151 新都リライズ―12
「女王、とにかく外に出ましょう! 少しでも、被害を減らすしかない!」
「私も同じことを考えたわ。走りましょう!」
走ろうと脚を上げた瞬間、部屋の扉が閉じていった。
同時に光も消え、視界が暗闇に支配される。
「電気が……ネーブル、非常用電源にアクセスできるか?」
「はい、お兄様」
電気が復旧し、部屋は再び光を取り戻した。
しかし、扉は閉まったままだ。
こうなったら、物理に頼るしかない。
「女王、離れてください」
「分かったわ」
「……『グランドブレイク』!」
魔力が満ちた右拳で、白い扉を穿った。
コンクリートに似た性質の扉に穴ができあがり、砕けた小石が落ちていく。
扉にできた輪をくぐり抜けて、進んでいくと早速。
「確か第7番街の効果は、破壊への欲求だったな。すまない、警備員さん」
若い警備員が、警備室で暴れていた。
手に持っている警棒を振り回して、ガラス窓や機械を壊していた。
女王は、俺の方を見て。
「眠らせてあげましょ。もちろん、殺すという意味ではないわよ」
「良識ある人間ですよ、私は。『スリープバレット』!」
睡眠属性が付与された魔弾を、人差し指から発射する。
指先にいる警備員に命中すると目を閉じて脱力し、床に倒れ込んだ。
笛を吹いているような寝息が聞こえ、動かなくなった。
「博士、命令の効果時間は一時間ほどだったかしら」
「ええ、命令は一時間ほどで効果が消えます。ですが、これほどまでに激しい命令ですと……30分ほどでしょうか」
「それって、人の体が耐え切れなくなって気絶する時間よね」
「そうです。個人差もありますが、子供や老人となると……考えたくありませんね」
「ライフラインも混乱しているわ。とにかく、地上に出ましょ」
エレベーターに乗って、一階のボタンを押す。
女王は冷静に判断しているが、内心は焦っているはずだ。
ただ、気持ちを隠すのが上手いだけ。
感情を表に出さないから、俺はこうして動けるし、思考も落ち着いている。
俺は、この国で生活することを決めたんだ。
だから女王のために、転生者としての力を発揮しよう。
もう俺は、あの頃の自分ではないんだ。
「女王、これを持ってください」
そう言って、俺は”スイミンの葉”と”拳銃”を『融合』する。
『異次元収納』に仕舞ってある拳銃だが、どこで拾ったのか分からない。
まあ、問題はないはずだ。
リライズで有名な武器屋のマークが彫刻されている。
弾倉を取り出し、残弾数を確認してから元に戻し、女王に手渡す。
「これで身を守ってください。弾丸に睡眠を付与させてありますから、当たっても痛くありません」
「ええ、ありがとう」
「いいですか、これは護身だけに使用してくださいね。弾も15発しかありませんし」
「それじゃあ、あなたが守ってくれると解釈していいのね」
「私とネーブルが女王をお守りいたします。それと国民も。……扉が開きますよ」
既に、扉を叩く音が響いてくる。
そして、エレベーターが扉を開けると、暴徒が流れ込んできた。
俺が突っ込んで、エレベーター内から追い出し、的確に『スリープバレット』を撃ち込んでいく。
目の前の国民を眠らせた後、三人は周りを見渡した。
ドワーフ達が懸命に素手や棒で、何かを破壊し続けている。
机や椅子、花瓶、コンピューター、スマートフォン、柱、壁。
当然、壁や柱を素手で殴っている者は、手の甲を血塗れにしていた。
表情も激怒しているように見える。
「これほどまでに活発なドワーフ、見たことありますか」
「酷い、残酷だわ」
「……そうだ! ネーブル、個人のヴィシュヌに干渉することは可能か?」
「はい、一階なら全て制圧できます。ただし、電力不足に陥り、その後の行動に支障をきたしますが」
「構わない、血路を開くんだ」
「了解しました、お兄様」
ネーブルは碧眼を見開いて、右腕を振り上げた。
すると、一斉に静まり返った。
打撃音やガラスが割れる音、それらが消え去ったのだ。
ネーブルには、ヴィシュヌを操作できる能力を与えた。
といっても、そこまで精密にというわけではない。
こうして国民の暴走を止めたが、無理矢理気絶させたに過ぎなかった。
寄生機械物質を超振動させて、機能を停止させる。
