表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第五章 傭兵派遣会社壊滅編
180/256

157 テル・レイラン―1

 トウハに連れられて、城から出ると人垣ができている。

 その中を泳ぐようにかきわけて前に出ると、仰向けに倒れたレイランがいた。

 添えるようにして、魔剣も置かれている。

 魔剣の刃は真っ黒の血がべったりと付着していた。

 再度、レイランに目をやると腹部が血で染まっている。

 どういうことだ、と言葉を漏らしてしまった。

 正座するようにレイランを見守るトウハが、おもむろに顔をこちらへ向けて。



「なぁ、ミミゴン様……どうにかならないのか」



 助手に尋ねるまでもない。

 俺も、トウハも分かっているはずだ。

 俺は首を振って、不可能だと伝えた。

 トウハは震えた声で囁く。



「……うそだろ」



 アイソトープが言っていた真理を思い出していた。

 ツトムに殺された死体を見て、俺は生き返らせることはできないのかと尋ねると。



『残念ながら、器である肉体から抜けた魂に干渉できるスキルは、この世に存在しません』



 俺がレイランを蘇らせることはできない。

 それは誰であっても。

 世界の真理に逆らうことはできないのだ。

 皆、従っているからこそ世界は成り立つもの。

 素直に受け入れて、前に進んでいくしかないんだ。

 そう言い聞かせて、眠るレイランの横に片膝をついて黙祷を捧げた。

 安らかに眠ってくれ。







 その日、国を挙げての葬式が営まれた。

 エンタープライズ城前に棺桶が置かれ、周りを囲むようにして並んでいる。

 長方形の棺桶には、一人の剣士が眠っている。

 名はテル・レイラン。

 彼はラオメイディアに復讐を誓い、見事に成し遂げた英雄としてエンタープライズで伝わっている。

 国葬するという俺の提案に、誰も反対しなかった。

 それは人として愛されていた証だろう。

 『魔法剣』の使い手で、敵を圧倒する勇気ある戦士だからだろう。

 だからこそ、生きていてほしかった。

 トウハは溢れる涙を手で覆い隠しながら、しんみりと呟いた。



「なんで、俺より先に逝っちまうんだよ。いつになったら、俺と再び闘ってくれるんだよ。勝ち逃げなんて、ずるいぞ……ちくしょう」



 棺桶の前では、痛切な表情を露わにする者が並んでいる。

 唇を噛み、目を固く閉じ、整列する者。

 皆、静かに黙祷を捧げていた。







 レイランの死体は三日間、誰にも発見されることはなかった。

 俺はシアグリースに、逃走している傭兵集団を取り押さえてほしいと命令した。

 命令に従ったシアグリースは、活力に溢れる兵士で結成された団を向かわせる。

 傭兵派遣会社戦終了後のことだから、元気な兵士など限られている。

 捕獲班と命名された五人は、第4番街を目指して歩を進めた。

 傭兵集団は第4番街付近にいると知らされたからだ。

 しばらくして、死体となった傭兵集団を発見した。

 焼き焦げた傷痕から、レイランの『魔法剣』によるものが判明。

 内一人が完全に焼き尽くされていた。

 これも、レイランが放った炎によるものだろうと推測される。

 辺りは焦げた道具だけが落ちていた。

 一部の血は、砂に吸収されていた。



 それから捕獲班は、レイランを探した。

 目を細めなければ分からない足跡。

 それを追ってみるが、すぐに消え失せていた。

 諦めずに捜索を続けていたのだが、砂嵐が襲ってきたのだ。

 全身を震え上がらせるような唸りをして、数メートル先も見えない視界になってしまった。

 吹き荒れる砂が口や目に入らないよう、手で覆い隠しながら探し続けた。

 しかし、あまりにも激しい砂嵐で断念することになってしまう。

 このままでは自分たちが、どこにいるのか分からない。

 それからスキルを駆使しつつ、傭兵集団を抱えて戻ってきた。

 シアグリースはその光景を見て、背筋に冷たい戦慄を感じたという。

 レイランの姿がなかったからだ。



「あの、レイランさんは」

「すみません。砂嵐に襲われて、断念せざるを得なかったです。スキルで探しても、影一つ見当たらなかったんです」

「いったい、どこに行ったんだ……」



 それから三日後、再び捕獲班がクブラー砂漠へと赴いた。

 その結果が、物言わぬ人の形をした骸だ。

 魂が蒸発していることを一目で理解できる。

 もう口を開くことはない。

 自慢の剣捌きも披露できない。

 満足な顔なんてしていない。

 無念さを感じさせる表情で、瞼から筋を引いた涙の痕もくっきりと残っている。

 どういう思いで死んでいったのか。

 想起すればするほど、胸が締めつける痛みに囚われてしまう。

 心残りなのは、お前を祝賀会の主役にできなかったことだ。

 お前と共に、法則解放党と戦えないことだ。







〈レイランは、エンタープライズの近くに埋葬しないんですかー〉



 山を黙々と歩いている中、助手が質問してくる。

 下に視線を移す。

 俺はレイランの体を横にして、抱き上げている姿勢だ。

 その状態でずっと、新都リライズからキセノン山地まで歩いてきた。



「まだ、エンタープライズの墓地は決まっていないからな。それに、マギア村がこいつの故郷なんだ。家族がいるから、安らかに眠れるはずさ」

(うーん、そういうものなのか)

