154 対立―2
トウハが、ラヴファーストと向き合う。
「さすがに殺すのは無しだろ! やりすぎじゃないか!」
「甘いな、鬼の戦士。取り返しのつかないことになるぞ」
ラヴファーストの前に、トウハとシアグリースが立ちはだかる。
シアグリースは上司の目を直視することはなかったが、意見はぶつけた。
「僕たちは、手を取り合う未来をつくる側です! なのに、殺せと申すのですか。それも……ミミゴン様に。あまりにも酷じゃありませんか」
「手を取り合う未来は、いともたやすく壊される。強大な力を持つ者にな。シアグリース、近くで時限爆弾が作動しているのに、仲良く友達とお遊びか?」
「――!? この方を爆弾扱いですか!」
だんまりしていたオルフォードも見かねて、助け船を出した。
発言の内容から、藤原を受け入れることに賛成みたいだ。
「こやつは確かに協調性を欠いた心を持っておる。ならば、ここで教育するのじゃ。物の考え、善と悪。それらを教えてやれば良いことじゃ」
「教育だと? それは、いつまでかかるんだ? 強制させる教育など、暴走する原因になりかねない。おまけに時間も必要。オルフォード、失望したぞ。理想をいくら語っても、実現しなければ意味がない」
「理想ではない、計画じゃ! 道理に外れた行為をして、何が平和の国じゃ! 短時間で何でもできると思っておるのか!」
「現実が見えていないのか、爺さん? こいつを一度でも激怒させてみろ。国は崩壊する。無くなるんだぞ、何もかもが! これまで積み上げてきた歴史が、一瞬で無に帰すんだ! おまけに俺たちが死んでみろ。エルドラ様は何のために、ミミゴン様に夢を託したのか……そう思うと胸が張り裂ける気分だ」
(静まれ、ラヴファーストよ!)
「……エルドラ様!?」
どうやら、俺やラヴファースト、アイソトープとオルフォードに『念話』しているようだ。
エルドラは一言発した後、苦悩するように荒い息をして。
(ミミゴンが困っているではないか)
「国のためです。王が正しいとは限りません」
(そ、そうだな。出しゃばってしまったな)
ラヴファーストの発言を諭すことはできなかったみたいだ。
だが頼りなくても、心強さはある。
エルドラは、わざとらしく咳き込んでから話をした。
(ラヴファーストよ。我と共に建国したなら分かっておるだろう。国への思いを。何より、お前は平和な国にしたいと誓っておったではないか。人間同士が争わないで済む世界を望んでいただろう)
「もちろん忘れたわけではありません。だからこそ、この者を殺すことを提案しているのです」
オルフォードは、ラヴファーストに問う。
「小僧を人間だと思っていないのか」
「ああ、そうだ。俺は、こいつを人間とは見ていない。化け物だ、エンタープライズを破滅へと導く魔物だ!」
「ラヴファースト、お主は……そのような物の見方では、エンタープライズをまともに見ることができないぞ!」
「ダメだ。この男は受け入れられない」
「待て、考え直してほしい、ラヴファースト」
俺は二人の間に入って、ラヴファーストの両肩を掴んだ。
これでは、俺が無理矢理主張を通そうとしているように見えてしまう。
だけど、考え直してほしいんだ。
鬱陶しいと感じたラヴファーストは俺の手を払いのけて、皆に聞こえる声量で意見した。
「ミミゴン様、こいつは敵だ!」
アイソトープも俺の瞳を見て訴える。
「国の命運がかかっているのです。逡巡している場合ではありません。今、決断しなければ、我々に未来がないのです。オルフォードは理解しているはずよ。この者は脳に障害があると」
「……本当なのか、オルフォード」
振り返って、オルフォードに尋ねた。
「脳に障害と言うが、正確には魂が不安定な状態なんじゃ。魂の影響が、脳に及んでおる。日常生活に支障をきたすレベルのな。じゃが、安定させることもできる!」
「安定に近い不安定じゃなくて? 暴走する確率を減らすのではなく、無くすことをお考えください」
アイソトープも本気なのだ。
国に対する思いは誰よりも強い。
ラヴファーストもアイソトープも、絶対的な安全を求めているのだ。
反対に俺は国の繁栄を願っている。
俺たちが、藤原に手を差し伸べることができれば、国民は安心するはずだ。
どのような人であっても、エンタープライズは受け入れてくれると。
だから、助けたいんだ。
オルフォードは反論するも、語尾が弱くなっている。
「少なくとも協調性は回復する」
「個人の問題ではないのよ。国の問題に関わっているの。そんな運任せなことで、私達は納得できないわ」
オルフォードの眉が、少し反応する。
「お主はメイドを育ててきて、分かっておらんのか。人の可能性を!」
「それは正常な人に限ります。精神を失った、もはや肉の塊に可能性など当てにできません」
「いくらドS発言だとしても、度が過ぎているぞ! エルドラから何を学んだんじゃ! エルドラに受け入れられた気持ちを、過去を……忘れたというのか!」
「何すんだ、お前!」
「そっちこそ、いきなり突いてきやがって!」
複数の男たちが罵り合う声が聞こえてくる。
険しい顔をする俺は数十人の人垣に突っ込んでいく。
あとに続いて、オルフォードやラヴファーストも追いかけた。
