163 課せられた使命
ここは窓一つない部屋で、聴かれたくない話をするには正にピッタリの環境だ。
椅子が二つ、赤い絨毯、ただそれだけ。
味気ないというより、底冷えする恐怖を煽ってくる部屋だ。
この教皇に拷問でもされるのだろうか。
そして、話が切り出された。
「ボクは、アヴィリオス。下の名前は、マーテラル。名が、マーテラルとは誰にも知られていません」
「じゃあ、なんだ……教皇は神様なのか。世界の創造神マーテラルとでも」
冗談でも言われたのかと思って馬鹿にしてみたが、どうやら本当らしい。
彼は自虐気味に笑って、頷いた。
椅子に腰掛けると、俺にも座るよう促される。
従うことにして、俺も腰を落ち着けた。
「二代目マーテラルという役割です。先代は、エルドラード帝国を滅ぼした後、ボクに使命を与えて、消えてしまわれた。エルドラード帝国、もちろんご存知でしょう」
「エルドラを中心にした世界最大の帝国。あれも千年前か」
先代はエルドラード帝国を滅ぼした、と教皇が口にした。
ということは。
(あの白衣の人間は、神マーテラルだったのか。だとしたら、あの強さも納得だな)
エルドラは感心して、手を叩いた。
『念話』で伝わってくる声色から、敵討ちをしてやろうというような想いは感じられなかった。
まあ、仕返ししようにも、既にこの世にはいなさそうだ。
教皇が言ったように、使命を与えて消えたそうだし。
「マーテラル様は、そこらにいるような人間のボクに使命と永遠の寿命を与えた。なぜ、ボクなのかは分からないですけどね。さて、使命というのはですね、簡単に言えば世界平和です。この世界を、破壊する連中から守るように頼まれました」
「世界を破壊する連中ってのは」
「おそらく、法則解放党という組織でしょう」
乃異喪子を長とする謎の集団。
ラオメイディアが悲しき現実を背負わされることとなった。
奴らの目的は、世界の破滅なのか。
法則解放党のメンバーが、グレアリング王国に現れた際、リーブ王の息子トリウムはこう言っていた。
『この世界には中核があるからこそ人がいて、魔物がいて、命があって、スキルがある。俺たち、法則解放党は、その中核のプログラムを書き換え、生きやすい世界にするんだ』
破壊と言えば破壊だが、これはシステムの破壊だ。
人類滅亡とかいう類のものではない。
この世界を創造した神は、システムを変えようとする者に怒りを覚えるはずだ。
だから、アヴィリオス教皇に願いを託した。
先代マーテラルは何らかの理由で、消滅しなければならなかったんだろう。
「法則解放党は、ラオメイディアが幼い頃には存在している。ということは、70年くらい前に組織されたのか」
「ええ、おそらく。ですが、リーダーの乃異喪子はずっと以前から存在しています。彼女がもたらしたと思しき伝承が、いくつか残っていますからね。乃異喪子は世界を破滅させるために、法則解放党という組織を結成した。君の脳内は、疑問でいっぱいでしょう」
「おかげさまで、パニック状態だよ」
頭を抱えると、手に硬い感触を得た。
今、竜人の姿だから角に触れているのか。
ハテナが、脳味噌で踊っている。
間違い探しであと一個、というむず痒さに襲われている気分だった。
そんな俺を小馬鹿にするような息を吐いて、教皇は顔を近づけてくる。
「ボクの狙いは、法則解放党を壊滅させること。そのためには、デザイアリング戦争などという不毛な争いに幕を下ろさねばなりません。種族間で争っている場合ではないのです。君の力で終戦させ、世界を統一してください。真の敵を倒すためにも」
「ああ、わかったよ。やるしかなさそうだ」
「法則解放党の所在地は掴めていません。神出鬼没なんですよ。ですが、魔女討伐に赴けば、奴らの尻尾を出させることになるはず」
「どういうことだ?」
まさか、デザイアリング戦争に法則解放党が関わっているというのか。
傭兵派遣会社が戦争を長続きさせていたのにも、奴らは一枚噛んでいた。
教皇は目を細めて、悩むように語る。
白い布で顔が隠れていて、実際に目を細めているのかはわからないが、そんな気がした。
「アルフェッカが奇妙な行動を起こし始めたのは、6年前。魔女と出会ったのも、その年ですが、以前から行動の内容ががらりと変わったのです。彼女の職は監察官。元老院や国勢の調査が主な業務だったはずの彼女が、突然戦争に関わり始めた。いつの間にか、戦場の最高指揮官にまでなっていた。誰かに唆されたのではないか、と」
「誰か、というのが法則解放党ってわけか。うーん、そうかもしれないな」
法則解放党は、アルフェッカに接触して、戦争を長引かせたといいたいのか。
傭兵派遣会社も、同じように戦争を長引かせることが狙いだった。
グレアリング王国、デザイア帝国は国の情勢を操りやすい。
新都リライズは戦争ビジネスで、甘い汁をすすることができる。
国家が得している理由は分かるが、法則解放党の利益は不明だ。
裏から国を支配しやすいという理由はあるが。
ここで考えても、答えは出ないな。
俺たちが動き出すことで、デザイア帝国に隠れた法則解放党のメンバーを炙り出せるかもしれない。
「とにかく、俺は魔女を倒す。アルティアが、アルフェッカを止める。戦争終結に近づく。すると、法則解放党のメンバーが現れる……かもしれない。そいつを捕える。そういう流れだな」
「まとめてくれて助かります」
ここに入る前の邪悪な笑みではなく、嬉しそうな笑顔を浮かべている……と思う。
理解者が現れて、安心しているようだ。
「やはり、マーテラル様は見抜いていたわけですね。ミミゴンは救世主であると」
「そういえば俺と会うために、千年を待ち続けたって言っていたよな。そのマーテラル様ってのは、俺がここに来ることを見通していたのか」
「ええ、聴いた通りの人物で驚きました。性格とかは知らされていませんが、エルダードラゴンに名付けられた擬態宝箱。スキル『ものまね』で世界最強の機械が国を治める、と」
なんだ、そのライトノベルのタイトルみたいな紹介は。
だが、満更でもない顔になってしまう。
マーテラルという神様は千年も前に消えてしまった。
なのに、千年後に俺が現れることを予言していた。
アヴィリオス教皇には俺に頼るよう、伝えられていたのだろう。
普通の神様ではないな、怪しすぎる。
「俺に任せてくれ。戦争を終わらせてやる」
「ええ、その心意気ですよ」
「で、肝心なのはここからだ。ここまで話を聴いたんだ。終戦まで持ち込ませたら、教えてくれるんだよな……異世界からの脱出方法」
返答されるまで、教皇を視界から逃さない。
気迫も溢れさせ、体全体で訴える。
こうしても、彼は微動だにしなかった。
さすがは千年も生きた教皇、肝が据わっていて全く動じていない。
その姿から、俺は確信させられた。
こいつは、本当に知っているのだと。
「それが報酬です。君を本気にさせる方法も、先代に教わりましたから。マーテラル様から託された伝言こそ、元の世界に帰る方法です。約束しますよ。なんなら、指切りでもしましょうか。小指を切り落として、君に渡します」
「そこまでは求めてねぇよ。っていうか、そんな意思表示の手段、この世界にもあんのかよ」
「お優しい方で良かったです。では、アルティアと合流してください。下層の宿に、彼女たちがいるはずです。着いて早々ですが明日、出発です。決して、油断されないように。ミリミリ・メートルは本気を出していませんからね」