160 ヒストリー エルドラード帝国
「この前、ゼゼヒヒと話したことを覚えているか。イーデン・ラストフォールという人物について、だ」
「エルドラが認めた世界最高の医者。究極スキルで皆を救った、と喋っていたな」
イーデンという者が、瀕死のエルドラたちを助けた。
彼だけが使える究極スキルで。
話を聞いている限りでは、こういう想像になるが。
「まずは、我らについて知ってもらうか。1000年前に滅んだエルドラード帝国を」
前ノヴァテーラ時代にまで遡る。
今から、1000年もの昔に起きた出来事だ。
世界は、とても豊かだった。
種族は争いあうこともなく、協力して生活をしている。
各地には魔物が現れ、人同士が争う暇はなかったといっていい。
時折、どこからともなく出現する魔神獣。
建国しても、人々は住処を追われた。
いくつもの国ができて、いくつもの国が消え去っていく。
そんな中、立ち上がったのがエルドラ一行である。
各地で強力な仲間(後に"七生報国"と呼ばれる者達)を集め、建国したのが【エルドラード帝国】だった。
世界には、片手で数えられるほどしか大国がない。
どこも難民問題で頭を悩ましていたが、エルドラード帝国が現れた途端、それらの問題は解決された。
エルドラは広い心で、難民を受け入れたのだ。
そうして、世界は順調に進んでいた。
かと思いきや、他の大国がエルドラード帝国を目の敵にしていたのだ。
理由は難民が少なくなったことによる労働力不足。
それにエルドラード帝国が進んで魔神獣を討伐するものだから、大国は暇を持て余している。
何より、王の力を誇示できなくなっていた。
自国民も帝国に流れていくものだから、国力が衰退しているのは目に見えていた。
こうしたことが原因で、エルドラード帝国を除いた大国は共に結託。
時代は、エルドラード帝国打倒となっていた。
争いは突如として発生。
戦いは止まらなくなり、いつの日か戦争に名前が付くこととなる。
人と世界が”別離する戦争”……『別離の大戦』と。
「敵国はぼろぼろ、戦力なんてほとんど残っていない時期のことだ。ある日、重なる戦の日々に疲弊した我らの帝国へ、一人の男が訪ねてきた。名前は不明、種族は人間で白衣を身に纏った人物だ」
「たった一人? ラヴファーストたちも当時、強かったんだろ。負けるはずがない」
「あれは強いなんて次元ではなかった。初めて、自分が自惚れていたことに気付かされた。あれだ……井の中の蛙大海を知らず、というやつだ」
「そんなに強いのか。もしかして、転生者なのか」
「……分からないのだ。転生者かもしれないし、じゃないかもしれない。言葉で表しにくいが……なぜか親近感が湧いたのだ」
エルドラたちは転生者を葬るほどの力を持っていた。
事実、攻めあぐねた大国は転生者と呼ばれる存在を集結させ、一斉に帝国を攻撃させたのだ。
それでも、エルドラード帝国は返り討ちにした。
それほどに強大な力を有していたのだ。
なのに、一人の人間にあっさりと敗北した。
オルフォードは悔しさを含めた声で語る。
「手も足も出せなかった。我々、七生報国はな。なんとか対等に戦えたのは、エルドラだけじゃ」
「いや、あれは戦いにすらなっていなかった。無駄に遊ばれただけなのだ。まるで、我を殺したくないという目で見つめながらな」
エルドラード帝国は一夜にして滅亡。
そこにいたのは、エルドラと正体不明の人間だけだった。
七生報国は地面に這いつくばっているしかなかった。
エルドラは全身に傷があったが、相手は無傷。
勝てない相手であることは明確だ。
それでも諦めなかった。
最後の最後まで仲間の為に戦い抜いて、封印されてしまう。
七生報国は皆、死んでしまった。
ただ辛うじて生き残っていたのが、イーデン・ラストフォールだけだった。
死ぬ間際、ある究極スキルを発動する。
「それは、魂に似た"偽の魂"を時間で生成するというスキル。『リザレクション』だ」
時を犠牲にして、新たな命を創り出すスキル。
まず、イーデンは1年分の眠りについた。
1年後、1年分の魂で復活させた彼は、次に仲間を復活させるための準備に入った。