ここで暴力沙汰かよ。
誰かを殴る音が、ひしひしと伝わってくる。
人山をかき分けた先には、二人の男が血を流しながら組み合っていた。
周りで囃し立てる者もいれば、怯えて止めるよう説得する者もいる。
一人が顔を殴られ、ふらふらと後退し、そこで終わるかと思いきや、頭を下げて突っ込んでいった。
頭突きを腹で食らった男は、無防備の背中に肘鉄を食らわせる。
お互いに距離を置いて、様子を窺っていた。
争いがエスカレートし、興奮したのか互いに武器を持ち始めた。
切先を敵に向ける。
そして、場が凍り付いた。
これまでの騒音が嘘のように消えてなくなっている。
誰かが唾を飲み込んだ。
短剣を持った兵は、首を振って後ずさりしている。
俺が、彼の手首を握り締めたからだ。
「ミ、ミミゴン様……これは」
「今から何をしようとしていた。この剣の先を、どこに向けている。お前たちは国民であり同志だろ」
後ろから正気を失った声が響いてくる。
顔だけ振り返ると、もう片方の兵士が剣を手にして突撃してきた。
その刃はラヴファーストに掴まれ、兵の首根っこを持って、地面に投げ倒した。
武器が落ちる音だけが聞こえる。
兵は頭に血が上っているようで、目の前の人物が何者なのか見分けがついていないようだ。
草原に手をついて、起き上がる。
相手がラヴファーストにも関わらず殴りかかり、鮮やかに反撃を決められ、一度も拳が掠らず気絶した。
俺は周りの反応から察したことを叫んだ。
「まさか、お前たちも議論したのか。藤原をどうするかで」
「は、はい……。わ、私はもちろんミミゴン様に賛成ですよ!」
こうなっても、俺に忠誠を示してくるか。
「だから、なんだ。賛成だから褒められると思ったのか。これだけ大人数で生活していて、対立しない日などないだろう。互いに意見がぶつかり合うときもあるだろう。だからといって、武器を取り出してまで相手に理解させるなど、あってはならない! 相手を脅してまで理解させようっていうのは、弱い人間がすることだ。強い人間なら、納得させる言葉で相手を説得させるんだ」
「は、はいぃ!」
掴んでいた手首を放って、尻餅をつかせた。
泣き声を発しながら、俺を涙目で見つめてくる。
「すみませんでした、ミミゴン様!」
「……謝るのは俺の方だ。王として不甲斐ないばかりに、お前たちを不安にさせた。本当にすまない」
決断できないで、ぐずぐずしていたから、こんな事態を招いてしまった。
傭兵派遣会社との戦いに巻き込まれた形で、こいつらは戦ってくれた。
戦士に何か得があって、命を懸けてくれたわけではない。
俺が動くと決めたから、こいつらは付いてきてくれた。
中には、戦場に行きたくないと思った者もいるだろう。
傭兵派遣会社を倒した今、何か報酬があったわけじゃない。
それに、仲間が目を覚まさない。
このような状況では、心は弱まるばかりだ。
おまけに俺は、三日も目覚めなかった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
俺は周りを見渡してから、ゆっくりと誰もが聞き取れる声量で宣言した。
「藤原は……追放する」
「ミミゴン様」
ラヴファーストは再び睨んできた。
なぜ、殺さないのかと訴えている。
「殺しはしない。それが、エンタープライズに住む上での約束事だからだ。だが、ラヴファーストやアイソトープ、トウハが反対するように、俺もあいつの力が怖い。だから、この国から追い出すことにした。もう二度と、あいつに踏み入ることはない」
「追い出すって、どこに追い出すんだ? 奴を自由にさせると、今度は世界が危ない」
ラヴファーストの反論にも、答えは用意した。
「奴が自由に出来ない場所。たとえ、暴走したとしても止めることができる場所。俺なら思いつく」
「どこだ、それは」
「それは言えない。場所を教えると、誰かが攻撃する恐れがあるからな。だけど、安心してほしい。絶対に、あいつを世に出さない。約束しよう」
それまで俺に向けていた攻撃的な目が、少し落ち着いたように見えた。
「……そこまで言い切るからには、よっぽどの自信があるのだろう。理解しました、ミミゴン様」
ラヴファーストの敵意を表す顔が変化し、いつもの無表情に戻る。
無表情といっても、少し口角が上がっていた。
納得したのと合わさって、王の判断があったからこその笑みだろう。
俺の決断を信じてくれたラヴファーストに感謝だ。
アイソトープも頭を下げてくれている。
理解してもらえたようだ。
それでも心のどこかでは、反対しているかもしれない。
けれども、俺はこの判断が正しいと思っている。
だから、これを貫かせてほしい。
俺は横たわる藤原の前で膝をつき、手で触れる。
そして、脳内に場所を浮かべて、スキルを詠唱した。
「『テレポート』!」
俺は王様として、生きていけるのか。
今日、俺は成長したのか。
この問いに答えてもらいたいのは、ものまね芸人をしていた自分だ。
当然、昔の自分が答えてくれるはずはない。
なのに、どうしてだろう。
自分の中でブレていた何かが、ピンと真っ直ぐになった感じを味わった。
まるで、師匠に教えてもらった時のような感覚だ。