153 対立―1
「ミミゴン様、お目覚めになりましたか」
「ラヴ……ファースト? ここは、エンタープライズか?」
「水分を補給して、しばらく安静にしていてください」
「あ、ああ」
ラヴファーストは部屋から退出していった。
ベッドに置かれた俺は『ものまね』で、人の姿になる。
エンタープライズの兵士として活躍している赤毛の人間。
彼になることが、もはや日課となっている。
エルドラには申し訳ないが、機械の……それも宝箱のドローンでは色々とやりづらい。
もちろん機械の体があっての自分なので感謝している。
アイソトープが運んできたキャスター付きワゴンに、波一つたたない水が置かれていた。
早速、コップに口をつける。
「……エンタープライズは、大丈夫か?」
少しの沈思黙考を挟んで、返答。
「勢いが衰えています。傭兵派遣会社との戦いで、軍やメイドは疲弊しています」
アイソトープの報告は続く。
「開幕、転生者による強力な攻撃を受けました」
「三人で、やっと打ち消せた光線か」
「その衝撃波で半数が重傷者となり、現在も意識が戻らない者もいます。モークシャ、ダイナミック・ステートによる攻撃で、生死の境を彷徨っている者も」
「そう……か。アイソトープも、ご苦労だった。疲れが顔に出ているな。休息してくれよ」
アイソトープは無表情を貫いているが、彼女から漂う覇気が弱い。
顔も幾分か暗く見える。
首を振った彼女は顔を俯けた。
「そうですか、顔に出ていますか」
「無理はしないでくれ。過労死するほど働かせたら、エルドラに怒られてしまう。それに俺も皆も悲しむんだ。休んで、元気な顔を見せてくれ」
「……はい、ありがとうございます。ですが、まだやるべきことがございます。ミミゴン様、外に出てもらってよろしいでしょうか」
城の外では、兵士やメイドが草原に脚を伸ばして座っていた。
俺に気付くと皆が「王様!」と叫んで、引きつった笑顔で手を振っている。
ここにいる者は休憩に訪れたのだろうか、いつもより数が少ない。
皆、不安を抱えて無理して笑っているのだ。
本来なら隣で友人が笑っているはずなのに。
今日は治療でいない。
俺は精一杯の笑みを浮かべて、手を振り返した。
「彼らは傷を負う覚悟をして、兵を志願したんだ」
そう言いながら、ラヴファーストが隣に並んで歩いている。
「そんな彼らに同情の目を向けることは、恥でしかないのだ。兵士の覚悟を知ってほしい」
「軽率だったな、俺は。ちゃんと国民と向き合わなくてはな」
「だが、王様の姿を見ることで士気は上がったはずだ。さっきまで黙りこくっていた者も、ミミゴン様の姿を見て、喜んで立ち上がった。それほどに、王様としての魅力があるということだ」
「今じゃ、一国の王か。改めて、自分の置かれた立場を自覚したよ。ありがとう、ラヴファースト」
「ああ」
その一言だけか。
ただ、ラヴファーストの一言は、とても貴重だからな。
内心、安堵しているはず。
言葉で言い表すのが下手なラヴファーストだから、感情を察して確かめる。
無口だなと思ったことはあっても、直してほしいと思ったことはない。
これが、ラヴファーストなのだから。
アイソトープが指を差した先には、何かが転がっていた。
転がっている物から、オルフォードは遠ざかる。
見えてきたのは人間。
「これは、藤原良太か。まだ、意識は戻っていないのか」
「うむ、脳の中が混雑しておる。ミミゴンにやられたショックが生み出した、精神の不安定じゃな」
オルフォードは草原を突く杖で、藤原の横たわる体を軽く叩く。
反応はない。
胸を上下させ、静かな寝息が聞こえることから死んではいない。
「王よ。こやつをどうするか、判断を仰ぎたい」
藤原を見下ろして、思案する。
シアグリースやトウハ、クラヴィスも集まってくる。
この場にいる全員の視線が、俺に注がれた。
しばらくして、出した結論は。
「……藤原良太を、エンタープライズの国民にしよう。俺たちと共に生きるんだ」
聴衆は、それを聞いて頷いた。
皆が藤原良太を受け入れることを決意したのだろう。
俺は俺の判断を信じた。
こいつは転生者だ。
傭兵派遣会社で一戦交えた時、俺はこいつの親代わりだ、なんて言ったからな。
それに、エンタープライズは人種や思想によらない、何者であろうと受け入れる国にすると決めたんだ。
たとえ、過去に大きな罪を犯していようと、その罪滅ぼしはエンタープライズですればいい。
