156 伊藤真澄―5
「……どこだよ、ここは」
真澄に、大学の屋上へ行くよう誘われた後。
屋上に着いて、思わず飛び出した一言である。
そこは、これまでの新都リライズとは思えない光景を映し出していた。
高所から眺める新都リライズは、見るに堪えない国だ。
驚きや恐怖が混じった感情は、前にも一度味わったことがある。
この感覚は、大震災直後の映像を見ている時に似ていた。
ヘリからカメラで地震が襲った後の様子を映し、お茶の間に届ける。
また、とある撮影者が撮った、津波に街が飲み込まれていく映像。
それらを目の当たりにしている感覚だ。
「この前、話しましたよね。ヴィシュヌで人の意志を動かす、って。その結果です」
淡々と語る真澄に怒りが湧いてきた。
同時に怒りは噴き出すことなく、鎮火していった。
理性が感情を押しとどめた。
激怒したところで何も変わらない。
真澄の口調からも反省の色が見える。
ラヴファーストと意見が衝突したときも、俺は怒りを表したかった。
だけど、意味が無いと思った。
怒った方が負け。
そう考えているから、自然と激怒するようなことはなかった。
それに激怒すれば、関係は悪化する。
マイナスにしかならないんだ。
それに真澄を信じている。
だから、真澄にゆっくりと問い詰めた。
「誰にやられたんだ?」
「疑わないんですね、この俺を」
「応援しているって言っただろ。信頼しているんだ」
「……この国の外務大臣です。裏で何者かに指示されて、国をめちゃくちゃにしたんですよ」
そうして、ぽつぽつと現状を語り始めた。
ヴィシュヌを体内に入れた者達は、一斉に親機から命令された。
番街ごとに、命令は異なっている。
ここ第7番街は破壊への欲求を駆り立てられ、このように瓦礫の山と化しているのだ。
辺り一帯、高層ビルが薙ぎ倒されるように沈み、建物の窓ガラスは叩き割られている。
下の方を見てみると、残酷なことにドワーフや人間が建物に圧し潰されていた。
人の一部だけが飛び出し、酸化した黒い血液がそこら中を塗りつけている。
「生き残った人はいるのか?」
「います。今も避難所生活中です。第7番街の地下には囚人を閉じ込める監獄があるんですよ。そこを借りて、皆が生きている。囚人の死体を処理して出来上がった即席の避難所です。なんだか、皮肉ですよね」
昼に吹く風は少し強かった。
雲がまばらになって流れている。
こんな国で唯一目立った物が、堂々と聳え立つ中央官邸だった。
国の一部として存在しているのに、何だか異次元の建築物に見える。
それほどに違和感があった。
遠くの方では、人が集まって作業をしているみたいだった。
どうやら瓦礫を取り除いているようだ。
専用の機械で障害物を吸い込み、道路を復活させていた。
街の様子に動揺することなく淡々とした動作で、撤去作業が続いている。
「あの人達は勇気がありますよね。ああやって国のために働きながら、国を消していく。時には生き埋めになった人を運んで」
「……今後、新都リライズはどうなるんだ」
「全ての国民を、ここ第7番街に移住させるみたいです。番街もなくなる。この街は、より大きくなって復興するんです」
なぜ、新都リライズは番街ごとに存在するのか。
大きな理由としては、リスク回避である。
街ごとに技術分野を設定されているのだ。
道具の街、兵器の街、魔石の街、医療の街など。
もし、一つの街で研究や開発をしているとする。
実験が失敗して、どこかで核爆発のような事件が起こると、街全体が消え失せてしまう。
同時に技術を持った人材も消え失せ、ロストテクノロジーとなる可能性もある。
そのため、各街ごとに得意とする技術者を集めている。
もちろん、一つの技術を得意とする技術者だけでなく、他の分野の技術者も数少ないが存在している。
簡単に言うと、技術が失われるのを防いでいるのである。
小さな理由としては、単に旅人のためだったりする。
「なぜ、一つに集めようとしているんだ。事故が起きたら、大変なことになるぞ」
「不安だからですよ。第7番街が、新都リライズで一番大きな中心街ですからね。今は、国民の心のケアが必要なんです。第4番街は特に酷いですよ。生存者も指で数えられるほどしかいない。どの街も普通の人なら住めないくらいに穢されたんです。それから、技術を結集させる目的もあるはずです」
「強制的に、協力し合う国になったのか。いや、協力しなければ生きていけない集合体になったのか。だが、なにが目的で街をめちゃくちゃに」
「外務大臣セプテンバーは、誰かに支配されているようでした。奴自身が、”神々”から使命を与えられたって言っていたんです。僕は……”神々”が『法則解放党』のことではないかと睨んでいます」
ここで、その名を聞くとは。
「法則解放党か。納得だ」
「そう名乗る連中にも会ったんです。……ミミゴンさん、覚悟を決める必要があります。戦う相手が、俺らと同じ転生者だということを」
「もちろんだ。法則解放党には聞きたいことがたっぷりとあるからな。転生者が相手でも容赦はしない」
俺はまだまだ弱い。
いつか、奴らと対峙する日が来るだろう。
その時に備えて、強くなるしかない。
俺個人も、エンタープライズも。
この異世界では、レベルアップというシステムが存在する。
地道にトレーニングするのもありだが、魔物を倒して一気に強くなる手段もあるんだ。
ラオメイディアが求めていた力。
夢を叶えるために必要な力を、俺も求めよう。
「ミミゴンさん、法則解放党の転生者は単にレベルが高いだけではないはずです。悪知恵もあって、異世界人の部下も強い。言い換えれば、エンタープライズの上位互換といったところですよ。相手をするには、準備をしてから。俺の力が必要になったら、いつでも言ってください。俺は、ミミゴンさんの味方ですから」
伊藤真澄は軽くはにかんで、手を差し出した。
俺は差し出された手を思いっきり握り締める。
握手を通して、意志の共有を行った。
真澄は「それに」と付け加えて、言葉をたどたどしく呟いた。
「……大人ですから」
何をいまさら、と思ったが声には出さなかった。
俺は頷いて、もう一度強く握手する。
真澄は照れくさくなって、もう片方の手で頭を掻いていた。
同じ転生者として、同じ意志を持つ者として。
お互いの同じが共通して、こうして向かい合うことができる。
真澄と別れ、『テレポート』でエンタープライズに帰った。
玉座の間に移動して、威圧感のある輝く玉座に深く座り込む。
メイドは退出させ、この場には俺一人だけが存在していた。
「さて……寝るか」
静かに目を閉じようとした時、突然ノック音が部屋中に響き渡る。
仕方なく入るよう促すと、トウハが扉を蹴破るようにして入ってきた。
見るからに、狼狽している。
「どうした? 俺と意見が衝突したことで謝りに来たのか。気にしなくていいんだぞ、俺はむしろ嬉し」
「――レイランが! レイランが、さ……」
蒼白する顔面を下に向けて、一拍置いてから口ごもった声で発した。
「……死んだ」
口ごもっているはずなのに聞き取れてしまった。
トウハの声が聞こえてしまった自分の耳が憎らしくなる。
聞き返したくなるが首を絞められるような感覚に陥り、言葉が出ない。
薄々気付いていたのが原因なのだろうか。
外で言い争っていた時、レイランがいなかったことに。