「エルドラは理解しにくいと思う。死後を重視する考え方というべきかな。死者であっても、俺は相手の目線に立って考えるんだ。レイランは、マギア村に執着がある。なら墓の場所は、マギア村が相応しいな、って考える」



 エルドラは不思議そうに相槌を打っている。

 この世界にも宗教があるみたいだが、人それぞれ死に対する考え方が違うのだろうか。

 この世界の人は死者を忘れたがる傾向にあるように思える。

 忘れるというよりも、死者の魂を受け継いでいく生き方だ。

 俺は小さい頃からの墓参りが影響して、死者となっても世に存在するという考えだ。

 だから祖父母の墓を綺麗にして、花を供えることを心掛けていた。

 それに墓の前で屈んで、近況報告もしていた。

 まるで死者が生きているかのように振舞う。

 死んでもなお、故人に感謝し続けるために。



 だから、レイランの体を尊重する。

 魔物に襲われないよう、周りに警戒して。

 キセノン山地に着いてから、それなりに歩いてきたのに、一向に村がある様子はない。

 確かにレイランは、そう簡単に辿り着けない村と言っていた。

 こちらには最強のナビゲーター『助手』がいる。

 だが、これまで助手の案内に従ってきたのに、なかなか現れないのだ。



〈おかしいですねー。その辺のはずなんですけどー〉

「古いカーナビでも使っているのか。なんだか、雲行きも怪しくなってきたぞ」

(ミミゴン! 右に、魔物がいるぞ!)



 咄嗟に身構え、右に体ごと方向転換する。

 木々の間から、巨大な足が見え隠れしていた。

 慎重に歩を進めていると、やがて全貌が見えてくる。



「き、気持ち悪い魔物だな」



 ケルベロスと言われる犬の怪物に似ていた。

 三つの首もあるが、何より目立つのが体毛である。

 喜怒哀楽の顔が複数あるような模様で、喜楽は少ない。

 怒りや哀しみの表情が、いくつも浮かび上がっている外見だ。

 思わず、助手に頼った。



「助手、あの魔物は何だ? 鼻や目も見当たらない。不気味なのっぺらぼう、ってところか」

〈分かりませんよー! 私も知りたいぐらいですー〉



 次の瞬間、奴と目が合ったような気がした。

 三つあるうちの一つだけ首を回し、顔を向けてくる。

 目がないのに、目と目が合った感覚だ。



〈『見抜く』が反応しませーん! 考えられるとしたらー……幽霊ですよー〉

「ありえるな。マギア村の人間が抱える怨念を集結させたような見た目だからな」

〈ど、どうやって戦うんですかー! 攻撃しても、すり抜けますよー。絶対ー!〉



 首を伸ばして、じっと俺を睨んでいる。

 見極めるように全身を眺められていた。

 それから、更に木々が密集している奥へと進んでいった。

 その歩行は、俺を村まで導く案内人を思わせる。

 導かれている気がするのだ。

 助手が慌てて俺を止めるよう促すが、前進することを決意した。

 付いていけば、マギア村に到着するはずだ。



「さっきの魔物……なんだか、レイランを歓迎しているようだった」

〈えー? よくわかりますねー、私は戦いやすい場所まで逃げているように思えますがー〉



 魔物の後ろを、なぞるように追いかけた。

 樹木が視界を遮るように並んでおり、追いかけても追いかけても魔物の後ろ脚しか見えない。

 後ろ脚があった場所まで追い付いても、すぐに遠くの方で後ろ脚だけが見える。

 意味深な瞬間移動ばかりしやがって、もうちょっと遅く歩いてくれ。

 そう思いながらも、今は魔物が頼みの綱だ。

 文句は脳内だけにとどめておき、沈黙を徹した。

 そうこうしているうちに、奥に光が見える。

 あとは直進すれば、村の入口に辿り着けそうだ。

 だが、道中に魔物の姿はなかった。



「……受け入れてくれるんだな、俺を」

〈マギア村に入りましょー! 許可がもらえたようですしー〉

「ああ、走ろう!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