そう納得して、彼を国民として生活させるにはどうすればいいか考えた。
その時、俺は気付いていなかった。
ラヴファーストとアイソトープが唇を噛んでいたのを。
「ミミゴン様、彼と共に生活することを僕も考えていました」
クラヴィスは賛同してくれている。
周りが活気に溢れ、怪我人とは思えない元気も確認できる。
ニコシアも頷いて、俺の代わりに彼をどうするかについて提案してくれた。
「すぐに彼の部屋をご用意しましょう。まずは、そこで寝かせるべきかと」
「そうだな、それがいい。ニコシア、皆と協力して藤原が落ち着ける部屋をつくってやってくれ」
「はい、かしこまりま」
「なあ、ミミゴン様。俺の意見を聴いてくれるか?」
ニコシアの言葉は、後ろから聞こえた声で途切れた。
振り返ると、トウハが俺を見ていた。
見ていた、というよりも”睨んでいた”と言った方が正しい。
それほどに、トウハの目が鋭くなっていたのだ。
「ああ、もちろんだ。王として国民の声に耳を傾けるべきと思っている。それで、どうしたんだ」
トウハは手を固く握って、藤原を見下す。
「……そいつを受け入れると言ったな、国民にすると」
「そのつもりだ。彼を認めてこそ、エンタープライズはより結束するはずだ」
「俺は反対だ」
「……え」
「俺は、反対だ! こんな奴と一緒に過ごすことなど、俺は許せない!」
「トウハ、ミミゴン様に向かって何て口の利き方を……」
俺は兄として誡めるクラヴィスを制して、トウハに尋ねた。
「トウハ、藤原をエンタープライズに入れることに不賛成なんだな」
「ああ、そうさ」
「なら、不賛成の理由を説明してほしい。それを聞いてからでないと判断できない」
「皆、思い知っているはずだ。こいつは強いということを。こいつのせいで、どれだけの被害が出たと思っている。今だに意識が戻らない奴もいるんだ。こっちはやられて、こいつはお咎めなしで生活しやがるのかよ! 冗談じゃねぇ!」
「トウハさん、一度冷静になってください!」
「シアグリース、お前も苦しんでいるはずだ。ヴィヴィが復活しないことで、不安がいっぱいだろ!」
「そ、それは……」
シアグリースが止めに入ったが、トウハの想いに言葉が詰まる。
仲間想いの友人の言葉に共感したのだ。
トウハは友情を大切にする男だ。
仲間の為なら、自分を犠牲にしてまで達成する性格。
ラヴファーストがそう評価していたが、逆にマイナスな点もその性格だ。
俺も軽々しく判断したことに反省し、トウハに意見する。
どちらも納得できる意見を述べた。
「もちろん、藤原に関して皆と同様に暮らすわけにはいかないと思っている。これまでにも各地で、かなりの被害が出ている。全員が承諾できる贖罪はさせる」
ツトムと同じような処置をしようと思う。
あのダンジョンに放り込むべきではないと考えているから、これについては後ほど相談しようと思っているつもりだ。
トウハは俺の意見を聞いても、表情は変わらず怒っていた。
「じゃあもし、こいつが暴れたらどうするんだ。国防軍では歯が立たないぞ」
「もし暴走したなら、俺たちが――」
「俺たち、と言ったか? ミミゴン様」
「……ラヴファースト?」
ラヴファーストがトウハの横に並んでいる。
同じように、アイソトープが隣に佇んだ。
これでは、トウハを守るように戦っているみたいだ。
続けて、ラヴファーストが口を動かす。
「その俺”たち”に、俺やアイソトープが含まれているのか? オルフォードも加わって、戦ってくれると?」
「そ、そういう考えだけど、強制ではない。そのときは、俺がやる!」
「ふっ、滑稽だな。真の強さを理解していないから言える威勢だ。名無しの家での出来事を思い出せ。こいつは召喚獣を召喚し、ミミゴン様は殺された。それに俺との闘いでは辛勝だ。いざ敵対すれば、余裕なんてないはずだ。鑑みずに、”俺”がやると言うとはな」
ここで、アイソトープも発言した。
「ミミゴン様、進言させていただきます。彼は今、ここで……"殺す"べきだと思います」
俺は言葉が出てこなかった。
ラヴファーストとアイソトープがこれほどまでに反対し、更には殺せとまで意見する。
エンタープライズでは、人殺しは御法度だと知っている上での意見だ。
藤原を受け入れた先の理想が崩れていく。
今では、こいつのことを素直に育てる勇気が失っていた。
「殺せ、というのか。俺が……皆の前で」
「はい、それが正しいかと。殺す、という判断をしなければ手遅れになります。それが私の意見です」