158 テル・レイラン―2
「ここが、レイランの生まれ故郷。マギア村だったところか」
レイランを抱き上げながら、ようやく辿り着いた村。
村の入口と思われる高所から、廃墟を眺める。
時の流れで朽ちた民家が特色づけていた。
辺りに焼き焦げた地面もある。
15年前、傭兵派遣会社の勢いが増し続けていた時代。
ルーツが魔人と人間の混血であるマギア村の人間は、人里離れたキセノン山地で生活を送っていた。
なぜ人里離れているのかというと、外の世界を恐れていたからである。
混血に対して忌み嫌うよう、教育する世界である。
そんな場所に足を踏み入れれば。
そう考えた先祖は村全体に結界を張り、子供たちには徹底して外に興味を持たないように洗脳した。
そんな村でも、幸せはあったようだ。
歩いて村を散策していると、あちこちに子供用のおもちゃが落ちていたり、読み古された本も発見した。
「これは……写真?」
写真立てが、屋根のない家の中で一際目立っていた。
半壊した扉を開けて訪問させていただき、近くのソファにレイランを寝かせる。
テーブルの上に飾ってある写真立てを手に取って、目の前に持ってくる。
埃の積もった写真に息を吹きかけて、よく見えるようにした。
〈家族写真ですねー。楽しそうに笑っていますねー〉
「写真があるってことは、カメラをどこかで手に入れたってことだよな。落ちていた木刀や本なんかは、商人から買っていたのか」
〈おそらくー、マギア村の人は村を出て、商人と出会っていたと思いますー〉
自分を偽って、定期的に物を購入していたということか。
ハンターか何かに成りすまして、調達していたわけだ。
金貨は見当たらないから、物々交換といったところか。
本当は、商人すら必要のない完全な自活を目指していたのかもしれない。
武器を自分たちで揃えることができないから、どうしても頼るしかない。
人の援助に頼らず、マギア村だけで生活することができれば、傭兵派遣会社に襲われることはなかったかもしれない。
商人の口から、村の存在が漏れたのだとしたら。
いや、その先を考えるのはよそう。
悪い方向に考えてしまう癖が出てきてしまった。
妄想は一流だな、俺は。
レイランを両腕で抱えて、村の中央広場に出た。
その景色に、脳を揺さぶるほどの衝撃を受ける。
中央広場には、剣が地面に刺さっていた。
それも一本どころではなく、何本も。
これが表しているのは、村に住んでいた大人の数ではないだろうか。
レイランを除いて、子供たち全員が連れ去られたと言っていた。
そして、剣の下には死体があるはずだ。
整然と並び立つ武器の存在感で、何だかいたたまれなくなった。
でも、この中にレイランを迎えてほしい。
先例に倣って、俺もレイランの墓標をつくることにした。
墓標として、魔剣を地面に突き刺した。
レイランがここに眠っている目印として、魔剣を墓標にする。
「ごめんな、レイラン。ちゃんとした墓じゃなくて。それに埋葬の印が、ラオメイディアからもらった魔剣なんてな。皮肉すぎて、笑えない冗談だ、まったく」
『異次元収納』から、深緑色で赤い斑点が特徴の石を取り出した。
ヘリオトロープと呼ばれる希少な宝石で、別名ブラッドストーンと称されている。
実はこの魔剣、ツトムの解説によると真の力を発揮していないのだという。
本来、魔剣に備わる特性として”武器腐蝕”と”吸血強化”がある。
武器腐蝕は刃に込められ、吸血強化は石に込められているという。
ブラッドストーンを切先と真反対の柄頭にある四角い窪みに、はめ込んだ。
たまたま、オルフォードが石を持っていたので、ついでだ。
改めて広場を見ると、とても荘厳な墓ができあがったなと思う。
特にレイランの墓は、世界最強の墓ではないだろうか。
なにせ、魔剣が墓標だからな。
墓に贅沢さは不要だが、この圧倒的な存在感は何者も近寄らせない頼もしさを意識させる。
レイラン、これからのエンタープライズを見守っていてくれないか。
そう伝えるように合掌して、祈りを捧げた。
エンタープライズには帰らず、しばらく村を散策することにした。
歩いて、脳を活性化させたかったのだ。
ある考え事に、脳を使用する。
いくつかの民家を巡っている時、エルドラが疑問を呈してきた。
(……レイランは、なぜ自殺したのだ。最後、生きる目的を見つけたと言っていただろう。道中に何か心変わりするような出来事でもあったのか?)
「いや、あいつは自殺せざるを得ない状況に陥ったんだ。抗うことすらできなかったんだよ」
(どういうことなのだ?)
「ラオメイディアを倒した後、俺は逃げた傭兵を捕まえてほしいと頼んだ。レイランが向かった先は……第4番街近くだ」
(まさか、巻き込まれたというのか!)
真澄が言っていたことを思い出していた。
法則解放党にヴィシュヌを利用され、人は暴走する。
番街ごとに異なる命令が下され、第4番街は自殺への衝動を駆り立てた。
近くにいたレイランにも影響し、強制的に従わされたのだ。
ここで、腑に落ちない様子の助手が。
〈でも、おかしくありませんかー?〉
と、引っ掛かりに気付いて疑ってくる。
〈それだと、レイランにヴィシュヌが入っているということですよねー〉
(確かに、おかしいな。奴は、名無しの家で武器の手入れをしておったよな。新都リライズではなく、名無しの家に頼んでいたということは……ヴィシュヌを入れていないからだ! がはは、まだまだ詰めが甘いな、ミミゴン!)
「最初に会った頃は、ヴィシュヌを入れていなかったかもしれない。だけど、最近になって入れたはずだ。これを見てほしい」
〈それはー、ボイスレコーダーですかー〉
手のひらに、ボイスレコーダーをのせる。
レイランの死体と一緒に回収されたのは、魔剣だけでなく録音機もあった。
ボイスレコーダーを手渡された時、周りに「誰が渡した物か」と尋ねたが皆、首を振るばかりだった。
それから、ボイスレコーダーを見て思い出したトウハから報告を受けていた。
俺がコペンハーゲン博士の救出に向かった夜、レイラン一人で新都リライズに向かったと。
買い物に行くんだ、とも言っていたらしい。
「新都リライズでボイスレコーダーを買うために、ヴィシュヌを入れたに違いない。ヴィシュヌがないと、物が購入できないからな」
(……エンタープライズで作っていれば、助かったかもしれないのにな)
あの時、皆バタバタして忙しかったからな。
レイランの性格は、何でも一人で抱え込もうとする。
結局、エンタープライズという味方がいても、あいつは心の底から信用していなかっただろう。
復讐も自分一人でやろうとしていた。
味方を頼る気にはならなかった。
俺たちは利用されたのだ。
言い方が悪いな。
だけど、エンタープライズを大切に思ってくれていたことも事実だ。
生きているなら、聞きたかったな。
エンタープライズの国民になってくれるか、って。
本心が聞きたかったな、本心が……。
本心?
自分の手のひらを眺めた。
長方形で小型のボイスレコーダーが血で汚れている。
ボタンを押して、録音データを確かめた。
二件、表示されている。
なぜ、お前はボイスレコーダーを買ったんだ。
バルゼアーの影響はあると思うが。
だとしたら、日記のように使うつもりだったのか。
これを聞けば、分かるか。
最後に、マギア村を眺めた。
もう訪れることはないだろう。
それと、このような光景を二度と見ないよう誓った。
そして、未練を捨てきった俺は別れを告げる。
「さよならだ、元気でいろよ……」