149 新都リライズ―10
「魔石崩壊反応を起こすだと? なぜ起こるのか、解明されていないのにか?」
「既に解明されていた、とすれば? そして秘匿されたから、とすれば?」
セプテンバーの右手は、青い輝きを放つ魔石を掴んでいる。
カジーノの動揺に、セプテンバーは冷静に言い放つ。
「そりゃ、誰でも再現できたら困るだろ。旧都テクニークが、いくつもできあがってしまうからなぁ」
エリシヴァが答える。
「セプテンバーの言う通り、魔石崩壊反応については解明されているわ。だけど、その方法は私でも知らないのよ。先代が残した伝説として、記憶しているだけ。あくまで、魔石崩壊反応は解明されている……ただ、それだけよ。なぜ、あなたが知っているの」
「アタクシ、ブラフの予感がするんだけど」
「あんた、警察のトップだろ。俺の顔を見ても、本気か分からねぇのか。分からないようじゃ、支配人の器ではないな」
スタンレーとカジーノは、セプテンバーの威圧で尻込みしていた。
エリシヴァとイフリート、伊藤真澄は無表情を貫き通す。
心に余裕がある者の顔だ。
「魔石崩壊反応を起こす方法は簡単だ。俺が握っている魔石に、ちょいと魔力を与えてやったらいいだけさ。な、簡単だろ。加えて、いつでもできる」
「そ、そんな簡単に。なら、どうして今まで表に出ることがなかったんだ?」
「カジーノ、馬鹿な質問だな。方法は簡単だが、材料が難しいんだよ」
「ただの魔石だろ」
「ちっ、これで大臣を名乗ってんのか。国民投票も不必要だな。お前を信じて、投票した奴が憐れで仕方ないぜ。いいか、エンタープライズが持ってきた魔石は最高ランク10を超えている。魔石崩壊反応を起こすには、最高ランク10以上の魔石でないとダメなんだ。旧都テクニークでの爆発事故に使われた魔石は、ランク10。ランク10だからこそ、国が滅ぼす魔石となったんだよ」
「……じゃあ、ランク10を超える魔石だったら」
「見てみたいだろ? 想像以上の大爆発を引き起こすだろうなぁ。んじゃ、お喋りはここまでだな」
「な、何が欲しいんだ? 金か、安全か、地位か!」
カジーノが前に躍り出て、交渉を始めた。
命が惜しいからだ。
必死に口と手を動かして、セプテンバーの気を引いていこうとしたが。
「欲しい物なんてあるわけないだろ。これから死ぬんだぞ、俺とお前たち全員。そんなに命が惜しいのか、ああ? ふっ、自殺願望者に命の大切さでも説いていればよかったな」
「く、くそ……」
「それじゃあ……始めるか!」
「伊藤博士!」
エリシヴァが叫ぶと同時に、セプテンバーは腕を持ち上げ、魔石を固く握り締めた。
そして魔石に魔力を注ぎ込み、大爆発を引き起こす。
はずだったが。
「……なぜだ? なぜ、何も起こらない!?」
「エリシヴァ女王、終わりましたよ」
「まさか……あの一瞬で盗んだのか、俺の魔石を」
伊藤は微笑みながら、魔石を弄んでいる。
それを見たセプテンバーはため息をついて、床に座り込んだ。
すかさず、イフリートがセプテンバーの腕を後ろに回して、手首に手錠をはめた。
カジーノは壁に背を預けて、胸を撫で下ろす。
しかし、まだ終わってはいなかった。
ある疑問を頭に浮かべていたエリシヴァが、セプテンバーを威圧するように言い放った。
「さっきから、あなたの態度が気に食わないの」
セプテンバーは肩をすくめ、冗談めかして言葉を発した。
「やけくそ、に見えるからじゃねぇか? 俺は至って普通だぜ」
「そうは思えないの。あなた、何か企んでいる表情よ。やけにあっさりと罪を認めて、魔石を奪われても反応は薄い。こうなることを望んでいたの? まだ終わっていないのね」
「さあ、どうだか」
「あなたには聞きたいことが山ほどあるの。答えてくれるかしら」
「質問によるな」
「新都リライズが得た利益、その後の流れを改めて見直したのよ。戦争ビジネスで得た金の流れね。カジーノの報告によると、使途不明金が発見されたの」
エリシヴァはポケットから文字が敷き詰められた紙を取り出し、突きつける。
顔を俯けたセプテンバーは、一言も声を発さない。
「支出先、支出額は判明している。この多額の金は、傭兵派遣会社に払い渡されていた。使途不明といっても、私達なら容易に想像できるわ」
