147 VSラオメイディア―9
「ラオメイディア様、しっかりしてください!」
アスファルスが、ラオメイディアの頭を持ち上げ、泣き叫んだ。
ナルシスもオベディエンスも、傷だらけの体にすがって嗚咽する。
「ラオメイディア様、死なないで! あの時、私を救ってくれた時みたいに笑ってよ!」
「まったく……情けないよ、君たちは。それでも、僕の見込んだ部下かな」
「まだ夢が叶っていないんですよ! ようやく研究が終わったというのに」
「大丈夫さ。ネモフィーラが準備してくれている。もう、僕の出番は終わったんだよ。だから、もう……泣かないでくれ。お願いだから、さ」
ラオメイディアは三人の顔を見て、涙を流していた。
「頼むよ」と弱々しく発するが、三人は首を振るばかり。
三人は無力感に苛まれ、なりふり構わず泣き叫ぶ。
俺は目を閉じて、彼らの声を聞き続けた。
死にゆく者を止める者はいない。
愛した人が、目の前で死んでいくことに苦痛を感じない心なんてあるのか。
俺だって、彼らと同じ運命なら精神が耐えられない。
彼の為に戦ってきたのに、彼を守れなかった。
それが、どれほど自分を責めるだろう。
「アスファルス、ナルシス、オベディエンス……楽しかったよ、君たちと一緒にここまで来れて。いやぁ、君たちがいなかったら、って考えるとさぁ……」
ラオメイディアの手を、アスファルスは両手で包む。
「ラオメイディア様、あとは任せてください」
「アスファルス、皆も頼んだよ。ミミゴン、もういいんだ……ありがとう」
「……ラオメイディア。いいか、死んで許されたと思うなよ。お前が残した爪痕は、ずっと消えないんだ。それだけのことをした、ということを」
途端に、声の覇気が消えた。
敵だったこと、そんなことは分かっているはずなんだ。
だけど、俺はラオメイディアから学んだことがたくさんある。
ずるいよな、こいつは。
最初に出会った時は、レイランと俺を助けて。
奴の過去を知ってしまった。
小さく、誰にも聞こえない音量で発した。
「……忘れるなよ」
ラオメイディアはゆっくりと目を閉じて、微笑んだ。
「……もちろん」
「聞こえたのかよ」
「生まれつき、聴覚が優れているんだ。離れ離れになっても、君たちの声は聞き逃さないよ……」
ラオメイディアの呼吸が聞こえなくなった。
三人は体に触れているがゆえに気付いてしまう。
そして、冷たくなった胴体に顔を当てた。
ナルシスは空を見上げ、心に突き刺さる声で叫んだ。
「ラオメイディア様ー!」
死なせるわけにはいかねぇ。
人が人を殺すなど言語道断。
死んで許せるか。
生きて、償え!
俺はラオメイディアに駆け寄り、胸に手を当てた。
助手、なんとかできないか!
〈まだ脈が動いていますー。ミミゴン、いいですねー?〉
ああ、頼む。
レイラン、お前がエンタープライズの国民なら分かっているはずだ。
たとえ、復讐のためだとしても人を殺してはならないと。
そいつは下種がやることだ。
俺たちが、その下種野郎に染まったら駄目なんだ。
俺は振り向いて、三人に約束を求めた。
「今から、ラオメイディアを生き返らせ、三人を解放する」
「ほ、ほんとうですか!」
「ただし、条件がある! 傭兵派遣会社を設立しないこと。設立しようとする奴を力尽くでも阻止すること。人前に顔を晒さないこと。もう二度と、俺たちの前に姿を現すな。それが約束できるなら……」
「約束しよう!」
オベディエンスが頷いた。
続いて、アスファルスとナルシスが頭を下げる。
「全員、俺に触れろ。『テレポート』で、人気のない場所に解放する。そこからは、お前たち次第だ」
三人は、力強い手で触れてくる。
そして『テレポート』を唱えた。
砂一面の砂漠に移動する。
遠くには、先ほどまで居た本社が見える。
ラオメイディアの全身にあった傷は、すっかり完治されている。
腹にあけられた穴も塞がっている。
俺は魔力を使い果たし、顔中が汗で濡れていた。
よくやった、助手。
意識が不安定で、三人がラオメイディアに縋っている様子も朧げに見える。
「さっきの約束、忘れるんじゃないぞ」
「もちろんです。ありがとうございます!」
アスファルスが土下座で礼を伝える。
俺は目を背けて、絞り上げた魔力を使って『テレポート』で社長室に戻った。
これで、終わりだな。
シアグリースに『念話』で、取り逃がした傭兵集団をレイランが追っていることを伝えた。
その瞬間、これまでの疲労が奥底から噴出し、死んだようにぐったりと横たわった。
意識が深淵に吸い込まれていく。
まだまだ、やることがあるのにな。
そのまま睡魔に身を捧げ、目を閉じた。
ミミゴンが傭兵集団を捕まえると言っていたので、俺は協力を申し出た。
