148 新都リライズ―9
「で、これから何を話すんです? ゼステラド様、早く始めてくださいませんかね」
「わ、私も分からないんだ。エリシヴァ女王、いったい何を待っているのです。これから何を……」
エリシヴァ女王は目を閉じて、じっと座っていた。
女王を挟むようにして、隣にイフリートと伊藤真澄が座っている。
この光景に違和感を覚える者は、訝しい目つきをしていた。
何も始まらないことに限界がきた財務大臣カジーノが、大統領ゼステラドに声をかけたが疑問は疑問のままだった。
外務大臣のセプテンバーは、ニヤニヤと肘掛けをさすっている。
法務大臣スタンレーは、手の爪に施された装飾をウットリとした眼差しで眺めていた。
セプテンバーが、対面するカジーノに呟く。
「シトロン・ジェネヴァの支配人に、ヴィシュヌの開発者兼学長。警察と大学のトップがいるんだ。只事じゃないってことだ」
「そうよ、カジーノ。黙って、事が始まるのを待てないの」
「スタンレー……気持ち悪い爪を見せるな。食欲が失せるネイルアートだな」
「美、ここに極まれり。あなたの美が古臭いだけよ。あーやだ、あなたの爪、うんこよ、うんこ」
「大臣が、うんことか言うな! せめて、排泄物と呼べ!」
セプテンバーが腹を抱えて、口を大きく開けていた。
「ガーハハハ! うんこ、うんこって! ぶはははは!」
「セプテンバー! 下品だぞ!」
「もしかして、下ネタに弱いのかしら。うん」
「――もう言うんじゃねぇ! 頭がおかしくなりそうだ! くくく、面白いなぁ!」
イフリートが、机を思いっきり叩く。
一瞬にして、静寂が訪れた。
あれほど大笑いしていたセプテンバーも、無表情になって椅子に深く座った。
しばらくして、イフリートが口を手で覆って頷き始めた。
それから、エリシヴァに向き直り、見つめ合う。
「成功した、ということね」
エリシヴァが尋ねると、イフリートは首を縦に振った。
「皆、集まってもらって感謝するわ。事態は急を要する。早速で悪いけど、一つ報告しておきたいことがあるの」
「な、何ですか」
ゼステラドが眉をひそめて聞いた。
立ち上がったエリシヴァは両手を机に置いてから、口を開けた。
「たった今、傭兵派遣会社を壊滅させたわ。今、ここに来てもらったのは、今後の……」
「お待ちください、エリシヴァ様! 傭兵派遣会社が壊滅した、ですか?」
カジーノが驚いて、話を遮った。
遮ったことに関して、誰も咎める者はいない。
大臣達は、エリシヴァを睨む。
笑みを浮かべていたセプテンバーも黙ってはいられなかった。
「俺の耳が間違っていなければ、壊滅”した”ではなく……”させた”、と言ったはずだ。こりゃ、どういうことだ? 説明してくれ、エリシヴァ様」
「私が、エンタープライズに依頼したのよ。傭兵派遣会社の壊滅を」
臆することなく発された言葉に、大臣はたじろいだ。
それもそのはず。
これまで頼りにしてきた傭兵派遣会社を、女王自ら捨てたというのだから。
スタンレーは唾を飲み込んで、か細い声で質問する。
「よ、傭兵派遣会社がなければ、デザイアリング戦争が長続きしませんよ。戦争ビジネスの終了ですよ! これがどれほど重要な事か、女王ならお分かりのはずでしょう!」
「分かっているからよ。分かっているから、依頼したの。私達には、戦争を続ける余裕はないの。ここで終わらせると、三国で決めたわ」
「グレアリング王国とデザイア帝国が納得したというのですか!? それに、新都リライズも。なに、独断専行しているんですか! 国民の総意がなければ」
「必要ないわ。総意なんて、行動を抑制する邪魔者でしかない。今、戦うべき相手は人ではないの、世界よ! 読みと活動が求められている時代になったの。戦争を終わらせ、次の時代に臨むべき時が来たのよ。私達が掴むべき未来にあるのは、協力し合う世界よ」
ゼステラドが首を振って、否定する。
「し、しかしですね。利益が……」
「十分、発展したわ。傭兵派遣会社に頼らなくても、利益は黒字のままよ」
カジーノは手を挙げて、発言する。
「確かに、余裕はあります。財政に関しては問題ないと、経済大臣の私が進言します。私はエリシヴァ女王に賛成しましょう。終戦は、今が頃合いだと思います」
「わたくしも、エリシヴァ女王に従いますわ」
と、スタンレーが言う。
「三国が納得しているのではあれば、傭兵派遣会社を壊滅させたことは正解でしょう。国民への説明は、大統領の私にお任せください」
三人は賛成して喜んでいたが、一人様子がおかしかった。
「……おい、お前ら。女王の説明を聞いて、ころっと態度を変えやがって。それでも大臣か、ああ!? 納得できるわけないだろ」
握り拳を机に打ちつけたセプテンバーが、一人一人に顔を向けていく。
「いいか? これまで、新都リライズが発展し続けてきたのは傭兵派遣会社があったからだろ。余計なことをほざく議員を追放して、秘密裏に処理してきたんだぞ。急進派の連中を黙らせてきたのは、誰のおかげか……ここに座っている者なら理解しているだろう!」
「セプテンバー……あなただったのね」
「あ?」
エリシヴァは、激怒しているセプテンバーの瞳を見つめる。
「傭兵派遣会社……いつの間にか国の中枢にまで侵食されていたわ。戦争の中枢、と言うべきかしら。国でもない一会社が、簡単に主導権を握れるはずがないわ。誰かが手引きしていないと、三国を支配できない」