最初に、七生報国の一人ひとりを各地の秘境に封印する。
誰の手にも触れられないような場所を探し求め、見つけた先に墓所を建てた。
墓所の中に死体を置き、『リザレクション』を発動。
七生報国としての力を取り戻すためには、800年ほどの年月を必要とした。
800年分の時を代償に魂を創り出し、イーデンは外からでは開かれないよう厳重に封鎖する。
この状態でラヴファースト、アイソトープ、オルフォード、マルスルリール、ミリミリは封印されることとなった。
「ついでに吾輩もだ」
どうやら、ゼゼヒヒにも同じ処置を施したようだ。
肝心のイーデンは1年後に死んだ。
なぜ、1年分なのか。
自分が活動できるようになる最低限の代償であり、七生報国を守るためである。
そして、封印されたエルドラを助けるためだ。
「それにしても、よく1年もの間、誰にも触れられなかったな」
「うむ、運が良かったというべきだ。あの戦いが終わった後、エルドラード帝国は封鎖されてな。誰も入ることはなかった」
さて、ここからが重要である。
どうして、弱体化しているのか。
エルドラは答えてくれた。
「『リザレクション』によって形成された魂は、人のそれとは異なるのだ。スキルを使用したり、魔力を消費すると魂のエネルギーが消失していくのだ。更には、レベルを上げることもできない」
傭兵派遣会社での戦いでは最初に奇襲された後、ラヴファーストとアイソトープの力が弱まっていた。
「単刀直入に言うと、彼らはレベルが下がっていく一方なのだ」
「全力を出すと弱体化する、ということか!」
「これまで上げてきたレベルを消費して、ここに立っているようなものだ。最近、戦闘することが多いから、一気にレベルが下がっている」
「……レベルを消費すると、ステータスも低くなるということか」
エルドラは頷く。
戦えば戦うほど弱くなる。
失った命を取り戻すには、それだけの代償が必要ということか。
レベルを上げることはできないというが、もしかしたら。
と思考すると、助手が口を挟んできた。
〈再び『リザレクション』すればいいと考えましたかー?〉
不可能なのか?
〈はいー、不可能ですー。『リザレクション』によって形成された偽の魂に、『リザレクション』は無効ですー〉
レベルが下がる一方だと言うのなら、最後は1で止まったりしないのか。
〈止まりませんねー。0ですー。つまりー、魂の消滅ですねー〉
死ぬということか。
対策としては、もう戦わせないことか。
「俺たちに戦うな、と命令するつもりか、ミミゴン様?」
「ラヴファースト。顔に出てたか」
「それは無理な命令だ。断らせてもらう」
呆れた口調で否定される。
ラヴファーストは、ここにいる者の気持ちを代弁するように言い放つ。
「戦わずとも、いつかは死ぬ運命にある。だったら、戦って死ぬ方が本望だ」
「死ぬのが怖くないのか」
「本物の俺は、既に死んでいる。今の俺は、ラヴファーストの記憶を持った偽物でしかない」
というが、正直に言って戦わせたくはない。
今では、生活の一部となっているお前たちを死なせたら。
残された部下は何を思うだろうか。
俺の中の本心は、全員でエンタープライズをつくることだ。
人が増えることはあっても、欠けることはあってはいけない。
まあ、散々言ったが。
「分かった、これからも命令させてくれ。ただ、極力死なない方向で……頼むわ」
これ以上、暗い空気にしたくはないため、明るく笑ってみた。
全員が俺を見て、笑顔が伝染していった。
エルドラは安心したようで。
「ミミゴンが理解してくれたなら、我は待つだけだな」
「すぐに、ここから出してやるよ」
「期待して待っておこう! ……ちょっと、ここに慣れてきてしまったがな」
周りをよく見てみたら、機械の量が増えている。
残念なことに、転がっているほとんどは失敗作のようだ。
長い首を伸ばしたエルドラが、ドヤ顔で話した。
「実は、新たにミミゴンのような機械を作ろうと思ってな」
「また転生してきた魂を入れるつもりか?」
「さあ、楽しみだなあ!」