当然だが、自分たちに使うわけにはいかない。
大脳を絞られるような感覚を経て、気を失うわけだから。
ネーブルは電力を使い果たし、前のめりに倒れてしまう。
俺が受け止め、笑って感謝した。
「ありがとう、助かった」
「ネーブル……もう動けません。お兄様の足を引っ張ってしまいます、ごめんなさい……」
「大丈夫だよ。よく働いてくれたんだから、今は休め。後は、俺が解決するさ。なんたって、ネーブルのお兄様は強くて優しいからな」
「手前味噌というやつですね。やっぱり、お兄様のこと嫌いです……」
「ちょっと!? ミミゴンに関わったせいか、俺に冷たくなってない? それとも俺が、設定をミスったのか?」
「大変よ! 伊藤博士!」
知らない内に、女王は外に飛び出していた。
すぐに、ネーブルを背負って走る。
まあまあな重量を背中で感じながら、割れた自動ドアを出ると。
「想像以上の……光景だな」
人が出せる声とは思えない絶叫が幾重にも重なって、耳を突き破ってくる。
見渡す限り、狂い踊る人で溢れ、黒煙も数多く上がっていた。
車同士が衝突し、炎上している。
暗い夜の街に灯る明かりは、人が巻き込まれて燃焼する炎だった。
空を飛ぶバス”エリカゴ”も、立ち並ぶ高層ビルに突き刺さっている。
おまけに、炎に包まれていた。
中にいた者は……。
「辺り一面が火の海……これが、地獄というものかしら」
「神は……何がしたいんだよ! 許せねぇ、人を何だと思っていやがる。出てこい、卑怯者! 神の名を騙る者に、ろくなやつがいないってのは本当だな。……ちくしょー」
心に溜まる思いを吐き出す。
握り拳が震え、小さく叫ぶ。
人のせいにしようと思ったけど、詰まるところ俺が原因だ。
膝が地面に屈する。
世界が目の前で崩れ落ちていく光景に、精神が蝕まれていった。
さっきまで威勢のいい言葉を使っていたが、何も出来ない自分を隠すためだった。
結局は、口先だけなんだよ。
俺は、憧れ続けた転生者になれたんだぞ。
何でもできるんじゃなかったのか、異世界転生者は。
悔しくて情けなくて、虐められていたあの時と同じじゃないか。
ごめんよ、ネーブル……こんな兄で。
お前に見せたくないな、根性無しの背中を。
覚悟していたけど、耐えられなかった。
自分のしでかしたことの責任が重すぎる。
結局、ミミゴンの危惧した通りになってしまった。
俺は大人の真似をした子供だ。
憧れが行動させ、後先は考えない。
これが子供時代なら、立派に育っていると言えるだろう。
だけど、現在。
「俺は……大人だろうがー!」
目を閉じて、現実から逃避しようと考えを巡らせようとする。
が、優しくて芯の強さを感じさせる声で中断された。
「全てを救うことを考えているの? 残念だけど、この状況じゃ可能なことが限られているわ。今、優先すべきなのは……一人でも多くの人々を助けることよ!」
「エリシヴァ女王!」
女王は銃を構える。
近くで暴れるドワーフに狙いを定めて、一発撃ち込んだ。
連続して、次々と狂い踊るドワーフを射止めていく。
そうだ、足踏みしている場合じゃない。
考え込むのが、俺の悪い癖。
『スリープバレット』を連射しながら、女王に提案する。
「女王、ミミゴンの力を借りることはできませんか!」
「さっきから『念話』で呼びかけているのだけれども、応答してくれないわ。かなりの激戦を繰り広げたようね」
気を失っているのか。
このままでは、第二の旧都テクニークが完成してしまう。
その上、この時を待っていたかのように不幸が襲ってきた。
突然、近くの高層ビルが大爆発を起こしたのだ。
地を揺らす爆音に、二人は怯む。
強風で俯けていた顔を上げると、目の前で折れた高層ビルが倒れてきた。
爆発で、ぽっきりと折れた建物が俺たちに降りかかってくる。
巨大な落下物の影が、リライズ大学をも飲み込んでいく。
俺はどうしようかと悩んでいると、不意に大声で呼びかけられた。
「真澄ちゃん、氷魔法よ!」
「あ、ああ! 『アイスバーグ』!」
暗闇から飛んできた叫び声で、咄嗟に行動した。
闇に紛れた人影と俺が、魔力を纏わせた手を伸ばす。
傾いたビルを、氷魔法で建物ごと凍らせた。
一瞬にして、雪像を完成させたのだ。