「傭兵派遣会社が協力してくれているんだから、感謝する必要がある。まあ、公金の横領をしたわけだ、俺は。もちろん罪は認めるし、謝るよ」
「もう一つ、使い道の分からない金が流れているの。使途不明金というより、使途秘匿金といったところね。ここを見てちょうだい」
エリシヴァが紙に書かれた一部分を、もう片方の指で叩く。
強く叩かれたことにより鋭い音が響くが、セプテンバーは顔を俯けたままだ。
「支出先が全くの不明。傭兵派遣会社と違って、かなり複雑に資金洗浄がされているから、私達は降参するしかなかった。支出額についても、傭兵派遣会社より桁違いに多いのよ。支出した理由も不明。ただ、どこかに金が流れた……という漠然とした事実しかないのよ。あなたなら知っているんじゃない?」
セプテンバーは息を吐き出すと、クスクス笑い始めた。
何も知らない一般人が見たら、幸せなことがあったんだろうなと思わせる自然な笑いだ。
「突然さぁ……創世神に会いたくないか、と言われたらさ、どうする?」
「質問に答えてくれるかしら」
「俺、すぐに会いたいと言ったんだ。だってさぁ、神様だぜ神様。で、どうなったと思う? なんと、目の前で質問してきた人が神様だったんだよ」
さっきまでと様子が違っていた。
どこか狂っている、と狂気じみた笑顔を見せるセプテンバーで皆は思う。
エリシヴァがセプテンバーを支配していたはずなのに、いつの間にか逆転されている雰囲気である。
「神様に付いていった先にはさ、驚くべきことに神様が複数いたんだよ。でさぁ、一人の神様が俺に使命を与えてくれたんだ。それに、俺の夢にも協力してくれるとも言ってくれたんだ。使命を果たせば、新都リライズは俺の物になると約束してくれた。加えて、世界の半分をやろう、とも言われたんだぜ。協力するしかないだろ」
「いや絶対”はい”って答えたら、バッドエンドになるやつだ。こいつ、嘘の誘いに乗りやがって」
伊藤は冷静に突っ込むが、セプテンバーは止まらない。
「使命を与えられてから、傭兵派遣会社のことなんて、どうでもよくなったよ。オベディエンスと交わした約束も忘れちまった。まったく、傭兵派遣会社をあれほど支援してやったのに。ラオメイディアの、くだらない夢に付き合わされた俺を慰めてくれないか。あんな奴に、世界を支配できるものか」
「イフリート、黙らせなさい! 様子が変です!」
「急進派の教授一人を殺すためだけに、電車を襲ったんだぞ。しかも、大量の魔物を従える傭兵二人だ。絶対に成功するはずだよな! 後始末が面倒だったぜ」
「黙りなさい! 『サンダーボルト』!」
手錠によって拘束されているセプテンバーに雷が飛来する。
避けることは不可能に近い。
にも関わらず、セプテンバーは笑って、魔法の雷を受け止めた。
受け止めたのは彼の肉体ではなく。
「スキル!? 『プリバリア』を張っていたのだわ!」
「その手錠、スキルの発動を阻止するはずなのに」
エリシヴァとイフリートの声は動揺を隠しきれていない。
「あの女王が驚いてやがる。……あれ、俺何かやっちゃいました?」
「馬鹿にしやがって! でも、動けないんじゃ意味ないな」
伊藤が首根っこを掴んでやろうと飛びついた瞬間、セプテンバーが華麗に回避して、手錠を放り投げる。
最初から手錠なんてされていなかった様子だ。
イフリートが、エリシヴァを庇う。
「手錠を自力で外すなど、ありえない。何をしたの、奴は」
「傭兵派遣会社壊滅させて、終了だと思ったか? 神は、先を読まれる。さてと、次に俺がすべき行動は」
「させるものか!」
伊藤は一気に距離を詰めるが、セプテンバーの消える方が速かった。
魔石と異なる石を摘まんで、上機嫌な大声を出す。
「転移石! さよならだ!」
「待て、って言っても遅いか。くそ、逃げられた!」
エリシヴァは伊藤に近づきながら、考えを述べた。
「逃げたのではなく、何かを仕掛けにいったのよ。おそらく、新都リライズのどこかにいるはず」
「新都リライズのどこかって……第0から第7のどこかってことですよね。範囲広すぎですよ」
「あなたの気色悪い機械人形で、何とかできないかしら」
「後で、ネーブルの素晴らしさを教えてやるから覚悟しろよ。とりあえず、外に出なくては」