私たちが襲われる理由。
それを語るのに重要なキーワードは「精神刺激石」。
精神刺激石は、魔人が生み出した最悪の石。
鬼人に、その石を近づけさせると角が伸び、肉体が大きく変化する。
より逞しく、鍛えられた肉体に。
そう聞くと良いかもしれないが、まず進化するには才能が必要。
無い者は進化せず、激痛で苦しみ息絶える。
そもそも才能をもった鬼人なんていない。
いたら、村の英雄になれる。
こんな嘘みたいな話をある日、狩りに出ていた鬼人は魔人に聞かされ、鬼人の力を求めて、誘拐されるようになった。
奴らは「鬼人こそ我らの石が似合うのだ」と訳の分からないこと言って追い回され、見つかるたびに場所を変えて生活する。
こんな生活は嫌だと誰もが思い、だけども誰も奴らを倒そうとはせず、逃げ続けている。
そして減っていく。
連れて行かれて死んだのか、進化したのか。
村長は語り終え、ミミゴンはただじっとしている。
動かないので考えているのか寝ているのか、容易に想像できないのが怖かったが。
「……というわけです。じき、奴らに発見され、ここを襲うでしょう。準備をして、離れる用意をしなければならないのが現状。困ったことが毎日ですよ。どこが安全で、どのルートでいくのか、など勘で進まないといけないわけですし」
「実を言うと、そのことでここに伺ったんだ。鬼人たちに住居の提案をしに」
「住居の提案? どういうことです?」
「俺は今、国を建てようとしていてね。そこに住む国民を募集しているんだ。どうかな、安全で幸せの生活を確保できるが」
国を建てるロボット?
このロボットが治める国ってこと?
「名は、エンタープライズ! 人種の壁を越えた、自由の国をつくる!」
「……喜ぶべき話ですが」
「本当か、どうか分からない。そこに連れていかれると、魔人が待ち構えているかもしれない」
「トウハ、疑うことを慎め。僕らの恩人だぞ」
「兄さん! なぜ疑わないんだ。怪しいだろ!」
「冷静になって、トウハ!」
私がトウハを落ち着かせ、村長は顎を掻いて考えている。
私たちが意見を述べても、最終的に村長が決定する。
今まで、そうだった。
けれども、この件は慎重に検討すべきだと思う。
トウハのいう事も一理ある。
村長は口を開く。
「私に一度、見せてはいただけないでしょうか。そこで判断させてほしいのです」
「オッケー! すぐに連れて行くぜ。準備が出来次第、声をかけてくれ。村長だけじゃない、皆もどうだ?」
「私も、ついていっていいですか?」
「俺もだ。不安でしょうがない」
「僕はいい。魔人に備えて、村を守っておこう」
クラヴィスは、付いていかないようだ。
「決まったか? じゃ、俺に触れてくれ」
宝箱に手を添えると突然、視界が光に覆われた。
次の瞬間、目の前には、いつもの森ではなく高くそびえる城があった。
神業的な城の周りには、平坦な草原が続いており、ここだけ別世界かのように思える。
このロボットは何者なの?
疑問と不安がより濃くなった夜である。