助かったことに心を安らげていると、暗闇から足音が聞こえてきた。
カジーノに、スタンレー、ゼステラドの三人が駆け寄ってくる。
後に続いて、イフリートが手のひらに明るい炎を乗せながら歩いてきた。
「よくやったわね、真澄ちゃん」
「イフリートさん、助かりました。そういえば、あなたはヴィシュヌを入れていませんでしたね」
「アタクシには必要ないからよ。エリシヴァ女王が、無事で安心よ」
カジーノたちが行動できているのも、イフリートが得意の炎で何とかしたおかげだ。
たぶん、特殊な炎を体内に侵入させ、ヴィシュヌを焼き尽くしたのだろう。
一度、他人のヴィシュヌを消していたのを直接目にした。
なんとかして対策しなければと思っていたが、今回は助かった。
ゼステラドが俺たちを見回しながら。
「何が起きているのか、の説明は省きましょう。大方、予想がついていますし。伊藤博士、現状を打破する解決方法はありますか?」
俺は少し悩んでから、自信を感じない声で考えを述べた。
「……子機を破壊する、というのはどうでしょうか。リライズ大学にある親機から発信された命令は、それぞれの街にある子機を通じて、ヴィシュヌに送られます」
「命令の供給を断つ、ということね」
今も、第7番街の子機が命令を送り続けている。
ヴィシュヌが命令という刺激を受け続けることによって、暴走しているのだ。
子機を壊すことは、あまり良い手段ではなかった。
その後の復興に、時間がかかってしまう。
だが、かかっている人命が最重要だ。
「時間がありません! イフリートさんは解決屋と警察に連絡を。カジーノさんと、スタンレーさんは避難の呼びかけを。ゼステラド大統領と女王も……」
「私は私のできることをするわ。伊藤博士、機械人形を貸してくれないかしら」
「どうする気ですか」
「あなたの研究室に戻れば、彼女を充電できるのよね。避難所までの避難経路を阻む障害物を取り除いてもらうわ」
「では、ネーブルをよろしく頼みます」
「ええ、任せてちょうだい。それと、さっき気色悪い機械人形と言ったこと謝るわ。それじゃ……」
女王とネーブルを背負ったゼステラドは、リライズ大学へと入っていった。
カジーノやスタンレーも走っていき、あっという間に見えなくなっている。
俺も動かなければな。
「イフリートさん、第7番街の子機は私がやります」
「分かったわ。私の部下に伝えて、他を任せましょ。それと子機がある建物に入るには、パスワードが必要なわけだけど」
「壊して構いません。強引に進まねば、私達の明日はありませんから」
そう言って、子機がある建物を思い出して足を動かした。
こんなにも全速力で走ったのは何年ぶりだろう。
クラスメイトからの暴力から逃げるために走った帰り道。
だけどな、今は逃げるための走りではなく、誰かを救うために走っているんだ!
最高のステータスを活かして高速移動していると、一人の女の子がその場で泣き崩れているのを視界に捉えた。
しかも悪運が重なり、少女に車が勢いよく突っ込んできていた。
俺は靴底が擦り切れるほどの急ブレーキで少女の前に立ち、全身で車を押し止める。
衝突した瞬間、自分の何かが吹っ切れた気がした。
受け止めた反動が思ったよりも大きい。
歯を食いしばって力を込めなければ、少女は建物と車に挟まれて圧死していただろう。
これで疲れているようでは、転生者の威厳がないな。
運転手は気を失って、ハンドルに体を預けていた。
振り返って、少女を安心させるために声をかける。
「だ、大丈夫かな」
「うん……」
「そっか、良かった。お姉さんが、すぐに解決してあげるから近くの避難所で待っててね。お母さんも……助けるよ」
精神は男性なのに、容姿が女性のおかげで自分の事を”お姉さん”と呼ばなければならない。
何だか変な気持ちになるが、少女は力強く頷いてくれた。
「うん、ママやパパを助けてね。約束だよ?」
「もちろん! 君は強い子だ。待っててね」
頭を軽く撫でてから、再び目的地を目指して疾走した。
少女を助けた嬉しい感情と、こんな状況では通報されないという安心感が心で混ざり合う。
あの子が強く生きようとしているから、俺も強く生きよう。
そして、皆を助けるんだ。