俺もエンタープライズの住人なんだ。
何か役に立ちたい。
ボロボロの体でも、回復薬を使えば、傷口が塞がっていく。
もう回復薬はないから、慎重に行動しないとな。
身体的には問題ないが、問題は精神が衰弱していることだった。
思えば、あれほど長時間戦い続けたのは、ラオメイディアとの戦いだけだ。
俺も、よく頑張ったな。
「ん? あれが取り逃がした傭兵共か」
俺は、テル・レイランという名前に誇りを持っていた。
自分で言うのもなんだが、解決屋では名が通っている方だと思う。
悪い意味で、一匹狼と呼ばれていた。
今となっては懐かしいな。
少し身を屈めて、四人組を注視する。
武器は持っていないみたいだな。
もしかしたら、銃を隠し持っているかもしれないが。
だとしても、隙だらけだ。
ボロボロの俺でも『魔法剣』を使えば、簡単だ。
右手で、ラオメイディアの魔剣を握る。
「おい、今すぐ跪け傭兵共! お前らの主は既に死んでいるぞ」
「な、なんだ貴様! 解決屋のハンターか!」
傭兵の一人が、懐中電灯をこちらに向けて照らす。
砂漠に立つ一人の戦士。
防具に傷や穴があって、少々不気味に見えるかもしれない。
その方が恐れてくれるかと期待したが。
「こ、こいつ!? ラオメイディア様を殺そうとしたハンターだ!」
「たしか、名前はテル・レイラン! 貴様が、ラオメイディア様を!」
予想とは裏腹に、逆上させてしまった。
「やめておけよ、傭兵。素手で戦う気か、お前ら」
魔剣に炎を纏わせる。
暗い視界に仄かな赤色が現れる。
別に殺すつもりはない。
ちょっと攻撃を当てて、気絶させるだけだ。
無駄に戦う必要はない。
ないが、今の俺では難易度が高いな。
気を抜くと、うっかり殺めてしまいそうだ。
両手を胸の前で構えた男が叫ぶ。
「いくぞ、お前ら! 殺して、ラオメイディア様のところへ行こう!」
先頭に立った男がいきり立つと、他の傭兵も殴りかかってくる。
剣を両手で握り締めて、横に振るった。
攻めてきていた傭兵は驚いて、足を止めた。
互いに間合いを見計らい、機会を窺っている。
そろそろ決めるか。
そう思って、剣を振りかざした瞬間。
唐突に、頭痛が襲ってきた。
「う、うぅ……ぐっ」
「な、なんだ。急に苦しみだしたぞ。と、とにかく今だ! 袋叩きだ!」
「「「うおー!」」」
頭痛が激しくなり、片手で頭を押さえた。
傭兵が音を立てて走ってくる。
殺気が肌をチクチクと刺していた。
そして、一発が右頬に入り、身体が傾く。
更に、一発。
重い一撃で全身を殴ってくる。
踏ん張って耐えていたが、頭痛が増して、次の一撃で地面に這いつくばってしまった。
腹や胸を何度も蹴られ、苦痛でのけ反った顔に爪先蹴りがヒットする。
砂が鼻血で真っ赤になっていくのを冷静に見ていた。
激痛と衝撃で呼吸ができない。
骨が何本も折れているだろう。
何度も蹴られても、魔剣だけは手放さなかった。
燃え盛る剣を持ち上げ、出せる限りの雄叫びを上げた。
「く、くそ野郎がー!」
突然叫んだことに怯み、攻撃が止まったところを俺が斬っていった。
殺すことしか考えていなかったため、とにかく武器を振り回した。
残りの敵は一体。
朦朧としながらも、傭兵を睨み続けた。
酷く怯えている。
泣き出しそうな表情で、助けを乞うていた。
口を動かして、何かを言っているのだが聞き取れない。
ここでハッとなって、冷静さを取り戻した。
「俺は何をやっているんだ」
傭兵の死体を見て、自分が恐ろしいことをやった自覚をする。
俺は周りを見渡して、本社の方へ戻った。
生きて帰ることが先決だ。
部下を送ってくれると言っていたから、早く合流しないと。
早く、はやく。
ぱん、と破裂する音が聞こえた。
この音は戦場でよく聞いた。
何だか懐かしい気持ちになる。
後ろを振り返ると、泣き崩れていた傭兵が銃口を俺に向けていた。
銃口から煙が上がっている。
傭兵は小さく悲鳴をあげて、引き金を引いた。
誰かに肩を突かれたような衝撃を感じる。
目を下に向けると、小さい虚ろから鮮血が噴出していた。
自分が死にかけていることに今更、気付いたのだ。
振り絞って出た力で炎の剣を振って、炎を飛ばす。
炎の槍は傭兵に命中し、絶叫しながら焼かれていく。
すぐに足の先を反対側に向けて、歩を進めた。
血が溢れる空洞に、汚れた手を当てながら帰ることにした。
「はは、あっけないな。俺も、お前も。これが、俺の……最期かよ。俺、おれ……まだミミゴンに、伝えたいことがあるんだよ。もう少しだけ、俺を……生かしてくれ」
ポケットからボイスレコーダーを取り出して、録音を開始した。
同時に魔剣を逆手に握り、堪えていた涙が頬を伝っていった。