155 伊藤真澄―4
藤原を抱えて、『テレポート』した先は伊藤真澄の研究室だった。
「おーい、伊藤真澄はいるか」
暗闇で、電気もついていない。
声だけが響き渡っただけだ。
人がいる気配もない。
『暗視』を発動させて、部屋の中を歩き回っていると、突然光に覆われる。
「……!? 誰だ!?」
「その声は、伊藤真澄か?」
すぐに目を開くことはできなかったが、声に覚えがあった。
しばらくして見開くと、正面に白衣を着た女性がいる。
隣には、ロボット娘のネーブルもいた。
間違いない、伊藤真澄だ。
「ミミゴン……って、何の用ですか! まさか、怒りに来たのですか!?」
「え? いや、こいつを預かってほしいと思ってな」
真澄の発言に、首を傾げてしまった。
「なんだ、そっちかぁ」
「そっち?」
「まぁまぁ、ここに座ってください」
胸を撫で下ろす真澄は、椅子を持ってきて促してくる。
近くのテーブルに藤原を置いて、話を始めた。
主に、藤原の世話をお願いしたい旨を伝える。
真澄は難しい顔をしながらも最後まで聞いてくれた。
「なるほど、エンタープライズでは難しいので俺に藤原良太を預かってほしいということですか。中身は、荒くれ者なんですよね」
「加えて、かなり強い転生者だ。正直に言って、俺には御することなどできない。暴走したら、誰も太刀打ちできないだろう」
「え、俺に押し付けるわけですか」
「無理だというなら、他をあたる。だけど、引き受けてほしいんだ。伊藤真澄に」
悩んでいるみたいで、あちこちを歩き回っていた。
それから、ネーブルに命令をして。
「ネーブル、伊藤真澄を隣の部屋に運んでくれ」
「はい、お兄様」
ネーブルは細い腕で藤原を持ち上げて、隠し部屋へと消えていった。
真澄はテーブルに腰がけて、コーヒーを啜りながら隠し部屋の方を眺めていた。
「藤原良太は、俺に任せてもらえませんか」
「本当か!?」
顔を俯けた真澄からは哀愁が漂っている。
それは、自分の犯した罪を償いたいと感じさせる表情だった。
俺は見たことがある。
ツトムも同じような顔をしていたのだ。
「藤原良太、というのが本名なんですね」
「ああ。57年前にここ、リライズ大学の地下で幽閉されていたみたいなんだ」
「知っていますよ。当時は研究始めたての頃でした。朝起きて、大学に向かうと有名人がずらっと集まっていたんですよ。新都リライズ中を震撼させた事件で、僕も驚きました。"神"に一度も会ったことはありませんでしたが、国が強力な兵器として運用しようとする噂を耳にしました」
「兵器として運用?」
「ええ、大昔にディービ帝国という国があったのをご存知ですか」
「藤原が滅亡させた国だな」
そう言うと真澄はテーブルから下りて、部屋の奥を目指して歩き始めた。
俺も後ろを付いていく。
「ディービ帝国というのは、デザイア帝国の前身みたいなものですね。ですから、294年前の出来事です」
294年前、と聞いて耳を疑った。
様々な疑問が生まれるが一旦抑えて、真澄の話を聞くことに専念する。
「藤原さんは帝国を滅ぼすほどの力を有している。57年前、その伝説を知った政府関係者が、"神"をどう扱うかで迷っていました。大きく二つの派に分けると、封印派と使役派ですね」
封印派には当時の女王と大統領、幼き外務大臣エリシヴァがいた。
使役派は、オベディエンスを筆頭に数多くの研究者が加わっていた。
オベディエンスが、各研究室を回って演説をしていたようだ。
演説の効果が功を奏し、オベディエンスは兵器開発部門"神"研究室長に抜擢された過去を持つ。
18歳の青年オベディエンスは、ラオメイディアに匹敵する口の上手さだと思う。
だが、学長は彼を認めなかったようだ。
学長は女王と大統領、加えて当時15歳のエリシヴァに説得されたのだという。
さすがは人気と実力を兼ね備えた女王。
学長の持つ権限を利用し、オベディエンスを兵器開発部門から外したのだ。
その結果、ラオメイディアに付け込まれ、"神"ともども連れて行かれた。
で、現在に至る。
「真澄の話で気になったのは、使役派だ。藤原を使役することに成功したとして、その先は? やっぱり戦争か」
首を横に振り、タブレット端末を取り出して確認していた。
「デザイアリング戦争……ああ、グレアリング王国とデザイア帝国との戦では使いません」
「どういうことだ?」
「人と人との争いであれば、リライズは武器を供給するだけです。もし、転生者が参戦してしまうと、一瞬で片が付いてしまいますからね」
強すぎるからな。
今、戦場で大暴れしているという魔法使いがいるせいで、デザイア帝国に勝利が傾いている。
