終わりの始まり
「ったく、派手にやらかしてくれたわね」
二人の人影が、崩壊した傭兵派遣会社に侵入する。
瓦礫で塞がれた通路を、黒髪の女性が軽くこじ開けた。
女性の後に続いて、背の低い緑髪の少女が進み入る。
「乃異喪子様、前方に敵が」
闇から出てきたのは、ダイナミック・ステートだった。
全身を覆う真っ赤なスーツは、複数の傷が目立つ。
エンタープライズ国防軍にやられた痕だと、乃異喪子は推測する。
それから死んだふりをして、今更生き返った臆病者ということも。
「へぇ、てっきり全滅したものだと思っていたわ。ラオメイディアへの忠誠心が厚いみたいね。こんな場合でも、あの部屋を守ろうとするもの。立派ね……心だけは」
ダイナミック・ステートは沈黙を貫き、『電光石火』で乃異喪子の前に瞬間移動する。
次に右腕を伸ばして『空間圧縮』で、乃異喪子全てを捻り潰そうとした。
「なるほど、これが天才ドワーフの発明というわけね。残念だけど……」
周りの空間が強力に捻じ曲がっているというのに、動じることなく腕を伸ばす乃異喪子。
そのまま、敵の首根っこを締め上げた。
「私のほうが、上よ」
掴んだ首を引きちぎって、頭部と胴体が分離する。
魔物の血液が詰まったスーツが破裂して、血の噴水が出来上がった。
絶命したダイナミック・ステートを投げ捨てて、階段を下りて行った。
「酷いわね、これは」
顔を歪め、困惑する乃異喪子は破壊し尽くされた部屋を眺めていた。
部屋の中央には、巨大な筒が設置されている。
筒も破壊され、穴だらけだった。
「ローゼ、VWAは生きてる?」
「はい、中のデータは無事のようです」
「そう、よかったわ。じゃあ、中身を取り出すわ」
電子部品などが丸見えの穴に、手を突っ込んで探る。
感触を頼りにし、しばらくすると目的の物を取り出した。
外見は石板を思わせる黒い箱だった。
「ここに戦闘データが収められているわけね。それに、AIそのものの頭脳も。おまけに、エンタープライズの戦闘データも入手できたわ。良いこと尽くめね」
箱をローゼに渡して帰ろうと思った矢先、着信音が鳴り響いてくる。
ローゼが、点滅するスマホを差し出してきた。
「あの方から、お電話です」
スマホを受け取り、受話器に耳を当てた。
途端に、相手の声が聞こえる。
相手は乃異喪子に何かを尋ね、すぐに返事をする。
「はい、乃異喪子です。はい、とても助かりました。戦闘データも回収してあります。さすがは、ボスです」
相手は返事に満足し、話を続ける。
乃異喪子は嬉しそうに報告した。
「ええ、新都リライズで仕掛けた罠は無事、発動したようです。これで、新都リライズは半壊しました。おそらく今後、一つになろうとするでしょう。ええ、転生者も釣られて姿を現しました。女王と転生者は、法則解放党に敵意を抱くでしょう。それに傭兵派遣会社から視線を逸らしました。おかげで、こうしてデータを回収できた。
傭兵派遣会社は、エンタープライズによって。ラオメイディア……逃がした魚は大きいと言いますが、所詮ボスの支配下です。まさか、ボスのシナリオ通りだとは思っていないでしょう。……死体ですか? 激しい戦闘ゆえに、骨さえ残らなかったようですね。ええ、社長室には大きな爆発の跡が。
第一研究所の研究者は捕らえました。ええ、解決屋のハンターに紛れた部下がやってくれました。これで、モークシャとダイナミック・ステートの技術が手に入ります。世界は順調に、あなた様の物となっていきます。
エンタープライズですか? 既に、部下が潜入しています。ええ、しばらくは放っておいて問題はないかと。デザイアリング戦争に参戦することができないくらい弱っています。動くとなれば、ミミゴンという王様……それからラヴファースト、アイソトープの二人でしょう。確か、ボスの右腕が興味深いことを話していましたね。エルダードラゴンが率いる帝国があったと。はい、エルダードラゴンは確認できていません。この世にはいない存在、と捉えていいでしょう。引き続き、エンタープライズの様子を探ります。
あとは、デザイアリング戦争ですね。そうですね、大魔法使いの存在が厄介。ですが、手は打ってあります。ええ、そろそろ好機が到来するでしょう。法則解放党は……一枚岩ですから。そろそろ露出していこうかと思います。
ええ、それでは……」
真に悪を裁ける者はいない。
この世に絶対悪はなく、必要悪で循環しているから。
悪を裁く者もまた、悪である。
もし世界に神がいれば、人はどうするべきであるか。
答えは簡単。
神の従順な僕となるべきだ。
私たちが目指すのは、神そのもの。
神は絶対悪を設定し、人は悪を初めて認識するようになる。
そうなれば、この世界は終わり。
法則解放党は、世界を終わらせるために活動する。
世界に終末が訪れることによって、元の世界に帰ることができるからだ。
帰ったら、何しようかしら。
だって、この力を持って帰ることができるのよ。
そうね、まずは……政府関係者に復讐しよう。
思い知らせないと、理解できない奴らだから。
乃異喪子たちは本社から退出する。
「グレアリング王国、デザイア帝国を攻めるわ。私たちの戦いはこれからよ!」
世界の住人は今、最高な未来を味わっている。
最高の。
最高に。
最低の。