「まさか、俺だって言うのか? 俺が手引きしたと? 最初に接触したのは、エリシヴァ女王だろ」
「私が初めて接触した時には、既に戦争を支配していたわ。武器の輸入から勝敗の調整まで。それに私は急進主義の議員を処理することなんて、依頼していないわ。相当な情報量を有していないと、ここまでできないはず。その情報の中には、機密情報も含まれている。私達のみが知る情報も」
「この会議でしか知ることのない情報、ということか? 納得のいく説明が欲しい」
セプテンバーは口角を上げて、笑みを浮かべている。
疑われているにも関わらず、余裕を感じる。
「名無しの家が襲われた事件を思い出してちょうだい。傭兵派遣会社が名無しの家を襲った理由は何だったのかしら。それに同時刻、エンタープライズも強襲された。奴らが名無しの家だけでなく、なぜエンタープライズも攻撃したのか」
前のめりになって、ゼステラドは発言する。
「エンタープライズを襲ったのは、豊富な魔石鉱があるからでしょう。これは紛れもない真実だと思います。名無しの家は……土地を奪って、新たな武器庫にするという目的ではないでしょうか?」
「ゼステラドの言う通りであれば、疑問が生じるわ。私とゼステラドが、エンタープライズへ赴いた際、魔石鉱の気配なんて全くなかったわ」
「ですが、ミミゴン様が魔石を持ってきた時の表情。私が、この魔石一つだけかと問うと、一つだけだと言っておられましたが……あの時、嘘を吐いた表情をしていました。どこかに魔石鉱があるのは事実です。でなければ、我々にそう易々と手渡すはずがありません」
「だから、一度調査してみたの。魔石鉱の存在は伊藤博士が確認してくれているわ」
伊藤真澄は頷き。
「はい、近くに気になる洞窟がありまして。この前、こっそりと中に侵入した時、壁一面が最高の魔石で覆われているのを確認しました」
「でしたら、答えは容易に導き出されます。傭兵派遣会社は、エンタープライズの所有する魔石鉱を奪取したかった。ですから、名無しの家と同時に襲ったのでしょう」
「まあ、そういうことだろうぜ、エリシヴァ様。何も深く考える必要はねぇ。それに、どこにも俺が関係してないな」
「だとしたら、妙だわ」
「ふ、まだ推理ショーを続ける気か?」
ゼステラドは笑う。
エリシヴァはコップに入った水を一口、飲んで。
「どこで、エンタープライズの魔石鉱を知ったのかしら。気になって、イフリートと調べたの。だけど、どこにも情報はない。情報屋も知らないのよ」
「……ああ、おかしい話だな。傭兵派遣会社は魔石の話をどこで知ったのか、ってことだよな」
「そういうことよ、セプテンバー。あなたの方から説明してくれるなんてね」
ゼステラドは水を飲み干して、口を手の甲で拭う。
「どうせ、白を切ったって追及してくるだろ。魔石の情報を知っている者は、自ずと限られてくる。ミミゴンが去った後、ここにいた者だ。そこまでは分かる。だけどな、エリシヴァ様が俺だけを疑う理由が分からねぇ。まさか、適当ってわけじゃないよな」
一枚の紙を取り出して、エリシヴァは突きつけた。
「私は、誰が一番最初に傭兵派遣会社に携わる人物と接触したのか、ということを調査したの。あなた、第5番街の生まれとしているけど、本当は……第0番街じゃないかしら」
「殊更、隠したわけじゃないさ。情報屋なんかを駆使すれば、誰でも分かる事実。で、出生が第0番街だから何だってんだ?」
「傭兵派遣会社『ニュートリノ』の社長、オベディエンス。生まれも育ちも同じ、言ってみれば同い年の友人。あなたと傭兵派遣会社が繋がったわね」
「エリシヴァ様の御明察通り、だな。そうさ、俺は政界入りして表から支配。オベディエンスは優秀な兵器開発者として裏から支配。この新都リライズ第7番街を乗っ取るつもりでいたのさ。オベディエンスが傭兵派遣会社の社長になって、ちょっと予定が狂っちまったが嬉しい誤算だった。おかげでスムーズに、外務大臣になれた」
ゼステラドが怒号を浴びせる。
「よくも抜け抜けと舌を動かせるものですね! 国の反逆者が!」
「最高の魔石の話を聞いた時には、内心誰かに話したくてウズウズしたぜぇ! ミミゴン殺して、ついでに名無しの家も潰せば、新都リライズに敵なし! 魔石鉱奪って、ついでにエンタープライズも潰せば、新都リライズに敵なし! なあ、ゼステラド。俺は国の為に働いただろ。どこが反逆者だ? むしろ、貴様ら税金泥棒よりもよっぽど働いている。外務大臣となってから何度も褒めてくれたよな、エリシヴァ様ぁ!」
「なぜ、簡単に認めたの。証拠が少ないから、逃げようと思えば逃げることができたはずだけど」
「逃げる必要なんてないからさ。いつか、この時が来るだろうと思っていた。ただ、それだけさ」
「イフリート、あとは頼んだわ」
イフリートは捕まえるためにじりじりと詰め寄っていく。
切羽詰まった状況でも、セプテンバーは笑みを崩さなかった。
「だがな、ただでは捕まらんぞ! 死なば諸共、ってやつさ! 使うのは、これよ!」
「そ、それは!」
スタンレーが目を見開いた。
スタンレーだけでなく、この場にいる全員が見開いている。
セプテンバーが握っていたのは。
「ミミゴンからもらった魔石、ね……」
「魔石崩壊反応、見てみたくないか?」
セプテンバーの浮かべていた笑みが、さっきと変わっていた。
人を嘲笑う笑みへと変化していたのだ。