「"神"の存在意義としては、両派とも"世界を守るため"という方針です。方針は一致していますが、手段が異なっています。封印派は危険すぎる力だと主張……言ってみれば、エンタープライズで彼をどうするかで争ったようなもんです」
ラヴファーストは世界を滅ぼすと主張し、俺は共生の道を主張した。
過去にも、ここで議論されていたのか。
「使役派は、強力な相手に対して使うと?」
「そうですね。人ではない脅威に対して、使用すると。彼らが例として出していたのが、魔物王でした。魔物の王と書いて、魔物王」
そんなものが存在するのか。
「で、実在するのか?」
「しません。どこにも、魔物王がいた形跡はありません」
「でっちあげじゃないか」
「でっちあげでしか、封印派に勝てなかったんですよ。オベディエンスが研究者を味方にした大きな理由は、各分野の研究データを利用して、嘘の予言をすることだったのです。まあ、あれですよ、地球滅亡みたいなものですよ」
毎年、過去の文献で騒ぎ立て、地球を滅亡させたがる祭りみたいなものか。
なんちゃらの予言で番組が作られ、俺もコメンテーターとして出演した。
世間を煽るようなコメントをお願いしますと、プロデューサーに言われていたのだ。
「研究者は危険よりも、興味ですから。封印派が"神"を消滅させたいと言ったら、研究者は大慌てで研究を継続させてほしいと頼んでいました」
懐かしそうに、真澄は頷く。
戦争では使えない。
生活にも役立てない。
そんな強力過ぎる兵器を、どうやって維持させようかとなったら、嘘でも訴えるだろう。
事実、魔物王という架空の存在が現れたと仮定させ、封印派に説得しているのだから。
「兵器といっても、人ですからね。言うことの聞く核兵器ですよ、要は」
真澄は、藤原を研究したいと言い出した。
「だって、あの"神"が目の前にいるんですよ。俺だけが独り占めできるんです。それに300年以上も生きている転生者ですからね。もしかしたら、ミミゴンさんの目的も達成できるかも! 異世界脱出のヒントが隠されているやも」
「記憶を引き出すということか」
だが、オルフォードは脳に障害があると言っていたな。
記憶に影響がないといいが。
「記憶を引き出すのではなく、取り戻させるのですよ!」
「……取り戻させる?」
「うーんと、ミミゴンさん知らなかったんですか。彼は記憶喪失に近い状態ですよ」
「ちょっと待て。記憶喪失だと? 俺と戦っていた時『出会ってきた転生者は全員うざい』と発言していた。300年前の記憶だとしたら、喪失していないことになるぞ」
「藤原良太は、二重人格ではないかと思っています。今の彼は294年前に封印された時、人格が二つになったんですよ。って、研究者が発表していたのを思い出しました」
ドヤ顔の真澄に対し、ポカンと口を開ける俺。
他人の説を横取りしているにも関わらず、確信めいた声で喋りはじめた。
「さっき、彼の魂を見たのですが半球になっていたんですよ」
両手の人差し指と親指をくっつけて、円を描いていた。
「魂は球体なんですよ。だけど、彼のは……こう、半球でした」
片手を外して、説明している。
魂の形は球体で、藤原のは半球に欠けていたと言っているらしい。
どうして、そんなものが見えるんだ。
そう尋ねる前に、答えてくれた。
「『見極め』という究極スキルです。『見抜く』の上位互換ですね」
「ああ、ありがとう。それにしても、なんで半球に欠けているんだ?」
「それは別の機会にお話しさせてもらえませんか。俺はまだ調べたいことがありますし」
「……そうだな、そうするか。じゃあ、転生者は任せたぞ」
振り返って、『テレポート』を唱えようとした瞬間、真澄が叫んだ。
「待ってください!」
「ビックリした! いきなり、叫ぶなよ」
「ごめんなさい。その……」
まるで恋の告白をするかのような表情を浮かべている。
何かを言いたいのだが迷っている、そんな風に見受けられる顔だ。
俺は優しく「何だ?」と聞くと、決意したように拳を固めて言い放った。
「新都リライズで……何が起こったのか、ほんとーに知らないのですか?」
?が脳内に、ぎっしりと埋まっていく。
また観光でもさせようかとしているのだろうか。
ヴィシュヌを入れたくなるような観光案内でもしようと企んでいるのか、と。
そう思っていたが、深刻な顔で止まっている。
返事を待っているのだ。
「いや、知らないな。いきなり、どうしたんだ?」
「本当に本当に見ていないんですか!? 今のリライズを」
「あ、ああ」
「……なら、見てもらえませんか。俺が生み出した惨状を」




