159 テル・レイラン―3
玉座の間には俺以外、誰もいない。
深く腰を落として、玉座に座り込んだ。
安心感のある背もたれに頭を預け、肘掛けに腕を置く。
ひんやりとした感触が脳に伝わる。
一つひとつの動作を意識しながら、脳内を整理することにした。
それから、ボイスレコーダーを取り出す。
再生ボタンの上に指を置いた。
これから聴くのは、レイランの肉声が収められたデータだ。
死ぬ間際、何を思って何を感じたのか。
そして、ボタンを押し込んだ。
『はぁはぁ、今、録音されているのか? 聴こえているか、俺の声が』
ああ、聴こえているよ。
シアグリースから手渡された血塗れのボイスレコーダー。
トウハやシアグリースは既に聴いたようで「これは、ミミゴン様へのメッセージです」と言われた。
『体が熱い……それに中身が喪失していく感覚だ。意識が抜け落ちていく。だから、俺が俺である今のうちに、ミミゴンに伝えておきたいんだ』
まず、勝手で悪いけど……お願いがあるんだ。
俺の死体は、なにしてくれてもいい。
困ったら、トウハとかに殴らせとけ。
これは冗談ではない、大真面目だ。
トウハやシアグリースたちは俺に対する怒りで、頭がいっぱいだろう。
だって、迷惑かけ続けてきたしな。
それから、ミミゴンも俺に思いっきり攻撃してくれ。
鬱憤を晴らすためなら、喜んで受けてやる。
死んでも恨みはしないしさ。
俺の復讐の為に、国を動かしてくれてありがとう。
あと、法則解放党について。
ラオメイディアを殺した今、次にやるべきことは法則解放党とかいう連中を叩き潰すことだ。
ミミゴンは忙しいだろ。
俺は、この手で殴り込みに行きたい。
まあ、声を聴いて分かるように……死にかけている。
だから、代わりにミミゴンが殴ってくれねぇか。
俺の想いだけじゃなくて、ミウやエイデン、マギア村の皆の分。
それから……ラオメイディアの分も含めて。
一撃に想いを込めて、ぶつけてほしい。
スカッとする一撃を見せてほしいんだ。
もう、俺の右腕が言うことを聞かなくなってきた。
必死に落とした魔剣を拾おうと、手を伸ばしやがる。
俺の手なのに、俺は何もできない。
ああ、懐かしくなってきた。
煙草を吸っていた頃が懐かしい。
煙草の味を覚えた時期だったな、ミミゴンと出会ったのは。
思えば、俺から話しかけようと思ったのは初めてだった。
なんていうか、あの時のミミゴン……純真な瞳をしていたんだ。
復讐なんて難しいことはしていない、一つの目標をひたすら走っているような目。
……俺もさ、なりたかったんだよ、あの目を持った自分に。
あんたといれば、俺は変われる。
そして、今。
自分では気づきにくいけどさ、変われたのかな俺。
なってるかな、あの目に。
……ありがとな、ミミゴン。
楽しかったぜ、エンタープライズ。
あいつらにも感謝してる。
そうか……これから死ぬんだよな、おれ。
端っから覚悟してたんだよ。
俺は、いつか死ぬんだとな。
いまさら恐れていないさ。
いつの間にか、腹の前に切先が来てやがった。
……じゃあな。
やっぱり……死にたくない!
誰かー、助けてくれ!
俺は、まだやりたいことがあるんだ!
誰でもいい……俺を、止めてくれー!
止め、て、く……れうっ。
再生が終了する。
音声が流れなくなったボイスレコーダーを胸で抱きしめた。
果たしてレイランの想いを聞いたから、スッキリしただろうか。
いや逆だ、何もかもが。
こうして、復讐は連鎖するんだな。
法則解放党を徹底的に叩き潰す。
法則解放党をぶっ潰すまでは、異世界から帰らない。
この夢を絶対に離しはしない。
翌日、エルドラに呼び出された。
(ミミゴン……ラヴファースト、アイソトープ、オルフォード、ゼゼヒヒを連れてきてくれるか)
口調がかなり大人しい。
あの元気いっぱい馬鹿丸出しのエルドラが、ここまで悲しそうな声を発したのは初めてだ。
無視するわけにはいかない。
すぐに赴く準備を進めた。
英雄の迷宮、ここは遥か大昔に建造された。
場所はエンタープライズから少し離れ、迷いの森の奥地に存在している。
迷宮の門は、これまで開かれたことはない。
なぜなら、迷宮はエルドラの牢獄だからだ。
俺は中に『テレポート』し、エルドラ直近の部下も連れてきた。
かつて『七生報国』と呼ばれた最強の武装親衛隊だ。
「エルドラ様!」
ラヴファーストは主の姿を認めると、名前を叫んだ。
手足がある巨大な龍の姿。
エルドラは軽く手を振りながら『念話』で話を始めた。
(久しぶりだな。こうして直接会っていたのは、もう1000年も前のことか)
アイソトープやオルフォードも前に出て、頭を下げる。
「お久しぶりです、エルドラ様」
「あんまり変わっとらんの、エルドラ」
(……見た目はな。中身は、すっかり朽ち果てた。お前たちには大変、苦労をかけたな)
アイソトープは首を振って、否定する。
「いえ、微塵も思っておりません。こうして、エルドラ様のお側で、お役に立てることができれば幸いなのです」
(あまり自虐をしたくはないのだがな。愛想を尽かしたなら、いつでも離れて構わないのだぞ)
おいおい、エルドラ。
自虐させないため、俺が口を挟む。
「それ以上、言わないでくれ。ほら、困っているだろ」
(あ、すまない! 悪気はないのだ! よし、自虐はしない! 部下を困らせる自虐など、笑えないからな!)
「それで、急にどうしたんだ?」
俺は尋ねると、エルドラは力強く頷いた。
ゼゼヒヒは香箱座りをして、皆を眺めている。
エルドラは右手の人差し指を立てて、大きく丸を描き、最後に指を鳴らした。
すると薄暗かった広間に、光が勢いよく拡散した。
空間全体が光源となったみたいだ。
(さて、今日ここに来てもらったのは……我々のことだ)
「エルドラたちのこと?」
(七生報国の皆は分かっているであろう。自身の生命の変化に)
生命の変化?
エルドラの言葉を聞いて、皆が顔を下に向けていた。
誰も笑っていない。
ドッキリだとか、そんな茶番が展開する雰囲気ではない。
唇を真一文字に結んで、耐えるような表情をしている。
「何か起きているのか? 生命の変化、といったよな。どういうことだ?」
(我らがなぜ、こんなにも長命か考えたことはあるか、ミミゴンよ)
「世界の理から外れた者、とオルフォードは言っていたよな。何らかの……例えば、スキルの影響で寿命がなくなったのかと考えている」
(ふむふむ、不正解だな)
いや、不正解とか言わないでくれ。
さらっと流してほしいのだが。
(今の我らにも寿命はあるのだ。ただ、その寿命は創られた物だ)
「スキルか。無理矢理、延命したということだな」
(したくてしたわけではない……と言っては、あいつに怒られるな)
「あいつ?」
(とにかく、これまで隠してきた七生報国の秘密。今、打ち明けよう)
青色の目を鋭くして、真剣な口調で告白した。
(七生報国の寿命は尽きかけてきている。加えて、弱体化してきているのだ)
「……嘘だろ」
そう発した口が無様に開いたままだ。
驚きと疑いと信じる想いが混成する目で、エルドラを直視する。
俺は石化したように固まるしかなかった。